システムの品質

巻頭言
システムの品質
東京大学大学院 農業生命科学研究科 農業・資源経済学専攻 教授 生源寺 眞一
食料の輸出が話題を呼んでいる。昨年3月には
5年間で海外への輸出額を倍増する目標が決定さ
トがある。牛肉はその典型と言ってよいように思
う。
れ、新しい食料・農業・農村基本計画の工程表に
もうひとつ大事な品質がある。将来のアジアの
も明記された。とくにアジアの市場が有望だ。事
市場で大きな成果を生むとすれば、こちらの品質
実、食料の輸出額の4分の3はアジアの国々に向
が決定的な意味を持つかもしれない。それは食品
かっている。
を供給するシステムの品質である。フードチェー
もともとアジア、とくに東アジアには食文化の
ンの品質と言い換えてもよい。牛肉について言う
共通項がある。コメを主食とし、麺類を好んで食
ならば、トレーサビリティシステムが導入された。
べるのが、東アジアの人々の食生活である。その
逃げも隠れもできないシステムのもとで、生産・
アジアの国々で底堅い経済成長が続いている。経
流通の各段階で安全確保に向けた責任ある行動が
済成長は人々に豊かな食生活をもたらす源泉であ
強く促がされている。システムとしての品質が向
る。日本に暮らす私たちは、このことを身をもっ
上したわけである。
て体験した。
システムが緩みのないかたちで設計されている
例えば牛肉の消費量。高度経済成長が軌道に乗
こと。そして、システムが緊張感をもって絶えず
った1960年代の初めには、一人年間1キログ
点検されていること。こういったことのすべてが
ラム強だった。それがいまや6キロを超える水準
輸出競争力の源泉になる。システムの品質の水準
に達している。果物の消費量も経済の成長ととも
は、食品に添えられた情報のかたちで、あるいは
にほぼ倍増した。考えてみれば、ずいぶん贅沢な
マスメディアの報道情報のかたちで、アジアの消
食生活になったものである。半世紀前にはお盆と
費者にも伝わっていく。製品とシステムの両面の
正月だけのものだった山海の幸が、日々の食卓に
品質をめぐって競争が一段と激化する。これが時
供されている。こと食に関する限り、毎日がハレ
代の趨勢である。
の日となった。
ひるがえってアメリカ産牛肉輸入の問題も、フ
所得水準の上昇とともに、アジアの人々の食料
ードチェーンをめぐるシステム間競争の意味を帯
需要は確実に高級品にシフトする。当然のことな
びていると思う。牛肉産業と安全行政のありかた
がら、日本発の食材にも関心が寄せられる。アジ
という点で、日本とアメリカのふたつの異質なシ
アの市場が有望だとするゆえんである。もちろん、
ステムが提示されている。人々はどのような選択
多くの競争相手が存在する。ここは日本の農産物
を行うであろうか。これは一義的には日本の消費
の強みを説得力を持って伝達することが大切だ。
者の問題である。けれどもこの際、アジアの目を
わが国の食料の強みは、なんと言っても高い品
意識することも大切である。賢明な消費者の行動
質にある。日本の農産物や畜産物にはアートと表
は、その国のフードチェーンの品質を磨き上げる
現したくなる逸品も少なくない。消費者の肥えた
土壌であり、したがってその国の食料の輸出競争
味覚に鍛えられた結果、ハイレベルの農畜産物の
力を支える基本的な要素でもあるからだ。
裾野が実に広いこと、ここにもストロングポイン
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