未来の心の風景 ―こどもたちの声を聴く― 私は今回、『14 歳・心の風景』をテーマに取り上げることにした。その理由は二つある。 一つは、今家庭教師のアルバイトをしており、生徒が来年で 14 歳になるからである。私も かつては 14 歳だったけれども、あれから 8 年も経ってしまった。だから、もう一度 14 歳 という年齢を振り返って、勉強の面だけでなく、心の面でもっと生徒をサポートしていき たいと思ったのである。 もう一つの理由は、対象になっている少年・少女たちが、1982~83 年生まれであったこ とだ。私は 1984 年生まれだから、彼らと一歳しか違わない。そして彼らが、1997 年の神戸 児童殺傷事件、2000 年のバスハイジャック事件など、衝撃的な事件を引き起こしている。 つまり、彼らの気持ちを探ることは、自己を探ることでもあると思った。以上二つの理由 で、私は今回『14 歳・心の風景』について考察してみることにした。 ではまず、第一章「居場所を探して」の 19 人の少年少女へのインタビューから、彼らの悩 みのキーワードを拾ってみることにする。そうすることで、当時の 14 歳の心のなかを探る 一歩になると考えるからである。 14 歳・心の悩み 彼らの文章から読み取れたキーワードは、「人間関係について」、「社会について」、「自己 について」の大きく分けて三つである。「人間関係について」言えば、親、友人、先生との関 係が上手く気づけないことに対する不安が目に付いた。例えば、親が共働きであるために いつも孤独を感じていたり、友人になかなか本当の自分を出せないのを辛く思っていたり、 先生が一方的で自分のことを理解してくれないと悩んだりしている子がいた。 「社会について」言うと、まず日本について良い印象を持っていない子が多いようだった。 それも当然であろう。バブル崩壊以降に生まれてきた私たちは、「不景気」、「先が見えない」、 「これからは悪くなるばかり」という言葉を多く聞いて育ってきたのだ。そのなかで明るく 希望を持って生きろというほうがむしろ酷である。また、受験体制に対する批判も多かっ た。多くの子どもたちが、自分の意思とは無関係に塾に行かせられている。仕方なしに勉 強をしていては、得られるものは少ないのではないかと思った。 「自己について」は、自分の将来が不安になったり、感情の吐き出し口が見つからず粗暴 になったり、なぜか分からないがいつも眠たくてだるさを感じたりする子がいた。「自己に ついて」の悩みは、誰もが抱える悩みであろう。だが、14 歳というこの時期は、一番周りの 人のサポートが必要な時期であると思う。 この章を読んで、「中学校教師の指導は教科が 4 で生活指導が 6 である」と言われる意味 が少し分かった気がした。14 歳という時期は本当に微妙な時期である。大人である親や教 師は、その点を十分に理解した上で彼らを接していく必要があると思った。 悩みの原因は何か 悩みの原因は何か 次に、なぜ 14 歳の少年・少女たちはこのような悩みを抱えるようになったのかというこ とについて、考えてみたい。 第一に考えられるのは、大人の影響である。大人が抱えている不安や社会に対する不信 感といった感情面は、そのまま子どもに伝わっている。その影響を受けている子どもたち が集まって営んでいるのが学校である。学校と大人社会が繋がっているという科学的証拠 は何もない。だが、これは全くの間違いだとは言えない。なぜなら、大人が考えている以 上に、子どもたちは大人をよく見ているからである。 第二の原因は、時代である。今の日本は、資本主義が加速した線上に位置している。こ れからも日本はそこを走り続けるであろう。そのことは、文章中にもあった「劣性遺伝子を あらかじめ排除してしまう法律を作ればいいのにと思う(53)」といったある子どもの記述 からも明らかである。このような社会体制は、元を辿れば 18 世紀後半のイギリスの産業革 命から始まった。そしてこれはダーウィンの進化論の影響を受けている。つまり、弱肉強 食の世界の肯定である。今で言う「勝ち組負け組」の世界。このような資本主義体制にある 限り、少なからず日本の受験体制の大幅な変化はないであろうし、成績というモノサシが 占める比重も変わらないであろう。とすれば、そのモノサシからあぶれ出る子どもたちも、 大勢出るはずである。 第三には、子どもと大人の溝が原因に挙げられる。「今の中学生が何を考えているのかわ からない(20)」という声が多くの視聴者から寄せられたことからもわかるように、大人は 子どもを理解できないでいる。一方の子どもも、親や先生にあまり信頼を置けずにいる。 それは、「Q6 悩みを相談する相手は誰ですか?(108)」というアンケートで、親の 36.5% と先生の 5%を足しても、友達の 64.5%には到底到達しないことからも明らかである。 前にも述べたように 14 歳という時期は、「足の生えたオタマジャクシ(36)」という上手 い表現があったように、大人でもあり子どもでもある微妙な時期だ。その小さな体と小さ な頭で、「人間関係について」、「社会について」、「自己について」の悩みを一手に引き受け なければならない。頼りにできるのは、14 年というわずかな経験のみ。それは無茶な話で ある。だから、周りの人のサポートが必ず必要なのである。だが、肝心の大人は「今の子ど もは何を考えているのかさっぱりわからない」と諦めモードである。それでは子どもはなす すべがなくなってしまうはずである。 このように、14 歳の少年・少女たちが悩みを抱える原因は、非常に複雑かつ深刻である。 なぜならそれは、14 歳の少年・少女たちから自然と生まれてきたものではないからだ。あ くまでもルートコーズ(root cause)があって、初めて生じた問題だからである。そのル ートコーズとは、大人が作り出した日本社会全体である。そのように考えると、これは 14 歳の少年・少女たちだけの問題ではない。我々国民全体の問題である。そして 14 歳の少年・ 少女たちの悩みを解決しようと思えば、まずは社会全体から考え直す必要があるようだ。 解決策はあるのか 少し話しが飛躍しすぎてしまったので、最後に 14 歳の少年・少女たちが抱える悩みを解 決するために、我々は具体的に何ができるのかということを考えてみたい。 「しあわせって何ですか――」。これが一番、我々が考えなくてはいけないことだと思う。 大人も子どももみんな「幸せになりたい」と思っている。だけども、自分の明日を思い描く ことを諦めてしまった中学生(147)、彼らは「成績」という知識の量をはかるモノサシだけ で選別を行われる(148)。それはまるで、市場経済や物流の論理と仕組みを、そのまま教 育の現場に持ち込んだようであるのだ(148)。我々はそれで本当に幸せになれるのだろう か、もう一度考える必要があると思う。 『14 歳・心の風景』を読んでいて悲しかったことは、大人は子どもを、子どもは大人を 批判しているところが多かったところだ。でもそれでは何も解決しないと思う。なぜなら 14 歳の心の風景は、今の大人の心の風景でもあり、「未来の心の風景」でもあるからである。 だから、我々がすべきことは、大人も子どもも一緒になって「未来の心の風景」を作ってい くことだろうと思う。そのために必要なのは、我々にとっての本当の幸せは何なのかにつ いて、考えていくことだろうと思う。 我々が具体的にできることは、個人でできることと社会全体で取り組むことの大きく分 けて二つがある。個人でできることは、子どもは大人の、大人は子どもの話しに耳を傾け、 相手の話を「聴く」ことだ。そこに「でもそれはああだ、こうだ」と自分の意見を持ち込むこ とはしない。まずは子どもが今何を考えているのか、大人が今何を考えているのか、お互 いに現状を受け止めることから始めるべきである。 そして、社会全体で取り組むべきことは、そういう大人と子どもが語れる場を作ること である。今、特別活動などで地域や親と子どもたちが一緒になって餅つきをしたり、スポ ーツをしたりするイベントが増えてきつつある。授業時間よりも大切だが、そのようなイ ベントも大切にしたい。次に、学校の多様化である。社会に必要な人材は、勉強ができる 人ばかりではない。まずはコミュニケーション力や、生活力や耐える力を養うことが先決 である。勉強を重視するあまり、14 歳の少年・少女たちが大きな悩みを抱えるはめになる のである。その意味でも、我々は様々な価値観を認める学校づくりに取り組むことが必要 であると思う。 以上、 『14 歳・心の風景』について彼らの悩み、その原因、そして解決策について考察し てきた。そこから見えてきたのは、14 歳の心の風景というよりも、そこを通じて見えてき た今の大人の心の風景であり、「未来の心の風景」だった。我々と 14 歳の少年・少女たちは、 14 歳を経験したという共通点を持っている(250) 。それをきっかけにして、一緒に「未来の 心の風景」を作っていけないだろうか。私はまず、家庭教師先の生徒の話しをよく「聴く」こ とで、一緒に「未来の心の風景」を作っていきたいと思っている。 参考文献:NHK「14 歳・心の風景」プロジェクト、 『14 歳・心の風景』 、2001 年、日本放送 出版協会
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