《資料 4》行列の簡約化に関する注意

《資料 4》 行列の簡約化に関する注意
この資料は行列の (行基本変形による) 簡約化に関する3つの基本的な命題の証明を主題とする. 命題 1
(与えられた行列に対する簡約行列の存在) に対しては (教科書では省略されている) 一般的な状況での証
明を与え, また命題 2 (与えられた行列に対する簡約行列の一意性) および命題 3 (正方行列 A, B に対する
AB “ E と BA “ E の同値性) に対しては比較的簡単な別証明を与えた.
命題 1 (簡約行列の存在)
任意の行列 A は有限回の行基本変形により簡約行列まで変形することができる. (このとき得られる簡
約行列を「A の簡約行列」と呼ぶ.)
Proof. まず, m ˆ n 行列 A が行基本変形を繰り返して (教科書 p.38 の意味での) 階段行列まで変形でき
ることを, n ě 1 に関する数学的帰納法により示そう. (以下では「複数回の行基本変形」の場合も含めて
「行基本変形」ということにする.)
• n “ 1 のとき, A は列ベクトルなので A “ a とおこう. a “ 0 ならば 0 自身が簡約行列である.
a ‰ 0 ならば, 例えば
„
a1
a“
a1
ȷ
ȷ
„ ȷ
„ ȷ
(R.1)
b1
1 (R.3)’s 1
ÝÝÝÑ
pb1 ‰ 0q ÝÝÝÑ
ÝÝÝÝÑ
“ e1
0
b1
b1
(R.2)
„
というような手順で, 簡約行列 e1 まで変形できる. ここで, 各矢印の上の (R.˚) は「必要ならばそ
のタイプの行基本変形を用いて」という意味合いで用いられており, (R.3)’s は (R.3) のタイプの行
基本変形が複数回用いられる可能性を表している.
• n ě 2 のとき, 列数 n ´ 1 の行列に対して主張が正しいと仮定する (帰納法の仮定). A の第 1 列が 0
“
‰
なら A “ 0 A1 (A1 は m ˆ pn ´ 1q 行列) であり, 0 でなければ上述の行基本変形により
„
ȷ
1 ˚
A Ñ ¨¨¨ Ñ
(A2 は pm ´ 1q ˆ pn ´ 1q 行列)
0 A2
と変形される. ここで, 帰納法の仮定により, A1 , A2 は行基本変形を用いてそれぞれ階段行列
„
ȷ B1 ,
“
‰
B2 まで変形される. このとき A1 , A2 に施した行基本変形をそれぞれ 0 A1 ,
1 ˚
0 A2
(後者
は第 2 行から第 m 行まで) に施こせば,
„
“
‰
“
‰
A “ 0 A1 Ñ ¨ ¨ ¨ Ñ 0 B1 ,
1 ˚
A Ñ ¨¨¨ Ñ
0 A2
ȷ
„
ȷ
1 ˚
Ñ ¨¨¨ Ñ
.
0 B2
よって, 列数 n の行列に対しても行基本変形により階段行列まで変形できることが分かった.
以上により, 任意の m ˆ n 行列 A が有限回の行基本変形で階段行列まで変形されることが示された.
k1
»
—
—
—
—
“ ‰ —
A Ñ ¨ ¨ ¨ Ñ B “ bij “ —
—
—
—
—
–
1
k2
˚ b1k2
1
˚
k3
kr
b1k3
b2k3
1
b1kr
˚
˚
..
O
.
..
.
br´1,kr
1
˚
fi ,
/
/
ffi/
.
ffi/
ffi r
ffi/
ffi/
ffi/
ffi/
ffi
ffi
ffi
fl
と階段行列 B (第 1 行から第 r 行が主成分 1 をもち, 第 i 行の主成分が第 ki 列にある) まで変形されたと
する. このとき, まず第 r 行の主成分 1 を使って (R.3) のタイプの行基本変形により第 kr 列の 1 (第 r 行
の主成分) の上を全部 0 にできる. 続いて, 同様の方法で第 kr´1 列の 1 (第 r ´ 1 行の主成分) の上を全部
0 にする. このようにして, 第 kr 列, 第 kr´1 列, . . . , 第 k2 列の順に形を整えていけば簡約行列に至る.
命題 2 (簡約行列の一意性)
任意の行列に対してその簡約行列は (行基本変形のやり方によらず) 一意に定まる.
Proof. m ˆ n 行列 A の簡約行列 B, C に対して, 必ず B “ C が成り立つことを示せばよい. 以下, 3通り
の方法でこれを示す. 基本となる考え方は, 方法 1, 2 では行基本変形の繰り返しが左側からの正則行列の
掛け算で実現されることであり, 方法 3 では連立1次方程式の拡大係数行列を行基本変形しても解の集合を
変えないことである. また, 方法 2, 3 では A の列数 n に関する数学的帰納法を用いる.
方法 1, 2 においては次の事実に注意する. B, C はともに A に何回か行基本変形を施して (A の左から
正則行列を掛けて) 得られるから, B “ QA, C “ RA となる m 次正則行列 Q, R が存在する. 従って,
B “ P C (P :“ QR´1 は m 次正則行列) と書ける.
【方法 1】 m ˆ n 行列 A の簡約行列 B, C の行ベクトル分割を
»
fi
b1
— .. ffi
— ffi
B “ — . ffi,
– br fl
O
»
fi
c1
— .. ffi
— ffi
C“— . ffi
– cs fl
O
と表し, bi , ci の主成分がそれぞれ第 ki 成分, 第 li 成分にあるとする. このとき,
1 ď k1 ă ¨ ¨ ¨ ă kr ď mintm, nu,
1 ď l1 ă ¨ ¨ ¨ ă ls ď mintm, nu
“ ‰
であることに注意. さて, 最初に述べたように B “ P C となる m 次正則行列 P “ pij が存在し,
bi “
s
ÿ
pij cj
p1 ď i ď rq
(1)
(2)
j“1
が成り立つから, 両辺の主成分の位置に注目して ki P tl1 , . . . , ls u となる. 実際, (1) より
pi1 ‰ 0 なら ki “ l1 ,
pi1 “ ¨ ¨ ¨ “ pi,j´1 “ 0 かつ pij ‰ 0 なら ki “ lj (2 ď j ď s).
よって, tk1 , . . . , kr u Ă tl1 , . . . , ls u が得られた. 同様な論法を用いて C “ P ´1 B から tl1 , . . . , ls u Ă
tk1 , . . . , kr u が導かれる. 従って, tk1 , . . . , kr u “ tl1 , . . . , ls u となり, (1) とから
r “ s かつ
ki “ li p1 ď i ď rq.
“ ‰
このとき, (2) が r “ s として成り立つから, P 1 “ pij 1ďiďr とおいて,
1ďjďr
»
fi
» fi
b1
c1
— .. ffi
1 — .. ffi
– . fl “ P – . fl .
br
cr
ここで, 両辺の第 ki 列に注目すれば ei “ P 1 ei (1 ď i ď r) であることが分かる. 但し, e1 , . . . , er は Rr
の基本ベクトルを表す. 従って, P 1 “ Er となり, B “ C が示された.
【方法 2】 A の列数 n ě 1 に関する数学的帰納法で証明する.
• n “ 1 のとき, m 次列ベクトル A “ a の簡約行列は a “ 0 なら 0, a ‰ 0 なら e1 である.
• n ě 2 のとき, 列数 n ´ 1 の行列に対して主張が正しいと仮定する (帰納法の仮定). B, C が m ˆ n
行列 A の簡約行列であるとき, B, C, A の最後の列を除いた m ˆ pn ´ 1q 行列をそれぞれ B 1 , C 1 , A1
1
1
1
1
1
とすれば, B
„ , C ȷは A の簡約行列となっているから, 帰納法の仮定により B “ C が成り立つ. こ
B1 ur
(B1 は零ベクトルの行を含まない部分) と書けば, A の簡約行列は
O um´r
„
ȷ
„
ȷ
B1 0
B1 b
または
(B1 は A に対して一意に定まる)
(3)
O e1
O 0
„
ȷ
„
ȷ
B1 b
B1 c
の形となる. よって,
と
がともに A の簡約行列であると仮定して c “ b かつ
O 0
O d
d “ 0 が導かれるなら
„
ȷ , m ˆ n 行列 A の簡約行列の一意性が示されたことになる. そこで, m 次正
P11 P12
則行列
(P11 が r 次正方行列, P22 が m ´ r 次正方行列) が
P21 P22
ȷ
"
ȷ „
„
ȷ„
P11 B1 “ B1 , P11 b “ c,
B1 c
P11 P12 B1 b
, すなわち
(4)
“
P21 B1 “ O, P21 b “ d
O d
O 0
P21 P22
こで B 1 “
を満たすとしよう. B1 の第 i 行の主成分 1 が第 ki 列にある (1 ď i ď r) とすれば, P11 B1 “ B1 ,
P21 B1 “ O のそれぞれについて両辺の第 ki 列を比較することにより P11 ei “ ei , P21 ei “ 0 p1 ď
i ď rq. これは P11 “ Er , P21 “ O を意味するので, (4) より c “ b, d “ 0 が従う. 故に, 列数 n
の行列に対しても主張が正しいことが分かった.
以上で証明が終わる.
【方法 3】 行列の列数 n ě 1 に関する数学的帰納法で証明する.
• n “ 1 のとき, m 次列ベクトル a の簡約行列は a “ 0 なら 0, a ‰ 0 なら e1 である.
• 列数 n pn ě 1q の行列に対する主張が正しいと仮定して, 列数 n ` 1 の行列に対する主張が正し
“
‰
“
‰
いことを示す. 任意の m ˆ pn ` 1q 行列 Ã “ A b (A は m ˆ n 行列) をとり, C̃ “ C d ,
“
‰
C̃ 1 “ C 1 d1 (C, C 1 は m ˆ n 行列) を Ã の簡約行列とする. このとき, C, C 1 は A の簡約行列で
あるから, 帰納法の仮定により C “ C 1 が成り立つ. 一方, 連立1次方程式と対応する拡大係数行列
との関係から, 3つの連立1次方程式 Ax “ b, Cx “ d, Cx “ d1 (C “ C 1 に注意) のそれぞれの
解の集合は同一である. Ax “ b が解をもつ場合は, 1つの解を x0 として d “ Cx0 “ d1 が成り
立つ. また, Ax “ b が解をもたない場合は, Cx “ d, Cx “ d1 のそれぞれも解をもたないから,
d “ d1 “ er`1 (r は C の主成分の個数) でなければならない. これで C̃ “ C̃ 1 が示された.
以上で証明が終わる.
命題 3
正方行列 A, B が AB “ E を満たすならば BA “ E も成り立つ. 従って, AB “ E ならば A, B は
ともに正則行列であって, 互いに他の逆行列となっている.
Proof. まず, n 次正方行列 A に行基本変形を繰り返して A の簡約行列 C を得たとする. この行基本変形
の繰り返しを表す基本行列の積を P (すなわち P A “ C) とすれば, P は正則ゆえ, 仮定 AB “ E より,
CpBP ´1 q “ P pABqP ´1 “ P P ´1 “ E.
(5)
ここで, C ‰ E であると仮定すれば, C の最後の行は零ベクトルである. このとき CpBP ´1 q の最後の行
も零ベクトルとなる (確認せよ) が, これは明らかに (5) に矛盾する. よって, C “ E でなければならない.
更に (5) より BP ´1 “ E すなわち P “ B が得られる. 故に, BA “ P A “ C “ E が成り立つ.