「ボイジャー太陽系脱出」制作報告

大阪市立科学館研究報告 25, 107 - 110 (2015)
プラネタリウム投影プログラム
「ボイジャー太陽系脱出」制作報告
江 越
航
*
概 要
当館では 2015 年 3 月 から 5 月 にかけて、「ボイジャー太 陽系脱出 」というタイトルでプラネタリウム番 組
を投影した。この番 組 は、1977 年 に打 ち上 げられた惑 星 探査機「ボイジャー」を紹介 するもので、ボイジャ
ーが撮 影 した太 陽 系 の外 惑 星 の驚 くような映 像 のほか、最 近 到 達 した太 陽 系 の果 ての姿 を扱 った内 容
である。本 稿 では番 組 制 作 に当 たってのコンセプト、製 作した番組 の内容について報告する。
1.はじめに 
番 組 では、まずボイジャーが観 測 した豊 富 な写 真 を
1977 年 に打 ち上 げられたボイジャー探 査 機 は、木
もとに、太 陽 系の惑 星の姿を伝えることを目 的にする。
星 ・土 星 ・天 王 星 ・海 王 星 という太 陽 系 の外 惑 星 を身
探 査 機 で間 近 に観 測 することにより、初 めてその素 顔
近 で観 測 し、私 たちに驚 くような映 像 を 送 り届 けてくれ
が明らかになったという、驚きを伝える。
た。
また、惑 星に到 達するのには、太 陽 系の中 でも長 い
ボイジャーの探 査 により、惑 星 に関 する理 解 が飛 躍
年 月 を必 要することから、宇 宙の広 大さを実感すること
的に高まり、現在 、比 較 惑 星 学 と呼 ばれる分 野 が発展
になる。さらに、ボイジャーが到 達 した太 陽 系 の端 、星
するきっかけとなった。探 査 の結 果 は現 在 の惑 星 科 学
間 空間という概 念を紹介することで、太 陽 系とその周り
の基 礎 を作 り、私 たちの宇 宙 観 にも大 きな影 響 を与 え
にある星々にも思いを馳せることができる。こうした内容
ている。
を通 じて、宇 宙 の広 大 な広 がりとその中 に住 む私 たち
ボイジャー探 査 機 は現 在 でも飛 行 を続 けており、最
の関係について認識する。
近の解析結果から、2012 年 には末 端 衝 撃 波 面(ターミ
このように今 回 の 番 組 では、ボイジャーの探 査 の 様
ネーションショック)と呼 ばれる領 域 に到 達 したことが分
子 を紹 介 することを通 して、現 在 につながる惑 星 科 学
かった。ここは太陽 系 の端 に当 たる部 分 であり、ついに
の一端と、私たちの宇宙観を伝えることとする。
ボイジャーは太陽 系の果 てに到 達 したことになる。
以 下 においては、この番 組 制 作 に当 たってのコンセ
プト、および制作した番 組の内 容について報 告 する。
3.番組の構成
番 組 の構 成 は、次 のように主 に 7つのパートに分 け
て作成した。以下に、各パートの内容を示す。
2.番組コンセプト
ボイジャー探査 機は、1970 年 代 終 わりから 80 年 代
○イントロ
今から 40 年近く前の 1977 年、2機の惑星探査機
にかけて、太 陽 系 の外 惑 星 の写 真 を 送 り届 けることで、
「ボイジャー1号 ・2号 」が打 ち上 げられた。「ボイジャ
私 たちに大 きな影 響 を与 えた探 査 機 である。特 に、天
ー」とは航 海 者 という意 味 である。このボイジャー探 査
王 星 、海 王 星 に関 しては、いまだにボイジャー以 外 の
機について、まず打ち上げの場面と共に紹介する。
探 査 機は到 達 しておらず、間 近 から撮 影 された写 真も
存在していない。
次 に木 星 に向 かうボイジャーの全 天 周 映 像 や惑 星
の写 真 とともに、この探 査 機 が太 陽 系の惑 星を間 近に
とらえ、鮮 明 な写 真 を送 り、多 くの発 見 を成 し遂 げたこ
 *
大 阪 市 立 科 学 館 学 芸 グループ
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とに簡単に触れる。さらに現 在ボイジャーは、太陽系の
端に到達、今まさに太陽系 を離れようとしている、という
江越 航
ことでタイトルを表 示 し、イントロとする。
○グランドツアー
跡を表示して示した。
土 星 のパートは、主 に静 止 画 の写 真 を中 心 に構 成
ボイジャー探 査 機 を打 ち上 げたのは、地 上 からの観
した。地 上 からの観 測 では、土 星 の 環 は 3本 の環 から
測ではぼんやりとしか見 えない太 陽 系 の惑 星 の姿を詳
できていると考えられていたが、実際には 1000 本 以 上
細に知るためである。しかし、海 王 星までは 45 億 km、
の細 い環 が集 まってできていることが明 らかになった 。
探査機が到達するには 30 年 以 上の時 間 が必要だっ
この内容を、写真と一部動画で説明する。
た。
また、土 星の衛 星も観 測 した。特 に衛星タイタンは、
しかし、画 期 的 な方 法 が見 出 された。1970 年 代 後
周囲がぼやけており、大気 のある星であることが分かっ
半 か ら、地 球 の 外 側 の 惑 星 が 、ほ ぼ同 じ方 向 に 並 ぶ
たことを解説する。
のである。これを、バーチャリウムの太 陽 系 の描 画機 能
○天王星・海王星
を用いて紹介する。
この時期にフライバイと呼 ばれる方 法 を利 用 すること
打ち上げから8年後の 1985 年 7 月、ボイジャー2号
が天王星に接 近。ここの演 出は、距離感を出すために、
で、惑 星 到 達 までの時 間 を大 幅 に短 縮 することができ
ボイジャーの目 線 でバーチャリウムの描 画 機 能 により、
る。そのため、この時 期 にボイジャーが打 ち上 げられた
太陽付近から直線的に天王星まで飛行した。
ことを説明する。
以下、ボイジャーが探 査 した惑 星を順に紹 介する。
天 王 星 に ついては 、地 球 か らは 青 い 点 に しか 見 え
ず、謎 の 惑 星 だったが 、淡 い青 色 の 模 様 の 少 ない星
であること、横 倒 しになっ て自 転 していることが 分 かっ
たことを解 説する。その後 、全 天 周の映 像により、天 王
星リング、そして衛星ミランダの紹介を行う。
そして打ち上げから 12 年 後 、1989 年 8 月、最果て
の惑 星 海 王 星 に接 近 。引 き続き、ボイジャーの目 線 で
バーチャリウムの描 画 機 能 により、直 線 的 に 海 王 星 ま
で飛行して、距離感を出した。
海王星は、美しい青色をしており、大きな斑点もあっ
た。そして大 気 中 には白い雲のような筋も見 えた。これ
を、海王星の雲の全天周映像を交えて説明する。
最 後 に 、衛 星 トリトンの 解 説 を 行 っ て 、太 陽 系 の 星
の説明を終わる。
図1 グランドツアーの場 面
○木星
打 ち上 げから2年 後 、ボイジャー1号 、2号 は相 次 い
で木 星 に 接 近 。これを、バーチャリウムの 太 陽 系 の 描
画機能に加え、ボイジャーの軌 跡を表 示 して示 した。
木 星 に接 近 して写 真 を撮 ったボイジャーは、木 星 の
表 面 は帯 状のガスに彩 られていたこと、大 赤 斑 は巨 大
な雲の渦 巻きである様 子 をとらえたことを、実 際 に撮 影
された写真と共に紹 介 する。
さらに木 星の衛 星 イオで、常 識 を覆 す発 見 があった。
図2 天 王 星の紹介
イオの表 面 から火 山 の噴 煙 が上 がっていた のである。
これは、地 球 以 外 の天 体 で初 めて火 山 活 動 が確 認 さ
れたもので、衛 星 イオは生 きていた星 だったのである。
この内容を、写真と全 天 周の動 画により紹 介する。
なお、この木 星 のパートは、2012 年 の冬 番 組として
投影した「木星」を利 用 して作 成 した。
○土星
打 ち上 げから3~4年 後 、ボ イジャー1号 、2 号 は土
星 に接 近 。この部 分 も木 星 と同 様 に、ボイジャーの軌
○星間空間
現在ボイジャー1号は、地球から 195 億 km、2号は
161 億 km 離れた宇宙を飛んでいる。地球から太陽ま
での 100 倍以上の距離である。
太 陽 系 の端 は、太 陽 風 と星 間 物 質 がぶつかる壁 の
ような状 態 になっており 、末 端 衝 撃 波 面 (ターミネーシ
ョンショック)というが、このターミネーションショックの存
在を、解説画像により説明する。
プラネタリウム投影プログラム「ボイジャー太陽系脱出」制作報告
そして、ボ イジャー 1 号 が タ ーミネー ションショックを
5.軌跡 の描画
越 えたことを、観 測 機 器 の データが プラズマの 変 化 を
ボイジャーが地 球を飛び出 し、外 惑 星へ向かう場 面
捉 えたことから解 説 する。このことから、ボイジャーはつ
において、バーチャリウムの 機 能 に より 、 ボ イジャーの
いに太陽系の端に到 達 したことを紹 介する。
軌 跡の描画を行った。
図3 星 間 空 間の解 説
○エンディング
エンディングとして、ボイジャーが写 した太 陽 系 全 体
図5 ボイジャーの軌 跡を描 画
の写 真 を紹 介 する。この写 真 は事 前 の試 写 で人 気 の
高かったものである。写 真 では地 球 はかろうじて見える、
バーチャリウムのプログラムにおい て、以 下 のように
小 さな青 い点 に過 ぎない。宇 宙 から見 れば、地 球 も太
最初に object を定義し、用意した軌 跡 データの csv フ
陽系もほんの小さな存 在 であることを教えてくれる。
ァイルを読み込むことで、軌 跡の描画が可能になる。
ついに 太 陽 系 を 飛 び 出 して 、大 海 原 へ と 旅 立 っ た
obj_voyager is voyager.x
ボイジャー、これを遠 くに飛 び去 っていくボイジャーの
obj_voyager path is voyager_path.csv
映像を出しながら演 出して、番 組を終わる。
obj_voyager trail on
csv ファイルの軌道データは、Time X Y Z H P R の
7 つの要 素 を時 系 列 に並 べたものを用 意 する。ここで
XYZ はバーチャリウムのワールド座 標 系であり、ドーム
中心を原点、正面方向が Y 軸、右方向が X 軸、天頂
方向が Z 軸に相 当する。Time は日単位で記載する。
HPR(heading、pitch、roll)については、今 回はいずれ
の値も 0 とした。
csv ファイルを作成するための軌道データは、NASA
の Web サイト「National Space Science Data Center」
からダウンロードした。
図4 エンディングの場 面
このサイトから得 られる 軌 道 は、太 陽 中 心 の黄 道 座
標系で出力される。これは、春分点の方向を X 軸とし、
黄道面が XY 面、これに垂直に北極方向が Z 軸となる
4.惑星間の飛 行
右 手 系 の 座 標 で あ る 。 黄 経 λ ( ecliptic longitude 、
番 組 中 、「グランドツアー」「天 王 星 ・海 王 星 」のパー
SE_LONG)は X 方 向 が 0 で、Y 方向に向かって増加す
トは、ボイジャーとともに、太 陽 系 内 を飛 行 しているよう
る。黄 緯 β(latitude、SE_LAT)は北極が 90 度、南極
な演 出 を行っている。これは、バーチャリウムの太 陽 系
が -90 度となる。これに、太陽からの距離(RAD_AU)
の描画機能に視点 移 動を組 み合 わせて行っている。
と合 わせ、年 、日 、距 離 、黄 緯 、黄 経 が時 系 列 に並 ん
視点 移 動は、eye オブジェクトを移 動 させることで行
っている。例えば木 星に移 動 する場 合 は
eye goto jupiter dur 5
という命 令を実 行 する。これにより、5 秒 間 かけて木 星
に移動する。さらに適 宜 、eye の姿 勢 、scene の位置と
姿勢を調整することで、必 要 な演 出を行っている。
でいる。
YEAR DAY RAD_AU SE_LAT SE_LON
1977
249
1.01
0
343.8
・・・・・
これを、バーチャリウムで使用する軌道データにする
ために 、まず 赤 経 α・ 赤 緯 δへの 座 標 変 換 が 必 要 に
江越 航
なる。
赤経・赤 緯を前 項の方 法により計算 し、視 点 方 向が太
黄道座 標 (黄 経 λ,黄 緯 β)
→ 赤 道 座 標 (赤 経 α,
赤 緯δ)への座標 変 換は、次 の式 で求められる。
cos  cos   cos  cos 
陽の方向を向くよう、赤経・赤緯とも 180 度 反 対 方 向 に
設定した。
さらに、写 真を表示する前に、下記のような枠だけで
cos  sin    sin  sin   cos  cos  sin 
sin   cos  sin   sin  cos  sin 
背景が透明な png 画像を 38 枚用意した。これらの画
像は、順番に端から枠を 1 つずつ増やしていったもの
になっている。これを 0.1 秒ずつ交代で表示していくと、
ただし、ε=23゜26’(軌 道 傾 斜 角)
いかにも連続的に写真を撮影している雰囲気を出すこ
このうち、第1式、第 2式より
とができる。
tan   ( sin  sin   cos  cos  sin  ) / cos  cos 
最 終 的 にこの枠 に重 ねて、実 際 の 写 真 を表 示 する
と なる の で α を 、 ま た 第 3 式 よ り δ を 求 め る こ と が で き
ことで、より効果 的にボイジャーが撮 影した写 真を紹 介
る。
することができる。
なお、α、δの値 について正 負 の不 定 性 が残るが、
これは 実 際 に 表 示 してみ て、手 動 で 符 号 を 入 れ 替 え
た。
α、δから XYZ を求 めるには、以 下の図を参照する
と
z
P
O
zp
y
δ
α
x
xp
yp
図6 赤 道 座 標 系から直 行 座 標 系への変 換
x  r cos  cos 
y  r cos  sin 
z  r sin 
より求めることができる。ここで r は太 陽からの距離で、
元データの RAD_AU に相 当 する。
図7 撮 影 枠の一例
7.おわりに
1970 年代終わりから 80 年代にかけて、私たちに驚
くような写 真 を届 けてくれたボイジャーは、現 在 でも旅
を 続 けて おり 、宇 宙 の 空 間 的 ・ 時 間 的 広 が りを 感 じさ
せてくれる探査機である。
番 組 の製 作 に当 たっては、豊 富 な写 真 とプラネタリ
ウムの演 出 機 能 を用 いることで、まさにボイジャーと一
緒に旅をしているような感覚 を出すことを目指した。
私 たちの宇 宙 観 を変 え、現 在 につながる惑 星 科 学
の 成 果 を 、ボ イジャーの 探 査 を 紹 介 する こと で、 来 館
6.撮影枠の描 画
エンディング の 場 面 で、ボ イジャーが 写 した 太 陽 系
全 体 の写 真 を紹 介 した。この 写 真 を演 出 上 効 果 的 に
紹 介 するため、バーチャリウムの太 陽 系 の描 画 機 能 を
用 いて撮 影 日 時 の太 陽 系 の惑 星 配 置 を再 現 し、そこ
に実際に撮影した写 真を重 ね合 わせた。
この際 、描 画の視 点 位 置 は、撮 影 日 のボイジャーの
者に伝えることができればと考えている。