大都市近郊の銭湯を中心とした地域コミュニティー再生の考察

大都市近郊の銭湯を中心とした地域コミュニティー再生の考察
○大野拓陽(東京都市大学), 籾山史奈(昭和女子大学), 森田直之(千葉大学), 川端康正(千葉大学)
Keyword: 銭湯、地域再生、地域コミュニティー
【研究背景】
かつて銭湯は街の中心にあり、多くの人々が毎日のよ
うに足を運んで、生活の一場面を構成していた。しかし
大都市近郊の再開発事業や生活スタイルの変化などに伴
い、銭湯は年々数を減らしている。東京都公衆浴場業生
活衛生同業組合の統計によれば、昭和 40 年、東京都内に
は 2641 軒の銭湯があったが、平成 25 年には 706 軒にま
で減少している。しかし、銭湯を地域コミュニティーと
図 2 研究対象とした弁天湯
いう観点から見つめてみると、地域コミュニティーの中
心的存在になりうる可能性が感じられた。銭湯を利用し
て地域再生を考えた場合、犯罪防止や高齢者を見守る地
【調査結果】
域の目、災害時の連携などといった地域のつながりにつ
聞き取り調査及び銭湯の観察を行なった。50 年前は杉
いてのキーワードが見えてくる。そこで、銭湯を中心と
並区に約 100 軒の銭湯があったが、
現在は 24 軒となって
した地域再生を模索する試みを行なった。
いる。また、利用客の数が最も多かった約 23 年前は一日
の利用客が約 700 人前後であった。現在は平日 100 人、
【研究方法・研究内容】
多くても日曜日に 200 人程である。これは、弁天湯の近
研究は東京都杉並区で行なった。杉並区高円寺で約 80
隣に文化住宅(風呂なし共同住宅)があったため、利用
年の歴史を持つ「弁天湯」を中心にして地域コミュニテ
客が多かったものと思われる。現在、近隣はマンション
ィーの再生の可能性について調査・考察した
(図2参照)
。
が多く、需要そのものが減少している。弁天湯の立地は
また、地域コミュニティー再生の可能性を考察するにあ
かつて商店街の中心に位置していたが、商店街は車道に
たって、図1のようなイメージを想定した。
変わり、買い物をしてから銭湯を利用して帰宅するとい
う人々の流れが失われてしまったといえる。近隣には一
人暮らしの高齢者も増えているため、
「銭湯に来れば色々
な人とお話ができる」というような、ただ風呂に入るだ
けが目的ではない利用客もいる。銭湯で互いの身分など
を気にせず同じ立場で「裸の付き合い」をする文化は今
も残っているといえる。また、弁天湯で行われているサ
ービスとして、1 回利用するごとにスタンプが押され、ポ
イントごとに石鹸などの景品がもらえるスタンプカード
図1 銭湯を中心にした地域再生のイメージ図
や曜日限定でいつもと違ったお湯を楽しむことができる
「薬湯」などがある。
そして弁天湯を調査し、現在の銭湯が抱える課題や杉並
区の取り組みについて考察した。また、事例調査を行い、
【地域再生に向けて】
本研究における地域再生への糸口を模索した。
図1に示したイメージを実現するためには、地域の人々
が銭湯を利用する機会を増やしていく仕組みが必要であ
る。杉並区では、週に1度、100 円で入浴できる日が銭
湯ごとに設定されており、行政としてそれを支援してい
る。銭湯による地域づくりが盛んなのは江戸川区で、公
衆浴場組合江戸川支部は「平成 25 年度地域づくり総務大
県生活衛生営業指導センターとの連携によって作成され
臣表彰」を受けている。具体的な取り組みとしては、
「健
たものである。地域の観光資源も生かし、観光、ウォー
康長寿協力湯制度」がある。これは、65 歳以上の人を対
キング、入浴の 3 つをマッチさせた催しになっている。
象に、入浴証(図 3 参照)の提示で入浴 1 回につき通常
杉並区高円寺には弁天湯のほかにもいくつかの銭湯があ
料金 450 円の約半額、220 円で何度でも利用できるもの
る。また、その銭湯同士を移動する際には商店街を通る
だ。ほかにも子ども達に銭湯でお風呂の入り方を指導す
ので大津市のものよりも小規模になるが、買い物や食事、
る取り組みや、プロの噺家を呼んで寄席の企画、敬老の
ウォーキング、入浴といった3つのポイントで高円寺を
日には子ども達が高齢者の利用客の背中を流す催しなど
楽しめる催しが可能だと考えた。
(図 4 参照)
が開かれる。今では地域の大人と子ども、あるいは大人
同士でもコミュニケーションをとる機会が少なくなって
【謝辞】
しまっているが、銭湯を利用することでそれを積極的に
本研究にあたり、弁天湯のみなさんには施設見学や取材
増やしている。また、江戸川区では高齢者が、はり、き
など協力して頂きました。この場を借りて御礼申し上げ
ゅう、あんまマッサージの「三療」を割引料金で受ける
ます。
ことができる三療券の交付がある。これらの事例は応用
できるのではないかと考えた。また、銭湯を中心に地域
【引用・参考文献】
コミュニティーが再生することができれば、地域の防犯
[1] 杉並浴場組合編 あゆみ 2006
や都市における孤独死の問題、こどもたちの社会性獲得
[2] いま、都市をつくる仕事 学芸出版社 2011
など現代社会に求められているものを解決に導くヒント
になると考えている。
図 3 健康長寿入浴証のサンプル
図 4 高円寺駅周辺の銭湯の分布
他の事例としては、滋賀県の大津市での「銭湯めぐり
マップ」の作成がある。これは地元の大学と(財)滋賀