財政学Ⅱ 1 第7回 公債と財政赤字(3)公債発行がもたらす諸問題 2015年11月13日(金) 担当:天羽正継(経済学部経済学科准教授) 2 公債発行がもたらす諸問題 公債発行がもたらす諸問題 民間資金を圧迫してクラウディング・アウトを生じさせる。 将来世代に財政負担を転嫁させて「世代間の公平」を阻害する。 財政支出に占める公債費の割合が上昇し、財政硬直化の要因となる。 クラウディング・アウト 経済が完全雇用の状態にある場合に、民間が調達する資金が公債発行によって押しのけられること。 完全雇用:働く意欲と能力を持ち、現行の賃金水準で就業を希望するすべての人が雇用されている状態(『ブリタニカ国際大百科 事典』)。 IS・LM 分析による説明(スライド3):財政支出の拡大によりIS 曲線が右にシフトすると(LM 曲線はシフトせず)、 均衡点はE1 からE2 に移動。その結果、利子率がi1 からi2 に上昇し、国民所得(GDP )はY1 からY2 に増加するが、国民 所得の増加( Y2 -Y1 )はIS 曲線のシフト( Y3 -Y1 )ほど大きくはない。すなわち、利子率の上昇によって投資需要 が抑制され、国民所得の増加が抑制された。 公債が中央銀行引受によって発行された場合は、マネーサプライの増加によりLM 曲線も右にシフトする。 クラウディング・アウト 3 利子率(i ) i2 i1 0 IS 曲線 LM 曲線 E2 GDP の増加 E1 Y1 IS 曲線のシフト Y2 Y3 GDP(Y ) 将来世代への財政負担の転嫁(1) 4 古典派:公債発行により、本来であれば生産的用途に向かうはずの民間貯蓄が「不生産的」な財政支出に向か うため、民間の資本蓄積が阻害されて将来世代において生産力が減少するとともに、償還のための増税が行わ れる。そのため、将来世代に負担が転嫁することになる。 ケインズ派(新正統派):公債発行により、将来世代において償還のための増税が行われるが、世代全体とし てみると、償還のための租税を負担する納税者と償還を受ける公債保有者は同一世代に属するため、将来世代 に負担は転嫁しない。 これは内国債のケース。この場合、国民にとって公債は負債であると同時に資産でもある。 これに対して外国債の場合は、現在世代においては国外からの資金の流入によって利用可能な資源が増加する一方、将来世代にお いては償還のために国内から国外に資金が流出する。そのため、将来世代に負担が転嫁することになる。 ただし、将来世代全体には負担は転嫁しないものの、将来世代の内部では納税者から公債保有者に資金が移転する。 新古典派 ブキャナン:個人レベルで効用や利用可能な資金が強制的に減少させられることを負担と定義。現在世代においては、 個人が自発的に公債を購入するため負担とはならないが、将来世代においては、償還のための増税によって効用や資金 が強制的に減少させられるため、将来世代に負担が転嫁することになる。 モディリアーニ:民間の資本蓄積の減少によって将来所得が減少させられることを負担と定義。経済が完全雇用の状態 にある場合、租税による財源調達が民間貯蓄と民間消費をともに減少させるのに対し、公債による財源調達は民間貯蓄 のみを減少させるため(スライド5)、より多くの民間貯蓄=民間投資=資本蓄積の減少をもたらし、将来所得を減少 させる。そのため、将来世代に負担が転嫁することになる。 5 将来世代への財政負担の転嫁(2) 租税による財源調達 公債による財源調達 消費 消費 所得 租税 所得 公債 貯蓄 貯蓄 6 将来世代への財政負担の転嫁(3) 合理的期待形成学派(新リカード学派) リカードの等価定理:自らの生存期間内において公債の発行と償還が行われるとすれば、現在世代は将来における償還 のための増税に備え、消費を減少させて貯蓄を増加させる。そのため、公債発行は租税負担の繰り延べに過ぎなくなる。 財政支出をすべて租税で賄う場合 第1期と第2期における個人の予算制約式は下記のようになる(ただし、Y は所得、S は老後のための貯蓄、i は利子率、T は租税負担額、C は消費 額、添字は期を表す)。 𝐶𝐶1 = Y − 𝑆𝑆 − 𝑇𝑇1 (1) 𝐶𝐶2 = (1 + i ) 𝑆𝑆 − 𝑇𝑇2 (2) 第1期と第2期における財政支出はすべて租税で賄われるから、政府の予算制約式として𝐺𝐺1 = 𝑇𝑇1 および 𝐺𝐺2 = 𝑇𝑇2 が成立する。これを (1) と (2) に代入 すると、生涯にわたる個人の予算制約式として下記の式が成立する。 𝐶𝐶1 + 1 𝐶𝐶 1+𝑖𝑖 2 1 = Y − (𝐺𝐺1 + 1+𝑖𝑖 𝐺𝐺2 ) (3) 第1期の財政支出を公債発行で賄い、第2期に租税で償還を行う場合 第1期と第2期における個人の予算制約式は下記のようになる(ただし、D は公債発行額)。 𝐶𝐶1 = Y − 𝑆𝑆 − D (4) 𝐶𝐶2 = (1 + i )(𝑆𝑆 + D) − 𝑇𝑇2 (5) これに対して、第1期と第2期における政府の予算制約式は下記のようになる。 𝐺𝐺1 = D (6) 𝐺𝐺2 = 𝑇𝑇2 − (1 + i ) D (7) (6) と (7) を (4) と (5) に代入してD とS を消去すると、(3) と同じ式が得られる。 上記二つの場合で生涯にわたる個人の予算制約式が変わらないのであるから、公債発行は経済的な影響をなんらもたらさない。 7 将来世代への財政負担の転嫁(4) 合理的期待形成学派(新リカード学派)(続) バローの中立命題:公債償還が世代を超えて行われる場合でも、現在世代が将来における償還のための増税を予想して 貯蓄を増やし、将来世代に遺産を残そうとすれば、世代を超えてリカードの等価定理が成立し、将来世代に負担は転嫁 しない。 批判的見解 多くの人々は「近視眼的」であり、公債償還のための財政負担が将来世代に転嫁されることについてあまり考えようとはしない。 貯蓄を増やしても借入れができれば消費を維持することができるので、人々は遺産を残すために貯蓄を増やそうとするかもしれない。しかし、借 入れが困難であれば(「流動性制約」に直面していれば)、消費を維持するために貯蓄を増やそうとはしない。 もしもバローの中立命題が正しければ、財政赤字の拡大に伴って一国における貯蓄額は増えていくはずであるが、現実には必ずしもそのように なっていない。 重複世代モデル:同じ時期に生まれた人々を「世代」と定義。公債償還のための増税が、公債発行時の世代が 生きている時に行われなければ、将来世代が負担することとなる。 スライド8:政府が6,000万円の公債を発行し、それを若い世代と中年の世代が購入。公債を財源として各世代に2,000 万円ずつの財政支出が行われる。20年後に公債償還を行う際には、各世代に2,000万円ずつ課税する。その結果、生涯 を通じた純便益((1)~(5)の合計)は、過去の若い世代(20年後の中年の世代)と過去の中年の世代(20年後の高 齢者の世代)では当初所得の6,000万円から変わらず、過去の高齢者の世代(20年後には死亡)では2,000万円増加、20 年後の若い世代では2,000万円減少。 すなわち、過去の高齢者の世代から20年後の若い世代に、公債の負担が転嫁。 8 将来世代への財政負担の転嫁(5) 重複世代モデルによる公債負担の説明 2010-2030年 若い世代 (1)所得 6,000 (2)公債発行 -3,000 (3)政府支出 2,000 2030年 (4)増税 (5)償還 若い世代 -2,000 - (単位:万円) 中年の世代 高齢者の世代 6,000 6,000 -3,000 2,000 2,000 中年の世代 高齢者の世代 -2,000 -2,000 3,000 3,000 注:各世代の期間は20年、人口は同じで、貯蓄はないと仮定。 出所:持田信樹『財政学』237頁。 -
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