第263回 よくわかる歯科心身医学 一症例と解説を中心に− 愛知学院大学歯学部口腔外科第一講座 荒尾 宗孝 1.心と体のメカニズム ストレスとは医学的に 十十 I このような、さまざまなストレスから口腔内 に症状が出現する疾患(いわゆる口腔心身症) は「各種の刺激が生体に としては、舌痛症、味覚異常症、口腔内異常感 作用した場合に起こる自 症(歯牙不定痔痛症を含む)、口腔乾燥症、心 律神経系の一定のひずみ」 因を伴う顎関節症、口臭症(自己臭症)、異常 を意味している。ストレ スには心ばかりでなく、 絞拒反射、義歯不適応症、歯科治療恐怖症など が挙げられる。 からだに加えられる刺激 2.総合的診断 や緊張の全てが体性神経経由で関与する。から だや心が刺激として受けとめるものの中で、ス トレスの原因となる刺激を大別すると、物理 歯科領域における心身症、神経症などの診断 には、歯科医学的診断学に心身医学的診断学を 加えた総合的な病態の把握をしなければならな い。それには、心身症の疑診をつけた場合でも、 的・化学的刺激、生理的刺激、心理的刺激など が挙げられる。 これらの様々な刺激が体に加わると直接、間 稔初に身体疾患としての器質的病変の有無につ いて詳細な診査を行う必要がある。問診、視診、 接的に自律神経の変調を伴う非特異的な防御反 触診、Ⅹ線撮影などは適法通り行い、同時に臨 応が現れる。許容できる範囲のストレスならば、 床検査(心身医学的)を施行するのが理想的で 生命のバランスを保とうとする自動的な働きに ある よって耐えることができるが、自律神経の変調 これら諸検査を綿密に行う事により、器質的 が一面的に交感神経緊張を高めるような過剰な ストレスとして心身に加わると様々な障害をも 病変の有無を知ることができる。そして器質的 たらす。物理的・化学的刺激によるストレスは、 器質的病変か、あるいは心身医学的な因子が関 ストレスの原因がなくなれば自動的に消えてゆ 与しているかについて考慮するが、鑑別は意外 病変が認められた場合に、その病変が身体的な くが、心理的刺激によるストレスは、特に現代 に難しいことがある。また、歯・口腔領域にま のような複雑な社会情勢では絶えることなく押 ったく器質的変化が認められないにもかかわら し寄せている。 ず、痔痛や種々の愁訴を訴える場合には、神経 痛などが除外できれば、心身医学的配慮が必要 になる。 1)面接法 面接には治療者の共感的、受容的な態度が必 心身症に対する治療は、身体的な病変ないし 症状を対象とした身体的治療と、それに劣らな いくらいの心理的治療との適切な組み合わせが 特に必要であり、いずれか一方のみでは、治療 要であることは、いかなる身体疾患でも同様で あるが、心身症の疑いが生じれば、より受容的 目的を達し得ない場合が多い。 な態度が必要になる。問診によって得られるも 簡易精神療法は、広く一般に応用されており、 いわゆる心身症を対象にした心身医学の実地臨 のは、一口に心理的因子といっても単一のもの でなく多面的にとらえるべきもので、心理的因 子の評価は、全ての情報を整理して、さらに、 患者の内面に立ち入って、病状の成り立ちを考 察していく態度が必要であり、面接結果は治療 を続けるうえで、最も重要な資料であると考え なければならない。 2)心理テスト 心理テストはあくまでも心理面接の補助手段 として考える。面接による患者心理の把握は、 治療をする者の有する治療論理やその経験に応 1)簡易精神療法 床では、初診時より本療法を基本に治療が進ん でいく。これは、受容、支持、保証の3つを原 則とする精神療法で、日常われわれ臨床医が行 っている診療は、この簡易精神療法を包含して いなければならない。 2)薬物療法 心身医学的治療を行う上で、簡易精神療法と ともに、薬物療法の占める割合は極めて大きい。 それは直接原因を除去するための主治療となる じて、必ずしも常に一定の資料やそれに基づく 場合もあれば、間接的に、あるいは他の治療を スムーズに進めるための補助的な場合もある。 評価が得られるとは限らない。その点、心理テ ストではそれが心理的要因のある限られた側面 めて広範囲に及んでいるが、対象とする症状と をとらえているにすぎないにしても、面接を通 薬物療法に用いられる薬剤には各種あり、極 して得られた知見に比較し、より客観的、定量 使用しようとする薬剤の適応と特性をよく把握 して的確に用いれば、かなり効果をあげること 的データが得られるということは事実であり、 ができる有力な治療手段となる。また、薬物療 補助手段としての心理テストの役割はそこにあ ると考える。 法は、単に薬剤を投与するだけでなく、特に心 その他に、生理学的検査法などが診断法とし て挙げられる。 3.治療指針 身症の治療の場合には、医師と患者間に十分な ラポールが形成されることが必要になる。 その他に、自律訓練法、行動療法、バイオフイ 叫ドバック療法などが治療法として挙げられる。
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