各微生物の感染対策 真菌と院内感染 三重大学医学部附属病院 中央検査部 医療安全・感染管理部 副部長 中村 明子 田辺 正樹 は じめに 上記の4菌種はバイオフィルムを形成することが知られ 真菌は俗にいうカビを主体とする一群の微生物で 感染の原因菌となる。また、抗菌薬投与後に生じた菌 ており、カテーテル感染や易感染患者における日和見 あり、大きく糸状菌と酵母の2つに分類することがで きる。真菌の大部分は腐生菌として、土壌中、水中、 空気中、植物生体などの自然環境中に広く生息してお 各微生物の感染対策 り、周囲の有機物などを栄養として利用して発育す る。その結果、真菌は自然界における有機物の分解者 として環境保全に重要な役割を果たしている。また、 人類は、古くから真菌の発酵能力を利用してチーズや 味噌、醤油など、多種多様の食品を作りだしてきた。 一方、真菌による有害な影響も少なくない。空気中に 浮遊している真菌をアレルゲンとする鼻炎や気管支喘 息などのアレルギー疾患、白癬、水虫などの表在性の 真菌感染症が知られているが、とりわけ深刻な問題と して、易感染患者における深在性真菌症(日和見感染 症)が挙げられる。特に悪性腫瘍の化学療法や移植に 伴う免疫抑制などのハイリスク患者が近年、増加傾 交代の結果、見かけ上優位に検出されることもある。 これらの 属の大部分は定着状態では酵母 型として存在するが、組織内に侵入した状態では菌 糸型の発育をとることが多い。病巣部の染色標本で 炎症性背景を伴った菌糸型の発育形態が見られた場 合、これらの真菌が原因菌であることが示唆される。 細胞壁には(1−3)β−Dグルカンやガラクトマンナ ンが含まれており、臨床検査ではこれらを血清診 断マーカーとして測定している。 これらの真菌による感染は(前述の通りヒトに対す る親和性が高いことからも)主に内因性感染といわれ ているが、汚染された輸液や医療従事者の手指を介 した病院感染も報告されている。当院での 属の検出状況(図1)をみても、幅広い検査材料から 様々な菌種が検出されている。 向にあるものの、その予防・診断・治療の方法がい ずれも十分に確立されていない。 このような状況のなか、医療従事者は遭遇する可 能性の高い病原真菌について、必要な基礎知識を備 えることが求められる。 今回は、代表的な属について、その分類と特徴 を述べる。 酵 母様真菌 Ⅰ. 属 病原性 、 属の代表菌種として 、 、 呼吸器系 消化器系 などが挙げられる。これらはヒトに親和性が高く、消 6 丸石感染対策 NEWS 血液・ 穿刺液 創部・膿・ ドレーンなど 2009.1∼2010.12 三重大学医学部附属病院 化管、上気道、膣などの粘膜や腋下をはじめとする全 身の皮膚の表面に常在菌として定着している。とくに 泌尿器・ 生殖器系 図1. 属の分離頻度 Ⅱ. 属 査法にも莢膜を標的とする抗体が用いられている。 属は自然界に広く分布している酵母 クリプトコッカス症の発生は病院周辺の鳥類と関 が挙げられる。 連した報告が多く、細胞性免疫不全患者の病室の空 鳥類の糞およびそれらを含む塵芥、腐朽、枯死植物、 調対策に加え、病院周辺の鳥類の糞を減少させるこ 果物、木材などから検出され、これらが乾燥して空 とが必要であったケースも報告されている。 であり、代表菌種として 気中に浮遊したものを吸入することによりヒトに伝 播するといわれているが、この初感染は不顕性であ 属 Ⅲ. ることがほとんどである。また、本菌は日和見感染 属も自然界に広く分布している酵母で をおこす真菌の中では強い感染力を持つため、健常 ある。わが国では、夏型過敏性肺炎の原因微生物と 人にも感染することがあり、(肺クリプトコッカス症 しても知られている。当院での検出状況(図2)をみ として)健康診断などの胸部X線検査で偶然発見され ると、泌尿器系材料から検出されるケースの多いこ る場合が多い。 とがわかる。これらの症例のほとんどはグラム染色 本菌に対する宿主防御は、主として細胞性免疫に で炎症性背景を伴わず(図3)、抗真菌薬の投与なし よって担われており、HIV感染(特にAIDS発症)患者 に培養の陰性化を認めたため一過性の保菌であった におけるクリプトコッカス症の発症率は5%を超え と推定された。しかし、特に免疫不全患者では、近 る。HIV感染以外でも、リンパ腫、成人T細胞性白血 年 病、サルコイドーシス、膠原病などの基礎疾患を持 ことが知られている。中でも本菌に無効な抗真菌薬 つ患者や、臓器移植に伴って細胞性免疫能の低下を を投与した後のブレイクスルー感染が報告されてお きたしている患者での発症例が多い。そして、本菌 り、これらは予後不良であることが多い。 は他の真菌に比べて、中枢神経への親和性が高く、 属は、前述の 属の莢膜 抗原と交差反応性を持つ抗原を保持しているため、 炎、脳炎などの原因菌となり得る。 播種性 本菌は厚い莢膜に覆われている。迅速検査法とし 原検査が陽性となることが多い。また、細胞壁には て広く利用されている墨汁染色は、この性質を利用し 属と同じように(1−3)β−Dグルカンが含ま 各微生物の感染対策 (特に細胞性免疫能が低下した患者群では)、髄膜 属による播種性感染が増加している 症患者ではクリプトコッカス抗 た検査法である。また、特異性に優れた検査法として れるため、臨床検査ではこれら2つを血清診断マー クリプトコッカス抗原検査が知られているが、この検 カーとして測定している。 血管カテーテル 1例 喀 痰 1例 (4.5%) (4.5%) 眼 脂 1例 (4.5%) 便 2例 (9.1%) 尿 11例 (50.0%) 口 腔 2例 (9.1%) 耳 漏 4例 (18.2%) 例数:22例 2009.1∼2010.12 三重大学医学部附属病院 図 2. 検体別 属検出頻度 尿 グラム染色 ×1000 図3. 2011 JUN No.3 7 糸 状菌 、 としては、 、 Ⅰ. 属 気管支洗浄液や病巣部の組織などのグラム染色で 属は、土壌、水、草木、埃、空気など は、隔壁のある幅の広い菌糸がみられることが多い 自然界に広く分布している糸状菌である。その胞子 (図4)。検体を培地に接種して培養すると、1週間程 は飛沫核とほぼ同じ大きさ(2∼3.5μm)であるた 度で様々な色調を呈する大きなコロニー(図5)を形 め、空気中に長時間浮遊する。本菌は、気管支喘 成する。発育した菌株のラクトフェノールコットン 息、アレルギー性細気管支炎の原因微生物となる。 ブルー染色では特徴的な分生子頭(頂嚢、フィアライ 混入菌・汚染菌として検出される頻度も高いが、時 ド、分生子)を観察(図6)することができる。主な菌 に侵襲性の感染(アスペルギルス症)を引き起こす。 種については、コロニーの色調と分生子頭の形態で 感染部位は肺、副鼻腔、脳、外耳道、皮膚など多様 菌名を同定することができる。また、 属 である。 は、菌種や菌株により、様々な抗真菌薬に耐性を示 また、特に空気中に多量の胞子が存在する場合に すことが多い。そのため、培養検査での検出率は低 は、易感染患者において多種多様な感染を引き起こ いものの、可能な限り(培養により)生菌を検出し、 すことがある。建物の改修、修理の現場では天井裏 薬剤感受性を実測することが望ましい。 などに蓄積した胞子が多量に飛散するため、その封 じ込めには特に注意が必要である。 ガラクトマンナンを含む。そのため、臨床検査では 属のうち、検出頻度の高い 病 原 性 菌 種 として、 、 、 、 が挙げられる。また、比較的まれな原因菌種 属は、細胞壁に(1−3)β−Dグルカンと 血清診断マーカーとして用いられているが、いずれ も菌種に特異的ではなく、血清診断マーカーのみで は菌名同定には至らない。 各微生物の感染対策 気管支洗浄液 グラム染色 ×1000 図4. 5日間培養 PDA培地 図 5. 8 、 などがある。 丸石感染対策 NEWS の巨大培養 ラクトフェノールコットンブルー染色 ×1000 図6. の分生子柄 輸 入真菌症 属 Ⅱ. 属は皮膚糸状症の原因菌であり、小 児から高齢者までの幅広い年齢層で頭部、体幹部、 輸入真菌症とは、世界の中で特定地域の土壌のみ 股部、足、爪などに白癬をもたらす。また、接触に に生息する高病原性の真菌を原因菌として風土病的 より本菌がヒトからヒトへ伝播することがある。 に発生する深在性真菌症である(表1)。 患部から採取した検体(鱗屑や病毛、角質、膿汁な これらのうち、コクシジオイデス症のみが4類感染 ど)の染色で隔壁のある菌糸がみられることが多く、 症に指定されている。 白癬の診断は容易であることが多い。しかし、疫学 査には危険が伴うため、設備の整ったラボで検査室 的見地等から培養検査が必要となることがある。 内感染に注意しながら実施することが望ましい(一般 属の中には典型的な形態を示さない株 の検査室では平板培地による培養、スライドカル もあるため、顕微鏡下での形態、コロニーの色調に チャーを行ってはならない)。 加えて発育速度、発育温度なども加味し、菌名を同 病 院感染対策および消毒 定する必要がある。 酵母、糸状菌ともに感染症例に対しては標準予防 Ⅲ.接合菌 接合菌も自然界に広く分布している糸状菌であ る。本菌は、抗真菌薬に対する耐性が強いため、長 期間にわたる抗真菌薬の投与を受けていた患者でブ レイクスルー感染を発症しやすい。接合菌の代表菌 種としては、 属、 属、 属が、比較的まれな原因菌種としては 属などがある。いずれの菌種も速や かに発育し、寒天培地上に独特な綿毛状のコロニー を形成するが、培養での検出率は極めて低い。本菌 の形態学的特徴として、隔壁の無い幅広の菌糸を形 成することが挙げられる。 策を基本とする。通常(皮膚糸状菌症の原因菌を除い て)、ヒトからヒトへの伝播がみられないため、感染 症例を感染源とした空気感染予防策を行う必要はな いとされている。 一方、病院改修工事期間中に血液疾患患者のガラク トマンナン抗原値の上昇を認めたという報告もあるた め( 各微生物の感染対策 属、 の培養検 属の項でも記したように)、工事現場 の空気と病院環境とを接触させないことが重要である。 消毒薬に対する感受性は、酵母の場合、一般細菌 (大腸菌やブドウ球菌)と同様、低水準消毒薬でも十 分な効果が得られる。一方、糸状菌には、中水準以 上の消毒薬を用いる必要がある。 表1. 輸入真菌症 2011 JUN No.3 9
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