分かる・楽しい美術科授業をめざして スモールステップを生かした授業づくり

研究テーマ
分かる・楽しい美術科授業をめざして
サブテーマ
スモールステップを生かした授業づくり
1
テーマ設定の理由
年度当初に行ったアンケート調査では、
「あなたは美術が得意ですか、苦手ですか?」とい
う問い掛けに対して、苦手と答えた生徒が大半であった。また、
「何故、美術は苦手なのか?」
という問い掛けには、
「自分の思うように描けないから」
「絵ってよくわからない」
「人に見ら
れるのが苦手だから」という答えが多かった。この調査から受けた感覚は、「もったいない」
である。この感覚は、「食わず嫌いのもったいない」と似ている。
いわゆる「食わず嫌い」は、特定の料理や食材を、視覚や、嗅覚、触覚(または聴覚)と
いった味覚以外の感覚を通して得た情報を基にネガティブな判断を下してしまい、味わうと
いう最終的な判断をする前に嫌ってしまうもので、生徒が美術に抱いている感情もこれと近
いといえる。なぜならば、生徒の発言の裏をかえせば、
「自分の思うように描けない」という
ことは、学習に入る前段階から「自分は描けない」と思いこみ、美術科に対して壁を作って
しまっていると考える。その壁は、
「自分の表現したいものはあるが、それを表現する技能が
足りない」ととらえられる。また、「絵ってよく分からない」ということも、「どう鑑賞して
いいのか、どう理解していいのか、見方や鑑賞のポイントがわからない」と捉えることがで
きる。「人に見られるのが苦手」という意識も、「自分の作品の良さを見つけることができな
い」というように言い換えることができ、
「食わず嫌い=生徒のつまずき」であると考えられ
るからである。
生徒の美術を愛好しようとする心情を育てていくためには、スタート学習、ステップアッ
プ学習・セレクト学習という3つの学習段階を設け、生徒主体の学習活動を展開する必要が
ある。また、ステップアップ学習において、学習指導要領の学習内容を身につけるためには、
スモールステップを生かした指導を行い、生徒の実態に応じて指導する必要もある。このよ
うな学習段階で、日々の美術科の授業に取り組めば、生徒ひとりひとりのつまずきを解消す
ることができ、分かる・楽しい授業が実現できると考えたので本研究テーマを設定した。
2
研究方法
今回の研究は、担当する第1学年の授業での取り組みである。第1学年は、図画工作科か
ら美術科へと教科名が変わり、新しい一歩を踏み出すという期待に満ちあふれているが、そ
の半面、美術科に対する苦手意識が強いという実態がある。そんな第1学年のつまずきを少
しでも取り払うことで、中学校3年間の美術科に対する苦手意識もなくなってくる。
今回の題材は、中学校 1 年生の思い出の一場面を夢に向かっている「今」に焦点を当て、
自分の思いを道具で表現する制作を行い、道具に合わせた場面(背景)を A4ケントボード
に表現し、それを組み合わせてジオラマ制作を行う。絵画、立体、デザイン、鑑賞など様々
な要素を取り入れ、基礎基本を定着させる段階で、生徒のつまずきを把握できるように工夫
をした。
3段階の学習段階
<スタート学習>
○これから学習する題材(単元)の全体を見渡し、学習の見通しを持つ段階。
既習事項や生活体験を踏まえた、生徒の興味・関心が高まるような教材を用意する。
また、試行活動から課題を見つけたり、学習目標を立てたりすることができるようにする。
<ステップアップ学習>
○学習指導要領に示された学習内容を確実に習得する段階。
「体験的な学習」や「問題解決的な学習」を増やし、生徒主体の学習活動展開をする。ま
た、ワークシートなどの教材や、小集団学習などの学習形態を工夫し、スモールステップ
を生かした指導を行う。
<セレクト学習>
○形成的評価の結果に応じて補充・発展学習を行い、ひとりひとりを伸ばす段階。
ひとりひとりの習熟の程度(つまずきの違い、到達度の差、学習課題の差、興味や関心の
違い)に応じた「補充・発展学習」や、興味・関心に基づく「発展的な学習」を展開する。
3
研究内容
<スタート学習>
(1) 自分の主題を決定
作品制作で最も大切なことは、自分が表現したい作品をイメージすることである。まず、
自分が表現しようとする主題を設定し、そこからどんな材料で、どんな道具を用いて、ど
んな順番で作業を行っていくかが決まっていく。この「自分の主題を決定」は授業の導入
時に当たり、意欲や関心を高めたり、今後の見通しを持たせたりする上で、重要な役割を
もつ。そこで、
「生徒が表現したいと思う作品」をイメージしやすくするために、見て、触
れることができる見本を制作し、生徒の制作に対する意欲・関心を高められるようにした。
また、漠然としたイメージから、主題として固めていく過程でも、一人一人が主題を決定
し、学習過程を立てられるようにワークシートを工夫した。
<ステップアップ学習>
(2)静物のスケッチ
スタート学習で決定した、自分の主題「自分の今を表す道具」の鉛筆スケッチを行った。
鉛筆スケッチで大切にしたいことは「絵で説明する」ということである。説明のためには、
イメージではなくそのものをよく観察することが重要なポイントである。
描く手順を具体的に
ア、大まかに形をとる
イ、全体のバランスを整える
ウ、細かな部分を表す
エ、材質や質感を表現する
の、4つの工程に分けることで、段階を踏んで作業を進めることができ、生徒のつまずき
を把握できると考えた。
(3)粘土スケッチ
粘土スケッチでは、
「道具」を紙粘土で制作した。粘土スケッチは前述した鉛筆スケッチ
と同様に、よく観察し表現することを基本としながら、モチーフを一定の方向から観察す
るのではなく、様々な方向から観察すること、モチーフを触って凹凸を肌で観察すること
を大切にし、形体を立体としてとらえることが重要なポイントである。
粘土スケッチも手順を具体的に示し、
ア、使用する粘土の量を指定する
イ、大まかな形を形成する
ウ、ヘラなどを用いてスケッチしながらバランスをとる
エ、細かな形を表現する
オ、材質や質感を表現する
の5つの工程に分けて作業した。
(4)場面の制作
場面の制作では、主題としてイメージした情景をケントボード上にジオラマとして表現
した。ここでのポイントは絵の具や紙粘土などの既成の道具や材料だけでなく、主題を表
現するために材料や道具に工夫を凝らした。
ここでは、主題からイメージする
ア、場面のアイデアスケッチ
イ、ケントボードへの下書き
ウ、ボード制作
の 3 つの工程に分けて行った。
ここでは、それぞれに異なった素材や材料を使用することもあり、使用する道具も様々で
あったので机間支援に注力した。
(5)組み合わせ
組み合わせでは、粘土スケッチで制作した「道具」と「場面」を組み合わせ、自分の主
題にあった作品を完成させた。さらに、より作品を効果的に見せるために、作品を鑑賞す
る視点を決定させ相互鑑賞を行った。組み合わせのポイントとして、「場面」への「道具」
の配置の工夫をした。
異なる3つのパターンを提示し、
「配置の違い」によって印象が変わることや、
「見る方向」、
「見る高さ」によって印象が変わることを理解した。
ア、配置の違い
イ、見る方向
ウ、見る高さ
(6)相互鑑賞
相互鑑賞の中では、他者による多様な見方を体験させ、視点を変えることで、作品全体
の雰囲気が変化することをポイントにおいた。また、鑑賞を4人の小グループで行い、グ
ループ内で鑑賞した感想を付せん紙に記入し、お互いに交換することで、気が付かなかっ
た自分の作品のよさを発見することができ、制作した満足感を味わうことができた。
また、全体発表では、
「道具について」、
「場面について」、
「組み合わせについて」、
「主題の
設定について」の4点に視点を定め、一人の発表者に対してそれぞれの視点のコメントを
記入し発表者に伝え、鑑賞をさらに深めることができた。
<セレクト学習>
(7)制作のまとめ
制作のまとめでは、
「主題の決定」から「相互鑑賞」に至るまでの振り返りをし、作品の
完成度を高めたいという生徒は補充を行い、他の生徒は発展学習として、制作の過程を1
つにまとめ、もう1つの作品を制作した。それぞれに補充・発展学習を行い、授業のポイ
ントを再確認させるとともに、自分の主題に対する深まりをもたせられた。
4
成果と課題
○研究を通して
スタート学習・ステップアップ学習・セレクト学習の 3 つの学習段階や、学習指導要領
にある学習内容を、スモールステップを生かした指導を行うことで、生徒がどの場面でつ
まずきを感じているのかが把握でき、それぞれの生徒の実態に合わせた指導を行うことが
できた。また、つまずきが解消することによって、美術に対する意欲や関心が高まる。意
欲や関心が高まると、課題意識をもって制作に取り組むようになり、作品の完成度も高ま
るので、自分の作品に自信をもてる生徒が増えてきた。この循環が、美術を愛好する心情
につながるといえる。
成果
・スモールステップを生かした学習内容が、生徒のつまずきを把握することができる。
・スモールステップを生かした学習内容が、分かる・楽しい美術科授業につながる。
・生徒が楽しいと感じるのは、描ける喜びを味わったときである。
・生徒ひとりひとりの褒めるポイントを探すことが、ひとりひとりを伸ばすポイントであ
る。
・分かる・楽しい美術科授業は、教師側も楽しい。
・教師の挑戦する姿で、生徒も挑戦しようとする態度が養われる。
課題
*スモールステップが、スモールストップになりがちな生徒に対しての支援の方法。
*作業時間が賞味 35 分~40 分であり、生徒一人一人の個別支援の機会が限られている。