社会を変えるのは「主権者」 書評 日隅一雄著『「主権者」は誰か 原発事故から考える』(岩波ブックレット500円+税) 40年前の沖縄密約事件で毎日新聞を去らざるをえなくなっ た西山太吉氏が、沖縄密約裁判後の報告会で居並ぶ記者を 前にして、日米間の密約を糊塗するために、国権の最高機関 である国会で政治家や官僚が偽証を今日まで続けてきたこと に何の怒りも見せない民衆のメンタリティーと矜持の無さに対 して、「その程度の民度なんですよ」と吐き捨てるように批判し たことが印象に残っている。 大飯原発の再稼働を巡って、為政者と官僚機構、原子力村 による茶番としか言いようのない軽い言動と無責任さを民衆 はまざまざと見せつけられている。原子力安全・保安院の危機 管理能力の無さが明らかになり、原発事故は収束の兆しすら 見えないなかで、再稼働を決断するという為政者と財界の精 神構造を疑わざるをえない状況だ。ここまで事態を悪化させた のは、彼らだけの責任なのだろうか。 そうした疑問に答える本がようやく発行された。日本では政 治に影響を与える社会運動といえば、脱原発行動しか存在し ていないに等しいので、どこから手をつけていいのかという人 も少なくないだろう。 本書の帯には、「なぜ国民はこれほどまでにないがしろにさ れたのか」、「『主権在官』を打破し、私たちの社会を作るため に」とあり、ここに問題意識が凝縮されている。内容は、「情報 は誰のものか」、「誰のための官僚か~『主権在官』の実態」、 「司法の限界」、「主権者として振る舞うために」の4章立てだ。 それぞれ、問題提起と実態報告、それに対する代案と先行例 が示され、問題の構造を理解した上で、行動に移せるように簡 潔に記述されている。ブックレット形式なのでハンドブックとし て利用しやすいことも念頭に置いたのであろう。 ジャーナリズムに関わる者として、「マスメディアは主権者が 30 権利は勝ちとるもの アジア記者クラブ通信 239号 2012年6月号 自らの行動を決定するための情報を 提供することができなかった」、「ウォッ チドッグ(監視犬)としての機能は著し く低下している」という著者の指摘に 同意せざるをえない。今回の原発事故 を受けて「記者会見が、広く開放され ることがいかに重要であるか」という 教訓に書評子も同感である。 「司法の限界」の章で、「人々の生活 と健康を第一とする市民的感覚」が裁 判官に欠けているという指摘は、企業 内記者にも通じる指摘であろう。オンブズマン制度や審議会の 活用など、具体的提言も示唆に富む。 政治学者の丸山真男は戦後まもなく、「戦後民主主義の虚 妄にかける」と述べた。3・11後という「戦後」にあって、著者の 誠実な人柄が丸山の視線と重なるのである。 筆者は元新聞記者で、現在は弁護士である。インターネット 新聞の編集長も務め、ブロガーとしても知られている人物だ。 3・11後、東電の記者会見に詰めて質問攻めにする姿は、発表 内容を黙々とパソコンに打ち込むだけの既存メディアの記者と は好対照であった。現在は癌との闘病生活のなかで、発言と 執筆を続けている。 本書は、インターネット等を通じて情報発信する能力(リテラ シー)を高めること、「主権者」として「『思慮深さ』を身につけ、 積極的に政治に参加すること」を説いて締めくくられている。む しろ、イェーリングの『権利のための闘争』の日本での実践編 に位置づけてもよいのではないか。一読をお勧めする。 (評者 戸坂志明)
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