法と教育学会 第 6 回学術大会 第 3 分科会-⑤ 模擬投票学習と法教育 ― 権威と民主主義の教育に関する一考察 ― 関 良徳(信州大学) はじめに 公職選挙法の改正により来夏の参院選から投票年齢が 18 歳に引き下げられることとなった。 今後は模擬投票学習の機会が増えると予想され、すでに各自治体の選挙管理委員会や教育委員会 が模擬投票学習の推進やそのための準備に動き始めている。本報告では長野県で模擬投票学習に かかわった経験を踏まえ、その問題点を指摘し、法教育が果たすべき役割について考察する。 1.模擬投票学習の意義と限界 児童・生徒が実際に投票を行う模擬投票学習には、様々な学習効果があると考えられる。模擬 投票学習に参加した中学・高校生へのアンケート調査でも「選挙に興味・関心が持てた」、「政治 について考えることができた」といった項目がこの学習の意義として高い割合を占めた。しかし 他方で、政策や候補者についての「判断のものさしができた」という項目を挙げた生徒の割合は 低く、これが模擬投票学習のひとつの限界であるとの結論が導かれた(松本 康・関 良徳「行政・ 大学・高校の連携による模擬県知事選挙とその効果」日本社会科教育学会報告、2014) 。本報告で は「判断のものさしをいかに育むか」という観点から法教育についての再検討を試みる。 2. 「権威」についての法教育 「判断のものさし」を考えるうえで参考になるのが、米国で使用されている法教育テキスト『私 たちと法 ― 権威、プライバシー、責任、そして正義』 (Center for Civic Education 編 江口勇治 監訳、現代人文社、2001)である。このテキストでは、最初のテーマが「権威(Authority) 」で あり、権威ある地位に就こうとしている人をどのように選ぶべきかといった問題について、様々 な観点や教材によりわかりやすく説かれている。米国の法教育で重要な位置を占める「権威」と いう主題がなぜ日本の法教育では扱われないのか?そこにはいくつかの理由が考えられる(詳細 は当日報告)が、法教育は法と密接不可分な「権威」についての学習を取り込むことで、主権者 に必要な「判断のものさし」を育み、模擬投票学習に実効性を付与することができる。 3. 「判断のものさし」と民主主義の学習 しかし、わずかな事前学習の中で、 「判断のものさし」が知識やスキルとしてのみ提供されると すれば、模擬投票学習は本来の意味での民主主義の学習とは言えない。『民主主義を学習する ― 教育・生涯学習・シティズンシップ』 (上野正道ほか訳、勁草書房、2014)で G. ビースタが指摘 するように、授業をつうじて若者個人の知識やスキルを向上させるのではなく、対立する価値を めぐる公共的対話に若者が実際に参加することで、 「判断のものさし」を獲得する必要がある。 4.権威・民主主義・模擬投票学習 こうした議論を踏まえて、本報告では長野県内の中学校で昨年度行われた模擬投票学習の授業 実践を検証する。この授業実践では、模擬投票に動機づけられた事前・事後の学習が「権威」を 判断する「ものさし」の形成・獲得・省察を促し、民主主義学習を深めることにつながった。
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