「第31回日本TDM学会学術大会(最)優秀演題賞受賞者からの寄稿」 会 員 通 信 コ ー ナー HHHHHHHHHHHHH SSSSSS 会 員 寄 稿 SSSSSS 優秀演題賞を受賞して 「日本人におけるゲンタマイシンの最適利用を目指して」 高橋 雅弘 Masahiro TAKAHASHI 明治薬科大学 薬物治療学研究室 Department of Pharmacotherapy, Meiji Pharmaceutical University 【はじめに】 この度,第31回日本TDM学会学術大会において, 「日本人血漿濃度データを用いたゲンタマイシン 1 日 1 回投与法における母集団薬物動態解析」で優秀演題賞を頂き,大変光栄に存じます。日本TDM学 会理事長の上野和行先生,大会長の越前宏俊先生をはじめ選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます。 私は,明治薬科大学大学院(臨床薬学専攻)を修了後, 3 年間病院薬剤師として勤務した後,現職 である明治薬科大学,薬物治療学研究室に就職致しました。大学院在籍時から,臨床の場に貢献でき る薬剤師となることを目標に掲げ,最初の就職先である病院では,短い期間ではありましたが臨床薬 剤師として医療の現場に身を置かせて頂きました。 3 年間の実務経験を通じて,臨床現場では未だ解 明されていない課題や問題が山積していることを痛感しました。そこで,研究や実験手法を学ぶこと で臨床問題を解決する能力を身に付け,研究成果を社会に発信していくことが患者さんや医療スタッ フの方々に貢献するうえで必要であると考え,現職への異動を決意致しました。現在は,実験的手法 と,コンピュータを利用したモデリング・アンド・シミュレーションの手法を利用して様々なクリニ カルクエスチョンの解決に日々挑んでおります。今回発表させて頂きました演題は,日本大学医学部 附属板橋病院薬剤部との共同研究の成果であり,院内感染で遭遇するグラム陰性桿菌治療の代表的な 抗菌薬であるゲンタマイシンの最適利用を目的に実施したものです。 【研究のバックグラウンド】 ゲンタマイシンはアミノグリコシド系抗菌薬であり,緑膿菌などのグラム陰性桿菌に強力な殺菌作 用を発揮します。ゲンタマイシンの殺菌作用はピーク血漿中濃度依存性であり,同じ 1 日投与量なら ば, 1 回投与は分割投与と比べて効果が高くなることに加えて腎毒性軽減が期待できることから,今 1) 日では 1 日 1 回投与が標準的に推奨されています 。ゲンタマイシンの 1 日 1 回投与を受ける患者で治 療薬物モニタリング(TDM)を用いて適切な投与計画を立てるためには,頻回の採血を実施するより も,母集団薬物動態解析とベイズ推定を用いて投与計画を立てる方が望ましいと考えられます。しか し,これまでに報告されているゲンタマイシンの 1 日 1 回投与データに対する母集団薬物動態解析結 果は,主として欧米人を対象としたものに限定されていました 2, 3) 。国内データを用いたアミノグリコ シド系抗菌薬の 1 日 1 回投与データの母集団薬物動態解析報告は,アルベカシンでは報告があるもの 4) の ,ゲンタマイシンに関しては文献検索した限りでは見受けられませんでした。そこで今回は,ゲン ─ ─ 41 Vol. 32 No. ( 1 2015) タマイシンの 1 日 1 回投与法による治療が実施された日本人患者から得られたTDM記録をもとに母集 団薬物動態モデルを構築すると共に,薬物体内動態パラメータの変動因子を探索することを目的に研 究を実施しました。 【本研究の抄録内容】 本研究では,日本大学医学部附属板橋病院において重症感染症治療の目的で 1 日 1 回投与法にてゲ ンタマイシンが投与され,かつTDMが施行された入院患者104人を対象としました。TDM記録からは, 各患者の性別,年齢(AGE),総体重(WT),血清クレアチニン濃度(SCR),ヘマトクリット値 (HCT),血漿中総蛋白濃度(TP),C反応性蛋白濃度(CRP),推算糸球体濾過速度(EGFR)を収集 しました(表 1 )。これらの症例における投与条件は, 1 回投与量30∼500 mg,点滴時間0.5∼ 2 時間 でした。解析にはNONMEM ver. 7.2.0を用い,薬物動態モデルは点滴静注時の 1 −コンパートメント モデルを用いてBase modelを構築しました。誤差モデルとしては,薬物動態パラメータ(全身クリア ランス;CL(L/hr),分布容積;V(L))の個体間変動と,血漿中濃度の個体内変動について妥当なモ デルを検証しました。 表1 患者背景 Mean±S.D. 5) 改訂MDRD式 を用いて算出 * Base modelを用いて,CLおよびVに対する固定効果の検討を行いました。患者の変動要因としては, 表 1 に示した 7 種類(AGE,WT,SCR,EGFR,HCT,TP,CRP)について検討しました。これら 変動要因をBase modelに一つずつ組み入れ,目的関数(OBJ)値の変動値(ΔOBJ)の大きさなどを 基準に共変量候補を選出しました。そして,全ての共変量候補を組み入れたForward modelを決定し ました。本研究におけるForward modelは,CLにはEGFRとHCTが組み入れられ,VにはTPとWTが 組み入れられたモデルとなりました。その後,Forward modelから 4 種類の共変量候補(EGFR,TP, WT,HCT)を一つずつ取り除いていき,最終的にFinal modelを決定しました。Forward model中の 2 固定効果に対する共変量候補の寄与の統計学的有意性は,NONMEM解析によって得られるΔOBJをχ 値と比較する尤度比検定によって判定しました。このとき,ΔOBJに統計学的有意性が認められなかっ た共変量候補は固定効果に対する寄与が認められないと判定し,除外することとしました。その結果, CLからHCTを取り除いた場合のみΔOBJに有意な変動が見られませんでした。よって,Forward modelにおけるCLからHCTを含む項を除いたモデルをFinal modelとして採用することとしました。 最後に,構築したFinal modelの妥当性を,Goodness−of−fitによる実測値と予測値との一致性を通 じて評価しました。ゲンタマイシン血漿中濃度の実測値(Cp,observed plasma concentration)に対 し,母集団パラメータから求めた推定値(PRED,population predicted concentration),あるいは母 集団パラメータに基づきベイジアン推定した個々の患者のパラメータから求めた推定値(IPRED, TDM研究 ─ ─ 42 individual predicted concentration)との相関図を図 1 に示しました。CpとPREDの相関図では,回帰 直線の式はy = 0.91x + 0.69であり,プロットはy = xの直線に対しほぼ偏りのない分布を示したと評価 しました。また,CpとIPREDとの相関図において回帰直線の式はy = 0.99x + 0.17であり,傾きは 1 に, y切片は 0 に近似し,y = xの直線に近い結果と評価しました。CpとPREDおよびIPREDとの相関性は 2 いずれも良好でした(r = 0.83,および0.96)。 以上の結果から,今回構築したFinal modelは妥当であると判断しました。 図1 ゲンタマイシン血漿中濃度の実測値(Cp)と予測値(PRED、IPRED)との相関関係 【本研究と既報との比較】 本研究のFinal modelで組み込まれた共変量を,これまでに報告された母集団薬物動態解析結果と比 較しました。CLに組み込まれた共変量は,本研究では推算糸球体濾過速度(EGFR)であり,本研究 と同じくゲンタマイシンの 1 日 1 回投与時における母集団解析であるXuanら,Kirkpatrickらの報告で はクレアチニンクリアランスでした。推算糸球体濾過速度とクレアチニンクリアランスは,いずれも 腎機能の指標として臨床の場で汎用されています。一方で,クレアチニンクリアランスはクレアチニ ンの糸球体濾過の他に尿細管分泌の影響を受けるため,腎障害患者では実際の糸球体濾過速度よりも 7) 高値を示すことが報告されていることから ,本研究で用いた推算糸球体濾過速度はより適切な共変量 である可能性があると考えられました。また,Vに組み込まれた共変量は,本研究では血漿中総蛋白濃 度と総体重でしたが,他の研究報告においても体重および血漿中アルブミン濃度が報告されているこ とから,本研究と既報は同様の結果を示したと考えられました(表 2 )。 表2 本研究と既報における各体内動態パラメータに対する共変量の比較 【今後の展望】 今回,ゲンタマイシンのPK―PD上の特性を考慮した 1 日 1 回投与法における母集団薬物動態解析に ─ ─ 43 Vol. 32 No. ( 1 2015) ついて,日本人の血漿中濃度データを用いた結果を報告させていただきました。本研究では原疾患の 種類や重症度,ゲンタマイシンの主要消失経路である腎臓の機能に関して制限を設けず,幅広い患者 層を対象とした解析結果を提供しました。今後更に患者データを集積することで,患者の疾患や腎機 能によって層別化した解析を実施し,より予測性の高いモデルの構築を目指していきたいと考えてお ります。最後になりましたが,本研究をご指導いただきました当研究室の越前宏俊教授,小川竜一助 教に心から感謝申し上げます。また,ゲンタマイシンの血漿中濃度データをご提供くださいました, 共同研究者である日本大学医学部附属板橋病院薬剤部の佐々木祐樹先生に厚く御礼申し上げます。 【引用】 1 )Brunton LL ed. Goodman and Gilman’ s The Pharmacological Basis of Therapeutics. 12th Edition. NewYork : McGraw−Hill, 2010 : 1505−1520. 2 )Xuan D, Nicolau DP, Nightingale CH. Population pharmacokinetics of gentamicin in hospitalized patients receiving once−daily dosing. Int J Antimicrob Agents. 2004 ; 23( 3 ): 291−295. 3 )Kirkpatrick CM, Duffull SB, Begg EJ. Pharmacokinetics of gentamicin in 957 patients with varying renal function dosed once daily. Br J Clin Pharmacol. 1999 ; 47( 6 ): 637−643. 4 )佐藤 信雄, 三浦 有紀, 三富 奈由ら. 母集団薬物動態解析による硫酸アルベカシンの成人患者における 1 日 1 回投与法の有用性検討, TDM研究, 2010 ; 27( 2 ): 98−110. 5 )日本腎臓学会 編. CKD診療ガイド2009. 東京 : 東京医学社, 2009 : 33−36. 6 )Rosario MC, Thomson AH, Jodrell DI, et al. Population pharmacokinetics of gentamicin in patients with cancer. Br J Clin Pharmacol. 1998 ; 46( 3 ): 229−236. 7 )Levey AS. Measurement of renal function in chronic renal disease. Kidney Int. 1990 ; 38( 1 ): 167− 184. 【研究者紹介】 ● 所属:明治薬科大学 薬物治療学研究室 ● 専門分野:薬物動態学,薬物代謝学,臨床薬学 ● モットー:どんなことでも真剣に ● 趣味:旅行,地ビール巡り ● 研究室の紹介:当研究室では,実験的手法,コンピュータ解析などを通じて,薬物の効果や副作用の個人 差を解明するという臨床的なテーマの解決に挑んでいます。また,病院の医師や薬剤師との共同研究も積 極的に実施しています。 TDM研究 ─ ─ 44
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