南北経済における技術政策についての 経済厚生分析 (ー)

南北 経済 における技術政 策 についての
経済厚 生 分析 (1)
大
良
文
I は じめに
北 の先進国 と南 の発展途上 国 との貿易 について考 える ときに重 要な要素 とし
て,技 術 開発 と技術導入がある。一般 的 に北 の先進国 は R&D活 動 によって開
発 された新製品 を生 産 ・輸 出 してい るのに対 し,南 の発展途上 国 は生産方法が
標準化 された成 熟品の生 産技術 を導入 して生 産 ・輸 出を行 な ってい る。 この よ
うな貿易構造 を考 える場合 ,輸 入関税や輸出補助金 といった貿易政策 だ けでな
く,技 術政策 も産業政策 として非常 に重 要 な もの となる。発展途上 国 は先進国
か らの技術導入 を促進す る政策 を行 なうことによって利益 を得 よう し,先 進国
も途上 国 の技術導入 による産業流 出に対 して新産業創 出の R&D活 動 を促進 さ
せ ることによって利益 を得 よ うとす るだろ う。 しか し,こ ういった技術政策が
実際 に政策実施国の利益 になるのか,ま たはその利益 が貿易相手国の損失 の う
えに成 り立 ってい るのか とい った経済厚生上 の議論 とい うものは まだあ ま り行
なわれてい ない。
本論文 の 目的 は,新 しい産業 を創 出す る北 の先進国 と,低 賃 金労働者 の存在
とい うコス ト上の優位性 を利用 して北 の生 産技術 を導 入す る南 の発展途上国に
よる動態的な南北貿易 モ デルを用 い て,南 の技術導入や北の新産業創 出 を促進
させ る技術政策が,南 北両地域 の経済厚生 にどの ような影響 を与 えるか を分析
す る こ とである。新産業 を創 出す る北 とその技術 を導入す る南 による動学的南
北貿易 モ デル につい てはKrugman(1979)以降様 々 な研究が なされてい るが ,そ
の 中で も代表的な ものがGrOssman―Helpman(1991 ch.11)で
ある。Grossman―
Helpman(1991)で
は,新 製品の 開発 を行 な う北 の R&D活 動 と,北 で生 産 されて
い る製品の生産方法 を導入す る南 の技術模倣活動が内生化 されてお り,南 北両
彦根論叢 第 335号
地域 の技術政策 や経済規模 の変化 が北の技術開発率や南 の技術模倣率 に与 える
影響 が分析 されてい る。 しか し,Grossman一 Helpman(1991)の分析 は長期的な
均衡 であ る定常状態 に限定 されてい るために南北 の技術政策が両地域 の経済厚
生 に与 える影響 を分析す るには不十分 であ った。技術政策が経済厚 生 に与 える
影響 を分析す るためには,技 術政策 を実施 した後新 しい定常状態へ と収束す る
までに各変数 が どの ように変化 してい るか といった移行過程 を明 らかにしなけ
ればならない。Helpman11∞
3)では,南 の技術模倣活動 を外生変数で表 しGrossm触 ―
Helpman(1991)のモ デル を単純化す る ことによって定常状態へ の移行過程 を明
らかにす るとともに,知 的所有権 の強化 による南の技術模倣活動 の抑制 が南 北
の経 済厚 生 に与 える影響 を比 較動学 に よって分析 して い る。 本論文 で は ,
Grossman― Helpman(1991)と同様 に南 の技術模倣活動 も内生化 した うえで北 の
R&D促 進政策 と南 の技術模倣促進政策 が南北 両地域 の経済厚 生 に与 える影響
を分析す る。
本論文 の構成 は次 の よ うにな っている。 まず次節 でモデルの構造 を示 し,続
く第 田節 では定常状態 と定常状態へ の移行過程 を明 らかにす る。 そ して第 IV節
では南北 の技術政策 につい ての比 較動学 を行 い,技 術政策が両地域 の経済厚 生
に与 える影響 を分析す る。本論文 のモ デルでは南北間の賃金格差 の違 い によっ
て定常状態 にお け る変数 の値 の導出や移行過程 の導出の仕方が異 なって くるが,
本稿 では南北 間の賃金格差 が大 きい ワイ ド ・ギャップケース に限定 して分析 を
行 な ってい く。賃金格差 が小 さい ナ ロー ・ギャップケース については次稿 で行
な う。
1)
正 モ デル
北 と南 の 二 つ の 地 域 か らな る 世 界 を想 定 す る 。 家 計 の 選 好 と生 産技 術 は 北 と
南 で 同 じで あ り, 北 と南 の 違 い は 新 しい 差 別 化 製 品 を 開発 す る こ とが で きるか
で きな い か の み とす る。
1 ) 本論文 のモデルは国際 間 の資本移動 を認 めて い ない ことを除 きG r O s s m a n H e l p m a n ( 1 9 9
l c h . 1 1 )同
と じ設定 で ある。
南北経済における技術政策についての経済厚生分析 (1)
113
両 地域 の代 表 的家計 は , 次 の よ うな異 時点 間 の効用 を最大化 す る よ う に支 出
の 配分 を決定 す る。
一
一
け
ρ
(τ
) 1g 。
y=rFθ
]τ
】
[ D ()τ
(1)
ρは家計 の主観 的 な割引率 を示す 。D(τ)はτ期 にお け る瞬時的な効用 を示 し
てお り, 次 の ような形 で表 される。
D(τ
)=[メ
χ( ブ
)α
り] 1 / α
告
( 2 )
x(j)は
差別化製品 j の消費量 , n は 市場 で購入可能 な差別化製品数 を表す 。
両地域 の家計 の直面す る異時点間の予算制約 は次 の よ うな ものになる。
一
rFθ
[ 〃 ( τ) 一 〃 ( け
)も づ
『 ( τ ) 】τ ≦
rFθ
―
[ 〃 ( τ) 一 〃 ( け
)]1/づ
( τ ) 冴τ 十 力
(1=N,S)
( け) ,
( 3 )
iは どの 地域 に つ い て の 変 数 で あ るか を示 してお り,Nは
北 ,Sは 南 につ い て
の 変 数 で あ る こ とを示 す 。Rl(τ)は 0時 点 か らτ時 点 間 の債 権 の 市 場利 子 率 を
累積 した もの で あ る。El(τ)とYl(τ)はそ れ ぞ れτ時 点 にお け る支 出 と要 素所 得
を,Al(t)は t時 ″
点にお い て家計 の保 有 す る資 産 の価値 をそれぞれ示 す 。
異 時点 間 の効 用 最大化 に よ り各 地域 の 消費 支 出 の経路 は次 の よ う に求 め られ
る。
芋
=か
a(1=N,S)
(4)
汐 は支出 の変化( 】βケ
/ 勧 ) を, メ は 1 地域 にお け る各時点 にお け る利子率( = 允ウ
)
を示す 。
瞬時的 な効用 関数( 2 ) より, 差 別化製品 j に対す る需要 x ( j ) が
次 の ように導出
される。
″(ブ)=
p(ブ) ε
′
)l り
ε′
p(ブ
告
メ
p(j)は差別化製品 jの 価格 ,E(=EN tt ES)は 差別化製品 に対す る世界全体 の
消費支出,ε =1/(1-α )>1は 各差別化製品間の代替 の弾力性 を表 してい る。
次 に供給 につい ての設定 を行 う。生産要素 は労働 のみで あ り,常 に完全雇用
が成立 してい る とす る。各差別化製品の生産 に対す る単位労働投入量 は南北共
114
彦 根論叢 第 335号
通 して1 と仮 定 す る。 今 まで生 産 され て い な い 新 しい差 別化 製 品 を生 産 で きる
よ う にな るため には , 事 前 に R & D 活 動 に労働 を投 入 しなけれ ば な らな い 。 R
& D 活 動 は北 の 企 業 のみ行 う こ とが で きる とす る。 既 に 開発 され て生 産可 能 と
一
な ってい る差 別化 製 品 は それぞれ南 北 い ず れか の 地域 にあ る微小 な単 企 業 に
2)
よって生産され, 差 別化製品企業 は独占利潤 を得 ることができる。
差別化製品の需要関数 ( 5 ) よ り, 北 の差別化製品企業 の利潤最大化価格
Nは
p N ぉ ょび独占利潤π 次のようになる。
pN=_空堂,死N=(1_α )pNttN
w N は 北 の賃金率, x N は 北 の差別化製品企業 による生 産量 を示 してい る。
南 の企 業 は R & D 活 動 を行 うことはで きないが , す で に北で生 産 されてい る
差別化製品の生産技術 を模倣す る ことによって差 別化製品の生 産方法 を習得す
ることがで きる。差別化製品の生産方法 を習得 した南 の企 業 は北 の企業 よ りも
低 い価格設定 を行 うことによって, 北 の企 業 を差 別化製品の市場 か ら排除す る
ことがで きる。南 の差別化製品企業 の利潤最大化価格 は南北 の賃金格差 によっ
て異 なる。南北 の賃 金格差が大 きい時( ワイ ド ・ギ ヤップケ ース) , 南 の企 業 は
通常 の独 占価格 をつ け ることによって北 の差別化製品企業 か ら市場 を奪 うこと
がで きる。 この とき南 の差別化製品企業 の利潤最大化価格 p S と独 占利潤 πS は
次 の よ うになる。
が
α
一
p
〓
πS=(1-α
)pS″
S (α
ttN>切
Sに
対 して)
(7)
xSは 南 の差別化製品企業 による生産量 を示 して い る。 これに対 し,南 北 の賃
2)各 差別化 製品企業 が独 占利潤 を得 る ことがで きる理 由 は次 の よ うな ことが考 え られ る。
一
技術模範 に費用 がかか り,同 差別化製品市場 にお い てベ ル トラ ン競争 が行 われる とす る
と,北 の企業 は北 です で に生 産 されてい る差別化製品の技術模倣 を行 なう誘因が な くなる。
なぜ な ら,費 用 をかけて技術模倣 を行 な って も先行企業 との価格競争 によ りそ の価格 は限
界費用 まで低下 して しまい ,模 倣費用 を回収す るための独 占利潤 を得 ることがで きない た
めで あ る。 同様 に南 の企 業 はす で に南で生産 されてい る差別化製品 の技術模倣 を行 わない。
このため ,技 術模倣 は低賃金 生産 によ り先行企業 を市場 か ら排 除 で きる南 の企業が北で生
産 されて い る差別化製品 を標 的 に行 うのみで あ り,各 差別化製品 は南北 いず れかに存在す
る単 一企業 によって行 われるのである。
南北経済における技術政策についての経済厚生分析 ( 1 )
115
金格差 力羽ヽさい時( ナロー ・ギ ャプケ ース) には, ( 7 ) の よ うな利潤最大化価格で
は北 の限界費用 w N を 上 回 って しまい, 北 の企 業 を市場か ら排除 で きな くなる。
この とき, 南 の企 業 は北 の限界 費用 に等 しい価格 をつ けなければな らない。 こ
のため南 の差別化製 品企業 の利潤最大化価 格 p S と独 占利潤 死S は次 の よ
うにな
る。
S=11-ギ
牝 π
pS=切
斜
争 )pS″
S
(切
N>物
S>α
物
ダ
に☆寸して )
( 8 )
次 に,R&D活
動 と技術模倣 活動 につい て考 える。北 の企 業 は これ まで生 産
す ることので きなかった新 しい差別化製 品 を開発す るため に a/nの 労働 をR&
D活 動 に投 入 しなければな らない。aは R&D活 動 の生 産性 を表すパ ラメー タで
ある。 これ まで北 で 開発 されて きた差別化製 品数 nが 多 い ほ どR&D活 動 の生
産性 は再 くなる と仮定する。 これは研究開発 にお ける学習効果 を考慮 してい る。
北 の企 業 の R&D活 動へ の参入条件 は次 の よ うになる。
N=
ソ
物
Nα
v N は 模倣 されて い ない差別化製 品 の設計 図 の市場価値 を表 して い る。 これ に
対 し, 南 の企 業 は a m / n S の 労働 を技術模倣 活動 に投入す ることによってす で
に北 で生 産 されて い る差別化 製品 の生 産方法 を模倣す ることがで きる。a m は
技術模倣 活動 の生 産性 を表すパ ラメー ターで ある。R & D 活 動 と同様 に技術模
倣活動 に も学習効果が存在 してお り, こ れ まで南 で模倣 されて きた差別化製 品
数 n S が 多 い ほ ど技術模倣 活動 の生産性 は高 くなる。南 の企 業 の技術模倣 活動
へ の参入条件 は次 の よ うになる。
ツ
S=
物
Sa物
物
S
QO)
v S は南が技術模倣 した設計図 の市場価値 を表 してい る。
次 に資本市場 にお け る裁定条件 を考 える。南北間の資本移動 は存在 せず , 両
地域 の資本市場 は分断 されてい る と考 える。家計 は所得 の うち支出に使 わない
116
彦 根論叢 第 3 3 5 号
分 を貯蓄 に振 り分 け る。家計 の貯蓄 は債券 を購入す るか,企 業 の発行す る株式
を購入す る とい う形 で行 われるために,資 本市場 にお け る裁定 によって各地域
にお け る債権 の市場利子率 rN,rSと両地域 の各企 業 が発行す る株式 か ら得 られ
る収益率 は等 しくなる。一方,北 と南 の企業 は資本市場 に株式 を発行す ること
動 と技術模倣活動 の資 金 をそれぞれ調達 し,差 別化製品の
によって,R&D活
販売 によって得 られる独 占利潤 によって配当 を支払 う。 このため,両 地域 の各
企業が発行す る株式 の価値(各企 業 の保有す る設計 図 の価値 v)は差 別化製品生
産 による独 占利潤 の現在価値 に等 しくなる。南 の資本市場 にお け る裁定条件 は
次 の よ うになる。
ギ
十
ギ
=が
QD
左辺 は南 の企業 の発行す る
右辺 は債券 の市場利子率 を示 してい る。( 1 1 ) の
(11)の
一
株式 の収益率 を表 してお り, 第 項 は瞬時的 な利潤率 を第二項 は株式 のキャピ
タル ・ゲイ ン( O r ロス) を表 して い る。一方 , 北 の企業 は南 の企業 の技術模倣 に
よって生 産 してい る差別化製品 の市場 を奪 われる リス クに直面 してい る。 この
ことを考慮 す る とき, 北 の資本市場 における裁定条件 は次 の ようになる。
ギ
十
ー
ギ
写
=γ N
Qの
nNは 模倣 されず に北 で生 産 されて い る差別化製 品数 を表 してい る(n=nN十
nS)。(12)の
左辺 は技術模倣 される リス クを考慮 した北 の企業 の発行す る株式 の
左辺第一項 は瞬時的 な利潤率 を第二項 はキ ヤ ピタ
収益率 にな ってい る。(12)の
ル ・ゲイ ン(Orロス)を表 して い る。 第 三項 は北 の企業が南 の企業 による技術模
倣 によって独 占利潤 を失 う確率 を表 してお り,北 の企業 の株式 が持 つ リス クを
表 してい る。
最後 に財 市場 と労働市場 の均衡条件 につい て述べ る。差別化製品 に対す る需
要関数(5)より,各 差別化製品 につい ての需給均衡条件 は次 の よ うになる。
・ ==
θ夕
ε
(pり ゴ
' (1=N,S)
物XpS)1 ε 十″V(pN)1 ε
南北経済における技術政策についての経済厚生分析 (1)
117
北 の 労働 市場 の 完 全 雇用 条件 は次 の よ うになる。
a抗
十 物N ″N = あ ' V
(14)
物
LNは 北 の労働賦存量 を表 してい る。(14)の
左辺 の第一項 はR&D活 動 に投入 され
る労働量,第 二項 は差別化製品生産 に投入 される労働量 を表 してい る。最後 に
南 の完全 雇用条件 は次 の よ うになる。
花S 十 物S ″S = L S
→静竿
(15)
L S は 南 の労働賦存量 を表 してい る。( 1 5 ) の
左辺 の第一項 は技術模倣活動 に投入
される労働 量 , 第 二項 は差別化製品生 産 に投入 される労働 量 を表 してい る。
皿 定 常状態 と移行過程 (ワイ ド ・ギャップケース)
この節 では,ワ イ ド ・ギャップケースにおける南北経済のダイナミクスと定
常状態 を明 らかにする。
南北間での資本移動が存在 しない と仮定 しているため,両 地域の貿易収支 は
つねに均衡す る(プ =が pN覚Ⅳ,『S― 物駒 場 S)Oま た,南 の労働賃金をニュメ
レール(wS=1)と す る。
南 の企業 の技術模倣活動 による南で生産 される差別化製品数 nSの増加率 を
南 の技術導入率 gS=あ S/物Sと す ると,(7),(15)と
貿易収支均衡条件 』S=%駒 S
″Sよ り,南 の技術導入率 gSは次 のようになる。
S
(16)
ユ_ α『
gs=_生
の物
a物
よび貿易収支均衡条件 βS=物 駒 場Sよ り,南 の家計 の
(4),(7),(10),(11)お
支出 ESに ついての微分方程式が次 のように導出 される。
ρ
デ=工
場4-9S―
よ りgSと ESに つい ての運動様式が導出 される。
(16)と
(17)を
Qの
彦根論叢 第 335号
第1図
LS/a物
第 1 図 は g S と E S の 運動様式 を図解 した もので ある。屈折 した 曲線 L L は ( 1 6 )
を満 たす g S と E S の 組 み合 わせ を示 して い る。( 1 6 ) は
生 産要素使用 に関す る制
約 を表 してお り, 南 の経済 はこの 曲線上 の点 のいず れかにい なければならない。
E E と 記 された直線 は( 1 7 ) よ
りβS = 0 を 満 たす E S と g S の 組 み合 わせ を示す 。
直線 EEよ り上部の点ではESは増加 し●S>0),直 線 EEよ り下部の点ではES
は減少する●S<o)。 南の経済が曲線LLと 直線 EEの 交点 E十にあるとき,南
の経済は技術導入率 gSと支出ESが一定の値 をとりつづける定常状態になる。
南 の経済的主体が合理 的な期待 を持 つ とき,南 の経済 は初期時点 の状態 に関
わ らず即座 に定常点 EⅢにジャンプす ることになる。 もし,定 常点 よ りもgSが
小 さ く直線 EEよ りも上 部 に南 の経済 が ある とす る と,曲 線 LLに 沿 って gSは
徐 々 に小 さ くな って最終的 にゼ ロ とな り, ESは どん どん増加 していって無限
大へ となってい く。 しか し,貿 易収支均 衡条件 『S=物 SpttSを考 える と,gS
が ゼ ロ とな りnSが 増加 しな くなる と き,ESが 無限大へ と近 づ くため には各差
別化製品 の生 産量 xSが 無限大 へ と増加 しなければな らないが ,労 働市場 の制
約 を考 える とこれは実現不可 能 である。 この ため,南 の経済主体が合理的期待
南北経済における技術政策についての経済厚生分析 (1)
119
を持 つ と き, こ の 経 路 は実 現 され な い 。 反対 に , 定 常 点 よ りも g S が 大 き く直
線 E E よ りも下部 に南 の 経 済 が あ る とす る と, 曲 線 L L に 沿 って g S は 増 加 して
い きE S は ゼ ロヘ と収 束 して い く。 しか し, 効 用 最 大 化 を行 な う家計 に とって
これ は合理 的 な行動 で は な い 。 この ため , 南 の経 済 主 体 が 合理 的期待 を持 つ な
らこの経路 も実現 され な い 。 唯 一 残 されて い る可 能性 は , 南 の経 済 が 即座 に定
常 点 E * に ジ ャ ン プ して永 久 にそ の位 置 に留 まる こ との み で あ る。以 上 の 分析
よ り, ワ イ ド ・ギ ャ ップケ ー ス にお い て南 の経 済 は北 の経 済 の状態 に関係 な く
定常状 態 にな る こ とが わか った。 定常 点 にお け る南 の技術 導入率 は( 1 6 ) と
(17)よ
り, 次 の よ う になる。
生
≧_αρ
JS=(1-α)三
a物
(18)
次 に北の経済 につい ての均衡動学 を考 える。 R&D活 動 による入手可能 な製
品数 nの 増加率 を技術 開発率 g=あ /物 とす る。南 で生 産 されて い る差別化製
品数 と北 で生 産 されてい る差別化製品数 の比 率 物S/%N=ζ とす る と,北 の企
業 が南 の企 業 の技術模倣 によって独 占利潤 を失 うリス クはが /%N=gSζ とな
る。 これ らの こ とと (4),(6),(9),(12),(14)および貿易収支均衡条件 コV三
Nよ り
,技 術 開発率 gに つい ての微分方程式が次 の よ うに導出 される。
掬 場
十σS ` 十θ- 1 α
う= 1 里 - 9 ) 1 つ
;生
生_ θ
l11+ζ
llデ
l l191
Sは
示 された南の技術導入率gSの定常値である。gSは北の経済状態に
σ (18)で
関わらず常に定常値 をとるので定数 として扱うことができる。一方,南 北両地
域で生産されている差別化製品数の比率 ζ=物 S/物Nに ついての微分方程式は
次のようになる。
Xl+0
。
キ=uS―
120)
(19)と
00)よりgと ζの運動様式が求められる。このシステムではgが 操作変数,
ζが状態変数 となる。
彦根論叢 第 335号
第2図
S
」
(1_α
■
_α
a
ρ
第2図はgと ζについての位相図である。(19)よ
りう=0の 曲線が次の式によっ
3)
て与えられる。
三生 生
毛言 { + _ ダ
xl+0=ρ
十え 十g
OD
また,00)よ りζ=0の 曲線が次の式によって与えられる。
g=」
S 三( 1 - α) 一
二生_ αρ
122)
a物
二 つ の 曲線 の交点 A よ り, 定 常状態 にお け る g と ζの値 が導出 される。g と ζ
は図の矢印で示 されてい るサ ドルパ ス に沿 って定常状態へ と収束す る。状態変
数ζが定常値ζより小さい(大きい)場合,gと ζは増加(減少)しながら定常値」
とζに収束 していく。定常値」とζの値は(21),②
2)より次のようになる。
二生_ αρ, ξ=
」= J S = ( 1 - α) 一
a物
―
いα
)1耕
ギ)
―
一
二
二
α
α
ρ
位―
を
X :伊
身
)
123)
3)(21)よ りg=LN/aも
gi=0を
与 えるが ,位 相 図か らは省略 してい る。
南北経済 にお ける技術政 策 につい ての経済厚生分析 (1)
121
Ⅳ 技 術政策の経済厚生分析 (ワイ ド ・ギ ャップヶ ―ス)
前節 までのモデル を用 い て,南 北 の政府が R&D活 動や技術模倣 活動 を促進
させ る政策 が両地域 の経済厚 生 に与 える影響 を分析す る。北 の政府 が R&D活
動 にφN× 100%の 補助金 を支給す る政策 を行 う とす る。 この とき,R&D活 動
へ の参入条件(9)は次 の よ うになる。
a
杉が=(1-φ N)が
eつ
南 の政府 が技術模倣活 動 に φS× 100°
/ 0の補助金 を支給 す る政策 を行 う とす る
と,技 術模倣活動 へ の参入条件(10)は
次 の よ うになる。
S = いφ
S)散
ν
cD
e4)と
(25)を
考慮すると,定 常状態におけるσとての関係を表す式01),(22)は
次 のよ うになる。
―
上
十
いЭ
σ
│{≧ヰー
宕
岩永= ρ
引
σ=」S=
S― α
S)a物
(1-α )あ
ρ(1-φ
S
)
α
の物[ 1 - α 十 ( 1 - φ
]
06)
27)
初期時点において φN,φS=0と 仮定 したうえで(26)と
27)を用いて比較静学を
S
,
6
に
行なうと両地域の技術政策が定常値 あ σ
与える影響 についての定理が
導出される。
定理 1(Grossman=Hdpman(1991 ch.11》
ワイ ド ・ギ ャ ップ ヶ ― ス にお い て
称 =耕=は
禄 <α
綜 =器 >α
禄 >o
証 明 はAppendixに 示す 。両地域 の技術 政 策 が経済厚 生 に与 える影響 を分析
122
彦 根論叢 第 3 3 5 号
す るため には ,定 常値 の変化 だ け で な く政 策 を実施 してか ら新 た な定常状 態 ヘ
収束す る際 に各変 数 が どの よ うな経路 をた どるか を考慮 しな け れ ばな らな い 。
定常状 態 にお い て技術 政策 を実施 した とす る と,各 変数 の経路 の変化 は次 の式
に よって 求 め られ る。
約0と
試1 _ 剃券
溺φ
) 悔
的 (け
し】電
に
‐ Aθ フ
】φ・
溺 φ・
溺φつ
】gS(け)
αg
】φ2
冴φι
A>0,九
>0,i=N,Sで
128)
129)
G0
あ る( A と えについ てはA p p e n d i x を参照) 。
り, 北 の R & D 促 進政策が各変数 の経路 に与 える影響 に
定理 1 と ( 2 8 ) 一
(30)よ
つい て次 の定理が得 られる。
定理 2
ワイ ド ・ギ ャップケース にお い て経済 が定常状態 にある時,
を
喘
点
除
け 0の
0
緋 < 0 佐だ
の
を
点
喘
除
け ∞
0
緋 刈 佐だ
= 0
緋
定理 1と 定理 2よ り北 の R&D促 進政策が各変数 に与 える影響 が明 らかになっ
た。R&D活 動 に対す る補助 金 は R&D活 動 に対す るイ ンセ ンテ ィブを与 えるた
め ,政 策実施直後 は北 の技術 開発率 を上 昇 させ る(的 (0)/】φN>0)。 そ の一
方 で,南 の企業 の行動様式 は北 の政策 によって影響 されないために技術導入率 gS
は政策実施以前 の値 を と りつづ け る。 この ため ,ζ の運動式(20)に
従 って ζの
南北経済における技術政策についての経済厚生分析 (1)
123
値 は低 下 して い く。 これ によって北 の企 業 の独 占利潤 に対 す る リス クが / 物N
= θ S ζは低下す る。 リス クの低下 は直接 的 には R & D 活 動 を促進 させ る
効果 が
あ るが, 北 で生産す る企 業数 の増加 は 1 企 業当 た りの生産量の減少 をもた らし,
差別化製品生産 による独 占利潤 は低下 して い く。 この ため , R & D 活 動 に対す
るイ ンセ ンテ ィブは徐 々 に低下 してい き, 最 終的 に技術 開発率 g は 政策実施 以
前 の値 へ と収束 してい く。
同様 に して, 南 の技術模倣促進政策 が各変数 の経路 に与 える影響 につい て次
の定理が得 られる。
定理 3
ワイ ド ・ギ ャップケ ース にお いて経済 が定常状態 にある時,
を
点
時
除
け 0の
0
緋 刈 佐だ
0Q争
求
ず夕解│ < α
的
<韓
いて
す親解ユ
刈
(0<t*<OO)
響
>0
南 の技術模倣促進政策 は技術模倣活動 に対す るイ ンセ ンテ ィブを与 える。南
の経 済 は定常状態 へ と即座 にジャ ンプす るため, 南 の技術導入率 g S は 一 瞬 に
して新 しい定常値 へ とジャンプす る。g S の 上 昇 は ζの上 昇 を もた ら し, こ れ
に よって北 の企 業 の独 占利潤 に対 す る リス クあS / % N = ダ ζは上 昇す る。 リス
クの上 昇 は, 直 接 的 には北 の企 業 の R & D 活 動 に対す るイ ンセ ンテ ィブを弱 め
るため に, 政 策実施直後 は北 の技術 開発率 は低 下す る( の ( 0 ) / αφざ< 0 ) 。 し
か し, 技 術模倣 されるリス クの上昇 はその リス クを逃れ て生産す る北 の企 業 の
生 産量 の増加 をもた らす ために, 北 で生産す る独 占利潤 は徐 々 に増加 してい く。
この ため技術 開発率 g は 徐 々 に上 昇 してい き, や がて政策実施以前 の水準 を上
124
彦 根論叢 第 335号
回 つて新 たな定常値 へ と収束 してい くので あ る。
次 に両地域 の経済厚 生 につい て考 える。(2)と(5)よ り各時点 における各地域
の 間接効用関数 は次 の ようになる。
10g Di=log Ei-log P(1=N,S)
131)
Pは 差別化製 品消費 に関す る価格指標 で次 の ようになる。
卜 沖
→
│キ
十
ネ
い
ガ
→
ド
の
N,どS=物物物S,労働市場均衡条件(14),(10と
Gl),
貿易収支均衡条件ゴ =〃 り物
G2)より各時点における各地域の効用水準は次のようになる。
声
げ =主 唯が主 瞳lキ十
綱引 1
+ b g ( 1挙
-│→
)
G〕
オ
log DAS=去
瞳が去 唯iキ1引■岳 1
判坤一
ギ)
側
り,交 易条件 pN/pSは 次 の ようになる。
(6),(7),(13),(14),(15)よ
三
= び比
θ
十
耕= が
GD
異時点 間の効用関数( 1 ) より, 技 術 政策 による両地域 の効用水準 の現在価値
の変化 は次 の ようになる。
緋
= r 静抑
響
内
j = ヽ動
働
Helpman(1993)が
指摘 す る よ うに,技 術 政策 が各 地域 の効用水準 に与 える影
響 としては, 4つ の経路 が考 えられ る。 この ことを考慮 して技術政策が各地域
の経済厚 生 に与 える影響 を次 の よ うに分解す る。
緋
=キ
仏% 十紛 十式, ただし堪= 虻 十生
137)
θ " b g 物 ●洵
仇 王
葛需声メ害
138)
が)t幹抗
,
期=ギ
害
署録│メ
婿≡
掃 用が″
緋勧
が例 勧
(1+ζ θα)(1+ζ ) 用 緋
t)1冴
パ
″
が
け
bg[1-兜
,
ぱ三
用
七か
ぱ≡
ル 呵1-ギレ ω
栃メ
△ζ≡
θα-1
Gの
140)
θは定常状態 にお け る θの値 を示す 。
△%は 消費者 が入 手 で きる差 別化製品数 nの 変化 による経済厚 生 の変化 を表
して い る。北 の R&D投 資 が活発 にな り技術 開発率 gが 上 昇す る と,両 地域 の
家計 が入 手 で きる差別化製 品数 nが 増加 して両地域 の経済厚 生 は上 昇す る。
式 (j=N,S)は 貯 蓄(支出)率あ 変化 による経済厚 生の変化 を表 してい る。南北
間 の資本移動 は存在 しない ために,R&D活
動 と技術模倣活動 に関す る投資 は
国内 の貯蓄 を用 い て行 なわれる。 この ため ,R&D活
動 や技術模倣活動 の拡大
は貯蓄 の増大 を必要 とし,消 費支出の低下 による各地域 の経済厚 生の低下 を伴
う。△%と ぱ は北 にお け る異時点間の資源配分 に関す る経済厚 生の変化 を表す
もの と考 える ことがで きる。北 の R&D投 資 の拡大 は将来 にお い て消費 で きる
差別化製品数 の増加 とい う利益 をもた らす反面 ,消 費支 出の低下 によって現在
4)北 の総支 出 は EN=nNpNxNで ぁるため ,労 働市場均衡条件(14)よ
り北 の一 人当た りの支
出 は pN(1_ag/LN)と なる。 この とき,ag/LNは 貯蓄率 (投資率)を 表す 。南 につい て
も同様 で ある。
126
彦 根論叢 第 335号
における効用水準 を引 き下げる効果を持つ。このため, R & D 投 資の拡大が北
の経済 にとって利益 になるのかどうかはこれら二つの効果のいずれかが大 きい
のかを考 えなければならない。
次 に, 尾 ( j = N , S ) は 入手可能な製品数 n と 貯蓄率 を所与 とした実質支出( E
/P)の変化に伴う経済厚生の変化を表している。△をはさらに交易条件の変化
に よる影響 △とと, 差 別化製 品生産 の 国際的配置 の変化 による影響 △ζに分解
される。交易 条件 p N / p S の 変化 に よる影響 は静態的な貿易 モ デ ルで用 い られ
る利益 と同 じものである。す なわち, p N / p S の 上 昇( θの上昇) は北 の経済厚 生
を高 める一方 で南 の経済厚 生 を引 き下げる。一方, 差 別化製品生 産 の国際的配
置 の変化 による影響 は, 南 北 で生 産 される差別化製品数 の割合 ζの変化 が両地
域 の経済厚 生 に与 える影響 で ある。ζの上昇 は相対的 に低賃金 で あ る南 にお い
て生 産 される差別化製品の割合 が増 える ことを意味 してお り, こ の こ とは両地
域 の消費価格水準 の低下 を通 じて両地域 の経済厚 生 を上昇 させ る。反対 に ζの
低下 は両地域 の経済厚 生 を低下 させ る。
用いて両地域の技術政策が経済厚生に与える影
定理 1-3お よびG7)一は1)を
響について分析する。まず,北 のR&D促 進政策について次の定理が成立する。
定理 4
ワイ ド ・ギ ャ ップケ ー ス の 定常状 態 にお い て , 北 の 政府 が R & D 活 動 に
補助 金 を支給 す る政 策 を行 う と き, 南 北両地域 の経 済厚 生 は上 昇 す る。
証明 はA p p e n d i x で示す 。北 の R & D 促 進政策 が , 先 に述べ た 4 つ の経路 に与
える影響 を第 1 表 に示す 。
定理 2 で 示 した よ うに, 北 の R & D 促 進政策 によって技術 開発率 g は 政策実
施直後 に大 きく上昇 し, そ の後時間の経過 に したが って徐 々 に政策実施以前 と
同 じ値 へ と収束 してい く。北 の家計 にとって技術 開発率 の上昇 は, 消 費 で きる
差別化製品数 n の 増加 を通 じて経済厚 生 を増加 させ る( △竹> 0 ) 一 方 で, 消 費支
出の減少 による経済厚 生の低下 ももた らす( △ざ< 0 ) 。 しか し, 前 者 の効果 が後
南北経済 にお ける技術政 策 につい ての経済厚生分析 (1)
第1表
南
△竹
+
△θ
+
十
△`
△s
】し(0)/】 めダ
0
十
十
者 の それ を上 回 るため(△物/(ε-1)十 △ざ>0),R&D促
配分 の面か ら見 て北 の経済厚生 を上 昇 させ る。一方,実
考 えると,R&D促
進 は異時点 間の資源
質支出の変化 について
進 による北 で生 産 される差別化製 品数 の割合 の上昇(ζの低
下)は,北 の家計 に交易条件 の改善 による利益 をもた らす 一 方 で消費価格水準
の上昇 による損失 ももた らす(△ぢ>0,△ `<0)。 しか し,こ れ も前者 の効果 が
後者 のそれ を上 回るために北の家計 の実質支出の変化 は北 の経済厚生 を上昇 さ
せ る(△丁=△ ど十 △`>0)。 異時点 間 の資源配分 と実質支 出 の変化 のいず れ も
北 の経済厚生 を上 昇 させ るため に,R&D促
進政 策 によって北 の経済厚 生 は上
昇す る。
南 の家計 は,北 の R&D促 進 によって消費 で きる差 別化製品数 の増加 とい う
利益 を得 る(△%>0)が ,反 面 ζの 低 下 に よる実 質所得 の低 下 を被 る(△じ=
△】十 △ζ<0)。 しか し,前 者 の効果が後者 の それ を上 回 るため に南 の経済 も
北 の R&D促 進政策 によって利益 を得 る。
次 に南 の技術模倣活動 に対す る補助金政策が南北 両地域 の経済厚生 に与 える
影響 につい ては次 の定理 を得 る。
定理 5
ワイ ド ・ギ ャップケースの定常状態 にお い て,南 の政府が技術模倣活動
に対 して補助金 を支給す る と き,両 地域 の経済厚生 に与 える影響 は不確実
である。 しか し,政 策実施時 にお い て南 で生産 される差別化製品数 の割合
彦根論叢 第 335号
こは, 技術模倣促進政策 によっ
が非常 に少 ない とき(ζが ゼ ロ に近 い と き)ヤ
て両地域 の経済厚 生 は上昇す る。
証明 はA p p e n d i x で示す 。南 の政府 による技術模倣促進政策 が両地域 の経済
に与 える影響 を第 2 表 に示す 。
第2表
南
△竹
十
△θ
△ζ
十
十
十
十
△s
S
αし
(0)/溺φ
十( ζ→ 0 )
十( ζ→ 0 )
南 の技術模倣促進政策 によって, 技 術 開発率 g は 政策実施直後 には低下す る
が , 徐 々 に上昇 してい き, や がて政策実施 以前 の値 を超 えて新 たな定常値 へ到
達す る。 この ため , 各 時点 にお い て入 手 で きる差別化製品数 n ( t ) は, 政 策 を
実施 しなか った場合 と比べ て短期 的 には少 な くなるが , 長 期 的 には多 くなる。
入手 で きる差別化製品数 n の 変化 が両地域 の経済厚 生 に与 える影響 を考 える場
合 には, 短 期 的な製品数 の伸 びの鈍化 による損失 と長期的 な製品数 の伸 びの上
昇 による利益 の どち らが大 きいか を比べ なければな らないが, 後 者 の方 が大 き
い ために技術模倣促進政策 による差 別化製品数 n の 変化 は両地域 の経済厚 生 を
上昇 させ る効果 を持 つ( △% > 0 ) 。 R & D 投 資 の変化 に伴 う家計 の貯蓄率 の変化
は, 北 の家計 の効用 を低下 させ る効果 を持 つ が( △ざ< 0 ) , R & D 促
進政策 の分
析 と同 じ く入手 で きる差別化製品数 の変化 による利益 の方 が上 回 る( △% / ( ε―
1 ) 十 △ざ> 0 ) 。 このため , 北 の異時点間の資源配分 の変化 は, 北 の経済厚 生 を
上 昇 させ る。一方, 南 の技術模倣促進 による南 で生 産 される差別化製品数 の害J
合 の上 昇( ζの上 昇) は, 消 費価格水準 の低下 によって北 の家計 に利益 をもた ら
す反面 , 交 易条件 の悪化 による損失 ももた らす( △ぢ< 0 , △ ζ> 0 ) 。 北が南 の技
南北経済における技術政策についての経済厚生分析 ( 1 )
129
術模倣促進政策 によって利益 を得 るためには, こ の交易条件悪化 による損失 が
十分小 さ くなけれ ばな らない。ζが非常 に小 さ くゼ ロ に近 い値 をとる場合, 価
格指標 に占める南 の差別化製品の割合 が非常 に小 さ くなるため, 交 易条件悪化
による損失 が非常 に小 さ くなる。 このため , ζ が ゼ ロに近 い値 をとる場合 には
南 の技術模倣促進政策 によって北 の経済厚 生 は上昇す るのである。
南 の経済 につい て考 える と, 技 術模倣促進 によるζの上 昇 は実質支出の増加
一
を通 じて南 の経済厚 生 を上昇 させ る。 しか し, 北 の貯蓄率 は政策直後 に 度低
下 してか ら徐 々 に上昇 して新 しい定常値 に収束す るのに対 し, 南 の貯蓄率 は政
策実施直後 か ら新 しい定常値 に上昇す るために, 貯 蓄率 の変化 による経済厚 生
の損失 は南 の方 が大 きくなる( △ざ> △ S ) 。貯蓄率 上昇 による南 の経済厚 生 の損
-1)
失 は入手 で きる差別化製品数 n の 変化 による利益 を上回 つてお り( △竹/ ( ε
十 △ざ< 0 ) , 技 術模倣促進政策 によつて南 の経済厚 生が上昇す るためには, 実
質支 出増加 による利 益がそれ を上 回 つて大 きくなけれ ばな らない。ζが非常 に
小 さ くゼ ロに近 い値 をとる場合, 価 格指標 に占める北 か らの輸入差別化製品の
割合 が非常 に大 き くな り交易条件改善 の利益 が非常 に大 きくなるため, ζ が ゼ
ロに近 い値 をとる時 には技術模倣促進 政策 によって南 の経済厚 生 は上昇す る。
ワイ ド ・ギ ャップケース における技術政策 の経済厚 生効果 についてまとめる。
北 の R & D 促 進政策 は両地域 の経済厚 生 を上 昇 させ る。北 は R & D 促 進 による
差別化製品数増加 の利益 と実質支出の増加 が重 なる ことによって利益 を得 る。
南 は実質支出の低下 によって損害 を被 るが , 差 別化製品数増加 によって実質支
出の低下 を補 って余 りあ る利益 を得 る。
その一方 , 南 の技術模倣促進政策 につい ては, 必 ず しも両地域 の経済厚 生 を
上 昇 させ るわけではない ことが明 らかになった。 それぞれの地域 が技術模倣促
進政策 によって利益 を得 るか どうかは, 南 で生 産 される差別化製品数 の比率 ζ
の値 に依存す る。南 の経済規模( 労働賦存 量) が大 きくζが十分大 きな値 をとる
場合, 両 地域 とも技術模倣促進 政策 によって損失 を被 る可 能性 が高 くなる。北
の経済 につい て考 える と, 南 の経済規模 がある程度大 きく南か ら輸入す る差別
彦根論叢 第 335号
化製品の割合 が大 きくなる と, 南 の技術模倣促進政策 による交易条件悪化 の影
響 が大 きくな り, 長 期 的な R & D 活 動 の活発化 による利益 を打 ち消 して しま う
可能性がある。反対 に南の経済 か ら見 た場合 , 技 術模倣 の促進 は実質支出の増
加 とい う利益 を もた らす 一 方 で , 技 術模倣投資 の増加 に と もな う支出率減少
( 貯蓄率 上 昇) とい う損失 ももた らす 。技術模倣促進 は, 長 期 的 には北 の R & D
活動 を活発化 させ差 別化製品数 の増加 とい う利益 をもた らすが , 短 期 的には R
& D 活 動 を阻害す る効果 をもってお り, こ のため差別化製 品数 の変化 による利
益 は支出率減少 による損失 を埋 めるほど大 きな ものでは な くなる。 そのため,
ζの値 が大 き く交易 条件改善 による利益 が余 り大 きくない場合 , 南 の経済 は技
術模倣促進 によって損失 を被 る可能性があるのである。
Appendix
A.特 性根 と特性 ベ ク トル
(19),00)で
示されたgとζについての微分方程式体系の特性根 と特性ベクトル
を求める。(19),(20)を
定常点近傍で線型近似すると次のようになる。
[ j l =1 1概
混
‖
j 琴1
ただし a 1 2 =
a22=
低
D
ρ 十(1+ζ )。
ζ( 1 + ζ) , a 2_ 1 α1 ρ
_α
(1+ζ)2 ,
1+(1-α
1 - α
)ζ ρ十(1+ζ )。
(1+ζ )
(A.1)の右辺 の行列 につい ての行列式 は負 で あるため,lA.1)で示 された微分方
程式体系 の特性根 は正 と負 の二 つ の解 を持 つ こ とになる。長期 的 に定常点 に収
束す る経路 を得 るため には,正 の特性根 につい ての積分係数 はゼ ロでな くては
な らない。 また gは 操作変数 ,ζ は状態変数 で あるため,負 の特性根 につい て
の積分係 数 はゼ ロ時点 にお け るζの値 が任意 の初期値 と等 しくなるよ うにな ら
なければな らない 。 これ らの こ とよ り,gと
になる。
ζの微分方程式 の解 は次 の よ う
南北経済における技術政策についての経済厚生分析 (1)
乃
lA.2)
) = ζ十[ ζ
(0)一
ζ形
ζ( け
施
lA.3)
(0)―
[]Aが
) = 」十[ ζ
。( け
131
一九は負 の特性根 を示す(九 >0)。 [1,A]Tは 負 の特性根 につい ての特性 ベ ク
トル を示 して い る(A>0)。
九 とAは 次 の よ うに導 出 される。lA.1)の 右辺 の
2_a2冴
a12021=0と
なる。 この解 ,す なわち特
性方程式 は″
行列 よ り,特
性根 は次 の よ うになる
″
の
2 2ハ
土
/a222+4a12a21
=
これ よ り,負 の特性根 一九は次 の よ うになる。
親
= 翌 塑 翌≧, た だ し β = 彬
ぢ
十 軌 刀独 > 0
lA.4)
lA.1)の右辺 の行列 をAと す ると,一 九の特性ベ ク トルが[1,A]Tで あるとき
A[1,A]T=一
九[1,A]Tと なる。このことよ り
A = ―
上生 =
a12
a22
』
lA.5)
2a12
となる。
後 の証明 のために, A に ついて次 の レンマ を導出 してお く。
レンマ 。 l A > ( 1 + ζ
)2
(証明)lA.5)よりA>α ρ/(1+ζ ンとなる必要十分条件はB2>[a22+2ζαρ
り
ぁる。lA.1)と
/(1+ζ)]2で
lA.4)よ
プレ十
絡 F=
となる。ゆえにA>α ρ/(1+ζ )2でぁる。
レ ンマ . 2 A < 型
軽そ圭幸
│
>0
( 証明終 わ り)
132
彦 根論叢 第 335号
(ρ十 九)/(1+ζ )2となるための必 要十分 条件
(証明)lA.4),lA.5)よりA<α
はB 2 < [ a 2 2 + 2 ζαρ/ ( 1 + ( 1 - α ) ζ
ぁる。l A . 1 ) と
)]2で
lA.4)よ
り
プー
レ十 F = ―
<o
となる。 ゆ え に A < α ( ρ十 九) / ( 1 + ζ ) 2 でぁ る。
(証
明終 わ り)
B.定 理 1の 証明
定 常状 態 にお け る 関係 式( 2 6 ) , ( 2 7 り
)よ
, 定 常 状 態 に つ い ての 比 較 静 学式 が 次
の よ う に導 出 され る。
半 , b 2 2者
だ
し
, b=独
= ギ
l払
1に
=サ
号
l[た
湯
2 1そ
lA.6)
lA.6)の 右 辺 の ベ ク トル は R&D促
進 政 策 を行 な うか ,技 術 模 倣 促 進 政 策 を行
な うか に よって次 の よ う にな る。
( R & D 促進政策) [ 号
が
歩1 = [ ρ十 ( ! 十ζ) θ
lα
飾
模倣促進嘲
1劇
―α
l計
三
十ρ
s
)1湧
φ
F位
これ らの式 を用 い て比較静学 を行 な う と次 の ような結果 を得 る。
彼 &D促 進 嘲
=軌
禄
―
防 …
伽
+0<0
禄
1A.7)
彼 術模倣促進政刺
屯著│ 三
α位 ― α) 1 坊 十 ρ
〉
l>α
南北経済 における技術 政 策 につい ての経済厚生分析 (1 ) 1 3 3
溺ζ
冴φS
いα
ρ
│十
チ
Xl+02
X号
>0
lA.8)
これで定理 1が 証明された。
(証明終 わ り)
C.定 理 2,3の 証明
08)-00)と
lA.のより定理 2は容易に証明される。
S>0(た だ し
同 じ く1 2 8 ) ―
130)と
l A . 8 ) より】ζ( 渉
) / 】φ
, t = 0 の 時点 を除 く) と,
S(け
S>0,(t≧ 0)は
Sに ついては
) / 】φ
容 易 に示 す こ とが で きる。的 ( け
匂
) / 】φ
定理 1 よ り物 ( O O ) / 冴φS > 0 で あ る こ とはわか ってい る。 また( 2 9 ) と
l A . 8 ) より
A禄
緋 = 株―
―
一Aい021<0
=位
α
α
ρ
X券十
‖
・ ンマ 。1 ) l A . 9 )
( .・レ
となる。物 (0)/溺φS<0,的
S>0と
(OO)/】φ
129)より定理 3が 得 られ る。
(証明終 わ り)
D.定 理 4の 証 明
01),08)-00)と(37)一
は1)およびい。7)より次のようになる。
△物=
2(ρ
十九)
ξ
ρ
α-1 [ρ
θ
(1+θ
ζα)
△ζ=
翠 =
>軌
十(1+ζ)」
]九
テ
<0
九ρ)
ρ2(十
(1+ξた才え[ρtt (α1+ξ)J]
α)ρ
2(九十ρ)
(1+ξθ
△」=―
<o
>0,
134
彦
根論叢 第 335号
三
生生_ 縁 < 0 ,=パ
0
ぱ= 一
老
声 萩袴戸
】択 0 ) l
冴φN
α
α
九
(1義
2(ρ十 九
)
ρ
生
竿 巻 学
>0
lA.10)
湖0的
αφⅣ
2九
α
刈
ρ 2(九十ρ)
lA.11)
lA.10)と lA.11)よ り定理 4が 得 られ る。
E.定
(証明終 わ り)
理 5の 証 明
lA.8)よ
りは次のようになる。
01),08),C9),G8)と
十
α
あ= ρ2 1 :〉
ρ
与
‖
1
仏 ・
9
レンマ. 2 よ り△% > 0 と なる。
り△
の1),C8)一
(30),G9)と
lA.8)よ
ぢは次のようになる。
ρ
期= 韓 学 1 嚇十
) 半
ー
[ キト
― 融
名幹 │ 船
―
キ l
レンマ , 2 よ り
1-)α l ρ
箸11(ρ 十九
1+ζ l・
<1-
一
(1-a)(ρ 十九)
lA.13)
南北経済 にお け る技術 政策 につい ての経済厚 生分析 (1)
1
-
(ρ 十 九 )α
<―
ρ
(1-α
)(ρ 十 九 )
<o
lA.14)
となるために△ぢ< 0 となる。
1は) と
l A . 8 )り
よ
0 1 ) , 0 8 ) - 0 00)),,は
△ζ三
θα-1 (1+ζ
)九
(1-α )
ρ
0
1坊十
)>0仏・
(1+ζ )
ρ
ぱ―上汗判耕十
)[ρ十(1+ζど] トー 1
<0
lA.16)
となる。
l A . 1 2 )lとA . 1 6 ) よ
り
芋
丁
△物十 ぱ = 連
岳 ダ 判 耕
十ρ
‖
α-
1
一
[十
耕 報万1
= 半 じ刺 ず 押 l l 学初 持 l
ー
>0的
> 位α
α
)ギ
ρ
)
仏 ・
0
1 A . 1 3 ) , l A . 1 5り
)よ
==戸
十
△
△
ぢ
が
戸
ギ
渉
督
た
だ
L 昆= 卜
1 - α
―
│
― 十
―
キ十
れ
136
彦 根論叢 第 3 3 5 号
→( 1 - α
十九) > 0 と
なる。このこととl A . 1 7 )
とき「θ
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(ρ
沈/ ρ
ξ→0 , →O
S>0と
よりて→0のときdUN(0)/dφ
なる。
一方,(21),(28)一
り
(30),G9)一
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l A . 1 2 )lと
A . 2 0 )り
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十
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%十
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g―[(1+ζ)ρ
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△
△
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% / ( -ε1 ) 十
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lA.18),lA.19),lA.21)よ りζ→ 0,θ→ OOの とき
lA.21)
一
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‖
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南北経 済 における技術政策 につい ての経済厚 生 分析 (1)
137
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S>0と なる。
ゆえにて→0のときUS(0)/dφ
( 証明 終 わ り)
参考 文 献
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