農業基本法30年

提
言
農
業
基
本 法30年
中
野
和
仁
今 年 は 農 業 基 本 法 が 制 定 さ れ て30年 で あ る 。 節 目 と して 記 念 す べ き年 とい う
こ と に な るが 、 他 の 多 くの 法 律 や 制 度 の よ う に 式 典 が あ る と い う話 は きか な い 。
今 年 の 農 業 白 書 で は 農 業 基 本 法 制 定 後30年 間 を 振 り返 っ て と して 基 本 法 と 関 連
さ せ て 、 そ の 間 の 食 料 需 給 、 農 業 農 村 の 大 き な 変 化 を 記 述 して い る。 い う ま で
も な く農 業 基 本 法 は 他 産 業 と の 生 産 性 の 格 差 是 正 の た め 、 農 業 の 生 産 性 向 上 と
農 業 従 事 者 と他 産 業 従 事 者 と の 生 活 水 準 の 均 衡 を 政 策 の 目標 と して 、 農 業 生 産
の選 択 的拡 大 、農 業 の 生 産性 向上 と総生 産 の増 大 、 農産 物 価 格 の安 定 、農 業構
造 の 改 善 等 必 要 な 施 策 を 総 合 的 に講 ず る こ と と した も の で あ る 。 そ れ が こ の30
年 の 間 に どの よ う に 推 移 して き た だ ろ うか 。
先 づ 農 業 生 産 に つ い て は 、 選 択 的 拡 大 と総 生 産 の 増 大 は 実 現 さ れ た 。 米 は 消
費 減 に よ り増 産 か ら生 産 調 整 へ 、 畜 産 は4倍
、 果 実 は2倍
、 野 菜 は5割
増 とな
っ た 。 経 済 の 発 展 、 所 得 水 準 の 向 上 が 食 料 需 要 の 拡 大 、 多 様 化 を も た ら し、 経
済 の 国 際 化 も あ り、 世 界 最 大 の 農 産 物 輸 入 国 と な っ た 。 食 料 自給 率 は 大 巾 に低
下 し、 供 給 熱 量 自給 率 で は79%か
ら48%に
、 穀 物 自給 率 は82%か
ら30%と
なっ
た 。 他 の 先 進 工 業 国 に み られ な い 憂 うべ き事 態 で あ る 。
農 産 物 の 価 格 政 策 に つ い て は 、 価 格 の 安 定 よ り も農 業 の 条 件 不 利 を 是 正 す る
た め 、 米 価 等 他 産 業 賃 金 を 反 映 した 引 上 げ に よ る 所 得 の 増 大 が 図 られ 、4倍
以
上 と な っ た 。 そ の 結 果 、 円 高 の 進 行 も あ り、 内外 価 格 差 が 著 し く拡 大 し、 価 格
政 策 に よ る所 得 均 衡 は むづ か し く、 政 策 価 格 は 据 置 き か ら引 下 げ へ と転 換 した 。
農 業 の 生 産 性 向 上 に つ い て は 、 農 業 基 盤 整 備 、 技 術 の 開 発 普 及 に よ り、 農 業
の 労 働 生 産 性 は4倍
と他 産 業 等 を 上 廻 る伸 び を 示 し た が 、 他 産 業 の 生 産 性 向 上
が 農 業 の そ れ を 上 廻 っ た た め 、 農 業 と 製 造 業 と の 比 較 生 産 性 は20%か
2
ら25%へ
と さ ほ ど縮 ま ら な か っ た 。
農 業 構 造 の 改 善 につ い て は 、 施 設 型 農 業 、 酪 農 で は 大 巾 に 規 模 が 拡 大 した が
稲 作 な ど土 地 利 用 型 農 業 に つ い て は 、 土 地 需 要 の 増 大 が 農 地 価 格 の 上 昇 を も た
ら し、 農 地 の 資 産 的 保 有 傾 向 が 強 く な っ て 規 模 拡 大 を 困 難 に した 。 農 林 公 庫 の
農 地 取 得 資 金 、 農 地 保 有 合 理 化 促 進 事 業 、 農 用 地 利 用 増 進 法 等 に よ る流 動 化 の
促 進 が 図 られ て い るが 、 そ の 進 度 は 徐 々 で あ る 。 農 業 基 本 法 生み の 親 で あ る 故
東 畑 精 一 先 生 が 後 年 「我 れ 誤 ま て り」 と法 制 定 当 時 地 価 の 高 騰 を 予 測 で き な か
っ た と指 摘 され た こ と は 今 で も 語 り草 に な っ て い る 。
基 本 法 が 目指 した 家 族 農 業 経 営 の 発 展 と 自立 経 営 の 育 成 に つ い て は 、 立 派 な
自立 経 営 は 存 立 して い る もの の そ の シ ェ ア は35年(下
元 年(同496万
円)6.3%と
限 価 格48万 円)8.6%、
低 滞 し て い る 。そ れ だ け で な く、 自立 経 営 が ふ え な
い の で 、 白 書 で も48年 度 か らは 基 幹 男 子 農 業 従 事 者 の い る 中 核 的 担 い 手 が 政 策
対 象 の 重 点 と し て 登 場 し て きた 。 そ れ さ え も年 々 減 少 し49年125万
年62万 戸 と半 減 、 シ ェ ア16%で
戸 が 平 成2
あ る。他 産 業 へ の 労働 力の 流 出、 兼 業 化 の 進 展
後 継 者 の 減 少 等 が あ り、 農 業 生 産 の 基 盤 で あ る 農 地 面 積 は609万haか
ら524万
haへ と縮 少 、 中 山 間地 域 を 中 心 に 耕 作 放 棄 地 が 増 加 して お り、 人 も土 地 も農 業
構 造 は 弱 体 化 して い る。
そ して そ れ に も か ゝわ らず とい う べ き か 、 基 本 法 の 政 策 目標 で あ る 農 業 従 事
者 と 他 産 業 従 事 者 の 生 活 水 準 の 均 衡 に つ い て は 、 農 業 所 得 だ け で は で き なか っ
た が 、 他 産 業 へ の 就 業 機 会 の 増 加 、 兼 業 化 の 拡 大 、 農 産 物 価 格 政 策 に よ り平 均
的 に み る と40年 代 後 半 に は 達 成 され て い る の で あ る 。
以 上 の よ う に こ の30年 間 を 基 本 法 の 関 連 で 農 業 、 農 政 の 推 移 を振 りか え っ て
み る と き、 現 在 の 農 業 基 本 法 は ど う し た ら よ い か と思 わ ざ る を 得 な い の で あ る 。
報 道 に よ れ ば2月
の 衆 議 院 農 林 水 産 委 員 会 で 近 藤 農 相 が 「社 会 、 経 済 、 食 生 活
が こ れ だ け 変 化 して き て い る の で 、 総 合 的 に 見 直 した い 。 私 の 考 えが ま と ま れ
ば 、 事 務 当 局 に 検 討 し て 貰 い た い 。 」 と発 言 さ れ た とい う。 ま た 農 政 審 議 会 委
員 で あ る 荏 開 津 東 大 教 授 は 、 農 業 を め ぐ る5つ
の 状 況 の 変 化 か ら、 農 業 、 農 村
の 基 本 的 価 値 に 立 脚 し た新 しい 「食 料 ・農 業 基 本 法 」 の 制 定 を 望 む 提 言 を され
て い る 。 農 業 白 書 で は 環 境 変 化 に 対 応 して 、 農 業 、 農 村 を め ぐ る 制 度 ・施 策 の
あ り方 を 中 長 期 的 展 望 に 立 っ て 見 直 す こ とが 重 要 で あ る と して い る 。 何 をや る
か が 先 で あ っ て 、 法 の 改 正 等 は そ れ か ら とい う こ と で あ ろ う か 。
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私 は 率 直 に い っ て 現 行 農 業 基 本 法 は 最 早 卒 業 した と 考 え た 方 が よ い と思 うの
で あ る 。 基 本 法 の 政 策 目標 で あ る 生 活 水 準 の 均 衡 は 農 家 所 得 と して は 既 に 達 成
され て い る こ と 。 そ し て 農 業 生 産 の 選 択 的 拡 大 と 総 生 産 の 増 大 は 実 現 した 。 価
格 政 策 に よ る 所 得 確 保 は 終 っ た 。 他 産 業 と の 格 差 是 正 は と も か く、 農 業 の 生 産
性 も 向 上 した 。 農 業 構 造 の 改 善 で は 相 続 に よ る 細 分 化 防 止 の 制 度 化 は で き な か
った が 、 協 業 の助 長 の た め農 業 生 産法 人 、 農 事 組 合法 人 が法 制 化 され た 。 農地
の 権 利 移 動 の 円 滑 化 の た め 、 農 協 の 農 地 信 託 が 制 度 化 され 、 農 地 法 が 改 正 され 、
農 用 地 利 用 増 進 法 も制 定 さ れ た 。 重 点 的 に 濃 密 に と い う当 初 の 意 図 とは 違 っ た
が 、 数 次 に亘 り農 業 構 造 改 善 事 業 が 実 施 され 、 農 業 者 年 金 制 度 が 創 設 さ れ た 。
協 同 農 業 普 及 事 業 の 充 実 、 農 村 工 業 の 導 入 も あ っ た 。 しか し農 協 の 組 織 再 編 等
農 業 団 体 の 整 備 は これ か らで あ る。 国 境 調 整 措 置 と し て の 緊 急 の 関 税 率 の 調 整
輸 入 の 制 限 は 、 そ の 後 の 国 際 化 の 進 展 か ら独 自 に は 行 な え な くな っ た 。 そ し て
今 ウル グ ゥア イ ・ラ ウ ン ドで 米 の 食 糧 安 全 保 障 問 題 が 正 念 場 を 迎 えて い る。
こ の よ う に み て くる と、 政 策 目標 で あ る 生 活 水 準 の 均 衡 は 達 成 され 、 法 に 規
定 され た 具 体 的 な施 策 は 、 見 込 み 違 い や で き な か っ た も の も あ る が 、 そ の 成 果
に 高 低 は あ る も の の お ゝむ ね 実 施 済 み とい う こ と に な る 。 そ れ よ り も 政 治 も行
政 も 農 業 団 体 も基 本 法 に 照 ら して 物 を 考 え る よ うな発 想 は 既 にな くな っ て久 しい
の で あ る 。 私 が 卒 業 とい っ た の は そ うい う こ と で あ る 。 基 本 法 を そ っ と して お
い て も 誰 も 困 らな い が 、 こ ゝは 廃 止 して 新 し く 出 直 す とい う気 持 を 持 つ こ とが
先 づ 肝 要 だ と 思 うの で あ る 。 基 本 法 と い うか ら農 業 の 憲 章 で あ っ て 、 勿 論 重 み
は あ る が 、 こ れ は 法 律 で あ って 憲 法 で は な い 。
白 書 で も食 料 、 農 業 、 農 村 を め ぐる 大 き な 変 化 と そ れ へ の 対 応 と して 、 国 際
化 時 代 の 我 が 国 農 業 の あ り方 、 所 要 の 国 内 生 産 水 準 の 維 持 、 家 族 農 業 経 営 の 枠
組 を こ え た 生 産 対 応 、 安 全 と品 質 重 視 の 食 料 供 給 と 食 品 産 業 の 振 興 、 環 境 と人
間 に調 和 し た 農 業 、 農 業 、 農 村 の 多 面 的 な 機 能 や 役 割 の 評 価 等 を 指 摘 し てい る。
多 くの 課 題 を か か え る 担 い 手 の 育 成 等 農 業 構 造 の 改 善 を加 速 す べ き こ と は い う
ま で も ない 。 要 は 農 業 、 農 村 が 我 が 国 の 存 立 と 発 展 の た め に 欠 く こ と の で き な
い 大 事 な地 位 と役 割 を も っ て い る こ と を 基 本 に 、 過 去 の 成 果 と失 敗 をふ ま えつ
ゝ、 新 た な 発 想 で 考 え る 時 期 に き て い る と 思 うの で あ る。 そ の 場 合 考 慮 す べ き
こ とは 、ECの
農 業 政 策.仏
、 独 や ア メ リカ の 農 業 法 が 時 に 応 じて 重 要 な 改 正
を 加 え て 生 き な が ら え て い る よ う に 、 我 が 国 の 農 業 基 本 法 も5年
か10年 に 一 度
位 は 是 正 と 改 正 を 加 え て 行 くこ とで あ る 。 制 定30年 そ の ま ゝ とい うの は 如 何 に
も長い 。
平 成3年3月
(全 国 農 地 保 有 合 理 化 協 会
-4-
会 長)