生物規範型歩行ロボット制御 - 筋骨格系と神経系のカップリング -

生物規範型歩行ロボット制御 - 筋骨格系と神経系のカップリング 木
村
浩3
3 電気通信大学情報システム学研究科 調布市調布ヶ丘 1-5-1
3Graduate School of Information Systems, Univ. of
Electro-Communications, Chofu-ga-oka 1-5-1, Chofu, Tokyo
3E-mail: [email protected]
1.
はじめに
これまで数多くの脚式ロボットの研究が行われてきた [1].
ホンダの自立型二足ロボットの開発を受けて,今後の研究
の主体は脚式ロボットの本来の目的である不整地歩行・走
行の実現に向かうと考えられる.すでに一脚,二脚,四脚
ロボットを用いた不整地動歩行・走行もある程度は実現さ
れており,あらかじめ路面などの環境情報が完全に分かっ
キーワード:生物規範型制御 (biologically inspired control),
CPG(central pattern generator),反射 (reex),力学の
カップリング (coupling of dynamics)
リミットサイクルを構成することにより歩行の安定化
を行う [17, 18].
(a-2)ZMP 規範
軌道からの誤差が収束する方向の制御を行い,重心
もしくは ZMP を着地足多角形内に保持することによ
り軌道の実現可能性,すなわち歩行安定性を保証する
[例多数].
ているならば,それに対応できる歩行制御プログラムを用
一般に (a) の手法においては,ロボットと環境のモデルに
意することは可能である.しかし,非常に多様な不整地す
基づきアルゴリズムとして歩行の軌道計画・制御が記述
べてに適応可能な歩行制御プログラムを用意することは一
されていた.この手法は既知環境での運動の予測性・再現
般に困難であり,自律的な適応が重要となる.
性・最適化には優れているが,予測できない環境・状況に
一方,実世界で自律的な適応を見せる生物の運動は中
枢にある「パターン発生器 (Central Pattern Genera-
対応するためのアルゴリズム作成は複雑になる一方であ
り,例外事象への素早い対応は困難である.
tor:CPG)」と抹消からの感覚などによって発生する「反
他方, (b) においては,周期的トルクパターンが与えら
射」の組み合わせにより主に生成されること, CPG や反
れ,運動は機構と路面の力学作用の中で生成される.ま
射の機構は主に脊髄に存在し脳幹・小脳・大脳など上位中
た,制御としてはセンサ情報に基づきトルクパターンが調
枢からの調節を受けていることは,神経生理学などの実験
節される.すなわち,制御は生成のプロセスに含まれる.
の結果から事実として広く受け入れられている [2, 3, 4].
(b) の研究の例として,小野ら [16] は受動歩行可能な二足
このような知見に基づいて,自律的・創発的な歩行を実現
歩行モデルのロール運動について自励振動系を構成し,ア
しようとする試みもこれまでに数多くなされてきており
クチュエータ出力として支持脚角度と可動質量位置・速度
[5, 6, 7, 8, 9],ロボット実機を用いた実験も行われている
のフィードバックを用いることにより,脚長の変化などの
[10, 11, 12, 13, 14, 15].本稿では,歩行機械 (筋骨格系)
外乱に強い駆動系を実現できることを示している.また,
のダイナミクスと歩行運動の特性に着目し, CPG と反射
多賀 [5, 6] は CPG の出力を関節トルクと考え,筋骨格モ
から構成される神経系がいかにうまく働くかについて解説
デルと相互に接続することにより,路面変化や外力に対
する.
する適応性を直接得ることができることを二足歩行シミュ
レーションにより示している. (b) の手法の特徴として以
2.
生物規範型制御系
2.1
歩行生成・制御手法の分類
これまで行われてきた数多くの脚型ロボットの研究におい
て,その運動生成・制御手法は以下の二つに大別される.
下が挙げられる.
(1) トルクパターン生成系は個々の要素の簡単な結合のみ
から構成され,歩行運動は機構と路面との力学的相互
作用の中で創発的に生成される [19].
(2) トルクパターン生成系にセンサフィードバックを入れ
(a) 運動計画・制御分離型
ることにより,機構パラメータの変化・路面変化など
(b) 運動生成・制御一体型 [5, 6, 7, 9, 11, 15, 16]
の外乱に対する自律的適応性を容易に実現できる.
(a) においては,計画時に周期的関節軌道が与えられる
が,その制御手法はさらに二つに分けられる.
(a-1) リミットサイクル規範
周期的軌道からの一時的な誤差をフィードバックし,
このような点から,本稿では本特集の趣旨に合ったものと
して (b) の手法,特に, CPG と反射を用いて歩行生成・
制御を行う「生物規範型制御」を取り上げる.
アクチュエータを持たない歩行機械が下り坂を動歩行
する「受動歩行 (Passive Dynamic Walking: PDW)」
[20, 21] と CPG を用いた歩行は,外力 (重力) もしくは内
力 (CPG トルク) が働くリンク機構と床面との相互作用に
Σw ij yj u0
extensor body angle
-
Extensor Neuron
より歩行が生成されるという共通点がある.従って, 3.で
,
τ
は,関節での粘性摩擦以外は同一な力学モデルを用いた
τ
β
ue
CPG 歩行と PDW の比較も行う.
θvsr +
θ
flexor
ve
Feede
2.2
+
CPG のモデルとしての神経振動子
N_Tr
本稿では, CPG のモデルとして松岡 [22] により提案さ
uf
れた神経振動子を用いる.神経振動子は相互抑制した 2 つ
u_ fe;f gi
=
0u
fe;f gi
+ wf e yff;egi
X
0 v
fe;f gi
f
β
vf
,
τ
のニューロンで構成されており (図 1-(a)),式 (1) の非線
により伸筋と屈筋を駆動している (図 1-(b)).
f
Feed f
れ,多賀 [5] によって二足歩行シミュレーションに用いら
形一階連立微分方程式で表され,各ニューロンからの出力
Direction of
angles and torque
u0
u0
(b)
w fe
τ
Flexor Neuron
Σw ij yj u0
Excitatory Connection
Inhibitory Connection
(c)
(a) Neural Oscillator
+ u0
Neural Oscillator
Network for Trot
n
+F eedfe;f gi +
j
yfe;f gi
=
v_ fe;f gi
=
0
wij yj
(1)
=1
max (0; ufe;f gi )
0v
fe;f gi
+ yfe;f gi
e は伸筋, f は屈筋, i は i 番目の神経振
動子を表し,変数: ui , vi はニューロン内の状態, yi は
ニューロンの出力, u0i は上位からの駆動入力, F eedi は
センサ入力に関する項であり,定数: はニューロンの
疲労係数, , 0 は ui , vi の時定数, wf e は拮抗ニュー
ロン同士の結合係数, wij は接続されている他のニューロ
ここで,添字:
ンとの間の結合係数を意味している.
結果として,関
節を駆動するモータに出力される関節トルクは伸筋ニュー
ロン・屈筋ニューロンの出力をトルク (Nm) に変換する係
数: pe ,
pf を用いて,式 (2) となる.
N T r = 0pe ye + pf yf
ここで, N
図 1 CPG のモデルとしての神経振動子:(a).神経振動
子出力は腰関節に仮想的に設定された伸筋と屈筋を駆動
する:(b).各腰関節を駆動する神経振動子を互いに抑制結
合することでトロット歩容を生成することができる:(c).
LF, RF, LH, RH はそれぞれ左前脚,右前脚,左後脚,右
後脚を表す.
ている.遊脚の障害物への衝突時や凸部への着地時の関節
での受動的なコンプライアンスは不整地動歩行を実現す
るために重要である.このために,比較的低減速比 (40)
を平歯車により構成し,バックドライバビリティを確保
している.また,脚長を変えた歩行シミュレーションの検
証や PDW との比較のために, Patrush-I と同じ構成で関
節での粘性摩擦をより小さくした Patrush-II を用いる.
Patrush-I と II は,ピッチ軸まわりの関節しか持っていな
いので, 2 本の棒によりロールおよびヨー平面内の運動は
(2)
T r > 0 は屈筋の活動を, N T r < 0 は伸筋の
活動を表す.
各脚の腰関節を駆動する神経振動子を相互結合して 4 個
拘束されている.
3.
整地歩行生成の解析
3.1
神経 - 筋骨格系間の引き込み
の神経振動子からなるネットワークを構成するとき (図 1-
整地歩行時の CPG へのフィードバック F eedfe;f g として,
(c)),これら神経振動子は相互に引き込まれ,同一周期と
式 (3) で表される伸張反射を考える [5].
固定位相差で振動を始め,四足歩行ロボットのトロット歩
容を生成することが出来る [11].
2.3
四足歩行ロボット
F eede1tsr
=
ktsr ;
F eedf 1tsr
=
0k
tsr
(3)
ここで, は関節角度, ktsr はフィードバック係数.
伸張反射により CPG{ 筋骨格系間に closed loop が出来
上で述べた生物の歩行生成・制御系を適用するために,四
た時, CPG と筋骨格系は相互に引き込まれ,同一周期で
足ロボット Patrush-I を用いる.各脚はピッチ平面内で回
振動する.式 (1) と式 (3) を用いて整地歩行実験を行い,
転する 3 関節で構成され,上から腰,膝,足首関節と呼ば
CPG と伸張反射により安定な動歩行が生成されること
れ足首関節は受動関節となっている.反射機構のためのセ
を確認した [11].このとき Patrush-I は,左右脚間歩幅約
ンサとして,各脚には床面と脚前方障害物との接触を検
25(cm),周期約 0.8(s),速度約 0.6 (m/s) で歩く.
知するセンサが,胴体には角速度センサが取り付けられ
3.2
神経 - 筋骨格系の動的カップリング
0.5
上で述べたような CPG と伸張反射から成る比較的簡単な
神経系によって歩行が実現された理由の一つは,筋骨格系
natural motion
0.25
1
4
8
0.4
のダイナミクスが神経系のパラメータとしてエンコードさ
0.3
れていることにあると考えられる.
ktsr
松岡型神経振動子のパラメータ決定法に関する従来の研
0.2
究として,記述関数を用いて神経振動子制御系の安定性を
解析した研究 [23] や,外部入力に対する引き込みを発生さ
0.1
せるための周波数・振幅パラメータの自動調整手法を提案
0
した研究 [24] があるが,歩行機械のダイナミクとの関連を
0
0.05
調べることが重要である.
メータとして GA を用いて最適な組み合わせを求め,結果
として,学習の初期では神経系内部の運動リズムが優勢で
あるが,学習の後期ではフィードバックが有効に利用され
神経系構造が単純化されることを示している.本章では,
神経系のパラメータと筋骨格系のパラメータとの直接的な
0.15
0.2
0.25
0.3
0.35
length of a leg [m]
一方,長谷ら [7] は多賀と同等の二足モデルにおいて ,
0 , u0 , pe, pf ,および,関節情報と神経振動子の組をパラ
0.1
図 2 CPG に接続された遊脚の周期. CPG 固有周期は遊
脚の自由運動周期と等しくなるように設定されている.
o
遊脚相について, CPG 単独での周期 (CPG 固有周期:Tcpg
)
o
が単振子の自由運動周期 (Tsw
) と等しくなるように時定
数 を設定し, CPG と単振子を接続した場合についてシ
関係を理解することが重要であると考え,歩行周期・消費
ミュレーションを行った (図 2).その結果,各脚長におい
エネルギの観点から神経振動子パラメータについて解析す
て単振子と CPG は相互に引き込まれ同一周期で振動す
る.
3.2.1
o
Tcpg
よりも短くなった.これは,関節角フィードバック式
(3) が CPG に対して抑制的に働いたためである.以下,
CPG の重要なパラメータ
CPG(具体的には神経振動子) の特性は振幅,周期,位相
で表すことができる.また式 (1) において,筋骨格系との
関係で重要な神経振動子のパラメータは, ,
pf , ktsr である.
0 , u0 , pe ,
神経振動子出力の振幅は u0 にほぼ比例することが分
かっており,神経振動子出力は式 (2) により pe ,
pf により
トルクに変換され腰関節に出力される. u0 , pe , pf の決定
方法については, 3.2.4で考察する.
神経振動子の周期に関係する ; 0 について,安定振動
のために望ましい = 0 比は 0.1 ∼ 0.5 であることが指摘さ
れている [23].ここでは, = 0 比を一定として, ,
ktsr
の値を変化させ歩行周期との関係を調べる.
神経振動子ネットワーク上での神経振動子間の位相差は
神経振動子間の引き込みによりほぼ一定となり,安定な歩
容が実現される.神経振動子と筋骨格系の位相差について
は, 3.2.4で考察する.
3.2.2
るが,振動周期はフィードバック係数 ktsr が大きいほど
CPG 固有周期と歩行周期
十分な引き込みが発生するよう, ktsr には比較的大きな値
( 8) を用いる.
o
)は
支持脚相については,倒立振子の自由運動期間 (Dsp
脚長だけでなく運動振幅にも依存する.以下のシミュレー
o
は CPG 歩行の振幅と倒立振子運動の振幅
ションで, Dsp
が同一になるように求めた.
歩行の場合, CPG は遊脚相と支持脚相が繰り返す運動
に引き込まれる.デューティ比 =0.5 の定常歩行において
は,引き込みの結果,支持脚期間と遊脚期間は引き込まれ
w
) の半分とそれぞれ等しく
た CPG 周期 (歩行周期: Tcpg
なり,また,支持脚期と遊脚期の運動振幅が等しくなる.
o
o
と等しくなるように Tcpg
を設定
脚長を変えながら Tsw
し,シミュレーター上で整地歩行運動を行わせたときの
w
o
o
Tcpg
=2 を図 3に示す.図 3には, Tsw
=2, Dsp
, PDW の
歩行周期の半分も示されている.
図 3において, PDW では遊脚を振り出したあと床面方
o
o
向に戻る運動があるため, Tsw
=2 と Dsp
の和よりも歩行
w
は,単
周期が長くなっている.一方, CPG 歩行周期 Tcpg
振子に引き込まれた場合 (図 2) よりも短くなっている.歩
歩行周期は動歩行の安定性,最大移動速度,歩行効率に影
行周期が短いほど一つの遊脚相・支持脚相での外乱の影
響を与える非常に重要なパラメータである [25].ここで,
響が少なく,相変化を利用した歩行安定化が有効となるの
遊脚を「単振子」,支持脚 - 胴体系を「倒立振子」として
で,歩行は安定となる [25].このように脚長が変化しても
モデル化し,神経 - 筋骨格系の動的なカップリングの問題
o
o
Tcpg
を Tsw
に合わせることで, CPG は遊脚運動だけでな
を周期について考える.
く支持脚運動とも適切に引き込まれ,安定な歩行が実現さ
れる.これは神経系と筋骨格系の動的なカップリングの一
0.6
6
0.6
Tswo
0.5
1/2
0.5
5
0.4
4
PDW period (1/2)
Dspo
0.3
3
0.2
0.2
0.4
0.3
0.2
0.1
0
0
Tswo
1/2
w
Tcpg
1/2
0.1
energy consumption
0.3
0.4
Dspo
w
Tcpg
length of a leg [m]
o
を変化させた
一方,脚長を固定し CPG 固有周期 Tcpg
1/2
1
0.1
図 3 脚長と CPG 歩行周期の半分の関係 (ktsr =8). CPG
固有周期は遊脚の自由運動周期と等しくなるように設定さ
れている.遊脚自由運動周期と PDW 周期の半分,支持脚
o
) も示されている.
自由運動の期間 (Dsp
例である.
2
0
0
0
0.1
0.2
0.3
o
Tcpg
0.4
0.5
0.6
1/2 [s]
図 4
CPG 固有周期と歩行周期,消費エネルギの関係
(脚長 =0.2(m),ktsr =8).遊脚自由運動周期 (一定) と支持
o
脚自由運動の期間 (Dsp
) も示されている.
o
o
=2 が Tsw
=2
場合の結果を図 4に示す.この図において, Tcpg
に近い範囲では引き込みにより安定な歩行が実現されて
いるが, 0.19(s) 以下と 0.52(s) 以上では歩行は不安定と
なった.これは,筋骨格系と神経系の動的カップリングが
うまく行われない例である.
3.2.3
CPG 固有周期と消費エネルギ
図 4には, DC モータでのジュール損失により計算した単
位距離当たりの消費エネルギ [25] も示されている.図中の
o
=2 である.この図において消費エネ
縦と横の点線は Tsw
o
o
=2 が Tsw
=2 に近い範囲ではほぼ一定である
ルギは, Tcpg
の値を定数として用いることが出来る.
つぎに,図 5において位相について比較すると,受動歩
行時に脚に働く重力トルクは支持脚相・遊脚相の切り替え
時に正負が反転するが, CPG 歩行では支持脚相と遊脚相
の後半にそれぞれ屈筋トルク (N
(N
Tr <
Tr >
0) と伸筋トルク
0) が働くために正負の逆転は相の切り替え前に
発生している.受動歩行時の重力トルクと相の関係はまさ
に歩行が受動であることを示しており, CPG 歩行での屈
筋・伸筋トルクの切り替えはまさに生物で観測されている
ものである [26].この比較から,内力により能動的に歩く
が, 0.26(s) 以下と 0.43(s) 以上で急激に増加している.
ことは,屈筋・伸筋トルクの切り替えを行うことにより能
これは,遊脚の自由運動期間と支持脚の自由運動期間の和
動的に支持脚相・遊脚相の切り替えを発生させていること
o
o
o
(Tsw
=2+Dsp
) と CPG 固有周期 (Tcpg
) との差が大きくな
るにつれて, CPG と遊脚運動・支持脚運動の引き込みに
であり,受動歩行と比較して初期値誤差や外乱に影響され
難い安定な歩行が実現される根拠となっている.
無理が生じ,余分な加減速が必要となり消費エネルギが増
大したと考えられる.
3.3
3.2.4
シミュレーション結果の妥当性確認のために,四足ロボッ
CPG 歩行と受動歩行の比較
まとめ
ト Patrush-II を用いて実験を行った.脚長 0.2(m) の場合
図 5に, PDW での下り坂の影響による付加的な重力トル
の結果を,図 4の白抜き記号で示している.図より,シ
クと CPG 歩行の関節トルクの比較を示す.図 5において
ミュレーションと実験の値は,ほぼ一致していることが
トルク振幅について比較すると,支持脚相では同程度であ
分かる.また脚長 0.3(m) の場合にも同様の結果を得てい
るが,遊脚相では CPG 歩行が PDW よりも一桁以大きな
る.
トルクを要している.これは, CPG 歩行では遊脚・支持
脚の相変化のために関節の加減速が行われているためであ
神経系と筋骨格系のカップリングを考慮した CPG パラ
メータの決定法は以下となる.
る.図 5の PDW の支持脚期付加的重力トルクの振幅を目
安にすることで u0 ,
pe , pf (' pe ) の概略値を求め, CPG
歩行のシミュレーションや実験により調節した後,それら
[a]
o
o
Tcpg
が Tsw
と等しくなるように を決定する.
0.4
CPG
supporting phase
0.2
torque
[Nm]
0
-0.2
-0.4
0
PDW
CPG walking
0.5
1.0
time [s]
1.5
2.0
図 5 CPG 歩行時の腰関節トルクと PDW 時に脚に働く付
加的な重力トルクの比較.ここで,両歩行において歩行速
度を約 0.5(m/s) に合わせてある.
結果として CPG と遊脚運動・支持脚運動に引き込
みが発生し,より小さな歩行周期が得られ,歩行は
より安定となる.さらに,余分な加減速がより少な
いエネルギー効率の良い歩行が得られる.
[b] PDW における支持脚期のトルクを目安として u0 ,
[c]
pe ,
図 6 CPG と CPG 経由の反射による歩行の生成・適応.
CPG は反射のためのセンサーフィードバックを受けて自
身の周期を調節する.また,屈筋と伸筋のどちらが活動中
であるかという CPG の位相情報により発生する反射が選
択される.
4.1
CPG 経由の反射
神経生理学においては, CPG と反射の関係について「感
pf の概略値を決定し, CPG 歩行のシミュレーショ
覚性のフィードバックが CPG を修飾し, CPG の位相情
ンや実験により調節する.
報が反射の調節を行う」こと [4, 27] が知られている. この
ktsr は十分に大きな値を用いる.
知見に基づき,本稿では,すべてのセンサ情報を CPG に
フィードバックし,これを「CPG 経由の反射」と定義す
このような神経系と筋骨格系のパラメータの直接的な関係
る (図 6).
は,神経系の働き理解し,試行錯誤的パラメータ調節の負
前庭脊髄反射
担を減らし,また,他のロボットへの適用,新たなロボッ
ト設計のために重要である.
登り坂や凸部に着地した際に上記条件 [a] を満たすため
には,重力負荷増分に抗する付加的なトルクが必要であ
4.
不整地適応歩行の実験
る.図 1-(b) において,整地歩行では = 0 が静止長で
あったが,不整地歩行では次式で表される重力方向からの
歩行とは,胴体を支持脚により前方に推進し,遊脚を前方
に振り出し,支持脚・遊脚を交換するという特殊な運動で
vsr
= 0 を静止長と定義し,伸張反射を行う [6].
vsr
ある.著者らはこのような歩行運動の特性に着目し,不整
地においても安定なリミットサイクルを構成するための条
りの角速度が一定に保たれること
[b] 遊脚期の前半において,脚が引っかからずに前に振り
出されること
[c] 遊脚期の後半において,脚が確実に着地すること
[d] 脚間の位相が適切に保たれること
著者らは,上記条件を満たすために,神経生理学において
0 (body angle)
F eedfe;f g1tsr1vsr
件として次の 4 つを指摘している.
[a] 支持脚期開始時 (または終了時) の支持脚接地点まわ
=
=
6k
(rad)
(4)
tsr vsr
式 (4) では, body angle を角速度センサによって検出し
伸張反射のゼロ点を重力方向とすることで前庭脊髄反射を
実現している (図 6).
腱反射
腱反射は,支持脚が地面から受ける負荷増分に対して推
進力を補うことにより,前庭脊髄反射と同様に上記条件 [a]
を満たすために有効に働く.具体的には,支持脚腰関節角
速度 _vsr (<0) を用いて負荷の増加を検出し,式 (5) で表
得られた知見を参考にして,次節に述べるようなセンサ情
される正のフィードバック F eede1tr を CPG の伸筋ニュー
報に基づく反射を導入した [15].
ロンへ興奮的に入力する.
F eede1tr
=
ktr (_vsr + 1)
0
0 _ )
< 01)
( 1
(_
vsr
vsr
(5)
いたときは屈曲反射により凸部を乗り越え (A,B),支持脚
が凸に着地したときは腱反射により抗重力トルクを発生
屈曲反射
しながら (C,D),安定な歩行が持続していることが分か
上記条件 [b] を満たすために,屈筋活動中 (N
Tr >
0)
る.また,図 8において, (A,B) で右前脚がつまづいて屈
に力センセによりつまづきが検出されたとき,つまづいた
曲反射のために右前脚腰トルクが大きくなり屈筋活動期
瞬間の時刻を t = 0 として Tf r の間,式 (6) で表される正
が長くなっている一方,左前脚は伸筋活動期を延長して
のフィードバック F eedf 1f r を CPG の屈筋ニューロンへ
いる (E,F).すなわち,となり合う脚の CPG が互いに抑
興奮的に入力する.
制結合されている (図 1-(c)) ために,右前脚がつまづいて
F eedf 1f r
0 t)
(kf r =Tf r )(Tf r
=
(6)
ここで定数 kf r と Tf r は,図 8-(A,B) のようにピーク値で
CPG の屈筋ニューロンが強く興奮した時,左前脚の CPG
において屈筋ニューロンが強く抑制され,左前脚が右前脚
と同時に遊脚になることを防ぐことができた.
以上, CPG へ のセンサ フィードバッ クとして 前庭脊
3(Nm) の屈曲トルクが 0.2 秒間 CPG 出力から得られるよ
髄・腱反射・屈曲・伸展反射を興奮的に入力することによ
うに実験的に求める.
り,瞬間的な筋骨格系の不整地適応を可能とし,また,筋
伸展反射
骨格系の運動遅れに対応した CPG 周期の延長と CPG 間
上記条件 [c] を満たすために,伸筋活動中 (N
Tr
<
位相調節が自律的に行われることが示された.
0) につまづいた時,式 (7) で表される正のフィードバック
F eede1er を CPG の伸筋ニューロンへ興奮的に入力する.
F eede1er
=
ker vsr
0
(0
(vsr
vsr
)
< 0)
(7)
すなわち,式 (4) と式 (7) より,重力線より脚が前方にあ
る時つまづくと, F eede = (kvsr + ker )vsr とすることに
(a)
より伸張反応を強化していることになる.
(b)
図 7 不整地歩行時の写真
CPG 周期と CPG 間位相の調節
上記反射による不整地適応の結果として,筋骨格系に
運動遅れが生じる. CPG はこの運動遅れに対して自身の
B
A
[Nm]
3
2
周期を延長して伸筋 / 屈筋の切り替えを適切に行い,筋骨
格系との引き込みを保つ必要がある.さらに,ある CPG
1
に生じた周期の延長に対して,左右の脚が同時に遊脚にな
るなどの矛盾を避けるために,他の CPG は同じく周期を
延長することにより CPG 間の位相を適切に保つ必要があ
る.このような問題に対して,すべて CPG 経由の反射と
0
-1
0
1
2
E
することで,反射トルクの発生と同時に,センサ情報によ
り CPG 周期と CPG ネットワーク上での位相差を自律調
3
F
C
4
time [sec]
5
D
図 8 不整地 (図 7-(b)) を歩行したとき CPG トルク
節することが可能となる.すなわち上記条件 [d] を満たす
ことが出来る.
以上をまとめると, CPG 経由の反射による CPG への
センサフィードバックは,式 (8) のようになる.
F eede
F eedf
=
=
F eede1tsr1vsr + F eede1tr + F eede1er
F eedf 1tsr1vsr + F eedf 1f r
(8)
5.
おわりに
生物規範型歩行ロボット制御において望ましい運動が生成
されるためには,筋骨格系のダイナミクスと神経系のダ
イナミクスにカップリングが成り立っていることが重要で
4.2
不整地歩行実験
Patrush-I が式 (1) の CPG と式 (8) の反射を用い,パラメー
タ固定で 12°の坂の登り下りや高さ 3cm の凸のある路面
を歩行した際の写真を図 7に示す.図 7-(b) の歩行実験時
のグラフを図 8に示す.図 8において,遊脚が凸につまづ
ある.本稿では,主に脚長に着目し,ある筋骨格系に対し
て CPG パラメータを決定する方法を示した.また,歩行
運動の特性に着目し,不整地歩行時にも安定なリミットサ
イクルが構成されるように CPG 経由の前庭脊髄・腱・屈
曲・伸展反射を導入した.
当然のことではあるが,筋骨格系のダイナミクスとの
カップリングや不整地適応に関して,生物のリズム発生
機構 (CPG) や反射機構は非常にうまく出来ている. CPG
8)
9)
は関節角を抑制的に入力されることにより筋骨格系に適合
した歩行を生成し,他のセンサ情報を興奮的に入力される
ことにより不整地に適応した歩行を生成することが出来
る. CPG として,振幅を用いず位相情報のみを用いたモ
デル [14] も提案されているが,本研究では CPG の振幅も
用いることにより反射との統合が行われ,出力トルクの大
きさと位相の両方が一元的に自律調節されたことは,用い
られた神経振動子の CPG としての高い能力を示している.
10)
11)
12)
13)
2.1での定義とは少し異なる生物規範型歩行として,脚
に機械的なコンプライアンスを設定することでセンサ情報
14)
を使うことなく六足ロボットの不整地高速歩行を実現した
例がある [28, 29].より高度な不整地への適応のためにセ
ンサ情報に基づく適応が重要であることは明白であるが,
センサ入力の遅れに対応するためや,制御系の複雑さを低
15)
減しロバスト性を増すためにも,機構の受動的な適応性の
設計は制御系の設計と並行に進められる必要がある.本研
16)
究で行った整地歩行時の神経系と筋骨格系のパラメータ間
の関係の解析は,そのような制御系と機構のカップリング
を確立するための試みの第一歩となるものである.不整地
適応における神経 - 筋骨格系ダイナミクスのカップリング
の解析は,今後の課題となっている.
本稿は「要素をどのように接続すればどうなる」という
現象を述べたに過ぎず「制御理論」の体は成していない.
本稿により「生物規範型制御」に多くの方々が興味を持た
17)
18)
19)
20)
21)
れ,その理論的解析が進み生物学や神経生理学にフィード
バックできることを願っている.
なお,本稿の 3 章と 4 章はそれぞれ小永健君と福岡泰弘
君 (両名とも電気通信大学情報システム学研究科博士課程)
との共同研究によるものである.
参
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
考
文
献
米田: [特集] リファレンス オブ リファレンス: 脚移動, 日本
ロボット学会誌, 16-7, 897/901 (1998)
S. Grillner: Control of locomotion in bipeds, tetrapods
and sh, In Handbook of Physiology, volume II, American Physiol. Society, Bethesda, MD, 1179/1236 (1981)
伊藤:歩行運動とリズム生成, 日本ロボット学会誌, 11-3,
320/325 (1993)
佐藤:脳・神経と行動: 運動プログラムと行動出力, 岩波書
店, 159/178 (1996)
G. Taga, et al.: Self-organized control of bipedal locomotion by neural oscillators, Biolog. Cybern., 65,
147/159 (1991)
G. Taga: A model of the neuro-musculo-skeletal system for human locomotion II. Real-time adaptability
under various constraints, Biolog. Cybern., 73, 113/121
(1995)
長谷, 山崎: 2 足歩行運動を生成する神経系構造の自律的獲
得, 機論 C, 64-625, 3541/3547 (1998)
22)
23)
24)
25)
26)
27)
28)
29)
藤原,山海:創発的学習能力を持つ運動制御系と歩容制御シ
ミュレーション,日本ロボット学会誌, 16-3, 353/360 (1998)
A. J. Ijspeert, et al.: From lampreys to salamanders
-evolving neural controllers for swimming and walking,
Proc. of SAB98, 390/399 (1998)
R. D. Beer, et al.: An Articial Insect, American Scientist, 79, 444/452 (1991)
木村, 他:神経振動子を用いた四足ロボットの不整地動歩行
と整地走行, 日本ロボット学会誌, 16-8, 1138/1145 (1998)
W. Ilg, R. Dillmann, et al.: Adaptive periodic movement control for the four legged walking machine BISAM,
Proc. of ICRA99, 2354/2359 (1999)
M. A. Lewis, A. H. Cohen, et al.: Toward biomorphic control using a custom aVLSI CPG chips, Proc.
of ICRA2000, 1289/1295 (2000)
K. Tsujita, A. Onat, K. Tsuchiya, et al.: Autonomous
decentralized control of a quadruped robot locomotion
using oscillators, Proc. of Int. Symp. on A-Life and
Robotics, 703/710 (2000)
福岡,木村:四足ロボットの生物規範型不整地適応動歩行 体性感覚・前庭感覚による調節 -,日本ロボット学会誌, 194, (掲載予定) (2001)
小野, 岡田:自励振動アクチュエータに関する研究 (第 3 報,
自励駆動による二足歩行機構), 機論 C, 60-579, 3711/3718
(1994)
下山 勲, 三浦 宏文:竹馬型二足歩行ロボットの動的歩行, 機
論 C, 48-433, 1445/1454 (1982)
M. H. Raibert: Legged Robots That Balance, The MIT
Press, Cambridge, MA, (1986)
多賀:歩行の創発, 日本ロボット学会誌, 15-5, 680/683 (1997)
T. McGeer: Passive Dynamic Walking, Int. J. of Robotics
Res., 9-2, 62/82 (1990)
K. Osuka and K .Kirihara: Motion Analysis and Experiments of Passive Walking Robot QUARTET II,
Proc. of ICRA, 3052/3056 (2000)
K. Matsuoka: Mechanisms of Frequency and Pattern
Control in the Neural Rhythm Generators, Biolog. Cybern., 56, 345/353 (1987)
M. M. Williamson: Designing rhythmic motions using
neural oscillators, Proc. of IROS99, 494/500 (1999)
宮腰,多賀,國吉:神経振動子のパラメータ自動調整機構,
第 5 回ロボティクスシンポジア予稿集, 301/306 (2000)
木村, 下山, 三浦:四足動歩行ロボットの力学的解析, 日本ロ
ボット学会誌, 6-4, 367/379 (1988)
K. Pearson: The Control of Walking, Scientic American, 234-6, 72/87, (1976)
A. H. Cohen, et al.: Sensorimotor Interactions During
Locomotion: Principles Derived from Biological Systems, Autonomous Robotics, 7-3, 239/245 (1999)
U. Saranli, M. Buehler and D. E. Koditschek: Design, Modeling and Preliminary Control of a Compliant
Hexapod Robot, Proc. of ICRA, 2589/2596 (2000)
J. G. Cham, S. A. Bailey, M. R. Cutkosky: Robust
Dynamic Locomotion Through Feedforward-Preex Interaction, Proc. of ASME IMECE, (2000)