◆ 新泉地紀行 その二十七 熊本県日奈久温泉(1) 湯老人・佐藤哲治 昭和 61(1986)年 8 月 31 日、筆者は三角(みすみ)線(宇土/三角 25.6KM.)を乗り終えて念願の国鉄全線乗車を 果した後、熊本県八代(やつしろ)市の日奈久(ひなぐ)温泉で一人祝杯をあげた。まだうだるような暑さの残 る頃で宿には他に客の姿はなく、アルカリ性単純泉の繊細かつ上品な湯につかったり出たり、2 時間余りも風呂 場で遊び、その晩風邪をひきかけた記憶がある。その時泊った老舗“松野屋”はその後“岩崎本陣”と名を 変えて営業を続けたが時勢利あらず、平成に入って廃業。他にも閉鎖する旅館が相次ぎ、現在の日奈久温泉 の旅館数は最盛期の約半分、20 軒程度にまで落込んでいる。更に、不振の日奈久温泉に追い打ちをかけるよ うに昨年鹿児島中央/新八代間に九州新幹線が開通、日奈久温泉駅は肥薩オレンジ鉄道の一ローカル駅となり、同駅 に行くには乗換えが必要となった、即ち不便になった。正に泣きっ面に蜂である。 1) そのような訳で、本年の初温泉は激励?の意味を込めて日奈久温 泉再訪と決定、宿は明治 20(1907)年創業の湯治宿“鏡屋旅館” を予約した。当地では“金波楼”という大きな旅館が有名で、重 文級の風格ある木造 3 階建て建物を今尚使用している。“金波 楼”に泊って建物内部をじっくり鑑賞したい気持ちもあったが一 人泊は 16,000 円と割高、年金生活者に贅沢は禁物なのでここを あきらめ“鏡屋旅館”とした。湯治宿を選んだのは、中途半端な 宿より湯治宿の方が生活感があって面白かろうと考えたのであ る。因みに、*つげ義春の漫画に「リアリズムの宿」という面白い作品 がある。青森県鯵ヶ沢(あじがさわ)町で主人公(つげ自身)がとてつもなく暗く貧しい宿(いわゆるリアリズムの 宿)に間違って泊り後悔する話だが、作中、「生活感のあるチープで居心地のよい宿は好きだがリアリズムの宿には 耐えられない」と主人公は述懐している。今回筆者も同じような感覚で宿を決めたのである。 博多から新八代まで特急リレーつばめ 39 号で約 1 時間半、まだぴかぴかの新八代駅に降り立つ。ほとんどの人 はここで同じホーム反対側に停車している鹿児島中央行き九州新幹線に乗換え先に向う、乗換え時間は 3 分と短 いので慌しい。筆者はいったん新幹線の駅舎を出て、鹿児島本線に新たにできた新八代在来線駅舎へ。乗換 え時間が 8 分あるので楽勝、悠々間に合った。在来線新八代駅ホームには、肥薩オレンジ鉄道の出水行きワンマンカーが ちんまり客を待っている。車両は化粧して明るいが、折からの曇り空の下心なし寂しげな姿、肥薩オレンジ鉄道 の行末を暗示するかのようである。筆者の不吉な予感を吹き飛ばす業績を上げて欲しいがどうなることやら、 肥薩オレンジ鉄道今後の健闘を祈る。 八代・肥後高田を経て日奈久温泉駅に 20 分で到着。尚、八代までは JR の営業区間で、八代から川内までの旧 鹿児島本線 116.9KM.が肥薩オレンジ鉄道の営業区間となる。 *つげ義春 : 昭和 12(1937)年、東京の葛飾に生れる。5 歳の時父死亡、母や兄弟と極貧生活を送る。9 歳の時母再婚、 義父から虐待を受ける。小学校卒業後メッキ工場に就職、余りの重労働に苦しむ。幼い頃の過酷な生活環境で対人恐怖症気 味となり、余り人とかかわらないですむ漫画家を志望。水木しげるのアシスタントなどやりながら漫画雑誌「ガロ」に作品を発表、従 来の枠にとらわれない独自の世界を構築。1960 年代後半の学園紛争の最中、つげの作品と「ガロ」は多くの若者達の熱狂的 な支持を受けた。「ねじ式」「ゲンセンカン主人」「チーコ」「紅い花」「無能の人」「李さん一家」「ほんやら洞のべんさん」「退屈な部屋」 等々つげの作品はいずれも奥深いが、筆者はとりわけ旅物を好む。 禁無断転載 …掲載内容に関するお問合せは、弊社営業担当又は "[email protected]" までどうぞ。… MLG CARGO WEEKLY DIGEST 編集・発行 商船三井ロジスティクス株式会社営業支援部業務グループ 1 2) 3) 【写真】 1) 肥薩オレンジ鉄道のワンマンカー、在来線新八代駅にて 頭火は日奈久温泉に遊ぶ 4) 2) 日奈久温泉駅では山頭火がお出迎え、九州放浪時山 3) “金波楼”、風格ある木造 3 階建て 4) 古い造りの”鏡屋旅館” *続く* ■ ■ ■ ■ MLG CARGO WEEKLY DIGEST VOL. 240 MLG CARGO WEEKLY DIGEST のバックナンバーは、弊社のホームページでご覧になれます。 URL: http://www/mol-logistics.co.jp 掲載記事の無断転載・複製はご遠慮下さいますようお願い申し上げます。 禁無断転載 …掲載内容に関するお問合せは、弊社営業担当又は "[email protected]" までどうぞ。… MLG CARGO WEEKLY DIGEST 編集・発行 商船三井ロジスティクス株式会社営業支援部業務グループ 2
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