城野宏論文集 - TOP=脳力開発センター of 脳力開発センターbpds

城野宏論文集
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[3J戦略は大胆に、戦術は細心に
固~
戦略がないと脳は動かない
戦略、戦術という言葉も、近頃では大分ひろまって、普通の会話の中でもとび出してくるようになった。
言葉はかなり覚えられてきたが、その使い方は、まだ十分役に立つようにはなっていないようだ。
人間の脳は、戦略と戦術とをちゃんと区別しないと活動できないようにつくられている。だから、この
二つの作用を意識的に区別し、駆使できるようになれば、脳の活動力は十分に発揮されてくる。 いつも私
が、そうなれば十倍くらいの力はすぐ発揮できるようになると言っているのは、この意味である。十倍と
いうのは、同じ時間に十人でやっていた仕事を一人で片づけることができるとか、十時間でやっていたこ
とをその同ピ人が一時間でやりとげることができるようになるというわけである。
まず戦略をきめなければ、脳は動いてくれないのである。 いろいろの戦術手段についての過去の記憶を
思い出すことはできるが、戦略がきまらないと、その戦略目標達成の方向に配列したり、結びつけ、 でき
るできないの計算をすることはできない。 いつも言ってきたことだが、東京から大阪に行くと決めてはじめ
て、大阪に行くための路線や交通手段についての記憶を思い出し、飛行機、電車、船等の手段を選び出し実行
することができる。単に行こうかというだけでは、雑然と交通手段や路線の記憶は出てきても、大阪とは
結びつかぬ。勝手に電車に乗ったら仙台に着いてしまうということになってしまう。戦術だけをあさりま
わっていても、決して目的地には着けない。
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ある会社の社長さんの話によると、会社を大いに発展させ、大きな仕事をしたいのだそうである。しか
し、従業員の能力がなく、自分の思うように働いてくれぬ、不況で売れ行きが悪い、設備投資をしようと思
つでも資金がない、技術開発も気合をかけているが成果があがらない:::つまり拡大発展の戦略をとって
いるのだが、現実はそうはゆかないのだということである。
この社長さんは、従業員が自分の思うように働き、商品はどしどし売れ、資金も潤沢で、金になる技術
開発が出てくることを願っているわけであるが、そうしてゆく子がうてないということになる。従業員や
市場や、資金や技術が思う通りになっていたら、自分の会社も発展するというわけだが、そうなってくれ
一 つ 一 つ 実 行 し て ゆ く こ と で あ る 。 し か し 、 この社
るのは自分がやる他はないのであって、天の神様がしてくれるわけでは・ない。だから、社長の仕事は、願
っていることを一つ一つ実現させてゆく戦術を組み、
長の実情は、そういう仕事を他人がやりとげてくれるのを待っている姿勢である。これでは拡大発展の戦
略を立てているとはいえない。実際には現状維持の戦略なのである。だからその戦略に従って、動かない
社員も動かぬまま、売れない商品も売れないまま、足りない資金も足りないままという毎日を継続してい
るわけである。その意味では、戦略はちゃんと実現されている。ただ口にする発展の戦略は口先だけ、言
こういう人の中には、 熱 心 に 人 の 意 見 を き い て ま わ る 人 も い る 。 し か し 、 大 て い ﹁名案がないですか﹂
という類で、他人のやった戦術的手段に興味の中心がある。自分の戦略がどの方向にあるかといったこと
に は 興 味 が な い 。 自 分 は 発 展 の 戦 略 だ と 思 い こ ん で い る か ら で あ る 。 そ こ で い く ら 他 人 の ﹁名案﹂をきい
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葉だけのもので、実際の手足の動きにより表現されている戦略は、現状維持ということになる。
に、戦術は細心に
戦略は大I/Il
てきても、自分の実質的な現状維持戦略に組み込んで使おうとするから、ちゃんと現状維持の成果しか出
してくれない。口で大阪行きといっていながら、他人が大宮から新幹線に乗って素敵だときいて、乗ってみ
たら仙台に着いてしまったというのと同じである。
人と人との関係でも、あいつとは仲良くしようとか、絶縁しようとか戦略を決めると、ちゃんとそうい
う行動がとれる。何も決めないという意識で漠然と目の前にあらわれた人聞を眺めたり話をしているのは、
それは現状維持戦略であり、人間関係が発展するものではない。
人間の脳は戦略をきめないと動かないようになっている。はじめから戦術にだけとりついていると、
く ら や っ て も ど う ど う め ぐ り で 、 現 状 維 持 か ら 離 れ る こ と は な い 。 つまり発展の戦略には無縁であり、
ダなエネルギーの放出をやっているだけである。ここが会得できて、ちゃんと戦略をきめて戦術をえらび
活動するようになれば、必要なことしかしないからムダな時聞を空費せず、十倍くらいの仕事をこなすの
もわけはないということになるのである。
戦略は大胆に戦術は細心に
戦略は拡大発展だと決めたからといって、戦術もムチャクチャに突進突進とやっていると大ていは失敗
する。戦術は戦略達成のための手段、方法であるから、状況の現実に応じて、時には急に時には遅く、時
には突進し、時には退却しなければならない。緩急自在が必要なのである。緩急自在というからには、状
~.
ム
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戦略は大胆に、戦術は細心に
況に応じて素早くやり方を変えるということが必要なのである。戦略は一度きめたらめったなことでは変
えるわけにはゆかない。戦略には妥協がない。あれこれ変えていると、自分も協力者も行き先がわからず、
むやみに走りまわって時間を空費することになる。
戦略は現状打破か現状維持というように、二つのうちの一つを選ぶことだから、伸縮性はないのである。
現状も打破し、現状も維持するということはできっこない。二つのうち一つを選ぶのだから、その限りの
行動では細心も慎重もない。断固として選ぶだけの話である。ただそれまでに、全般の状況を把握しなけ
ればならぬ。全面的な事実認識をもっ、 っ か む 作 業 が 要 る 。 こ れ は 細 心 に 事 実 を 集 め 分 析 せ ね ば な ら ぬ が 、
それは戦略決定の材料づくりであり、戦略決定そのものではなく、戦術的段階なのである。
一つの事物とは右の端と左の端と中間という三つの部分で成り立っている。右と左は対照
全面的事実を集めるといっても、天地聞のすべての事象を百科辞典的に集めていたのでは、とても時間
が間に合わぬ。
的で、左が白なら右は黒、中間は灰色ということになる。だからこの三つの部分に関する代表的事象がつ
かめれば、事物の大体の全貌はつかめる。そしてどの部分がその時の主流になっているかを見てとり、主
流に応じた戦略を決める。ゃるかやらぬか二つに一つだから、大胆に決めるより他はあるまい。
今年のはじめから、東京の工業クラブで、人間学講座﹁脳力開発と三国志﹂という十回つづきの講義を
り・A
VUW
んこんいっ
はじめ、これで三回目が済んだ。三国志の中で圧巻になっている赤壁の戦いというのは、呉の孫権と萄の
劉備にとって、乾坤一榔の一大戦略決定となった。親の曹操が百万の大軍を率いて揚子江の北岸まで攻め
てきた。孫権と劉備の兵力は合せて二十万に足りない。そのまま戦えば滅亡は必至という態勢にあった。
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戦ったらよいのか、降参したらよいのか、この二つのうちの一つをとらなければならぬ。とうとう孫権は
せんめつ
劉備と同盟して、曹操に決戦をいどむこととなった。しかし、百万に対して二十万である。まさに生死の
関頭に立ったわけである。ところが孫劉側では、曹操軍の弱点を研究し、これを曲明滅する方策をたて、事
細かに実行してゆき、 とうとう百万の大軍を全滅させてしまうのである。百万の敵を二十万の兵でやっつ
けようというのだから、まことに大胆な選択である。
しよかっ-一うめい
しかし、大胆な戦略を達成するためには、細心な戦術が必要であり、こまかい事実認識による全貌把握
が必要なのである。劉備の参謀総長である諸葛孔明は、主戦場を担う孫権に対し、戦うという戦略決定が
明らかになった後、曹操軍の現状分析を行なった。総勢百万というけれど、北方の哀術、衷紹、劉表を亡ぼし
て集めた烏合の衆であり、団結した戦闘力をもっているのは曹操子飼いの二十万くらいにす、ぎぬ、殆どが北
方の兵で、南方に来ると気候風土が違うから病人が多発する、北方から揚子江まで数百呈を長駆してきて
おり、強習の末勢で、大した力にはならぬ、最大の弱点は歩騎兵の陸軍主体で海軍がないから、揚子江で
の水戦はダメであり、数の上の優勢という利点を発揮することができない。たとえ急速に水軍を編成して
も、習熟していない水戦では、こちらの獲物となる、ばかりである。 つまり数の上で絶対優勢という軍事的
利点も、揚子江戦場では主流として作用することができず、右の弱点が主流として作用せざるを得ない、
ぎていりつ
だから必ず勝てる、大胆に決戦をいどんでも大丈夫だというのである。赤壁の戦いは実際に、この戦略判
断の通りの結果となり、曹操軍は全滅し、孫劉草の大勝に終り、親の南進は阻止され、その後の三国鼎立
の体制ができあがるのである。この戦いは歴史の大勢を定めた、大戦略作戦であったといえる。
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戦略が立ったからといって、だまっておれば曹軍の弱点が発揮され、自分で自然消滅してしまうわけで
はない。その戦略が実現されるためには、そのための戦術が定められ、着実に実行され、弱点を弱点とし
て発揮させ、優点が発揮できないようにつくってゆかなければならぬ、戦術的加工の一つ一つの積み上げ
によってはじめて戦略は実現される。それはこまかい計算によってつくられた戦術を細心に慎重に実行し
てゆかねばならぬのである。
まず相手の出方をつかまねばならぬ。偵察による事実把握の段階である。
孫権の司令官である周輸の要請で、孔明はこの役を買っている。孔明は天文・気象・地理に精通してい
そうわらまんま︿
一せいにときの声をあげ、攻撃のド
たらしく、三日後に濃霧が江面に発生することを予測し、その夜になると数十般の船に藁を積み、帳幕を
張り、船を縄でつないで、曹軍の陣のまん前まで行って横に展開し、
ラを鳴らした。曹軍は深い霧で呉軍がどれくらい攻めてきているのかわからない。ことに水戦に慣れてい
ν
ら
ないから、船で出撃していっては危ないと思い、とにかく近寄らせるなというので、陸上、船上に射手を
そろえて脅を射かけるだけであった。射かけた琴の矢は船上の藁にささり、孔明が引き上げてくると、十
万以上の矢を得たのである。この偵察によって曹軍はまだ水戦をおそれ、はかばかしい活動はできないす
ぐに向こうから出撃してくることはない、十分攻撃準備の時聞がとれることもわかったし、大量の矢弾を
曹軍は急速につくった数百般の水軍を江岸に並べ、陸上の歩騎軍は広大な地域に幕営をつらねていた。
陸軍をはこぶにはどうしても水戦で勝ち、江上の交通権を確保しなければならない。周諭と孔明の作戦は、
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空しく消費させることに成功したわけである。
戦略は大胆に、戦術は細心に
まず水上戦力の蟻滅ということになる。
一挙に味方以上の大兵力をやっつけるには兵士対兵士の格闘ではと
うてい難しい。策は一つ、火攻めである。船に火をかけて、燃やしてしまえば、乗っている兵士も消滅さ
れる。ここまでは容易に結論が出る。しかし実行となるといろいろな障害点が出てくる。
てに、
一つに火がつけば全部燃えてしまうようにせねばならぬ。それも、曹操に船をつなげと言うわけに
一つ一つはりつく程の船の数は味方にはない。どうしても、敵の船をつないで離れぬようにしてし
一つの船に火をつけても、 ついていない船がパ l ッ と 散 っ て し ま え ば 、 大 し た 効 果 は な い 。 敵 船 の す べ
、
い
品
宇
はゆかぬ。どうしても曹操自らの発案で、船をつないでしまうようにしなければならぬ複雑で何クッショ
しょ今かん
ンかとった心理作戦が要るのである。
蒋幹という曹操の幕僚がいた。大江をへだて孫権側の状況がわからぬ、自分で行って見てくるといって
周輸のところに来た。蒋幹は周諭と学校の同級生で旧友であった。周諭は忽ち蒋幹の役割を見破ったが、
知らぬ顔をして大歓迎の宴を張り、大酔したふりをしていっしょの部屋で寝た。周瑞がよく寝入っている
のを見て、蒋幹は手文庫の中から手紙を盗んで曹操のところに帰った。手紙は曹操の水軍都督祭帽と副都
督張拡が、呉に内通するという内容であった。曹操はカッとなって祭、張の二人を殺してしまった。手紙
は偽物で、周諭が謀略を使って曹軍で稀少な水車の指揮官をうまく殺してしまったわけである。
その蒋幹が二度目に周輸のところにやってきた。周輸は、我に大功をなさしめるものの人にあり、
朗読する声がきこえる。訪ねてゆくと草の庵の中で、壁に剣をかけて兵書を読んでいる人物がいる。あい
って、手紙を盗んだことをせめて蒋幹を山の中に隔離した。蒋幹は夜山中を歩いていると、孫子の兵法を
と
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戦時は大月[]に、戦術は細心に
市︿り。ニ勺
ほうすう
さ っ し て 姓 名 を 問 う と 鹿 統 字 は 士 元 で あ る 。 伏龍、 鳳 雛 の う ち 一 人 を 得 れ ば 天 下 が と れ る と 司 馬 徽 が 劉 備
に言ったことがあるが、伏龍が諸葛孔明で、鳳雛は属統であった。特幹はそれを知っているから、びっく
りし、何故ここに隠れているかと問うと、周輸が人を軽んじ、呉では出世ができないからだという。特幹
は曹操の幕僚である身分をうちあけ、曜統に曹操に仕えることをすすめ、共に山を逃げ出して曹操のとこ
ろに帰った。鳳雛先生来たると聞き、曹操は大いに喜び、陣くばりを見せて軍学を談ずると鷹統の答えは水
の流るるが如く、あらゆる知識に通じている。曹はひどく感心した。いろいろ話しているうちに鹿統は﹁陣
中に良い医者がいますか﹂と聞いた。どうしてそんなことをきくのかと曹操が言うと、属統は﹁陣中を見
てまわると、病に臥すものが多い。だから良医ありやときいたのだ﹂と言う。留軍は北方から来た兵隊だ
か ら 船 に 乗 っ た こ と が な い 。 船 が ゆ れ て 船 酔 い に 苦 し ん で い た の で あ る 。 曹操が何かいい対策、がないかと
きくと属統がそれには策、がある、船を鎖でつないで連結した一大大船にすれば揺れないから船酔いもなく
なるという。曹操もなるほどとなって、船を鎖、で全部つないでしまった。こういう何クッションも置いた
心理作戦だから、曹操もうまくひっかかってしまったのである。
この謀略は曜統が立案して周諭としめし合わせて行なったのである。
船は連結させた。どこにでも一つに火がつけば全部が燃える。しかし火船を近くまで、敵に覚られずに
近づけなければならない。そこで周輸は苦肉の策を使った。部下の大将黄置と満座の席で口論をし、鞭打
って皮肉ことごとく破れるという処罰をした。黄蓋はこれを実証として曹操への降参を申し入れた。曹操
はすぐこれが苦肉の策だと見破ったが黄蓋の使いとなって来た関沢が仲々の人物で、曹操の鼻をあかせ、
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とうとう信用させてしまった。
かき
﹁黄龍の牙旗をさしはさんだ船団が来たら、これは黄蓋の降参の船である。
迎え入れてくれ﹂となって黄蓋の船は疑われずに曹軍に近づくことができるようになったわけである。
攻撃の準備万端ととのったわけだが、只一つ足りない。それは東南の風である。曹軍は揚子江の北岸に
あり、呉軍は南岸、だから、西北風が吹いている限り、曹軍に、風に乗って接近することも困難だし、火を
つけても、自分の方が燃えてしまうだけである。そこで﹁三国志演義﹂では、孔明が七星壇で風を祈り、
七門忠明の術をつかつて東南の風を借りるということになっている。京劇でも﹁借東風﹂という有名なく
だりである。孔明は天気予報がかなりできたようだから、東南の風が吹く日時を予測できたのかもしれぬ。
と に か く 東 南 の 風 が 吹 き だ す と 同 時 に 、 呉 軍 は 全 草 の 進 撃 に う つ り 、 黄 蓋 の 船 団 は 、 へさきに大釘をつけ、
火薬煙哨を満載し、船全部をぶっつけて敵と共に燃えてしまう策をとった。
こうして赤壁の蟻減戦が実現された。曹軍は水陸ともに火に攻められ、大軍で広地域に宿営しているの
で指揮統怖がきかず、全軍大混乱に陥り、とうとう百万の大軍が全滅してしまうのである。これほど大規
つまり、小数で百万の大軍を攻撃して曲明滅するという戦略目標は、常識的には成立しない。無謀と
模な大作戦で、しかも二十万という五分の一の少数で百万の軍を全滅させた例は、古来から今日まで殆ど
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いえるほどの大胆無類の戦略決定である。しかし、それを実行する戦術は細かく考えて一つ一つ実現して
ゆき、その積み重ねの上に目標を達成しているのである。戦略は大胆にというからと、戦術まで大胆に、
大ざっぱにやってしまうと、こういう積み重ねができず、決して戦略は実現されない。
日本の長篠の戦いで、信長軍が武田勝頼軍に蟻滅的打撃を与え、主力を失った武田はその後はたあいな
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戦略は大胆に、戦術l
ま
車I
U心に
く滅亡してしまう。その戦いの勝利は鉄砲隊の威力であったとは大ていの人が知っているらしい。しかし、
信長勢がただ鉄砲を並べてドンと打ったから武田勢がゴロゴロやられたというような簡単なものではない。
天文十六年に種子島に伝来したポルトガルの鉄砲をモデルにして、その年のうちに十六挺の日本製鉄砲が
でき、それから十年後には全国で約三万挺の鉄砲が使われていたそうである。鉄砲が長篠の戦いではじめ
て出現したのではない。それまでに方々で使われていた。しかし、火縄銃で一発打っと次が出ない、だか
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ら相手はカプトのしころをかたむけて一発目の鉄砲をすごすとすぐ騎兵の突撃にうつる。たまごめの時閉
﹁武田軍をねりひばりのようにしてみせる﹂と完全横滅の確信を吐露していた。それには、こ
とろ
は騎馬兵の突撃速度に及ばないから、忽ち銃兵は蝶蹴されてしまう。武田勢はそうタカをくくって攻めか
かっている。
信長は、
れまでの鉄砲使用の欠陥を克服し、その優点だけを発揮させる細かい作戦戦術計画をつくりあげ、それを
実行したからである。信長勢の方が多数で優勢なのに、柵を三重四重につくり、味方をその背後において
防御の形をとった。鉄砲隊を三隊に分け、前に出たものが一発打っとすぐ後にさがりたまごめにかかる。
同時に二列目が前列に出て射撃し又後にさがり、一二列目が前に出る。人の交替による機関銃である。武田
勢は一発目で終わりと思って騎馬突撃にかかり、第一の柵にとりかかると馬が進めない。そこをねらいうち
された。武田も勇猛を誇る軍隊だから果敢に突撃してくるが、柵にはばまれて突撃操醐の成果があがらず、
名 の あ る 大 将 も 殆 ど 討 ち 死 し て し ま う 。 つまり長篠戦は、武田軍の優点が発揮できぬように、鉄砲の欠点を
なくして優点だけ発揮するように、戦術的に細心の工夫をこらし、実行されたから信長軍は大勝し、完全
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横滅という目標を達成してしまったのである。この細心の戦術がなく、単に鉄砲が沢山あるからとばかり
一線に漠然とならべて使っていたら、武田の騎兵突撃に突破され、武田軍の優点が発揮され、信長軍はか
なりの苦戦を強いられただろう。戦略を大担にとることと、戦術を細心にとることは異なった次元なので
あり、この二つを混同してはならないのである。それを混同すると、大胆な戦略も功を奏さず、むしろ裏
目に出て敗北を喫することになるだろう。
企業であろうと、その他の仕事であろうとこの原理はすべてに当てはまる。自分の事業を発展させよう
というのなら、まず大胆に大きな目標を定めてもよい。そしてそれに行きつくまでの戦術プロセスを細心
一つ一つ細かに修正
に、細かにつみあげてゆくことをしてゆけば、必ず目標は達成できる。人間の考えることは人聞が実現す
ることができるのである。戦術プロセスの一つ一つは決して予定の通りにはならぬ。
をはかりながら前進しなければならぬ。この根気がなく一挙に成功することを夢見る人は、仕事をする資
格なしと知るべきである。
(昭和五十八年六月三日)
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脳力開発のすすめ誰でもすばらしい頭になる│
﹃情勢判断の方法﹄一 O O号記念総箔
﹃情勢判断の方法﹄二O O号を記念して
戦略と戦術
戦略がゆきわたるということ
戦略は大胆に、戦術は細心に
中国問題解決の道はあるかワ
まだ残されているこつの中国問題
田中訪中をめぐる日中関係と日本の立場
アメリカの対中戦略は変わったかっ
ニクソン訪中とアメリカ世界戦略の転換
米中共同声明と政府統一見解
日本経済発展の﹁秘密﹂
日本経済の構造
経済成長は﹁悪﹂なのか﹁善﹂なのかワ
情報収集について
確定事実ということ
事実と推測と判断
中国はとう変わったのか?
中国の変化と不変化
中国は変わったのか?
歴史上の人物の評価
歴史の事実と幻怨
川中島合戦現地学習
教育の荒廃なのか、教育論の荒廃なのかヲ
日本の教育についての評価
教師と生徒と社会と│教育問題の一考察
国民信頼の経済と国民不信頼の経済
中小企業の意義と責任
日本経済発展の秘密
圃
園
園
固
③②①
③②①
円高なのか、ドル安なのかヲ
円高の戦略的判断と円高センチメンタリズム
﹁円高﹂とは何なのか 9 ーそれは円価値の正常化である
人材がいないのかワ│人材の脳力開発
人聞を評価する標準について
リーダーとしての資格
﹁保守﹂と﹁革新﹂と統一と不統一
社会現象における作用と反作用
アラブ対イスラエル
アラブ問題とエジプトの作用
アラブと中近東に対する姿勢と対策
日本はなぜ世界一の長寿健康の国となり得たのか
日本の医療と経済発展
日本経済の動向と高齢化社会
経済論争と国際謀略
国際謀略を見破って対処の活動を組まねばならぬ
国際謀略とリジン問題
﹁経済情勢判断学﹂について
経済の人間学
経 済 と 人 間 l経済白書をめぐって
ジャーナリズムと国民の意思!総選挙をめぐる情勢判断
衆議院総選挙をどう評価するか
衆、参議院選挙に現れた政治情勢
工業農作の展開
工業農作再論
日本は食糧自給できるばかりか食糧輸出国にもなれる
日本人は外国語が下手なのか
﹁国際人﹂と日本人
再び﹁国際人﹂の資格について
与党と野党
③②①
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園
国
固
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国
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困
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園
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圃 園
論文集』
宏
『城野
交通の渋滞と渋滞の交通政策
省エネ政策の最大の盲点は交通渋滞による大浪費である
交通渋滞は警察の信号規制による人為的災害である
図
園
図
図
園
図
③②①
③②①
③②①
③②①
③②①
③②①
貿易構造の転換と日本経済の発展
いわゆる﹁貿易摩擦﹂について
経済繁栄と経済摩擦
日本における﹁実力主義﹂
脳力開発と三国志
人間子講座についてー脳力開発と人間学 l
大企業と小企業
企業運営戦略核心の転換
護身道と企業経営
石油政策とエネルギー問題
エネルギーと石油
エネルギー節約と交通政策
脳力開発の発展とその成果
主流と支流 l情勢判断学繍講
具体的と抽象的
国防強化と軍備強化
﹁防衛白書﹂と﹁経済白書﹂
平和論と国防論
日中友好運動の意味するもの
日中平和の後にくるもの
中国のプロジェクト破棄についての日本の国民的立場
園
危機の意識と危機の事実
経済的繁栄と精神的退廃
不思議で不思議な日本経済
中国の報道と真実
中国のコ近代化﹂と現実の幅
近代化の巾国は生まれるのか
図
③②①
図
③②①
③②①
図
③②①
図 図
論文集』
宏
『城野
アラブ・アフリカ認識の転換と新しい日本国家経済戦略
アラブ問婚と日本の対策
中東和平と石油政策
園
図
図
園
園
③②①
③②①
③②①
③②①
③②①
議身道について l脳力開発の武道 l
脳力開発の教育とインストラクターの役割
三人寄れば情判会を作れ
﹁自由経済﹂の制限と図冶化
﹁自由経済﹂と日本経済
経済摩擦と日本経済発展の秘密
民営と公営と国民経済
愛国心と経済
﹁労働組合﹂というもの
けウたいな論理が横行しては困る
シルバーユニオンと一一両齢化社会
国債と年金と貯金
1日本を栄えた国にするのか、衰えた国にするのか
ジャーナリズム経済論の悲劇
怪談﹁不況脱出﹂ l経済白書とジャーナリズム
ジャーナリズムの報道姿勢
園
③②①
「 月 刊 城 野 宏 論 文 集 JNO.2
1日発行
1月 2
1日発行
2月 2
3年 1
初版平成元年
第
2版 平 成
著 者 城 野 宏
発行情勢判断学研究所/株式会社脳力開発センター
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7東京都港区南青山 2丁目 4-6 クレセン卜プラザ 2
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K&K/有 限 会 社 近 藤 印 刷
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無断転載を禁ず。
落丁本・乱丁本はお取り替えいたします。