重症患者における維持輸液(※PDF)

重症患者における維持輸液 Maintenance Intravenous Fluids in Acutely Ill Patients. N Engl J Med 2015; 373:1350‐1360 【はじめに】 現在の臨床では,小児も成人も,低張性の維持液(Na濃度< 130 mmol/L)を投与することが多い.しかし,低張性の維持液を使用す
ると低Na血症を院内発生させる確率が高い.重症患者はアルギニン
バソプレシン(AVP)が過剰に分泌されるため,自由水の排泄が障
害されて,低Na血症が悪化する場合がある(図1).そして低Na血症
性脳症による医原性の死亡や永久的な神経学的障害につながるとい
う報告が多数ある. 一方で, 0.9%生理食塩水を急速輸液に用いると,バランス電解
質液#1を使用した場合に比べて,有害な合併症をもたらす可能性が
ある. 静脈内輸液のブドウ糖含有量は,浸透圧には影響しない.ブドウ
糖が急速に血流に入っても,代謝されて高血糖を生成じにくい. 【AVP と水分・Na の恒常性の障害】 AVP の分泌には,血行動態や他の刺激が数多く関与している.こ
のため,事実上すべての重症の入院患者がは,低 Na 血症を来す危
険がある(図 1)
. AVP の分泌を刺激する血行動態の異常には,循環血液量の低下,
血圧低下,うっ血性心不全,肝硬変,ネフローゼ症候群などの浮腫
性疾患,敗血症が挙げられる.他方,非浸透圧性に AVP の分泌を刺
激するのが,痛み,ストレス,吐気,嘔吐,低 O2 血症,高 CO2 血
症,低血糖,および手術である. 循環血液量の低下や血漿浸透圧
の上昇がなくても,これらの刺激によって,AVP の分泌は増える. また,次第に増えてきた原因が SIAD である. SIAD のほとんど
は,がん,中枢神経疾患,肺疾患,そして感染症により起きる.
SIAD を頻繁に起こす薬剤は麻薬,シクロホスファミド,ビンクリス
チン,SSRI,オクスカルバゼピン,「エクスタシー」(MDMA)であ
る.サイアザイド系利尿薬も SIAD に似た病態を起こすことがあ
る.この場合 AVP を過剰に分泌させる非浸透圧性の病態が見つから
ないことも多い.現在,SIAD は体液量正常の低 Na 血症を起こす,
最も多い原因である. #1 0.9%生理食塩水,20mmol/L KCl,5%ブドウ糖 1
その他の刺激
循環血液量の減少
痛みとストレス
血圧の低下
悪心,嘔吐
うっ血性心不全
低 O 血症,高 CO 血症
肝硬変
低血糖
ネフローゼ症候群
医薬品
手術
副腎不全
炎症
図 1.浸透圧によらない AVP の過剰 AVP 分泌を促す多数の血行動態的刺激と,非浸
がん
透圧性の刺激によって,事実上すべての重症患
者が,低 Na 血症を発症する危険を持つ.体液
量の減少や浸透圧の上昇がなくても,図のよう
肺疾患
な生理的刺激(右側)によって AVP が増加す
る.多くの疾患や薬物療法によって SIAD が起き
る.何が AVP 産生の刺激になったのか判らない
中枢神経系疾患
状況下でも AVP 過剰は発生する. 【院内発生の低 Na 血症】 低 Na 血症(<135 mmol/L)は入院患者で最も多い電解質異常であ
り,入院中の小児や成人の約 15〜30%に認められる.この院内発生
の低 Na 血症のほとんどが,AVP レベルが上昇した患者に低張性輸
液製剤(Na 濃度< 130 mmol/L)を投与したために起きる. 院内発生の低 Na 血症の最も深刻な合併症が低 Na 性脳症である.
低 Na 性脳症は医学的緊急事態であり,不適切に対処された場合に
は致命的になるか,不可逆的な脳傷害をもたらす危険性がある. 院内発生の低 Na 血症では,脳が適応する時間的余裕がない.よ
って急性,つまり 48 時間以内に低 Na 性脳症を発症する危険にさら
される.16 歳未満の小児,生殖年齢の女性,低酸素血症や中枢神経
系疾患を有する患者は,脳容積の調整機能や脳が腫脹できる余地が
少ないため,低 Na 血症が軽度であっても低 Na 性脳症を発症する危
険性が高い. 血行力学的刺激
2
2
2
低 Na 性脳症の最も多い症状は,頭痛,吐気,嘔吐,筋力低下で
ある.症状は突然発生する可能性があし,血漿 Na 濃度,或いは低
Na 血症の発症速度と相関しない場合もある. 低 Na 性脳症の緊急処置に,水分制限単独,等張性輸液,バプタ
ンは使えない. 低 Na 血症は院内死亡の独立した危険因子であり,特に末期肝疾
患,うっ血性心不全,肺炎,および末期腎疾患の患者で目立つ.
慢性低 Na 血症は軽度の神経学的障害をもたらすことがあり,歩行
障害を引き起こして高齢者は転倒,骨折する可能性があり,骨の
脱灰から骨脆弱性が悪化する.低 Na 血症は医療費の増加,入院の
長期化,早期の再入院に関係する. 一旦,低 Na 血症が発生すると補正は容易でない.水分制限や等
張液の輸液といった初期治療は,体液量正常ないし増加性の低 Na
血症の補正にあまり効果的ではない.低 Na 血症は予防に主眼を置
くべきである. 表2.低 Na 血症性脳症の危険因子
危険因子
病態生理学的メカニズム
急性低 Na 血症(<48 時間) 脳細胞の適応までの時間が不足
16 歳未満
耐えられる脳腫脹の容積が低い
女性
エストロゲンが脳細胞の適応を妨げる
AVP 値が高い
脳血管の収縮,攣縮
脳組織の低灌流
低酸素
脳の適応を妨げる
脳血流の低下
脳障害
血管攣縮性浮腫
細胞傷害性の脳細胞浮腫
【院内発生の低 Na 血症を防ぐための等張性維持液】 1.AVP レベルが上昇していたり,院内発生低 Na 血症のリスクが
ある入院患者の大多数にとって,等張性輸液製剤#2が最も適切であ
る.ただし,どの輸液製剤であれ,過量に投与されると体液過剰に
なり得る(例えば末期腎疾患患者や,Na と水分の両方の排泄が障
害されている心不全患者など)
. また中枢性塩類喪失症候群,または尿浸透圧>500 mOsm/Kg の
SIAD 患者にとって,等張液は低 Na 血症をもたらす可能性がある. #2 0.9%生理食塩水,20mmol/L KCl,5%ブドウ糖
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2.0.9%生理食塩水とバランス電解質液の比較 生理食塩水(Na 濃度 154 mmol/L)はヒト血漿と同じ Na 濃度であ
るが,Cl 濃度は生理的な範囲を超えている.生理食塩水の pH は 3.5
~7.0 であり,水の pH よりもはるかに低い.生理食塩水の低い pH
は,ポリ塩化ビニル性のパッケージに関連すると思われ,ガラス瓶
の生理食塩水の pH は 7.0 である. 生理食塩水はバランス電解質液と比較して,高 Cl 性代謝性アシド
ーシス,腎血管収縮,排尿の遅延,急性腎障害のために透析が必要
になる可能性,高 K 血症の発生を増加させる. 3.維持輸液の組成と投与速度の選択 持輸液の組成と投与速度は個別に考えて対応する必要がある.輸
液を受けている患者は,理学所見,体重,バイタルサイン, In と
Out の厳密な測定,血清電解質レベルを,連日監視して頻繁に評価
する必要がある. 低血糖症を防止し,体組織の異化を抑制するのに十分なカロリー
を与える目的で,維持輸液にはブドウ糖を加えるが,それでは完全
な栄養サポートにはならない.ブドウ糖を加えた生理食塩水などの
複数の輸液製剤は血漿より高浸透圧であるが,ブドウ糖は血流に入
ると急速に代謝されるので,高張性ではない. 4.うっ血性心不全のケース(血清 Na 134 mmol/L)の維持輸液 浮腫性疾患に最適な維持輸液の研究は少ない.私たちの意見とし
て,こうした患者は頻繁に低 Na 血症を起こすので,等張液を速度
を制限して投与するのが適切であろうと考える. このケースの適切な輸液は,0.9%生理食塩水,20mmol/L の
KCl,5%ブドウ糖である.60ml/時の速度で投与する.この患者はう
っ血性心不全のために,用量負荷および低 Na 血症の両方の危険性
がある.したがって,輸液の速度は制限するべきである.60ml/時
ないし約 1.5L/日の輸液速度は,体液過剰を引き起こすことなく,
末梢循環を良好に維持するのに十分と考えられる.この患者の血清
Na は 134 mmol/L なので,低張液を投与するべきではない. 【まとめ】 低張性維持液(Na 濃度< 130 mmol/L)の投与は,院内発生低 Na
血症と同時に,低 Na 性脳症による死亡や永久的な神経学的障害に
つながる.大半の状況において,等張液が最も適切な維持液である. 4
細胞外液量の低下や低灌流がないか検索する
(血圧低下,頻脈,毛細血管の血流速度の遅延,末梢の脈拍の緊張低下)
もしあれば;等張液を 500-1,000mL 急速輸液する
適切な末梢循環が確保されるまで,必要に応じて繰り返す
腎臓における尿の濃縮や希釈の障害がないか検討する
浮腫性疾患
5%ブドウ糖含有の等張液
40-60 ml/時
図 2. 重症患者における維持輸液療法ガイド
ほとんどの入院患者は AVP の過剰のために低 Na 血症のリスクがあるので,最も適した維持輸液とその投
与速度は,5%ブドウ糖含有 0.9%生理食塩水,100〜120 mL/時ないし 1500 mL/ 24 時間/1.73m2 で
ある.静脈内輸液の組成と速度は,患者の条件に合わせて調整する必要がある.体液過剰のリスクがある患者
では,投与量の制限が必要になる.臨床的に有意な腎濃縮障害を有する患者は,進行中の尿自由水の損失に見
合った低張液量の追加が必要である.ただし,低張液の使用は特に適応がある場合に限り,低 Na 血症が存在
する場合は避けるべきである.脳浮腫のリスクがある中枢神経系疾患の患者では,細胞傷害性の脳浮腫を防ぐ
ために血漿 Na 濃度>140 mmol/L に維持するべきである.
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