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No.1
別紙第1号様式
な強度差を観測することにより、分子の詳細な構
造情報を得ることができる。しかし、従来開発さ
れてきた ROA 分光装置のほとんどは励起光とし
博 士 論 文 の 要 旨
専攻名 システム創成科学専攻
氏名(本籍) 新ヶ江 貴仁
(佐賀)
印
博士論文題名 Active Site Structure of
Photoreceptor Proteins Revealed by
Near-Infrared Raman Optical Activity
(近赤外ラマン円偏光二色性分光を用いた光受
容タンパク質の構造に関する研究)
て可視光を使用しているため蛍光を発する試料
や可視光を吸収する試料には応用できないなど
要旨
の問題があった。そこで我々はより多くの試料が
様々な生体を構成しているタンパク質の機能を
測定可能となる近赤外(785nm)を光源とする近赤
理解・応用する上で構造の解析は必須となる。機
外 ラ マ ン 円 偏 光 二 色 性 分 光 (Near-Infrared
能性タンパク質の一つである光受容タンパク質
ROA: NIR-ROA)装置の開発を行い、紅色光合成
はπ電子共役系の発色団を補欠分子としてもっ
細菌が持つ青色光センサーの光受容タンパク質
ている。このような発色団は真空中や水溶液中な
の一つである Photoactive Yellow Protein: PYP
どの環境下では平面構造を有して存在するが、タ
ンパク質のようなキラル環境中に取り込まれる
と非平面構造へと変化する。最近の様々な研究に
より、この発色団の平面性からのズレがタンパク
質の機能発現において重要であることが示唆さ
れてきた。例えば光受容タンパク質の光吸収にお
ける極大波長制御や光受容タンパク質の生体関
連反応機構であるフォトサイクルに必要なエネ
図 2.PYP の発色団 (p-クマル酸)
ルギー貯蔵などだ。このようなタンパク質の機能
(p-クマル酸(図 2)を発色団に持つ)に応用した。
発現を理解する上で発色団の構造解析が必須と
その自作した NIR-ROA 装置を用い、測定および
なってくるが、タンパク質中における発色団の平
量子化学計算の解析結果から近赤外励起のラマ
面性からのズレは比較的小さく、その分子構造の
ン・NIR-ROA はタンパク質内部に埋もれた発色
測定・解析は容易ではない。
団 p-クマル酸の構造情報を与えることが示唆さ
そこで我々は分子の詳細な構造情報を得る手法
れた。
としてラマン円偏光二色性分光 (Raman Optical
Activity: ROA)に注目した。非平面性分子は右円
偏光と左円偏光の励起光に対して、わずかに強度
の異なるラマン散乱光を与える(図 1)
。その僅か
別紙第1号様式
No.2
部位を量子化学計算・タンパク部分を分子力学で
取り扱う QM/MM 計算を行った。この計算により
博 士 論 文 の 要 旨
専攻名
システム創成科学専攻
氏
新ヶ江 貴仁
名
さらに NIR-ROA スペクトルの解析結果より、
NIR-ROA スペクトルはタンパク質内部の発色団
p-クマル酸の面外方向へ歪んだ立体的構造情報を
与えることが示唆された。そこで、さらに研究を
進めるために、より構造的な歪みが小さいと期待
されるトランス型に固定した発色団アナログ(図
3. Locked p-ク マ ル 酸 )を 導 入 し ,再 構 成 し た
Locked-PYP に NIR-ROA を応用した。図 4 に
PYP と locked-PYP のラマン及び NIR-ROA スペ
クトルを示す。発色団を Locked p-クマル酸に置
換することでラマンスペクトルの形状が大きく
変化し、観測されたラマンバンドの多くが発色団
図 4. 785 nm 励 起 ラ マ ン (a–c) 及 び
ROA(d–f) ス ペ ク ト ル 。 (a, d)pCAPYP,(b, e)軽水中 locked-PYP,(c, f) 重水
中 locked-PYP。
図 3. Locked p-クマル酸
locked-PYP の NIR-ROA スペクトルの測定結果
に由来することがわかった。この結果は近赤外光
を概ね再現することができた。
の励起光を用いることで主に発色団に由来する
この研究は NIR-ROA と量子化学計算を併用する
構造情報が得られることを示した。また、NIR-
ことで光受容タンパク質中にある発色団の構造
ROA スペクトルも発色団の置換によって大きく
的な歪みを詳細に把握することが可能であるこ
変化したことからタンパク質内部の発色団の立
とを示し、機能性タンパク質の構造解析を行う上
体的構造情報を得られることが分かった。PYP で
で非常に有効な手段であることを示唆した。
は 1000 cm-1 以下の低波数領域に主に発色団の
【引用文献】[1] Shingae, T., Kubota, K.,
CH 面外変角モードに帰属される ROA バンドが
Kumauchi, M., Tokunaga, F., Unno, M., J.
観測されるが[1]、locked-PYP の場合その領域で
Phys. Chem. Lett. 4, 1322-1327 (2013) [2]
は強度の低下から、NIR-ROA スペクトルは発色
Kubota, K.; Shingae, T.; Nicole, F.; Kumauchi,
団の面外方向への捻れを反映することが分かっ
M.; Wouter, F.; Unno, M. J. Phys. Chem. Lett.
た。構造解析では PYP の結晶構造を参考に活性
4, 3031-3038 (2013)