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Active Site Structure of Photoreceptor Proteins
Revealed by Near-Infrared Raman Optical Activity
近赤外ラマン円偏光二色性分光を用いた
光受容タンパク質の構造解析に関する研究
(要約版)
March 2015
Department of Science and Advanced Technology
Graduate School of Science and Engineering
Saga University
Takahito Shingae
第一章
様々な生体を構成しているタンパク質の機能を理解・応用する上で構造の解析は必須
となる。機能性タンパク質の一つである光受容タンパク質はパイ電子共役系の発色団を
補欠分子としてもっている。このような発色団は真空中や水溶液中などの環境下では平
面構造を有して存在するが、タンパク質の環境中に取り込まれるとその周辺環境により
キラル構造へと変化する。最近の様々な研究により、この発色団の平面性からのズレが
タンパク質の機能発現において重要であることが示唆されてきた。例えば光受容タンパ
ク質の光吸収における極大波長制御や光受容タンパク質の生体関連反応機構であるフ
ォトサイクルに必要なエネルギー貯蔵などだ。このようなタンパク質の機能発現を理解
する上で発色団の構造解析が必須となってくるが、タンパク質中における発色団の平面
性からのズレは比較的小さく、その分子構造の測定・解析は容易ではない。
そこで我々は分子の詳細な構造情報を得る手法としてラマン円偏光二色性分光
(Raman Optical Activity: ROA)に注目した。キラルな分子は右円偏光と左円偏光の励
起光に対して、わずかに強度の異なるラマン散乱光を与える(図 1)。その僅かな散乱
光の強度差を観測することにより、分子の詳細な構造情報を得ることができる。
しかし、従来開発されてきた ROA 分光装置のほとんどは励起光として可視光を使用
しているため蛍光を発する試料や可視光を吸収する試料には応用できないなどの問題
があった。そこで、より多くの試料を測定可能とする ROA 装置の開発を行う必要性が
出てきた。
図 1. 右と左円偏光の散乱光強度の差から得られるラマン円偏光二色性分光
(ROA)
第二章
我々は蛍光を発する試料や可視光を吸収する試料などにも応用ができ、より多くの試
料が測定可能となる近赤外(785nm)を光源とする近赤外ラマン円偏光二色性分光
(Near-Infrared ROA: NIR-ROA)装置の開発を行った。この装置を用いて機能性タン
パク質の構造解析を行った。
第三章
自作した NIR-ROA 装置を光受容タンパク質の一種である紅色光合成細菌が持つ青
色光センサーの Photoactive Yellow Protein: PYP(p-クマル酸(図 2A)を発色団に持
つ)に応用した。
NIR-ROA 装置を用いて水溶液中における PYP のラマンおよび ROA 測定を行ったと
ころ、得られたスペクトルは主に発色団由来であることを示唆した結果が得られた。更
に結晶構造を参考にした活性部位モデルの量子化学計算の解析結果から近赤外励起の
ラマン・ROA スペクトルはタンパク質内部に埋もれた発色団 p-クマル酸の面外方向へ
歪んだ、立体的な構造情報を与えることが示唆された。この結果から、NIR-ROA スペ
クトルは選択的にタンパク質内部の発色団の歪んだ立体的な構造情報を与えることが
示唆された[1]。
図 2.PYP の発色団の構造。(A) p-クマル酸、(B) Locked p-クマル酸
第四章
さらに研究を進めるため、より構造の歪みが小さいと期待され、結晶構造が存在しな
いトランス型に固定した発色団アナログ(図 2B. Locked p-クマル酸)を導入し,再構
成した Locked-PYP に NIR-ROA 測定を応用した。図 3 に PYP と Locked-PYP のラマ
ン及び NIR-ROA スペクトルを示す。発色団を Locked p-クマル酸に置換することでラ
図 3. 785 nm 励起ラマン(a, b)及び ROA(c, d)スペ
クトル。(a, c)PYP,(b, d)Locked-PYP。
マンスペクトルの形状が大きく変化し、観測されたラマンバンドの多くが発色団に由来
であることが、この実験からも確かめられた。また、NIR-ROA スペクトルも発色団の
置換によって大きく変化し、期待されたようにより歪みの少ない Locked p-クマル酸
は NIR-ROA スペクトルの強度低下を与えた。PYP では 1000 cm-1 以下の低波数領域
に主に発色団の CH 面外変角モードに帰属される ROA バンドが観測されるが[1]、
Locked-PYP の場合その領域では強度の低下から、NIR-ROA スペクトルは発色団の面
外方向への捻れを反映することが分かった。解析において Locked-PYP の結晶構造が
存在しないためモデルを用いた参考文献1のような解析方法は難しい。そこで、予測さ
れる周辺構造を発色団周りに構築することで構造解析を行っていった。Locked-PYP は
Locked p-クマル酸を PYP に導入し再構成したものなので、予測される Locked p-ク
マル酸の周辺環境は PYP の発色団を除くタンパク部位になる。解析では PYP の結晶構
造を参考に活性部位を Locked p-クマル酸に置換したタンパク質全体の計算を行い、活
性 部 位 を 量 子 化 学 計 算 (Quantum Mechanics: QM) ・ タ ン パ ク 部 分 を 分 子 力 学
(Molecular Mechanics: MM)で取り扱う QM/MM 計算を行った。この QM/MM 計算に
より Locked-PYP の NIR-ROA スペクトルの測定結果を概ね再現することができ,タン
パク質内部に存在する発色団の構造を詳細に把握することができた[2]。
第五章
次に野生型 PYP 発色団周りとは構造が異なる変異体 Y42F PYP について NIR-ROA
測定を行った。結晶構造解析から予測されたように、発色団の立体的な構造の違いが
NIR-ROA スペクトル結果において面外方向への歪みを生じていることが示唆された。
第六章
本論文は NIR-ROA と QM/MM 計算を併用することで光受容タンパク質中にある発
色団の構造的な歪みを詳細に把握することが可能であることを示し、機能性タンパク質
の構造解析を行う上で非常に有効な手段であることを示唆したものとなった。
参考論文
[1] Shingae, T., Kubota, K., Kumauchi, M., Tokunaga, F., Unno, M., J. Phys.
Chem. Lett. 4, 1322-1327 (2013)
[2] Kubota, K.; Shingae, T.; Nicole, F.; Kumauchi, M.; Wouter, F.; Unno, M. J.
Phys. Chem. Lett. 4, 3031-3038 (2013)