科学的な思考力,判断力,表現力を育む理科のノートづくり

第29回 秋田県教育研究発表会資料 【5日F会場①】
科学的な思考力,判断力,表現力を育む理科のノートづくり
秋田大学教育文化学部附属小学校
教諭
1
はじめに
(2)
髙橋 健一
理科におけるノートづくりの在り方
現行の小学校学習指導要領で重視されてきたことの
理科におけるノートづくりの在り方に注目し,そ
一つに,「思考力,判断力,表現力の育成」がある。
の指導について改善を繰り返してきた中で配慮して
私は,理科におけるそれらの能力の育成を,科学的な
きしてきたことは,次のようなことである。
見方や考え方が醸成されていく問題解決の過程との関
①
ノートづくりの形式について
係から検討する必要があると考えてきた。
②
ノートづくりと板書との関係
③
ノート及びワークシートのメリット・デメリ
子どもたちは,自然の事物・現象に向き合い,その
事実に基づいて問題を見いだす。続いて,予想や仮説
ット
を抱き,問題解決の見通しをもって観察や実験に取り
①については,理科における問題解決過程との関
組み,結果を得る。そして,その結果を問題に立ち返
係から見直しを図った。平成4年3月に本校で発行
って考察し,結論を得る。このような問題解決の過程
された「年間指導計画」には,理科における問題解
で注目したことが,ノートづくりである。
決過程に関連する学習過程
本稿では,理科のノートづくりを生かすことが,思
(学習のプロセス)が右の
考力,判断力,表現力の育成につながった実践事例を
ように示されている。これ
紹介し,その重要性を述べる。
は,私が今も念頭に置いて
①
問題把握
↓
②
予 想
いる問題解決過程の基本で
↓
ある。そこで,この過程を
③ 問題解決の計画
理科におけるノートづくりを中心とした言語活動が
子どものノートづくりに生
↓
充実することにより,科学的な思考力,判断力,表現
かすために,ノートづくり
力を高めることができるのではないか。
の見出しの基本を,問題,
2
研究仮説
予想,方法,結果,結論と
3
取組の推移
(1)
④
追究活動
↓
⑤
考察・評価
し,それに基づいた指導を
思考力,判断力,表現力の位置付け
するようになった。
本研究を進めるに当たって,思考力,判断力,表
②については,ノートづくりと板書との関係を明
現力を次のように位置付けた。
確にすることが,授業改善の重要な要素の一つであ
①
思考力とは,獲得した情報に意味付けをした
るととらえてきた。このことについては,弘済会秋
り,それぞれを関係付けたりしながら,科学的
田支部『平成24年度研究論文集「弘文第29号」』に
な見方や考え方を明確にする能力。
おいて,「板書を手掛かりとした理科の授業改善」
②
判断力とは,目的に応じて,情報を取捨選択
したり,価値付けたりする能力。
③
という研究テーマでまとめた論文で,次のようなこ
とに配慮してきたことを紹介している。
表現力とは,科学的な見方や考え方を,言葉
ア
や図,表,グラフなどを駆使して,的確に表す
能力。
に,問題,予想,方法,結果,結論とする。
イ
なお,思考力,判断力,表現力の育成は,それぞ
板書における見出しを,ノートづくりと同様
児童の反応やノートづくりをイメージしなが
ら,板書を具体化する。
れを別々に考えるのではなく,それらが常に影響し
③については,ノート及びワークシートのメリッ
合う関係にあると考えるのが妥当であると考えてい
ト・デメリットを考慮し,ノートを中心とした指導
る。
を重視している。なぜなら,ノートへの記録は,
「つ
- 1 -
くる」という作業を伴うからである。
基づき,本単元における思考力,判断力,表現力
ワークシートの場合,子どもが主体的に見いだす
ことが重視されているはずの問題が最初から書かれ
を次のようにとらえた。
ア
本単元における思考力とは,「自転車のタイ
ていたり,観察や実験の方法や結果を記録する欄や
ヤに空気を入れる理由」に対する科学的な見
考えたことや分かったことをまとめる欄が既に整え
方や考え方を明確にする能力。
られていたりすることが多い。学習の道筋が既に整
イ
本単元における判断力とは,「自転車のタイ
っているため,指示の徹底や時間短縮といったメリ
ヤに空気を入れる理由」を説明するための情
ットがある。その反面,学習者である子ども自身が,
報を,取捨選択して価値付ける能力。
それらの構成要素をどうするか思考・判断したり,
ウ
本単元における表現力とは,「自転車のタイ
見いだした問題を主体的に表現したりする学習機会
ヤに空気を入れる理由」を,図や言葉を用い
を逸するというデメリットがある。
て表現する能力。
それに対してノートは,どこに何を記述するのか,
自分が見いだした問題をどのような言葉で表現する
③
本単元におけるノートづくりの位置付け
お
のかといったことについても,子ども自身が思考し,
タイヤの中で圧し縮められる空気の様子やそれ
お
判断せざるをえない状況が生まれる。学習シートに
に伴って生じる圧し返す力を分かりやすく説明す
比べて時間が掛かる場合が多いが,そのような思考
るためには,目に見えない空気を小さな粒ととら
・判断を伴ったノートづくりが,学びの一つとして
え,図や絵を用いて表現しながら説明することが
重要であると考えた。
効果的である。
【説明の例】タイヤは,適度なかたさをもって
(3)
実践事例を通して
いるタイヤの周辺部分と,その内部のチューブ
平成25年6月に取り組んだ第4学年の単元「物
からできている。そのため,チューブに送り込
の体積と力の関係を調べよう」の実践を基に,理科
まれた空気はタイヤの周辺部分に押え込まれな
におけるノートづくりと思考力,判断力,表現力の
がらどんどん圧縮され,圧し返す力が大きくな
育成との関係を以下に紹介する。
る。だから,自転車のタイヤに空気をたくさん
お
①
単元の概要
入れると乗り心地がよくなる。
本単元については,弘済会秋田支部『平成25年
度研究論文集「弘文第30号」』において,「実感を
伴った理解を育む理科授業の創造」という研究テ
ーマでまとめた論文の中で,「実際の自然や生活
との関係への認識を含む理解を育んだ事例」とし
て紹介した。その概要は,およそ次の通りである。
本単元のねらいは,物の体積変化とそれに伴
って生じる力との関係に着目させながら,物の
性質についての見方や考え方を養うことである。
図1【空気が少ないタイヤ】
お
ここで取り扱う物は,空気及び水で,前者は,圧
お
し縮められることに伴って圧し返す力が生じる
お
物の一つで,後者は,圧し縮めることができな
い物の一つとして位置付けられている。そこで,
それらに関連している身近な事象として,自転
車のタイヤに入れる空気の働きを教材化した。
②
本単元における思考力,判断力,表現力
前述した思考力,判断力,表現力の位置付けに
- 2 -
図2【空気が十分に入ったタイヤ】
そこで,子どもたち一人一人が自分の見方や考
え方をノートに表現したり,それぞれが表現した
いる。
・
タイヤに空気を入れるのは,タイヤがピ
図や絵を示しながら見方や考え方を紹介し合った
ンとはっていないとフニャフニャゆれて,
りする機会を大切にした。その際,図や絵で見方
走りにくいから。パンパンにふくらむと,
を表し,言葉や文で考え方を表すと分かりやすい
スーと進むから。
ことを指導した。
・
タイヤの体積が減って,バランスがとれ
ない。
・
ふくらますと,体積が増えて安定して,
ゆれが少なくなるから。
・
空気を入れないと,地面のゴツゴツがあ
たってゆれるから。
イ
結論段階におけるA児の見方や考え方
次の画像は,自転車のタイヤに空気を入れる
理由についての結論をまとめた単元終末の板書
とA児のノート記録である。
画像1<図や絵を用いたノートづくり>
④
子どもの変容
本単元におけるA児のノート記録を通して,そ
の変容を紹介する。
ア
単元初期におけるA児の見方や考え方
画像2は,本単元におけるA児の最初のノー
ト記録である。
画像3<単元終末の板書>
画像4<A児の結論>
ここに記述されているA児の結論は,次の通
りである。
空気でっぽうや注射器だと,空気の量は増
画像2<単元初期のA児のノート記録>
この内容には,自転車のタイヤに空気を入れ
る理由について,次のような予想が記述されて
- 3 -
えていない。体積が小さくなって,おし返す
力が生まれる。タイヤだと空気を入れるので,
空気が増える。でも,体積はそれほど変わら
コンピュータやタブレット端末などのICTが発達し
ない。おし返す力が生まれたので,地面から
た現在においても,子どもたちが学校で使用する記録
おされる力にたえることができる。それで,
媒体の中で使用頻度が最も高いものはノートである。
空気をタイヤに入れている。
それ故,学びを支えるノートづくりを大切にすること
A児が図解を加えながらまとめたこの結論に
の意義は大きい。今後も,「自分の見方や考え方をノ
おいて注目したことは,予想の段階では曖昧だ
ートに表現するために,一人で思考する場面」「仲間
お
った空気の体積変化とそれに伴って生じる圧し
のノート記録に目を向けながら,グループの中で思考
返す力との関連付けが明確になっていることで
する場面」「モニターに投影されたノート記録や,黒
ある。このことは,前述した単元初期における
板に紹介された仲間の見方や考え方を基に,全体の中
ノートの記述内容との比較によって明らかであ
で思考する場面」を意図的に位置付け,思考力,判断
る。学習の過程で見聞きした仲間の見方・考え
力,表現力を相乗的に育んでいく授業づくりを推進し
方や板書の内容などを参考にしながら,自分が
ていきたい。
納得した言葉や図を選択してまとめた様子がう
かがわれる。このことは,A児以外の子どもの
5
結論においても同様の傾向が見られた。
おわりに
思考力,判断力,表現力の育成にかかわるノート指
【A児以外の子どもの主な結論】
導の在り方については,次のような将来的視点からも,
・
その重要性に目を向ける必要があろう。
空気をたくさん入れると,タイヤの中の
空気と空気の間のすき間が少なくなるから,
子どもたちは,いずれ社会人となって,様々な環境
お
・
圧し返す力が生まれる。だから,タイヤに
で活躍していく。その際,どのような職業や立場にあ
空気を入れる。
っても,何かを書き表す機会は必ずあり,目的に応じ
空気が入っていないタイヤは,空気が少
た内容を表現するために,思考と判断を繰り返す。
「自
お
ししか入っていないから圧し返す力が生ま
分の言いたいことが,的確に表現できているのか。」
「自
れない。空気が入っているタイヤは,パン
分の考えが,他者にも伝わるように表現できているの
お
・
パンに空気が入っているから,圧し返す力
か。」といったことについて,自己内対話を繰り返す
が生まれる。だから,乗り心地がいい。
こともあるであろう。よって,表現することに対する
タイヤに空気を入れると,タイヤの中の
習熟は,すべての子どもたちにとって大切なことであ
体積はあまり変わらないけれど,空気の量
る。そして,その指導は,「書くこと」を主要な内容
お
が増えて,圧し返す力がより増える。空気
の一つとしている国語科の指導だけに委ねられるので
のすき間も少なくなって,地面への抵抗が
はなく,それ以外の様々な学習場面においても重視さ
少なくなる。
れるべきである。そのような指導を教科の枠を超えて
充実させ,グローバル化が進む社会の中でも通用する
4
考察
思考力,判断力,表現力を身に付けていく子どもたち
以上のような変容は,思考力,判断力,表現力が,
の成長に寄与していきたい。
ノートづくりとのかかわりの中で相乗的に育まれたこ
とを示唆している。子どもたちは,ノートを使いなが
<引用・参考文献>
ら思考し,自分の見方や考え方にふさわしい言葉や図
・秋田大学教育学部附属小学校『理科-豊かな感受性
の取捨選択を判断して表現し,結論を導き出そうとし
と創造力を育む授業の創造-(年間指導計画)』
ていた。その過程で,ノートづくりにおける試行錯誤
(1992)
を繰り返していた。また,ノートを利用した情報交換
・公益財団法人日本教育公務員弘済会秋田支部『平成
を繰り返していた。このような学びの姿は,個々のノ
24年度研究論文集「弘文第29号」31-37頁「板書を
ート記録がグループや全体でも生かされ,個々の科学
手掛かりとした理科の授業改善」』(2013)
的な見方や考え方がさらに明確になっていく授業づく
りを目指してきた成果であると考えられる。
・同『平成25年度研究論文集「弘文第30号」29-35頁
「実感を伴った理解を育む理科授業の創造」』
(2014)
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