1st.Step ボーカル実体験

第一部 ボーカルになりたい
ボーカルになりたい!
になりたい!
1st.Step ボーカル実体験
ボーカルになると
ボーカルになると決
になると決めた
A.いやあ、よかったなあ、今日のライブ、本当に。
B.うん、どうして、あんな声がでるんだろうね。同じ人間とは思えないや。※1
A.僕もあんなふうに歌えないかなあ。
B.無理だよ。ありゃ、外国人だもん。食べるものが違うよ。※2
A.そうかなあ。一度でもあんなふうに歌えたら死んでもいいんだけどな。
B.う~ん、そうだな。ちょいっと歌いにいこうか。※3
A.いつものとこへか。じゃあ、C子も呼ぼうよ。
B.C子に声をかけたら、D江もくるぞ。
A.にぎやかな方がよいさ。
※1 ボーカリストはまぎれもなく、同じ人間である。しかし、歌うために特別に鍛えら
れた体(主としてのどや呼吸に関して)をもつため、一声だすと並の人間ではない。プロ
は人間であって、やることは人間離れする。これは他の世界の一流の人間と同じ。
※2 外国人ボーカリストは、残念ながら、今の日本人でボーカリストという部類の人と
は実力からいうとケタが違う。
体質、体格、文化の差もあるだろうが、同じ人間であるからには、同じ力をつけること
は可能である。食べものの差はさほどない。彼らが本物なのは本物しか求められない厳し
い音楽文化のなかで育ったからといえる。
※3 日本人の場合、いかによいものを聞き、ボーカリストになりたいと思っても所詮、
カラオケで満足してしまう、幸せな国民なのである。人前で歌うことは、人様の時間を奪
うがゆえ、感動させ楽しませられなければ、そうすべきではないという気持ちなどもない
のでは。
カラオケハウスにて
カラオケハウスにて
C.Aくん、のっているわね。
D.今日は、何だか別人みたいに一所懸命ね。
A.…何か違うんだよな…。全く違う…。
B.何言ってるんだよ。カラオケは楽しきゃいいんじゃないの。※1
C.どうしたの。
B.いや、こいつ、今日、すごいコンサートみたんで、影響受けちゃってさ。
D.Aくんらしいわね。でも、英語めちゃくちゃよ。
A.英語もだけど、何か違うんだよ
C.カラオケで歌っているんだからあたりまえじゃない。ああいうコンサートは音響とか
に何千万円もかけているのよ。比べても仕方ないわ。※2
D.それに、才能があるからプロなのよ。うまいから、ああやってコンサートできるのよ。
A.でも、最初からうまかったわけじゃないだろ。
B.そりゃ、練習しただろうさ。でも、おまえ練習したことあるの。
A.ほんの少し…。だから、可能性があるってことだろう。
C.そうね。本格的にやれば、それなりによくなるんじゃない。けっこう、うまいしね。
D.日本のボーカリストのなかには、随分へたな人もいるし、○○くらいになら、なれる
わよ。※3
A.そんなんじゃ嫌だ。もっともっと本物の、人を感動させるボーカリストになってやる
ぞ。※4
※1 音楽も歌も楽しければよい。それは確かである。サッカーでも絵を描くのだって、
楽しいところから入る。しかし、いつまでもそのままでは、仕方ない。本当の楽しさとい
うのは、真に上達する苦労のあとにあるのではないか。カラオケは楽しい。それでよい。
歌はそれだけではない。
※2 音響などの設備の差を全くのぞいても、生で歌ってもらっても、うまい人はものす
ごくうまいのである。
※3 あれくらいはなれる、いや、あれよりうまく歌えると、誰にでもいわれているのが、
日本のボーカリストである。しかし、間違ってはいけない。歌がうまくないのに、ボーカ
リストになるというのは、結構、難しいのだ。ルックスやプロダクションのコネ、運や金
といった、実力以外のものに委ねるしかないのだから。
※4 賢明な考えである。うまい人がひしめきあっている他の国に比べ、日本ほど少しう
まくなれば、ライブもCDも出せるような国はない。
サークル室
サークル室で
A.あの、このサークルに入りたいのですが…。
E.そう、何ができるの。
A.できたら、ボーカルがやりたいのですが。※1
E.今まで歌ったことはあるの。※2
A.一人ではよく歌っていました。
E.どんな歌が好きなの。
A.○○とか○○。
E.オリジナルはあるの。※3
A.いえ、歌はつくったことないです。
E.ちょっと、うちのサークルとは傾向が違うけど、よかったら、一度、聞きにきてごら
んよ。
A.はい、是非。
※1 最近のボーカルをやりたい人の動機は、人前で歌いたい、目立ちたい、格好よくも
てたい、バンドがやりたいけど楽器ができない、など、およそ、歌うことの本質から離れ
ている。しかし、まあ、動機は問うまい。
※2 歌ったことがあってもなくても、あまり、力の差はないものである。ただ、慣れや
舞台度胸などが、ボーカルには安易に問われる。
※3 オリジナルといえば格好よいが、多くの場合、売れているバンドの進行のパクリで
ある。ボーカルにとってのオリジナルとは、スタンダードな曲を自分流に歌いあげて、聞
かせられるだけの価値をつけることである。
スタジオで
スタジオで
E.どうだった。
A.ええ、いろいろと新鮮でした。※1
B.みんな楽しそうにやっていて、よかったです。※2
E.まあ、一緒にやりたいなら、また連絡をしておくれ。簡単なオーディションはあるけ
ど。※3
※1、2 無難な答えである。サークルというのは、楽しくワイワイやることが求心力と
なっており、ボーカリストのもつべき精神とはほど遠い。こういうところで満足できる人
は、大学祭で華やかに歌って、ボーカル歴も幕を閉じることになる。
※3 オーディションという言葉ほど、
格好よく使われるだけで、
いい加減なものはない。
業界では人を集めるときの常套句である。力なくして、オーディションを受けても使い捨
てられるだけなのは知っておこう。タレントやミスコンと間違えないことだ。
帰り 道で
B.入るのかい、あのサークルに。
A.うん、ちょっと自信ないなあ。あそこのボーカルがうまいとは思わないけど、きっと、
僕の方はへたで、迷惑かけそうだよ。※1
B.最初は皆、そうだよ。
A.でも僕は楽譜もコードも何もわからないだろう。あそこで交わされていた会話にもつ
いていけないよ。※2
B.でも、やってみたら。せっかくのチャンスだよ。
A.うん。
※1 ボーカルのうまいへたの判断ほど、いい加減なものはない。多くの場合、うまく聞
こえ、難がないのをうまいという。あるボーカリストに似ているときにも、うまいといわ
れる。本当は、理解できない、わけのわからない可能性を秘めたボーカリストにしか、新
たな世界は切り拓けないのである。
※2 ボーカルに、楽譜を初見で歌う力や音楽理論の知識は、絶対に必要というものでは
ない。ただ、そのくらいは、やっておくことだろう。音楽のことをやたらに詳しく知って
いる人は多いが、頭に入れているだけで、ボーカリストの声の使い方、表現や魅力や声に
ついての基本的なことなど知っている人がいないのは、不思議である。
二週間後(
二週間後(オーディションのあとで
オーディションのあとで)
のあとで)
A.やっぱり、だめだった。けっこう、きついこと言われたよ。
B.入れてくれないって?。
A.ううん、しばらくは、見習いからやった方がいいって。今年は、歌わせてくれないみ
たいよ。他にボーカルが何人もいるし、順番がまわってきそうもないよ。
B.そうか、耐えるのも、よい勉強だと思うけど。
A.いや、待てないよ。どんどん年とっていくんだもの。※1
B.そういえば、C子、彼女もボーカルになるんだって。歌わせてくれるバンドを捜して
いたよ。
A.えっ、どうやって捜すんだろう。
B.うん、知り合いとか、友だちの友だちにバンドやっている人がたくさんいるらしい。
A.女の子は得だね。※2
※1 22、23歳で遅いといわれているようだが、とんでもない。ボーカリストは、年
齢不詳、しっかりとしたトレーニングをやり、歌や表現を理解するにつれ、有利になる。
スポーツほど体力的限界というのも、きつくはない。ただし、アイドルやタレント系では、
若いほど有利という、日本の成熟していない業界の意向があるようだ。
※2 かわいい女の子は得であるということだ。それだけでステージを保つことができる
からである。そうでないからこそ、実力をつけて勝負すべきではないか。かわいい女の子
はいつまでも、かわいくいられない。
電話で
電話で
A.バンド、捜しているんだって。
C.そう、もう四つも見つけたわ。
A.へえー、四つに入ったの。
C.ううん、どれももう一つ、冴えないのよ。センスがないというか、何だか、遊びでや
っているみたい。※1
A.まじめにやるつもり。
C.あたりまえよ。
A.あのときは、何も言ってなかったのに。
C.バカね。私はあのときに、もう二つのバンドに入っていたのだから、活動歴二年よ。
A.へえー、驚いた。知らなかったよ。
C.でも、続かないの。メンバーが皆、初心者だから…。ボーカルよりは皆、うまいけど
ね。日本のバンドって、皆、そうじゃないの。ボーカルの力不足で、表に出れないバ
ンドばかり…。※2
A.本当かい。
C.そうよ。だって、ギターもベースもドラムも、けっこううまいもの。ボーカルでうま
い人って、そういないでしょう。
A.うん、そういえばそうだな。ちょっと聞くとうまいようにみえても、くせのある人が
多いようだね。※3
C.もっとストレートじゃなきゃいけないのよ。私、音楽誌のメンバー募集欄に投稿して
いるの。ボーカルとして入れてくださいって。やってみたら。いろんなところから声
がかかっておもしろいわよ。
A.そりゃ、女の子はもてもてさ。でも、本当にボーカルを捜しているバンドもいるかも
しれないね。やってみるよ。スタジオにもちらしを貼っておいたんだ。
C.がんばってね。
※1 センスがない、個性がない、だから、だらだらとキャンパスライフの延長で続くの
である。日夜、創造のため、けんかしているようなクリエイティブなバンドは、本当に少
ない。
※2 バンドは、年々、若くてうまくなってきている。十代でプロ並みの人も少なくない。
それに比べ、ボーカルは時間がかかる。さらに、バンドがボーカルの成長や悩みを理解で
きぬため、ボーカルは大体、どこでも肩身のせまい思いをしている。
※3 うまいというのは、素直で個性的なこと。くせを個性と間違えて売り物にしている
人が多く、それでは、2、3曲しかもたない。
一カ月後
B.それで、かかってきたのは、たった一本?
A.C子には、十本以上かかってきたっていうのに…。※1
B.それで…。
A.うん、デモテープ送れってさ。けっこう積極的でさ、その人、自分の曲を入れて送っ
てくれたんだ、これがうまいのなんの、バリバリのギタリストだよ。
B.ふーん。プロ並みだね。こんな人でもボーカル、捜しているのかね。※2
A.これからデモテープ、つくりにいくんだ。あのスタジオ、昼は安いから…。カラオケ
に合わせて、4、5曲、吹き込むんだ。
※1 同じへたなら、男より女の方がまだよいのが、世間の風潮である。男はうまくない
とボーカルとしては、やりにくい。
※2 間違いなくよいボーカルは、希少価値、売り手市場である。お呼びのかからないの
は、力がないからだ。
さらに二週間後
さらに二週間後
B.久しぶり。どうだった、バンドの方は。
A.うん、テープ送るの、結局やめたんだ。
B.どうして。
A.送ってもだめな気がするから。
B.何を弱気な…。
A.だって、何度聞いても、うまくないんだよ。これが…。
B.…。
A.こんなに僕、歌がへただなんて、今まで気づかなかった。ショック。
B.…。
A.どうして、僕の歌はこんなにうまくないんだろう。※1
B.はあ…。
A.いろいろ考えたんだ。リズムも音程も不安定で、ことばも何言っているかよくわから
ない。これじゃ、だめだって。
B.録音の仕方が悪かったんじゃない。
A.うん。でも、C子の歌のテープもあとで録らせてもらったんだけど、けっこう、聞け
るんだ。C子に聞いたら、やっぱり、僕は基本的なことができていないって。※2
B.そりゃ、重大だね。
A.でも、諦めないよ。やっているうちにきっと、うまくなるはずだもの。
B.がんばれよ、まあ…。
※1 自分の歌がうまくないと気づくことが、上達の第一歩である。それを常にもちつづ
け、やるべきことをやれたら、誰でも素晴らしいボーカルになれる。
※2 リズム、音程、明瞭なことばといったことは、比較的、トレーニングで身につきや
すいものであるから、ただ、やるだけだ。
第一部ボーカルになりたい!1rd.Step
「初心者のためのロックボーカルトレーニングQ&A」
(旧ドレミ楽譜出版社発行本)改訂版