原油価格、15 年後半からどうなるのか

原油価格、15 年後半からどうなるのか
江守 哲エモリキャピタルマネジメント CEO
原油価格が再び上昇の兆しを見せている。今年 4 月に一時ニューヨーク先物市場で
WTI(ウェスト・テキサス・イ ンターミディエイト(West Texas Intermediate))原油)が、
一時直近安値1バレル=43.3 ドルを付けた後で、6 月初頭時点では 60 ドル前後に強
含み、もみ合いが続いてい る。原油価格は 14 年初頭に 110 ドル台であり、その価格
下落は世界経済の下支え要因となった。今後どうなるのか。著名なマーケット・コモデ
ィティアナリ ストの江守哲氏が分析する。(以下本文)
図表1・2015 年 6 月までの直近 5 カ月の原油価格(WTI)
中東諸国から奪われつつある原油価格支配力
石油輸出国機構(OPEC)が 6 月 5 日に開催した総会では、市場の予想通り、生産目
標が日量 3000 万バレルで 据え置かれた。これにより、サウジなど生産調整による原
油価格の下支えを放棄する「減産否定派」の声が今回も通ったことになる。その一方
で、高油価を求め るイランやべネズエラなど一部加盟国からは「加盟国の大半が、原
油価格の適正水準は 75 ドルと考えている」といった声も出ている。しかし、従来の中東
を中 心とした産油国が価格支配力を失った今、市場の関心は米国のシェールオイル
生産量の動向に向かうのは自然な流れであろう。
その米国では、石油掘削リグ稼動数の減少傾向が鮮明となり、産油量も頭打ちである。
リグ稼動数は、昨年 10 月に は 1609 基とピークをつけたが、原油価格の下落に伴い
減少に転じ、6 月 5 日時点では 642 基まで減少している。その間、石油生産会社は、
少ないリグ稼動 数で最大の産油量になるように生産効率を向上させ、産油量を維持
してきた。その結果、生産コストは 60 ドル程度にまで低下し、これがさらに原油価格を
押し 下げることとなった。
しかし、産油量の頭打ちにより、原油価格が底打ちから反転の兆しを見せる中、リグ稼
動数の回復と産油量の増加を 懸念する声も聞かれる。せっかく頭打ちになった産油
量が、原油価格の回復を背景に増加すれば、需給悪化から原油価格が再び低迷す
る可能性も否定できない。 しかし、米エネルギー情報局(EIA)が指摘するように、今
後の米国の産油量の伸びには限界があろう。
このように、供給面が価格押し下げ要因になりづらくなっており、その一方で需要面も
価格を押し上げるには力不足である。そのため、市場は別の価格変動要因を探すこと
になろう。
焦点は為替と金利、人為的な相場は急変リスクを抱え込む
筆者は、今後の原油市場は為替動向に大きく左右されると考えている。昨夏以降の原
油価格の急落の最大の要因はド ル相場の上昇だったというのが筆者の見方である。
供給増による需給緩和も無視できないが、需給バランスは短期間では変わらない。ま
た昨年 11 月に開催され たOPEC総会で減産が見送られた際、原油価格はすでに大
幅安となっており、減産見送りが原油価格の急落を誘発したわけではない。結局のと
ころ、ドル建て で取引される原油価格の下落は、ドル相場の上昇による減価だったと
結論付けられるだろう。
市場では「原油価格の下落がドル高を誘発した」といった論調も聞かれるが、市場規
模や参加者および市場の変動要因の多様性を考慮すれば、為替市場が原油市場に
影響を与えることはあっても、その逆は成立しない。
今回の原油価格の下落局面を振り返ると、ユーロドル相場の高値は 3 月だが、原油は
6 月である。(図表 2)つま り、ドルが対ユーロで底値をつけて上昇し始めた後に、原油
価格が高値をつけて下げ始めたのである。まして、日々の値動きを見て、実際に取引
を行っている筆 者のような市場参加者には、為替相場が原油価格に影響を与えると
いったロジックは半ば常識である。
図表2・2015 年 6 月までの直近 5 カ月のユーロ・ドル相場と原油価格の関係
一方、金融市場関係者の「原油市場が為替相場に影響を与えた」という見方は、20 年
超の長年にわたりコモディティ市場を見てきた筆者からみると、市場の本質を理解して
いない「素人の発想」であるといわざるを得ない。
筆者は「グローバルマクロ戦略」で運用業務を行っているヘッジファンドマネージャー
だが、市場において重要なのは金利動向であると考えている。金利は通貨の価値を
示すものであり、金利が動けば通貨も変動し、その変動に合わせてコモディティや株
価は変動する。
このロジックを理解していないと、原油価格の見通しを立てることはできないはずであ
る。多くのファンドマネー ジャーは、金融市場を運用の主戦場としているが、最近では
金や原油などのコモディティを取引するファンドも増えている。しかし、彼らの主戦場は
あくまで金 融市場であり、為替や株価動向を見ながら原油も取引している。この投資
判断の順序を理解していれば、原油価格の変動のロジックを容易に理解できるはずで
あ る。
さて、その為替に大きな影響を与える金利動向だが、欧米の債券利回りはすでに底打
ちから上昇し始めており、これ がユーロ高を誘発する展開にある。これまで市場では、
「ギリシャ債務問題」や「欧州中央銀行(ECB)の量的緩和策の導入」を背景に、ユー
ロは下落すると の見方が大半だった。
しかし、筆者は人為的に作られた低金利およびユーロ安はいずれ崩壊するとみていた。
ドイツの債券利回りが上昇し始め、ユーロの買戻しが見られ始めるなど、基調は徐々
に変わりつつある。ドイツ金利動向を占う上で、2003 年に日本で起きた「VARショック」
は無視できないだろう。それまで日本国債を買い込んでいた機関投資家が、国債価
格が下落し始めると、リスク調整のために機械的に国債の売却を進めざるを得なくなり、
その売りがさらに国債価格を押し下げ、さらに売りが出るといった悪循環が金利急騰に
つながった経緯がある。
今回も、ECBが国債買い入れを行う中、ECBのお墨付きを得た投資家がリスクを考慮
せずにドイツ国債を買い進 み、その結果、金利がマイナスになるまで低下している。
このような人為的に作られた構造はいずれ大きな調整をもって崩壊するのが常である。
ドイツ国債が何 らかのきっかけで売られ、金利が上昇する中、ユーロに買いが集まれ
ば、ドル建てで取引される原油価格も価値の修正という形で上昇に向かうことになろ
う。
米国利上げとリンクし、原油は上昇か
原油市場と直接関係のない材料を並べたように思われるかもしれないが、実際に投資
資金を運用している筆者としては、現在の原油市場での運用および投資判断におい
て、重視しているのは市場モメンタムであり、為替動向である。
さて、為替動向を見る上で、ドルの動きも無視できない。金融市場では、米国の利上
げ時期に注目が集まっている。 米国の経済指標が再び改善傾向を見せる中、利上
げ観測が高まっており、これがドル高につながっている。米国の利上げがドルを押し上
げるとの見方が市場には 多いが、利上げ織り込み後のドルの上昇は限定的となること
は、過去の動きから実証済みである。
直近 3 回の利上げ局面では、ドルは利上げ後に上値が重くなっており、横ばいから下
落に転じる傾向がある。(図表 3)不思議な感じもするが、これは利上げを早い段階で
織り込む一方、織り込んだ後は上昇しづらくなるからであろう。まして、米連邦準備制
度理事会 (FRB)は、利上げは相当慎重に行うとしていることから、一旦利上げを行っ
た後は景気動向などを慎重に見極めると考えられ、利上げが断続的に行われる可 能
性は低いだろう。
図表 3・米国の利上げと原油価格の関係
そのため、利上げ後のドルの上昇は限定的になると考えられ、これが原油価格の下支
えになると考えられる。一方、直近 3 回の米国の利上げ局面では、利上げは原油価格
の底打ちから平均 8 ヵ月後に実施されている。
今回の原油価格の底打ちが今年 3 月だったことを考慮すれば、利上げ時期は半年後
の 9 月、遅くとも 9 ヵ月後の 12月となろう。つまり、利上げが可能な経済環境になって
いれば、原油相場は利上げ前後に明確な形で上昇に向かうことになるということであ
る。
原油価格は最終的には、16 年半ばをターゲットに 100 ドル回復を目指すことになろう。
このような将来の見通し は、現物ファンダメンタルズのみを利用したのでは不可能で
ある。筆者のように、ファンドマネージャーとして収益獲得を最大の目的として市場に
参加している ものは、重視すべき材料を常に確認しながら投資判断を行っている。そ
れがいまは需給要因ではなく、為替要因であるということである。
江守哲(えもり・てつ)慶應義塾大学商学部卒業後、住友商事に入社し、非鉄金属取
引に従事。1996 年に英国住 友商事(現欧州住友商事)に転籍しロンドンに駐在。そ
の後、Metallgesellschaft Ltd.、三井物産フューチャーズを経て、2007 年 7 月にアスト
マックス入社。同社でファンドマネージャーに就任。アストマックス退社後、2015 年 4
月にエモリキャピタルマネジメントを設立。ヘッジファンドを中心とした資産運用や株
式・為替・債券・コモディティ市場の情報提供などを事業として展開。
(2015 年 6 月 15 日掲載)