読んだ文献 : 植島啓司『「頭がよい」ってなんだろう』集英社、2003年。 概要(内容要約) 本書は、日常的な会話でもよく用いられる「頭がよい」や「頭がわるい」とは一体どういうことなのか、 について論じたものである。一般的には、「頭がよい」とは何かという質問をすれば、偏差値やIQが高い ことだと答える人がほとんどだろう。これに対して筆者は、時代の流れや環境の変化によって、このよう な「頭のよさ」とは相対的に変わるものだという立場に立っている。ここから、多くの問題や、世間から 「頭がよい」とされてきた人物などを実例として紹介しながら、筆者が考える「頭のよさ」に迫ろうとす る。 まず、同書で紹介されている多くの問題は、いずれも数学の公式や英語の文法のような知識を必要とせ ず、ひらめきのみで解けるような、人の盲点を突いたものがほとんどである。解説部分では、筆者は、何 度も発想の柔軟性や自由度の高さが重要だと繰り返している。 続いて、「天才」と呼ばれるような人々はいかなる能力をもっていたのかを、エジソンがADHD(注意欠 陥多動性障害)であったにも拘わらず白熱電球を発明したことや、アインシュタインが発話障害であり、 さらに数学と物理学以外はてんでダメだったにも拘わらず特殊相対性理論を提唱したことなどが紹介され ている。これらの事例から、筆者は、学校において測られる「頭のよさ」と、天才たちにおいて見られる 「頭のよさ」とは異なることを述べている。 これらのことを通じて、筆者は、「頭のよさ」の判断基準として今まで私たちが一般的に用いてきた尺 度は誤っているのではないか、という結論に達するのである。 感想/疑問/批判 筆者は、本書の中で、日本の教育が間違っているのではないかと疑問を呈している。その理由は、海外 の教育は「人とは違ったことをしなさい」と教えているのに対して、日本の教育は「人と同じことをしな さい」と教えるからという。 本書の中で「普通に考えることを放棄する」という言葉があった。「普通に考えること」によって正解 が導けなかった場合には、一般的に「天才」と呼ばれる人たちのように、他の人たちとは違った見方をす ることが重要ではないだろうか。そう考えると、日本の教育はあまり良いものとは言えないだろうとわた しも感じた。 報告者 : 木倉健志
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