台湾留学体験記 田上 敦 英

台湾留学体験記
国立台湾大学
社会学部 4 年
た が み
と し ひで
田上 敦 英
はじめに
私は 2014 年 9 月から 2015 年 6 月まで国立台湾大学に留学させていただきました。旅行先とし
て人気の台湾ですがこのレポートでは旅行以外のあまり知られていない台湾についてご報告でき
ればと思います。
授業について
台湾大学では英語で専門的な授業を学びながら中国語のクラスもとるという形でした。2 学期
目からは中国語で専門の授業を受けたかったのですが、その時点で専門的な議論ができるほどの
中国語力があるか不安だったので結局聴講という形で現地の学生が受ける中国語で行われる授業
を受けました。
台湾大学の授業の特徴としてグループワークが多いということがあげられ、学生はプレゼン
テーションになれています。また多くの学生がダブルメジャーをしており、留学も盛んです。
キャンパスとその周りでは様々な言語が飛び交っており現地の学生も英語・日本語はもちろんそ
れ以外の言語を熱心に学んでいる学生も多いです。留学生も中国語を操れる人は多く、特に印象
的だったのは中国語、台湾語、広東語(それぞれまったく違う)を話すアメリカ人で彼は日本語
を現在学んでいます。
台湾大学の留学生について
台湾大学には 500 人以上の留学生が在籍していますが、欧米や日本の大学とはまた違った特徴
があります。その特徴のひとつとしてまず中国大陸からの留学生が多いことが挙げられます。中
国から台湾への留学が許されるようになったのはつい数年前のことのようです。彼らの立場は
様々な方面で他の国からの留学生と違います。まず交換留学生はビザの関係で 1 学期しか在籍す
ることができず帰国の日時も定められています。留学中にも台湾メディアが中国人留学生の一部
がスパイ活動を行っているという報道をしたり、保険の問題から十分な医療が受けられないなど
の理由で留学生が権利を主張するなど摩擦も起きています。私の見たところでは、彼らと現地の
台湾人学生との関係は同じ言語を共有し、授業もクラブも台湾人に溶け込んで参加しており基本
的に仲がよいと目に映りました。私が知り合った学生は、中国では放映されていない日本の映画
を楽しんだり、日本語の授業を取ったりなど日本にとても興味を持っている人も多かったです。
もうひとつ特徴的な留学生のグループとして欧米からの華僑(現地の国籍保持非保持問わない)
の学生の多さが挙げられます。彼らの主要な目的は中国語の学習、ルーツを尋ね自らのアイデン
ティティーを問うなどがあります。彼らは本当に様々な国から集まっており華僑ネットワークの
広さを実感することができます。彼らも日本文化にとても興味を持っている人が多かったです。
彼らの出身国に対しての見方もその出身国に対して強い帰属感を感じている人もいればあまり
自分の国が好きではないという人もいたりと様々なのが興味深かったです。この自分の国が好き
であるかという話題はよくあがりましたが自分の国が嫌いだ言っている留学生が思っていたより
多かったことに驚きました。また台湾大学ではよくエルサルバドル、ハイチなど中南米の国の学
生を見かけます。
私も最初は疑問に思っていたのですがどうやらこれらの国は台湾と国交を保持している(現在
台湾は約20カ国と国交を持っている)ため奨学金などの制度があるのが理由のようです。その
ほかにもたくさんの欧米人や、中国語を必死で学ぶ韓国人留学生、台湾と似ている部分も多い香
港からの留学生など本当に様々な国からの留学生がいます。
言語について
台湾への留学を通して「言語」とは何かということを考えるようになりました。台湾は多言語
国家であり公用語は中国語(國語)ですが他にも台湾語、客家語、16の原住民それぞれの言語、
そして日本語が話されています。日本語は山間部の原住民の部族間の共通語として使われている
ようです。台湾の多言語性はたとえば台湾の映画を見ると頻繁に中国語のほかに台湾語や日本語
が話される場面に遭遇するなど様々な場面で感じることができます。実際にレストランに入ると
台湾語で他の客のおばさんと会話をしていた店員のおばさんが最初中国語で接客し、自分が日本
人だとわかると日本語を話してくれるなんてこともあります。
そのように様々な言語が飛び交う台湾ですがかつては國語以外の言語を学校で話すことが禁止
されるなど政治的な議論とは切り離せない関係にあります。特に原住民のお年寄りなどは中国語
が標準ではなく、就職などでの差別があったとも聞きます。そもそも原住民は時代によって原住
民の固有の言語から台湾語、日本時代は日本語、終戦後は中国語と世代によって話す言語を変え
てきたという歴史があります。現在台湾では自分たちの本来の言語を守ろうという動きが盛んで
あり政治家が台湾語で演説したり若者が自分たちのルーツの言語を学んだりしています。
このようにかつて台湾の人々は自分の母語が公用語ではなくなり國語を必死で学ぶという苦労
を経験しましたが、現在世界中で英語を学んでいる現象と少し似ているのではと思いました。実
際、英語と台湾語や客家語、原住民の言語のどちらを大切にするべきかという議論を見たことが
あります。自分の母語がメジャーな言語かマイナーな言語であるかによりその人の人生は大きく
変わります。そして多くの場合メジャーな言語のほうが得をすることが多いように見えます。私
もよく英語がネイティブの人限定のアルバイトやインターンシップを見て違和感を感じたり、非
英語圏の欧州人が一部の英語ネイティブはすべての人が英語を話すのが当然と思っており傲慢だ
と流暢な英語で話していたりしていました。また台湾で日本人が言語交換(自分の母語を相互に
教えあう)の相手を見つけようとすると日本語はすぐに相手が見つかりますが、少しマイナーな
タイ語になるとなかなか相手が見つからないとタイ人が言っていました。
しかし自分の母語が比較的マイナーであることを肯定する意見もあります。香港人の友達が自
分の母語が英語でも中国語(普通語)でもなく広東語という比較的マイナーな言語であることに
誇りや自分のアイデンティティー、連帯感を感じると言ってたのが印象的でした。自分の母語が
日本語であってよかったか。この疑問は日本語が歴史上ずっと話されており基本的に日本語(も
ちろんアイヌ語、朝鮮語などがありますが)しか話されていない日本では考えなかったことでし
た。
最後に
台湾に住んでいると、台湾は外国の良いものを積極的に受け入れる性格の国であることを感じ
取ることができます。書店に行くとまず目に付くのが日本に関する本であり、日本のビジネスか
ら日本史まで幅広く平積みされています。しかし学ぶ対象は日本だけではありません。シンガ
ポールはリークアンユーの死去もあり同じ華人社会として今注目されておりシンガポールに学べ
という本やテレビ番組をよく見ます。韓国や香港も学びの対象です。このようにアジアの様々な
国から学ぼうとしている台湾を日本は学べるのではと思いました。他にも台中関係など書きたい
ことはたくさんありますがこの辺で筆を置きます。
最後になりましたがこの留学の機会を与えてくださった如水会、明治産業株式会社、明産株式
会社の皆様、留学をサポートしていただいた国際課の皆様に感謝を申し上げたいです。ありがと
うございました。
花蓮で他の留学生の友達とカヤック
キャンパス風景