4. 放射光の利用

4. 放射光の利用
4.1.
分光
放射光から放出される光は赤外から x 線まで広い波長を含む白色光である。白色光をその
まま用いることもあるが、一般には特定の波長を切り出して用いる。その方法が分光であ
る。基本的には、格子による回折を用いる。
2d sin
ここで、 , , d は回折を起こす光の波長、回折角、回折する格子の間隔である。
d
図 4.1-1
回折と回折角
したがって、対象とする波長範囲に応じて d を定めてあげればよい。
一般には、可視、紫外では、回折格子が用いられる。しかし、数十 nm 以下の光を分光し
ようとするとよい回折格子がなくなるが、原子や分子の結晶格子を使えるようになる。
さて,実際には,X 線に対して,2枚の結晶を平行におく.こうすることで,飛んできた
X 線と同じ方向に X 線をとばすことができる.かつて一枚の結晶に溝をほって、平行な 2
結晶の面を切り出した。チャンネルカットモノクロメータが使用されていた。i
4.1-2
チャンネルカットモノクロメータ
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しかし、チャンネルカットモノクロメータでは、角度を変えると高さが変わる。そこで、
2枚の結晶の間隔を変えることで,一定にすることができる.
すなわち
から,
B を除去すればよい。
この関係を満たすように、yとzを動かす。
図 4.1-3
モノクロメータと一定出射
問 4.1-1 つねに一定の高さの光を出すための方法を考えてみよ。
4.1.1. 回折格子
回折格子の場合には,図に示すような
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図 4.1-4
グレーティング(回折格子)
等間隔で(不等間隔の場合もあるが,)溝をほったグレーティングが用いられる.
この際に回折条件としては,以下の式でかくことができる
d (sin
sin )
n
fixed exit slit type
Change in distance
between a grating and
an exit slit is minimum
図 4.1-5
放射光用回折格子
図 4.1-5 に放射光施設で使われてきた回折格子について示した。
4.2.
集光
放射光といえども光源点より離れると、広がりが目立つ。特に水平方向に関しては、電子
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が偏向を受けている間中、光が出るので、水平方向の広がりは大きい。しかし、 X 線領域
では,屈折率が 1 に近いため,よいレンズはない.
(ただし,最近はバブルレンズというも
のが開発されている.)
そこで,さらに高強度を得るために、凹面鏡を使って集光する。
楕円ミラーでは、楕円の焦点から出た光は楕円面上で反射して、もうひとつの焦点に集ま
る。したがって、楕円鏡を用いることで、集光を実現できる。また、2 方向同時に集光した
いときは、回転楕円鏡が用いられる。光源点まで遠いので、楕円鏡を円筒鏡で近似するこ
ともある。ただし、楕円鏡は光源がサイズをもつと、収差が大きくなる欠点を持つ。加工
精度がよいことから球面鏡も用いられるが、X線のような斜入射で使用する場合には、非
点収差が大きくなるので,トロイダル鏡が用いられる.すなわち,ドーナッツの外周をと
る形であり,サジタルとタンジェンシャル方向で異なる曲率をもつ.一点から出た光を平
行にするためには,回転放物面鏡が用いられる.
ミラーを用いるときに気をつけないといけないのは,X 線には光学ミラーのようなよい反
射率のミラーがなく,一般には全反射現象を用いる.すなわち,すれすれの角度で入射す
ると,X 線は全反射を起こすことを利用する。一方斜入射になるので、すべての光をこぼさ
ず集める必要があり、ミラーは大きくなり、スロープエラーが問題になる。
近年 このスロープエラーを原子レベルで精密になくす技術が開発され、10 nm レベル
の光を絞れるようになった。 これは、大阪大学の Elastic Emission Machining(EEM)技
術というもので、形状誤差・表面粗さをナノメートルオーダーまで小さくすることに成功
している。
問い EEM をしらべてみよう。
4.3.
特殊な集光
一点に絞ることで数ミクロンからサブミクロンの X 線顕微鏡を行うことができる.
反射鏡を使う場合には,以下の二つのタイプがある.
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Walter type
KB = Kirkpatrick and Baez
tangential and saggital
図 4.3-1
集光法
図 4.3-2
アッベの正弦条件
アッベ正弦原理というものがあり,2枚あるいは偶数枚の鏡を組み合わせる必要がある.
アッベの正弦条件というのは,上の図のように,見込み角が物面と像面で逆転することで
あり,これを一致するためには,偶数枚必要になる.
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図 4.3-3
ウォルター型によるマイクロ XPS
図 4.3-3 にウォルター型反射鏡を用いたマイクロ XPS の例を示す.この場合には,光源と
してレーザ X 線が用いられている.4 ミクロンのところからの Au の4f光電子スペクトル
を観測できる.
4.4.
鏡を使わない集光
4.4.1. ゾーンプレート
X 線領域にはいいレンズがないので、ゾーンプレートがよく用いられる.これは,透過型
の回折格子と考えるとよいかもしれない.可視光では,OHP の拡大レンズ等にも使われて
いる.この場合には,回折格子の一種なので,特定のエネルギーしか集めることができな
い.また,中心には不透過窓をおくため,強度のロスが起こる.透明,不透明を交互にお
くことで,ゾーンプレートができる.
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図 4.4-1 ゾーンプレートの概略図
ここで,n 番目の半径 rn は
rn
nf
(n
1,2,
であたえられ, f ,
N
は,それぞれ,焦点距離と波長である.一つのゾーンプレートでは、
rn が一定であるから、波長により、焦点距離が変化する。したがって,ピンホールをずら
すと分光もできる.
また,結像させるには、レンズの公式を満たす必要があるので、場所によって、結像条件
が異なる。
1
a
1
b
1
f
空間分解能は,そとの円環に幅 rN を用いて
1.22 rN / m
ただし,mはm次光である.
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図 4.4-2
ゾーンプレートの例(子宮ガン細胞)
4.4.2.
X 線ファイバー
図 4.4-3
X 線ファイバー
細いガラスの管の中で X 線を全反射させることで,X 線の径路を制御するのが,X 線ファ
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イバーである.全反射現象を用いるので,光学ファイバーほど自由度はないが,集光した
り,することができる.似たものにチャンネルプレートがある。細い管をいくつも束ねた
ものであり、光の平行性をだしたり、全反射を利用して、集光したりする。
図 4.4-4
チャンネルプレート
問 4.4-1
なぜ x 線にはよいレンズがないのだろうか?
4.5.
透過顕微法による画像化
X 線は、物質を透過するので、物質内部の構造を知ることができる。私たちの体の内部構造
を知るレントゲンもこの性質を使っている。通常の像は、物質の密度の違いにより、コン
トラストをつけているから、密度の変化が少ないと、鮮明なコントラストを得ることは難
しい。一方、X 線が物質を透過する際に生じる位相のずれを像コントラストとする位相コン
トラスト X 線イメージング法は、軽元素のように吸収量に差が小さいものに対しても有効
な手法である。
問 4.5-1
e i( kz z
t)
が波の式であり、 v
1 / k z (V は波の速度)として、物質により、波の速度
がことなることから、位相差が生じることを説明せよ。
図 4.5-1 に X 線干渉計の原理図をのせた。ビームスプリッタ結晶により、前方に回折す
34
る X 線と回折 X 線に分けられ、2 枚目の結晶により、一点に集められるが、一方の経路に
試料をおき、集光した部分に 3 枚の結晶をおく。すると、最初に回折 X 線として分かれた
方は、3 枚目の結晶では、直進し、最初の結晶で、前方に回折した X 線は、こんどは、回
折されると、2 つに分裂した X 線は同経路を進行することになる。十分なコヒーレントレ
ングスをもつと、二つの光は干渉しあい、試料を通ったときうける位相シフト分だけ位相
がずれ、コントラストが生じる。さて、試料は、シリコンの大きさに依存する。最初に用
いられたのは、大きな結晶から 3 枚の平行なシリコンを切り出して使われていたから、シ
リコンの大きさにより、みたい視野が決定されてしまっていた。そこで
(b)のように、二
つに分けて、より広い視野を得ることができるようになった。また、サンプルを回転させ
ることにより、3 次元の像を得ることができる。図 4.5-2 にネズミの腎臓をしめす。
図 4.5-1
1
X 線干渉の原理図
現在アルツハイマー病の病原タンパクであるアミロイドの凝集体定量解析等に利用が期待
されている。2
[1]
A. Momose, Jpn. J.Appl.Phys. 44 (2005) 6355.
2
35
タンパクで詰まった尿細管
糸球体
図 4.5-2
ネズミの腎臓の X 線干渉像
図 4.5-3 皮膚ガンの立体像
現在では、ほとんど用いられていない。ただし、Quick scanEXAFS などでは、高速でモ
ノクロメータを回転させることが必要であるから、チャンネルカットモノクロメータが今
も使われることがある。
i
36