キツネの言葉 ついてくる

 ふたつの展示にあわせて、一冊の小冊子をつくります。
もちろん展示だけでも楽しんでいただけますが、ぜひ、文章もいっしょにご覧ください。
作品のつくり手が言葉を扱うのがどういうことなのか、わたしたちには未知数です。わたした
ちの活動のはじまりに、自作について、版画について、すこし長く語ってみたいのです。
1.30
kitsune
2.8
2.13
tsuitekuru
2.22
作品は目にみえるけれど、色彩や線、構成やフォルムというあらわ
キツネの言葉
れに寄せてわたしたちは、いったい何を表現しているのでしょうか。
そして版画という複製過程を経ているのは、何ものなのでしょう。
一日一日を少しずつたがえながら続く生活のように、版画はひとつ
のイメージを幾枚も刷ります。くり返しのなかに「大切なこと」をふ
くみこんで、作品はあらわれています。
「いちばん大切なことは、目にみえない」
キツネは王子さまにいいました。
「大切なこと」と出会うためのこころみとして、キツネの言葉展を
ご覧ください。
わたしたちふたりの作品は、あい容れないように見えるかもしれません。
わたしたちのふと感じるさまざまな違和感は、たいてい、生活にのみこま
れて忘れられてしまいます。しかしこの小さな感覚こそ、わたしたちの作品
の底にあるものです。これは生活というモチーフと絡まりあって表われる、
「私」自身の不完全さではないでしょうか。
作品は、眠っていた記憶や気持ちをひきだして、わずかに心を変えていき
ます。あるいは不安をなくしていくこともできるかもしれません。
ゆるやかな変化が、作品についてきます。
ついてくる
しかし似たところを見いだすのは、実はやさしいことです。
中村 花絵
HANAE Nakamura
キツネの言葉
1990 年北海道生まれ、女子美術大学大学院美術研究科美術専攻版画研究領域在籍
私たちが徐々に年をとるように、見慣れた景色も緩やかに変わっていき以前の
景色を思い出せなくなります。通学路にあった寿司屋の看板とか、新しくコンビ
ニが出来る前の建物とか、完成までに随分と長い間かかったビルの建設の様子と
か・・・。ほとんど毎日みてきたはずなのに、まるでピンとこないのです。
昔の景色はどこかへと消えていき、今見えている景色もきっと忘れられるで
しょう。美しいものでも醜いものでも、変わらないでほしいものもみたくないも
のも。忘れられていく景色に少しだけ哀愁を感じ、普段目にする当たり前の景色
から目を背ける。そうした生活がループすることは一体何のためになるのでしょ
うか。
私はそんな「みる」行為についての再考を主眼に、普遍的なものをあえてぼか
したり拡大したりすることによって新しくかつ美しくみえるように表現し制作し
ています。不明瞭な物事にピントが合った時の「気付き」の気持ちよさは「みる」
行為を深化させるでしょう。
《平凡な日常の断片 Ⅱ》
シルクスクリーン 2014
田中 唯子
AIKO Tanaka
ついてくる
1991 年東京生まれ 女子美術大学大学院美術研究科美術専攻版画研究領域在籍
私が暮らしている環境は、国と国のトラブル、予測できない自然の脅威、科学
や技術の進歩など、様々なことを理由に静かに目まぐるしく変わっているように
感じます。私は最近そうした環境によって、流れていく情報に実感があまり持て
ない人・しかし、実感が持てない出来事でも自分が暮らす環境を変えていくこと
になると感じている人が、増えているのではないかと考えています。それにとも
なって、漠然とした未来への不安や息苦しさが様々な場に漂っているのではない
でしょうか。
私はモチーフに「見たニュース」を取り上げ、描くためにそれらに注目し調べ
ます。ニュースを見ていると、重要なことが抜け落ちて伝えられているような気
になり、私に伝わるまでの間にある人・物・情報・私自身に欠陥があるように思
うことがあります。しかし、それらは個々に何らかの役割を持っていて、現在を
動かす力強い存在のようにも思います。現代にある問題や出来事を想像したり詳
しく知ったりすることで、今後私自身どのような選択をし、どのように生きてい
くのか、考える糧になるのではないかと思っています。
《空想 II》銅版 2013
栗田 ふみか FUMIKA Kurita
キツネの言葉 / ついてくる
1990 年新潟生まれ、女子美術大学大学院美術研究科美術専攻版画研究領域在籍
お風呂をモチーフとして、水性木版画をつくっています。
わたしたちは、日々のいろいろなことによって心を濁らせてしまいます。する
と、ものごとは理想のように語りやすくはなく、何かを断じることはできないと
いうことを忘れて虚構の世界で苦しみます。この負荷はとても大きく、しかしあ
まりに日常的で気づくことすら困難です。
そうした檻を脱けだして透明な心にたちかえりたい。わたしの作品は、そうし
た祈りの結晶です。
木版画らしい平面性と浴室の空間性、そして聖俗の重なりというような、ふた
つの極が作品のなかで調和してやわらかい静けさになります。苦い幻想を散らし
て、心が純粋にもどっていくときに寄りそえる作品をめざしています。
《お風呂》鳥の子、水性木版 2013