一般化されたシュタルクハミルトニアンに対する 固有値の非存在 板倉恭平 (Kyohei ITAKURA) 神戸大学大学院理学研究科 数学専攻 1 導入 通常のシュタルクハミルトニアンは次のように表される. H = p2 − E · x + q(x) on L2 (Rn ). ∂ ここで,p = −i∇ = (−i ∂x , . . . , −i ∂x∂n ) であり,0 6= E ∈ Rn は一様な電場に対応する定ベクト 1 ルである.−E · x をシュタルクポテンシャルと呼ぶ.q は摂動項である.q がある意味で p2 − E · x よりも小さいという条件の下で,上述の H が固有値をもたないことはよく知られている事実であ る.今回は,シュタルクポテンシャルの部分を一般化したハミルトニアンを考えたときに得られ た,固有値の非存在について述べる. 2 仮定と結果 V を実数値関数として,全ハミルトニアン H を次のように定める. H = p2 + V on L2 (Rn ). さらに,V に対して以下の条件を仮定する.0 < α < 1 として (A) V = V1 + V2 と分解できて,V1 ∈ L2loc (Rn ) であり,ある h ∈ Rn が存在して, V1 ≥ −(h · x)α + が成り立つ.さらに,V2 ∈ Lp (Rn ) + L∞ (Rn ) であり,p は n ≥ 4 のとき p > n2 とし,n ≤ 3 のとき p = 2 とする.ここで,x+ = max{x, 0} という記号を用いた. (B) (A) と同じ p に対して,V ∈ Lploc (Rn ) が成り立つ. (C) V は次を満たすような超関数型の導関数を持つ.(A) と同じ h に対して,−|h·x|1−α (h·∇V (x)) が有界かつ,ある δ, R > 0 が存在して,h · x ≥ R に対して,−|h · x|1−α (h · ∇V (x)) ≥ δ が 成り立つ. これらの条件は V1 として次のものを想定して定めている. (−E · x)α (E · x < 0), V1 (x) = −(E · x)α (E · x ≥ 0). これは,シュタルクポテンシャルの巾を α に置き換えたものに相当し,この意味で,シュタル クポテンシャルの一般化となっている.ファリス・ラヴィンの定理により (例えば [RS II] を参 照),H は条件 (A) の下で自己共役になる.条件 (B) は一意接続性を保証するために必要である ([ABG], [H], [JK], [SchS] を参照).また,条件 (C) は直交変換を用いることで次の条件 (C0 ) に還元 される. (x) (C0 ) V は次を満たすような超関数型の導関数を持つ.−|x1 |1−α ∂V ∂x1 が有界かつ,ある δ, R > 0 ∂V (x) が存在して,x1 ≥ R に対して,−|x1 |1−α ∂x1 ≥ δ が成り立つ. 以下が,得られた主結果である. 定理 2.1 H = p2 + V とし,V は条件 (A), (B), (C) を満たすとする.そのとき,H は固有値を もたない. 定理 2.1 は以下の 2 つの命題を組み合わせることで示される. 命題 2.2 H が固有関数 ψ をもつとすると,任意の a ≥ 0 に対して ea(x1 )+ ψ ∈ L2 (Rn ) が成り立つ. 命題 2.3 任意の a ≥ 0 に対して ea(x1 )+ ψ ∈ L2 (Rn ) が成り立つような H の固有関数 ψ は存在し ない. 3 命題の証明のアウトライン まず,命題 2.2, 命題 2.3 の証明に用いる関数や記法を導入する.なめらかな関数 W (x1 ) を x − R − 1 (x ≥ R + 1), 1 1 2 W (x1 ) = 0 (x ≤ R) 1 で,0 ≤ W, 0 ≤ W 0 ≤ 1, 0 ≤ W 00 が成り立つように定める.命題 2.2, 命題 2.3 を証明するために は,指数の巾の (x1 )+ を上記の W (x1 ) に置き換えたものについて示せばよい.また,もう一つな めらかな関数 F (x1 ) を (x − R)2−α 1 F (x1 ) = 0 (x1 ≥ R + 1), (x1 ≤ R) で,0 ≤ F, F 0 , F 00 が成り立つように定める.命題 2.2 の証明には背理法を用いる.つまりある a > 0 が存在して, eaW ψ ∈ / L2 を仮定して矛盾を導く.命題 1.2 の証明の中で,この a は固定して考える.ここで,aW (x1 ), F (x1 ) を 有界な関数で近似することを考える.t, s > 2R+2 なる t, s に対してなめらかな関数 Wt (x1 ), Fs (x1 ) を次のように定める.まず Wt (x1 ) は aW (x ) (x ≤ t), 1 1 Wt (x1 ) = at (x1 ≥ 2t) (k) かつ,Wt (x1 ) = O(t−k+1 ) (k ≥ 1), Wt00 (x1 ) ≤ 0 (x1 ≥ R + 1), 0 ≤ Wt0 ≤ aW 0 を満たし, Fs (x1 ) は F (x ) (x ≤ s), 1 1 Fs (x1 ) = s2−α (x1 ≥ 2s) (k) かつ,Fs (x1 ) = O(s−k+2−α ) (k ≥ 1), 0 ≤ Fs0 ≤ F 0 , Fs00 (x1 )F 0 (x1 ) − Fs0 (x1 )F 00 (x1 ) ≤ 0 (x1 ≥ R + 1) を満たす.t, s → ∞ のとき,Wt , Fs がそれぞれ aW, F に各点収束していることはすぐに わかる.また,Wt を用いると keWt ψk → ∞ (t → ∞) が成り立っていることに注意しておく.ここで,ψt = 法を用いる.さらに, AF = eWt ψ keWt ψk と定め,hAit = hψt , Aψt i という記 1 0 (F p1 + p1 F 0 ) 2 と定める.また,なめらかな関数 G に対して ψG = eG ψ とし,hAiG = hψG , AψG i とする.この とき,次の 2 つの補題が成り立つ. 補題 3.1 G, J をなめらかな関数とし,ψG ∈ D([H, AJ ]) ∩ D(H) ∩ D(AJ ) ∩ D(AG ) とする.さら に,G は有界な導関数を持つとする.そのとき次の等式が成り立つ. hi[H, AJ ]iG = −4RehAJ AG iG − 2hJ 0 G0 G00 iG . 補題 3.2 u ∈ D(H) とし,hBiu = hu, Bui と書くことにする.そのとき次が成り立つ. hi[H, AFs ]iu → hi[H, AF ]iu (s → ∞). ここでは,この 2 つの補題の証明は省略する ([Sig] の命題 2.2, 命題 2.4 を参照). 命題 2.2 の証明のアウトライン. まず,ある c > 0 が存在して,十分大きい t > 0 に対して hi[H, AF ]it ≥ c (1) が成り立つことを示す.これには,交換子を直接計算することにより得られる次の式を用いる. 1 hi[H, AF ]it = h−F 0 V 0 + 2p1 F 00 p1 − F (4) it . 2 一方で,次が成り立つことを示す. hi[H, AF ]it ≤ o(1) (t → ∞). この評価は,J = Fs , G = Wt として補題 3.1 と補題 3.2 を用いることで示すことができる.しか しこれは (1) と矛盾する.2 命題 2.3 の証明のアウトライン. 命題 2.3 も背理法を用いて示す.つまり,ψ を H の固有関数として矛盾を導く.命題 2.2 より, ψ は任意の a ≥ 0 に対して eaW ψ ∈ L2 である.そこで,パラメータとして t の代わりに a を用い aW て,ψa = keeaW ψ と定め,hAia = hψa , Aψa i という記法を用いる.まず,命題 2.2 のときと同様 ψk に交換子を直接計算することで次の評価を導く. hi[H, AF ]ia ≥ c (∃c > 0). (2) 一方で,J = F, G = aW として補題 3.1 を用いることで,次の評価を導く. hi[H, AF ]ia ≤ o(1) (a → ∞). しかしこれは (2) と矛盾する.2 参考文献 [ABG] Amrein, W.O., Berthier, A.M., Georgescu,V.: Lp -inequalities for the Laplacian and unique continuation. Ann. Inst. Fourier,Grenoble 31, 153-168 (1981) [H] Hörmander, L.: Uniqueness theorems for second order elliptic differential equations. Commun. Part. Diff. Eqns. 8, 21-64 (1983) [JK] Jerrison, D., Kenig, C.(with an Appendix by Stein,E.M.): Unique continuation and absence of positive eigenvalues for Schrödinger operators. Ann. Math. 121, 463-494 (1985) [RS] Reed, M., Simon, B.: Methods of modern mathematical physics II and IV, New York: Academic Press 1975 and 1978 [SchS] Schechter, M., Simon, B.: Unique continuation for Schrödinger operators with unbounded potentials. J. Math. Anal. Appl. 77, 482-492 (1980) [Sig] Sigal, I.M.: Stark Effect in multielectron Systems: Non-Existence of Bound States. Commun. Math. Phys. 122, 1-22 (1989)
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