ウォルトン/交響曲第 1 番 変ロ短調 サー・ウィリアム・ウォルトン(1902

■ウォルトン/交響曲第 1 番 変ロ短調
サー・ウィリアム・ウォルトン(1902-1983)は映画音楽のジャンルでの活動が一般的
にはよく知られているが、彼の音楽の醍醐味を味わうには、やはり新ロマン主義風のオーケ
ストラ曲、とくに交響曲ははずせない。戦前と戦後に1曲ずつ書いただけだったが、とりわ
け第1番は斬新な和声法や入り組んだ構造をもち、1930 年代の不安の時代を象徴する作品
として、今なお訴えかける⼒を持っている。世界恐慌に始まるヨーロッパの混乱は、ナチス
政権が樹⽴し、スペインの内乱が始まって、拍⾞をかけていた。そのさなかに書かれたこの
曲は暗い時代の幕開けを予言していたのかもしれない。
第1楽章はとくに悲壮な影を帯びている。ティンパニの連打に載せて提示される冒頭の
オーボエによる主題が、楽章全体を統一している。旋法的な響きが懐かしくも感じられる第
1 主題のあと緊迫感は増し、激しく追い⽴てられるような楽想が続く。第 1 ヴァイオリンに
よる第2主題も重苦しい雰囲気をたたえ、静かな展開を挟みつつ、猛烈に煽り⽴てられて、
威嚇するかのようなクライマックスに至り、短い再現部とコーダで終わる。
第2楽章は「邪気をもって」という発想記号を付けたプレスト。スケルツォにあたる楽章
で、いくらか明るさをもっている。急速な3拍子の中に挿入される全体の休止とか変拍子が
いたずらっぽい。トリオもなく、執拗なリズムの刻みと反復が続き、時おり半音のぶつかる
不協和な響きが不安をよぎらせる。終わったと思わせて、終わらないコーダが意表を突く。
フルートによる静かな主題の提示で始まる第3楽章は、
「憂鬱なアンダンテ」と記された
瞑想的な楽章。主題が対位法的に扱われて形を変えていき、明確な輪郭を描かないまま、漠
とした雰囲気の音楽が果てしなく続いていく。繊細な歌心が宿り、不安をかきたてたかと思
うと、ほのぼのとした人間味を感じさせる。クライマックスは悲劇的な相貌をもっている。
フルートがほんのひとフレーズ、吹かれて終結する。
ここまでの 3 つの楽章に漂っていた言葉にならない圧迫感は、フィナーレで一気に解消
される。第 4 楽章はファンファーレ風の⾦管の楽想で華やかに始まり、輝かしい響きが音
楽に躍動感をもたらす。このプロローグに続いて、
「活気をもって燃えるように」と指示さ
れた精⼒的な部分となり、断⽚的な動機が展開される。次にフーガ主題が呈示され、⾃由な
対位法的展開があり、続いてこれまでの要素すべてを用いた精気溢れるスケルツォとなる。
最後はエピローグで、あたかも勝利を宣言するかのような、輝かしい⾦管の楽想をきかせる。
ベートーヴェン流の「苦悩から勝利へ」という流れを想起させるものの、なぜか、心の底
から喜んでいるようには聴こえない。何度も何度も繰り返し勝利を叫んでいるコーダに、ど
ことなく空虚な響きを感じてしまうのは、来るべき時代の恐怖を知っている現代人ならで
はの聴き方なのだろうか。45 分あまりの、ずっしりとした規模の交響曲を聴くうちに、ウ
ォルトンが作曲していた時期の、暗雲が⽴ち込め始めていた社会が想起され、閉塞した状況
を⽣み出すものに対しては決然と⽴ち向かう勇気を持ちたいと、あらためて思うのである。
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