リサーチ TODAY 2016 年 2 月 18 日 昨年まで有効なマイナス金利が現在なぜ危険なものとなったか? 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 1月29日、日銀は付利を▲0.10%に引き下げた。みずほ総合研究所は、日銀のマイナス金利政策の評 価に関する緊急リポートを発表している1。日銀がマイナス金利導入を発表した当初、日本の株価は大幅に 上昇し、為替も大幅に円安に振れた。しかし、3週間近くが経過すると一転して大幅な株安、円高に振れ、 アベノミクスへの不安、さらにはマイナス金利政策そのものへの是非の議論が生じている。こうした事態の 最大の要因は、米国経済への見通しの大きな転換である。現在のように世界のけん引役が不在の環境に おけるマイナス金利政策は、通貨戦争のスパイラル化、投資先の不在、信用活動の断絶不安を生じさせる 危険性をもつ。昨年までは相応に効果のあったマイナス金利政策が、現在なぜ危険を帯びているのか。 下記の図表は、おなじみの「世界の金利の『水没』マップ」で、国別・年限別の国債利回り、イールドカー ブの状況を示す。筆者は昨年来、同図表を用いながら、マイナス金利(水没)のなかで資産運用を行うには、 「LED戦略」とする「①長く(Long)、②海外に(External)、③多様(Diversify)なリスク」という3つの視点から 運用先を選択するしかないとしてきた。同時に、今日の金融機関の戦略もこのLED戦略に集約されるとした。 ただし、こうした運用戦略の暗黙裡の前提は、運用難民を受け入れる確固たる基盤、つまり米国の存在だ った。米国経済への信認から米国は水没せず、「浮き輪」の存在で、世界の運用者が「運用難民」として 「浮き輪」に向かい米ドルの上昇圧力が高まった。しかし、本年初来、米国の減速不安から「浮き輪」が沈み 始め、世界に「浮き輪」が不在となる「世界水没」への不安が世界の市場を揺るがした。LED戦略が効かな い信用破壊のクライシスだ。 ■図表:世界の金利の「水没」マップ(2016年2月16日) スイス 日本 ドイツ オランダ オーストリア フィンランド フランス スウェーデン デンマーク アイルランド イタリア スペイン カナダ ノルウェー 英国 米国 ポルトガル 中国 インド 1年 -0.82 -0.17 -0.50 -0.45 -0.40 -0.46 -0.41 -0.50 -0.26 -0.18 0.00 -0.01 0.44 0.55 0.38 0.49 0.06 2.44 7.31 2年 -0.97 -0.16 -0.52 -0.48 -0.44 -0.47 -0.41 -0.61 -0.25 -0.24 0.06 0.05 0.46 0.61 0.36 0.72 1.20 2.49 7.25 3年 -0.96 -0.16 -0.46 -0.43 -0.40 -0.40 -0.32 -0.52 -0.15 -0.09 0.16 0.17 0.47 0.62 0.46 0.90 1.72 2.60 7.40 4年 -0.85 -0.17 -0.40 -0.36 -0.29 -0.31 -0.24 -0.43 -0.05 0.02 0.38 0.39 0.51 0.62 0.55 1.06 2.26 2.75 7.54 5年 -0.77 -0.15 -0.30 -0.28 -0.23 -0.17 -0.12 -0.12 0.05 0.10 0.58 0.66 0.63 0.76 0.79 1.22 2.48 2.87 7.71 6年 -0.65 -0.15 -0.24 -0.15 -0.09 -0.10 -0.01 0.01 0.31 0.29 0.86 0.98 0.65 0.90 0.89 1.37 1.69 2.87 7.81 7年 -0.60 -0.14 -0.13 -0.04 0.11 0.08 0.14 0.15 0.29 0.48 1.05 1.23 0.81 1.03 1.07 1.52 2.54 2.87 7.89 8年 -0.43 -0.11 -0.02 0.12 0.26 0.20 0.26 0.33 0.27 0.72 1.20 1.39 0.95 1.16 1.22 1.60 3.39 2.88 7.91 0%未満 0%以上0.5%未満 0.5%以上1.0%未満 1.0%超 (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 1 9年 10年 11年 12年 13年 14年 15年 20年 30年 40年 -0.34 -0.28 -0.24 -0.21 -0.15 -0.09 -0.03 0.09 0.26 0.29 -0.03 0.03 0.09 0.15 0.21 0.27 0.34 0.75 1.05 1.21 0.14 0.27 0.30 0.34 0.38 0.42 0.46 0.72 0.98 0.25 0.42 0.45 0.49 0.52 0.56 0.60 0.97 1.13 0.43 0.60 0.63 0.66 0.68 0.71 0.74 0.96 1.40 0.36 0.60 0.69 0.79 0.89 0.98 1.08 1.13 1.23 0.47 0.65 0.76 0.87 0.98 1.09 1.20 1.35 1.66 0.44 0.55 0.63 0.70 0.78 0.86 0.94 1.32 0.43 0.60 0.63 0.65 0.68 0.70 0.73 0.85 1.10 0.91 1.03 1.10 1.18 1.25 1.32 1.40 1.58 1.95 1.50 1.62 1.71 1.79 1.88 1.96 2.05 2.36 2.76 1.64 1.75 1.85 1.96 2.06 2.16 2.26 2.49 2.93 1.05 1.16 1.24 1.32 1.39 1.47 1.55 1.94 1.96 1.25 1.36 1.35 1.44 1.52 1.60 1.67 1.75 1.83 2.07 2.31 2.16 1.69 1.77 1.82 1.86 1.90 1.95 1.99 2.21 2.64 3.41 3.54 3.61 3.69 3.76 3.83 3.91 4.13 4.29 2.88 2.88 2.93 2.98 3.04 3.09 3.14 7.85 7.78 8.08 8.09 8.10 8.13 8.15 8.28 8.31 リサーチTODAY 2016 年 2 月 18 日 昨年来の日欧の金利水没は、自国通貨安を狙う事実上の通貨戦争であった。そして、日欧は運用難民と して米国を中心に資金をシフトさせたので、世界的レベルでの信用拡張がLED戦略のなかで続いていた。し かし、本年初からの中国不安で中国も通貨戦争に参戦するのではないかとの不安が高まり、さらに米国への 不安が生じると、運用難民は完全に行き場を失うことになった。それまでの資金の逆流が年初来の円高とい う揺り戻しと、資金を安全資産に戻す動きの結果としての世界的な株安となった。日本も「マイナス金利倶楽 部」に参戦し、世界に「浮き輪」が不在のなかで通貨戦争のスパイラル化不安が生じたのが今日の状況だ。 同じ、水没マップでも1年前と今日では金融活動の健全性で大きな違いがある。昨年までは限られた地域な がらグローバルに信用仲介が生じた状況であったが、「浮き輪」不在の今日では世界が分断され信用収縮の スパイラル化への不安が生じている。LED戦略のなかでL(長期)しか通用しない世界である。 筆者は今から30年以上前に開発経済を学んだ時、まず重視した点は、金融の発展が近代的な銀行制 度の下で蓄えられた預金を元手とする信用拡張により支えられることだ。今日のマイナス金利は、預金受け 入れを途絶することによる信用活動低下を意味する。既に、短期資金を扱うMMFはマイナス金利によって 商品の基盤を失うことになった。同時に、長い負債を有する保険や年金もその信用活動の範囲が低下する ことになる。下記の図表はドル建て、ユーロ建ての日本国債の利回りを示す。依然、米国債等と比べ、日本 国債の利回りが高いので海外投資家はマイナス金利でも日本国債を買い続けることになる。ただし、LED 戦略のL(長期)による長期金利低下は、金融機関収益を蝕み、信用収縮を一層進めてしまう。 ■図表:ドル建て及びユーロ建て日本国債利回り 3.0 (%) (10億円) ドル建て日本国債 2.5 4,000 3,500 2.0 3,000 1.5 2,500 ユーロ建て日本国債 1.0 0.5 2,000 1,500 円建て日本国債 0.0 1,000 -0.5 500 -1.0 0 海外投資家の中長期債投資(右目盛) -1.5 14/1 14/3 14/5 14/7 14/9 14/11 15/1 15/3 15/5 15/7 15/9 15/11 16/1 -500 (年/月) (注)残存 5 年の日本国債(円・ドル・ユーロベース)。海外投資家の中長期債投資(対内証券投資、非居住者による 取得・処分、中長期債、ネット、10 億円)は1ヵ月移動平均。 (資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成 今後、通貨戦争のスパイラル化は止められるのか。まずは、今日の不安の震源地である米国が再び「浮 き輪」となるべく、米国は一旦利上げを止めて景気回復を志向すること。同時に、既に水没している日欧は、 金融の次元のみではなく、財政も含めた政府と一体の成長戦略で経済を底上げし、自力で内需を拡大し、 運用対象を作り上げていくしかない。日銀は次の追加緩和でマイナス幅を拡大することには、慎重な姿勢 であるべきだろう。 1 「日銀マイナス金利政策の評価」 (みずほ総合研究所 『緊急リポート』 2016 年 2 月 10 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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