産シンポⅢ-2 養豚獣医療の現状と課題

産シンポⅢ-2
養豚獣医療の現状と課題
○伊藤 貢
有限会社あかばね動物クリニック
【はじめに】
養豚獣医師は、1980 年頃に生まれた。馬、牛、犬猫に
比べ専門知識を持つ獣医療が産声を上げたのは後からに
なる。オーエスキー病が日本に侵入し、全国に拡がりを
きている。また、飼料の殆どを海外に委ねている現状で
は伝染病の危険率は高まる。水際防疫は最も重要である
が、同時に、侵入した時の対応についても重要視しなけ
ればならない。我が国は、2010 年の宮崎の口蹄疫で、発
見せていた頃になる。疾病対策、ワクチネーション、指
示書処方箋の発行などが中心であった。その後大規模化
農場や多頭化に流れ、疾病をコントロールすることに重
見の遅れと初動対応のまずさが、30 万頭もの尊い命と莫
大な経済的な損失を被ったことを経験している。農場で
の異常の発見と報告については重要視しなければいけな
点が置かれるように成る。仕事の内容も飼養環境、飼育
管理などの指導、講習会や従業員研修の業務が増えて来
た。ポジティブリストの実施、度重なる食疑惑が社会的
い。
このことについては飼養衛生管理基準の 2013 年の改
訂から大規模飼養者についての報告義務が加わったこと
と管理獣医師の設けることになった。しかし、飼養頭数
に問題になった頃から、消費者が食の安全安心を求め、
生産者も安心に重点を置くように成る、農場 HACCP、ISO
などのシステム認証の業務も加わってきた。時代の変遷
の少ない農場は、8 割以上であり、報告の義務はない。
この様な状況では、
侵入した時の初期対応に不安は残る。
豚は、牛に比べて一カ所での飼養頭数が多く、病気にな
とともに仕事の内容も多義にわたる。
大規模農場が増え、一戸当たりの飼養頭数が増加する
りやすく、伝染病を拡げやすい環境である。農場の定期
訪問の重要性は高いといえる。
とともに、病気も複雑化し、高いレベルの技術が要求さ
れてきている。欧米の養豚先進国では、養豚専門獣医師
が国を越えて活動しており、知識技術を輸入して、生産
性を上げる努力をしている大規模農場が出てきた。
常に、
生産者は高いレベルの技術を要求していることが窺える。
○中国冷凍餃子問題、雪印乳業、ミートホープなど過
去には食を脅かす問題が繰り返えされてきた。
その度に、
国民の食に対する不安は高まり、食の安全への取り組み
が注目されるように成ってきている。2009 年から農場
HACCP が始まり、認証のための取り組みがなされている。
日本の養豚に関わる獣医師の数は、正式な統計が無い
ため不明であるが、養豚場で抗菌製剤を使用する場合、
獣医師が診断して指示書又は処方箋の発行が義務づけら
生産者に於いては認知度が低いが、認証制度が普及して
いくことが安全な生産物に繋がり、信頼の高い国産品に
育っていく。その積み重ねが生産者の経営に繋がる。そ
れている。5,000 戸の養豚場に何らかの形で関わる獣医
が存在することになる。
の為にも養豚獣医師の農場 HACCP の取り組みの意義は大
きい。
この場合、養豚専門の獣医師で無くとも問題は無いた
め、
医薬品ディーラー、
専門外の獣医師が関与している。
養豚専門獣医師は 50 人位であると推測する。
養豚獣医療の内容は、① 診療とワクチネーション、②
コンサルテーション、③ 医薬品流通に携わる業務、④農
場 HACCP の認証に携わる業務、
⑤ 講演執筆並びに従業員
【養豚獣医療の課題】
○養豚獣医師が少ない。この要因として考えられるの
は、① 大学で養豚獣医療に触れる機会が少ない、②経済
的に安定していない、
③ 生産者が養豚獣医療に価値を見
いだせず、要望が少ない、④ 生産者からの高い技量の要
研修、⑥ 医薬品の試験、⑦ 地域の衛生指導などが主な
仕事になる。
求などが上げられる。
○養豚獣医師の力量の差が大きい。
○技術に対してのリターンが小さい場合が多い。
これらが課題として上げられる。
【養豚獣医療の役割】
○生産物である牛肉、豚肉、鶏肉、牛乳は、日本国民
の重要な蛋白源であり、安全な蛋白源を供給する事は最
も重要な役割である。その為、海外から悪性伝染病を国
内に侵入蔓延をさせてはならない。
今は海外にいつでも、
【今後の展望】
養豚獣医療が今後も発展する要因として、二つの大き
な課題を解決しなければいけない。一つは、情報知識技
何処でも簡単に行ける時代である。また、家族が海外に
住むことも珍しくなく、日常品を送ることも国内と同じ
感覚で送ることが出来る様になった。
この様な状況では、
術をどの様に習得するか。もう一つは、それを元に経済
的な安定を得ることである。それには以下に挙げた事が
二つの課題解決に繋がると考える。
海外からの伝染病を水際で阻止することが難しくなって
○若手獣医師の育成
入ってきやすい環境づくりが、若手獣医師の育成の第
る。なぜ事故に繋がるかについては、明確になってきて
一歩と考える。それには、① 仲間づくりと情報共有であ
る。既に、JASV の若手には、ベンチマーキング事業を(独)
いるため、抗菌製剤の使用は、これらの項目をどこまで
実行に移すかが鍵になる。これらを生産者と一緒に解決
動物衛生研究所の山根先生と共同研究を行っている。若
していくことが養豚獣医師の責任になる。
手獣医師に任せ、いろいろな角度から分析をして、日本
の養豚の現状と改善点を見いだす活動を行っている。ま
た、PRRS 撲滅に向けた取り組みを若手獣医師に託してい
る。この活動は米国でも既に行われており、地域ぐるみ
の陰性化に成功した事例があり、日本でも陰性化に向け
病気のお巡りさんとして、地域の疾病状況を把握し、
行政との情報を共有するシステム作りの構築は必要であ
る。隣国で口蹄疫、豚コレラが発生しており、いつ侵入
してもおかしくない状況の中、農場と行政を繋げる養豚
獣医師の役割は大きい。
て取り組んでいる。この様な活動を介し、相互の繋がり
が強まり、情報も共有化されていく。
【おわりに】
② 技量向上に向けた取り組み。
農場でどの病気が問題
になっているか?原因は何であるか?経験が多ければ選
択肢はあるが、浅いとその選択肢も少ない。判断の間違
いがクライアントとの信頼関係を揺るがす。迅速な診断
2013 年 4 月アイオアで発生した PED は、瞬く間に全米
に拡がった。
ウイルスは中国から侵入したと思われるが、
経路については不明である。
日本は同じ年の 10 月に沖縄
で発生した。米国と近縁の株であることから、侵入元は
が出来るラボの充実は重要で情報のデータベース化によ
米国である。日本も同様に猛烈な勢いで全国に拡がり、4
り、適切な診断が可能になる。また、コンサルタントを
月には北海道で発生した。PED により世界的に豚肉が不
補助するツールの開発も今後進めていくべき内容である。 足し、豚価も高騰した。
○生産者団体と連携を組んだ活動
PED に限らす病気は世界レベルで動いている。また、
技量を持った従業員の確保は生産者には重要な課題で
経済活動も世界レベルで物事を捉えなければいけない。
ある。養豚を教える機関の運営は、生産者団体と養豚獣
医師が一緒になって進める事により、お互いの利益に繋
養豚獣医医療も同様に、
世界が見える人材が必要である。
14 年前からアジア養豚学会を各国が担当して開催して
がる。また、同時に、若手獣医師の育成にも寄与する。
既に始まっている事業であるがこれからも続けてゆき、
教育機関として育てたい。
いる。2009 年にはつくば市で開催し、養豚分野で初めて
の国際学会を開催した。そして 2015 年 6 月には、京都で
世界振興再興豚病学会を開催した。37 ヶ国、1,000 人越
○行政と連携を組んだ活動
える人達が京都に集まった。開催にむけて業界が一丸と
抗菌製剤は、医療現場での耐性菌発生に繋がり、国民
なって取り組んだ。各分野の世界トップレベルの講師を
の健康を脅かす問題であるため、使用にあたっては注意
すべき問題である。特に、養豚場での使用が、動物薬の
招き、聞くことが出来たことは日本の養豚獣医療の大き
な躍進と功績を残した。
6 割(2011 年)に及び、適正な使用がされるよう進める
事が医療並びに獣医療に撮って重要である。また、国産
2015 年 10 月フィリピンのマニラで開催されたアジア
養豚学会では、若い獣医師の発表が目立った。養豚獣医
豚肉の信頼に繋がる。バイオセキュリティー、飼養衛生
管理、ワクチンプログラム、オールインオールアウト、
ピッグフロー・マンフローが農場で生かされていけば、
必然的に病原体の侵入、拡散が抑えられ事故率は低下す
療が若手に繋がっていることを感じた。これからも、若
手獣医師が希望と夢を持ち、それが実現できるような獣
医医療の環境作りを進めていきたいと考える。