第23回 保証(2)[PDF形式]

誌上法学講座
【消費生活相談に役立つ民法の基礎知識】
村 千鶴子
第
23 回
Mura Chizuko 東京経済大学現代法学部教授・弁護士 日本消費者法学会理事
専門は契約法、消費者法。国民生活センター消費者判例情報評価委員会、経済産業省消費経済審議会、
東京都消費者被害救済委員会などの委員を務める。著書に『Q&A 消費生活相談の基礎知識−知って
おきたい民事のルール』
(ぎょうせい)、『誌上法学講座−特定商取引法を学ぶ−』
(国民生活センター)
ほか多数。
保証(2)
4
3 根保証とは枠としての保証
1 はじめに
前回は、基本的な単純保証人と日常的によく
分かりやすくいうと、根保証とは、AがBに
利用されている連帯保証人について取り上げま
対して負う一定の範囲の金銭債務について、一
した。今回は、根保証人と身元保証人について
定限度額まで枠として保証をするものです。
「枠
取り上げます。
についての保証」と考えれば、ある程度イメー
ジしやすいでしょうか。
日常的に根保証が利用されるのはビジネス上
2 根保証と普通の保証の違い
の事業資金の借り入れや商品などの仕入れ代金
保証人とは、主たる債務者 A がその債務を弁
などの債務です。例えば、A社がB銀行から事
済期日に弁済しなかった場合に、代わって弁済
業資金について金銭消費貸借契約をする場合に
(主たる債務の性質を特定するための枠の設定
する義務を負う人を意味します。
例えば、A が債権者 B から 300 万円の借金を
に当たります)
、根保証の上限金額
(これを
「極度
したときを例に考えてみましょう。A が弁済期
額」
といい、金額の枠に当たります)
と根保証を
日になったのに 300 万円を弁済しなければ、保
する期間を3年間など
(これが時間的な枠を意
証人 C はこれを弁済しなければなりません。A
味します)
と決め、この枠の範囲内でCに保証人
が、300 万円
(とその利息や遅延損害金の合計
となってもらいます。つまり、Cは、B銀行と
額)を弁済すれば、保証人 C の債務も消滅しま
根保証契約を締結します。
A社はB銀行との間で事業資金の借り入れと
す。この点は、単純保証人も連帯保証人も同じ
弁済とを繰り返します。根保証人Cは、根保証
です。
ところが、根保証人の場合にはこれとは違い
期間の最後に残ったA社のB銀行に対する借金
ます。Aが 300 万円を弁済したとしても、根保
について、極度額まで保証責任を負うことにな
証人Cの債務は消滅しません。このように根保
ります。
保証人Cは、A社の経営には関与していないこ
証は、通常イメージする保証人とはだいぶ違う
とも少なくありません。A社の経営状態は刻々
ものです。
と変化するので、Cが根保証人となったときに
は経営状態がよかったとしても、将来のことは
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予想できません。経営に関与しない立場のCに
4 根保証に関する民法のポイント
とっては、リスクが大きいといえるでしょう。
そもそも保証人制度は、主たる債務者は保証
かつては、銀行は極度額も根保証期間も無制
人の信用力に依存して借金ができるメリットが
限の根保証契約を日常的に行っていました。そ
あり、債権者は債権回収のための担保を得るメ
のため、根保証人は、忘れたころに莫大な保証
リットがありますが、保証人には経済的なメリッ
債務の請求をされるというトラブルが絶えませ
トはありません。根保証は、将来の見込みが分
んでした。そこで、民法では保証人が自然人で
からない事業資金の借り入れなどについても保
ある金銭の貸し渡しや手形割引を含む保証契約
証責任を負うものですから、連帯保証人に比べ
(貸金等根保証契約)
について、極度額を定めな
て責任が重い不利な取引だといえるでしょう。
いものを無効と定めました
(民法* 465 条の2
ばくだい
第2項)
。また、根保証期間については、5年を上
限とし、期間の定めがない場合には3年間とす
典型的なトラブル事例
るものと定めています。5年を超える契約をし
根保証をめぐる典型的なトラブルは、以下
のような事例です。
A社が事業資金 500 万円をB銀行から借り
入れるに当たって、B銀行から根保証人が必
要だと言われ、Cに依頼しました。このよう
な場合には、通常、銀行が求めるのは単純保
証人や連帯保証人ではなく、根保証人である
ことが普通です。そこで、Cは極度額 500 万
円、期間5年間という条件で、B銀行と根保
証契約をしました。
その時、A社はB銀行から事業資金として
金 500 万円を借り入れ、その後Aは 500 万円
を返済し、その旨をCに報告しました。その後
も、Aは繰り返し 500 万円、300 万円、200
万円…と事業資金の借り入れと弁済とを繰り
返していました。事業資金の借り入れでは、
これはごく普通のことです。
Cは、A社から、最初の 500 万円を弁済し
たと報告を受け、自分の保証債務は消滅した
ものと思っていました。
ところが、数年後に、B銀行から、A社が
経営難となり破産したので残債務のうちの極
度額 500 万円の範囲で弁済するようにと請求
されました。
Cは、A社から、自分が保証人となったと
きの借り入れの 500 万円は弁済したとの報告
を受けており、保証債務は消滅しているはず
だと主張しました。しかし、B銀行は、
「Cは
根保証人になっているので、現時点で残って
いるA社の債務のうちの 500 万円を弁済する
義務がある」
と請求してきました。契約書を確
認したところ、
「CはA社がB銀行から借り入
れる事業資金について、限度額 500 万円、根
保証期間5年間について根保証をするもの」
と明示されていました。
た場合には、
この期間の定めは無効となるので、
期間の定めがない場合と同様に期間は3年間と
いうことになります
(465 条の3)
。
根保証契約の内容を明確化することにより、
根保証人の責任の範囲を明確にしたわけです。
また、根保証期間満了の時点だけでなく、主
たる債務者が破産した場合、主たる債務者や根
保証人が死亡した場合にも、保証債務の対象と
なる範囲は確定されることになっています。
(貸金等根保証契約の保証人の責任等)
第 465 条の2 一定の範囲に属する不特定
の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根
保証契約」という。)であってその債務の範囲
に金銭の貸渡し又は手形の割引を受けること
によって負担する債務(以下「貸金等債務」と
いう。)が含まれるもの(保証人が法人である
ものを除く。以下
「貸金等根保証契約」
という。
)
の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務
に関する利息、違約金、損害賠償その他その
債務に従たるすべてのもの及びその保証債務
について約定された違約金又は損害賠償の額
について、その全部に係る極度額を限度とし
て、その履行をする責任を負う。
2 貸金等根保証契約は、前項に規定する
極度額を定めなければ、
その効力を生じない。
3 第 446 条第2項及び第3項の規定は、
貸金等根保証契約における第1項に規定する
極度額の定めについて準用する。
* 以下、断りのない場合は、民法の条文を指します。
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業務で使用していた自動車で交通事故を起こし
(貸金等根保証契約の元本確定期日)
第 465 条の 3 貸金等根保証契約において
主たる債務の元本の確定すべき期日
(以下
「元
本確定期日」という。
)の定めがある場合にお
いて、その元本確定期日がその貸金等根保証
契約の締結の日から5年を経過する日より後
の日と定められているときは、その元本確定
期日の定めは、その効力を生じない。
2 貸金等根保証契約において元本確定期日
の定めがない場合(前項の規定により元本確
定期日の定めがその効力を生じない場合を含
む。
)には、その元本確定期日は、その貸金等
根保証契約の締結の日から3年を経過する日
とする。
3、4 ― 略 ― た場合の被害者への賠償責任などです。横領事
件では、業務の内容によっては金額が巨額に上
る場合があります。業務上の交通事故では被害
者に対して損害賠償責任を負うのは使用者(雇
用主である会社)ですが、会社は、事故を起こ
した従業員の故意過失によって被った損害を賠
償請求できます。身元保証人がある場合には、
身元保証人に対しても請求できるわけです。交
通事故では被害者に第一級の後遺障害が残った
場合には、労働可能年齢までの逸失利益、後遺
(貸金等根保証契約の元本の確定事由)
第 465 条の4 次に掲げる場合には、貸金
等根保証契約における主たる債務の元本は、
確定する。
一 債権者が、主たる債務者又は保証人の財
産について、金銭の支払を目的とする債権に
ついての強制執行又は担保権の実行を申し立
てたとき。ただし、強制執行又は担保権の実
行の手続の開始があったときに限る。
二 主たる債務者又は保証人が破産手続開始
の決定を受けたとき。
三 主たる債務者又は保証人が死亡したとき。
障害慰謝料に加えて、平均余命までの全面介護
に必要な介護費用を賠償する義務を負うことに
なります。つまり、損害賠償金額は億単位とい
う高額になる可能性があります。
このように身元保証人の責任とは、予測がで
きないうえに、極めて高額となる可能性がある
ものです。
身元保証人になる人の中には、単なる人物の
推薦人になった程度の認識の場合があるかもし
れませんが、そういった
「人情」
的なものではな
いので、本人の人柄をよく知っていて信頼でき
5 身元保証人とは
るのでなければ引き受けることはできないもの
保証人とはいってもこれまで説明した保証人
です。また、人間は環境や時間の経過で変化し
とは違う極めて特殊なものに身元保証人があり
ていきます。身元保証人になった時点では人柄
ます。企業に就職するときなどに身元保証人を
もよく分かっていて信頼するに値する人であっ
求められる場合があります。一種の
「人物の保証」
たとしても、時間の経過や仕事の内容、さまざ
程度に考えて、親や親戚の人が身元保証人にな
まな人生経験の中で変化していきます。
そこで、法律では、期間を定めない身元保証
ることが多いようですが、身元保証人とは一体
契約の期間は3年間とし、契約で期間を定める
何でしょうか。
場合にも5年間を上限と定めています
(身元保
身元保証人については、1933(昭和8)
年制定
の
「身元保証ニ関スル法律」
(以下、身元保証法)
が
証法1条)
。5年間を超える契約をした場合には、
あります。この法律では、身元保証契約とは、
「被
5年間に短縮されます
(同法2条)
。
用者ノ行為ニ因リ使用者ノ受ケタル損害ヲ賠償
スルコトヲ約スル」
ものをいうと定めています。
第1条 引受、保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハ
ズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ使用
者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル身
元保証契約ハ其ノ成立ノ日ヨリ3年間其ノ効
力ヲ有ス 但シ商工業見習者ノ身元保証契約
ニ付テハ之ヲ5年トス
つまり、被用者
(会社に雇用された従業員)
が、
業務上会社に損害を与えた場合に、本人に代わっ
てその損害賠償をする者を意味します。典型的
な損害としては、
使い込みなどの業務上の横領、
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第2条 身元保証契約ノ期間ハ5年ヲ超ユル
コトヲ得ズ 若シ之ヨリ長キ期間ヲ定メタル
トキハ其ノ期間ハ之ヲ5年ニ短縮ス
2 身元保証契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得 但シ其ノ期間ハ更新ノ時ヨリ5年ヲ超ユルコ
トヲ得ズ
第3条 使用者ハ左ノ場合ニ於テハ遅滞ナク
身元保証人ニ通知スベシ
一 被用者ニ業務上不適任又ハ不誠実ナル事
跡アリテ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ惹起スル
虞アルコトヲ知リタルトキ
二 被用者ノ任務又ハ任地ヲ変更シ之ガ為身
元保証人ノ責任ヲ加重シ又ハ其ノ監督ヲ困難
ナラシムルトキ
6 使用者の報告義務
第4条 身元保証人前条ノ通知ヲ受ケタルト
キハ将来ニ向テ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得 身
元保証人自ラ前条第1号及第2号ノ事実アリ
タルコトヲ知リタルトキ亦同ジ
このように身元保証人は、大変責任の重いも
のですから、同法では、
「一 被用者ニ業務上不
適任又ハ不誠実ナル事跡アリテ之ガ為身元保証
第5条 裁判所ハ身元保証人ノ損害賠償ノ責
任及其ノ金額ヲ定ムルニ付被用者ノ監督ニ関
スル使用者ノ過失ノ有無、身元保証人ガ身元
保証ヲ為スニ至リタル事由及之ヲ為スニ当リ
用ヰタル注意ノ程度、被用者ノ任務又ハ身上
ノ変化其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌ス
人ノ責任ヲ惹起スル虞アルコトヲ知リタルトキ、
二 被用者ノ任務又ハ任地ヲ変更シ之ガ為身元
保証人ノ責任ヲ加重シ又ハ其ノ監督ヲ困難ナラ
シムルトキ」には遅滞なく、身元保証人に通知
第6条 本法ノ規定ニ反スル特約ニシテ身元
保証人ニ不利益ナルモノハ総テ之ヲ無効トス
すべきことを使用者
(雇用主である会社)
に義務
づけています(同法3条)
。つまり、従業員が使
い込みをしたとか、交通事故を起こしたなどと
いうことが発覚した場合、あるいは職場の配置
7 身元保証人の地位の相続
転換でより責任の重い仕事に就いた場合などに
は、会社は身元保証人に速やかに通知をする義
身元保証人が死亡した場合に、契約に基づく
務があるわけです。
身元保証人としての地位は相続人に相続される
この通知を受けた場合には、身元保証人は、
でしょうか。
その時点で身元保証人をやめることができます
契約に基づく債権債務は、財産権の一種とし
(同法4条)。その時点で事故を起こしていた場
て相続の対象となるのが原則です。例えば、保
合には、既に起こしてしまった損害賠償責任は
証人としての債務は連帯保証人でも根保証人で
負うことになりますが、その時点で身元保証契
も相続の対象となります。ただし、委任の場合
約を解消して将来の責任を免れることができる
には当事者間の信頼関係が基礎にあるものです
ものと定められています。会社から通知が無く
から、委任者の死亡も受任者の死亡も、契約の
ても、身元保証人がそういう事実を知った場合
終了原因となります。
には、同様に契約を解除することができます。
身元保証契約も、被用者を人格的に信頼でき
これらに反して身元保証人に不利な特約はす
ると思うかどうかということがポイントになる
べて無効です(同法6条)
。
大変個人的なものです。そこで、昭和2年7月
また、身元保証人の損害賠償責任は、具体的
4日大審院判決
(今でいえば、最高裁判決です)
事情に応じて裁判所が減額できます。例えば、
では、身元保証人というのは一身専属的なもの
会社の監督や指導が不十分だったなどの事情が
であるので相続の対象とはならないと判断しま
あれば、損害賠償額が減額されることがあり得
した。ただし、既に損害賠償責任が発生して具
るということです。
体的な金銭賠償の義務が生じている場合には、
相続の対象になります。
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