第8回 建物の性能とは(後編)[PDF形式](157KB)

住まい の
基 礎 知 識
第
8
回
―トラブルを未然に防ぐために―
河合 敏男
Kawai Toshio
建物の性能とは
(後編)
弁護士(第二東京弁護士会所属)
河合敏男法律事務所。国民生活センター紛争解決
委員会特別委員、第二東京弁護士会住宅紛争審査
会紛争処理委員、東京地裁調停委員等。
前回、建物の性能とは何かについて ①構造の
室を作ったり、地盤を掘り下げて半地下の建物
安全性 ②耐火性と防火性 ③耐候性能について
を建築しようとする場合、防水や排水に細心の
解説しました*1。今回はその続きです。
注意が必要です。最近、温暖化の影響で集中豪
雨が頻発するようになり、地下室や半地下車庫
衛生についての性能
などに雨水が流入する事故が増えています。ま
た、雨水と生活雑排水が公共下水管に集中して
流入すると、排水処理能力をオーバーして、路
建築基準法 19 条では
「敷地の衛生及び安全」
について規定しています。そこでは①敷地内の
上や住宅敷地に水があふれ出すことがあります。
排水に支障が生じないように、原則として建築
特に最近、都市化が進んで緑地部分が減り、
物の地盤面をこれに接する周囲の土地より高く
大型マンションなどが建築されて排水量が急増
すること ②湿潤な土地、出水のおそれの多い土
し、そこに豪雨が重なると、敷設時には十分と
地またはごみその他これに類する物で埋め立て
考えられた下水管の容量が足りなくなるという
られた土地については、盛土、地盤の改良その
事態が生じています。下水管交換は大事業なの
他衛生上または安全上必要な措置を講じるべき
で、自治体がこれにすぐに対応するというわけ
こと ③建築物の敷地には、雨水および汚水を
にはいかず、浸水被害地域についてハザード
排出し、または処理するための適当な下水管、
マップを作って注意喚起している状況です。住
下水溝またはため枡、その他これらに類する施
宅取得に際しては、地盤からの浸水に備えた安
設をすることが定められています。
全対策にも十分配慮してください。
ます
建築基準法施行令
(以下、施行令)
22 条では、
大雨のときに浸水被害を受ける建物
最下階の居室の床が木造である場合、防湿の観
筆者が相談を受けた事案です。大雨時に1階
点から、原則として床の高さを地面から床上面
床面に達するほどの浸水被害に見舞われてしま
うという建物がありました。そこは、浸水被害
まで 45㎝以上とすることや一定割合以上の床
地域に指定されており、その地域の建物のほと
下換気孔を設けることなどが規定されています。
んどは基礎の立上り*3を高くして、浸水があっ
地盤の中には地下水が常時含まれています。
ても建物に被害が及ばないように造っていまし
地下水位
(常水面*2)
は、地域により異なり、ま
たが、相談のあった建物は設計者がそのような
配慮を欠いたまま低い基礎の建物を設計して建
た季節や気候によって上下しますが、地表面の
物が造られてしまったのです。裁判では基礎高
かなり近いところまで常水面が上がる地域は結
を上げる工事費用の一部を設計者に負担させる
構多くあります。そのような地域では特に地下
内容で和解しました。基礎を上げる工事は、工
事費用が高く、基礎の設計ミスの代償は大きい
*1 ウェブ版
「国民生活」2014 年 12 月号第7回「住まいの基礎知識」
参照
http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201412_10.pdf
ものになります。
*2 地盤中、常時に地下水が存在する上面。
*3 水平面から垂直方向に立ち上がった部材のこと。
2015.1
国民生活
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住まい の 基 礎 知
識
−トラブルを未然に防ぐために−
とによって、中性化が鉄筋に達する時間を稼い
使用上の安全性
でいるのです。例えば基礎の立上り部分は4㎝
以上、それ以外
(底盤部分など)
は6㎝以上と規
日常生活の中で、転んだり頭をぶつけたりな
定しています。基礎のコンクリートのかぶり厚
どの事故が起きないよう、使用上の安全配慮は
さ不足はよくみられる欠陥なので、しっかり監
大切な住宅性能の1つです。建築基準法では例
理して建築してください。
ふみづら
け あ
えば階段の踏面、蹴上げ寸法、転落防止用手すり
快適性
の高さなどの最低基準を定めています。給気・排
気ができていることやシックハウス問題も使用
上の安全性の問題といえるでしょう。これらも
冬は暖かく夏は涼しい
(断熱性能)
、風通しが
同様に、建築基準法で基準が定められています。
よい、遮音性に優れている、動線がよく使いや
すいなどは、快適性にかかわる性能といえます。
耐久性
もっぱら設計にかかわることなので、設計段階
で設計者とよく協議しておくことが重要です。
建物の経年劣化は避けられません。しかし、
意匠性
空調設備が 10 年で壊れたとしても取り替えれ
ばすみますが、構造体や耐火、防火などの基本
構造部分は簡単に取り替えるというわけにいか
色や形など、見た目のよさです。注文建築で
ず、10 年程度で使えなくなるのでは困ります。
は、外壁や内装壁紙の色などは、建築主が自分
建築基準法は、重要な構造部分では耐久性に
で選ぶことが多いようです。日本は意匠につい
関係する規定を置いています。例えば、施行令
て比較的自由度がありますが、外国では、町並
49 条2項は、
「構造耐力上主要な部分である柱、
みや景観を優先させて、意匠に大きな制約を受
筋かい及び土台のうち、地面から1メートル以
ける場合も少なくありません。
内の部分には、有効な防腐措置を講ずるととも
建物を購入するときの
大切な視点
に、必要に応じて、しろありその他の虫による害
を防ぐための措置を講じなければならない」と
定めています。屋外階段は防腐措置を講じてい
建物を建築したり購入するとき、意匠を優先
ない木造を禁止しています
(施行令121条の2)
。
させて安全性、機能性、耐久性などを低下させ
建物を支える基礎は鉄筋コンクリートで作ら
るのは疑問であることは、前にも述べたとおり
れますが、コンクリートは当初はアルカリ性で、
です。また、予算の都合で、どこかの性能を落
その後経年によって表面から徐々に中性化して
とす必要が生じたときは、高価な照明器具、シ
いく性質があります。コンクリートの中性化が
ステムキッチン、空調設備、衛生機器、家具な
内部の鉄筋にまで達すると鉄筋の発 錆 が始ま
どのグレードを下げるべきでしょう。
これらは、
り、発錆すると膨張
(錆膨張)
するため、コンク
後でいくらでも交換可能ですが、建物の構造体
リートを砕いてしまいます。これを爆裂といい
は後で交換することが困難だからです。建物は
ます。そのため、施行令 79 条は、鉄筋に対す
基本的性能を備え、丈夫で長持ちであることが
る最低のコンクリートのかぶり厚さを定めてい
最優先です。
はっ せい
ます。これは、一定のかぶり厚さを確保するこ
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