SURE: Shizuoka University REpository

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IB 生物学的な限界環境下における人間生活の危機とその
克服方法の学際的比較研究 : 砂漠化と都市生活が生み出
す限界環境を中心に (『人間と地球環境』プロジェクト
メンバー研究中間報告 : 環境変動と生態系・人間(生活)へ
の影響)
嶋田, 義仁
静岡大学学内特別研究報告. 1, p. 24-25
1999-06
http://doi.org/10.14945/00008220
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IB.
生 物 学 的 な 限 界 環 境 下 にお け る 人 間 生 活 の 危 機 と
そ の克 服 方 法 の 学 際 的 比 較 研 究
一砂漠化 と都市生活が生み出す限界環境 を中心 に 一
嶋 田義 仁
人文学 部
IBチ ー ム の研 究 の分担
農学・ 教 授
乾燥地 農 学
横 田博実
の
におけ
る農業と緑化 研究
乾燥地
河合 香吏
人文・ 助 教授
生態人 類 学
・
の
の
牧畜民 民族 医学 生態 研究
ア・ 西域 の乾燥地を経て中国、日本へ と将来 さ
れたものであることを忘れてはならな い。
他方熱帯雨林 の生 い茂 る湿潤地帯は、人類文
明史 の観点か らみるな らばむ しろ後進未開の地
であった。近代世界文明 の 中心 になってきたヨ
ーロッパや 日本も実はこの湿潤地帯にふ くまれ
るが、それは、 日本、 ヨー ロッパ ともによ り乾
燥地 に位置する古代・ 古典文明の辺境地帯 とし
て出発 した という事実 に即 して整合的である。
生命体 の存続 にとってはむ しろ危機的な乾燥
地がな にゆえ に人類文明 の生誕の地 とな りえた
のか、 この問題は考える ことは人間と環境 の複
雑な関係をあきらかにす る一助 になるにちがい
ない、また現在 の環境問題解決 にもなん らかの
示唆を与え得 るのではな いか という想定のもと
に本研究 はおこなわれて い る。
3)都 市的限界環境 にお ける人間生活 の研 究班
2
嶋田義仁
人文・ 教授
社会 人類 学
総括・ 砂漠化 へ の社会的宗教的対応 の研究
1)生 物学的限界環境 の研究班
増沢 武弘
植 物生 態 学
農学 ・ 教 授
生物学的限界環境 の研究
岩崎 一孝
情報 ・ 助 教授
自然地 理 学
の
ニ
気候変動 メカ ズム と乾燥地地理の研 究
2)自 然的限界環境 にお ける人間生活 の研究班
人文 ・ 教 授
諸井克英
社会心理 学
の
の
人
孤独感 心理的研究
都市社会
人文 ・ 助 教授
野沢 慎司
都 市社 会 学
の
の
都市生活 社会学的危機 研究
1
乾 燥 地 文 明 のパ ラ ドッ クス
「砂漠化」 は地 球環境 問題 の重要課題 の ひ と
つで あるが、 「砂漠化」問題 が掻き立てて きた
乾燥地 にお ける人間生活 のイメー ジと、人 類学
や歴史学・ 考古学 さらには政治 学な どの 人文社
会科学が認識 してきた乾燥地 にお ける人間生活
のイメー ジとの間 には大 きな落 差 がある。 「砂
漠化」問題が掻 き立てる乾燥地 のイ メー ジは人
間 にとって 「不 毛 Jの 地であるが、歴史的 に見
た乾燥地 はかな らず しも 「不毛Jの 地ではな く
む しろ、かず かず の大文明が形成 された地 で あ
る。エ ジプ ト、 メソポタミア、イ ンダス、 黄河
の古典 4大 文 明 も、キ リス ト教やイス ラム 教な
どの世界宗教 も乾燥地文化 のなかで生 まれ発展
した。われわれ に近 しい仏教 も、現在ではパ キ
スタン、ア フガ ニ スタンにあた る乾燥地 を支配
した マ ウ リア 王 朝 の時 代 に 発展 し、 中央 ア ジ
-24-
人 工 環境 の上に 成 立 した文明
乾燥地が人類文明形成 のむ しろ中心地帯であ
ったということは、文明 の本質 に即 して矛盾で
はない。なぜな ら、われわれは、人間生活 の基
礎 をたんなる自然の恵み によって生きるのでは
なく道具をつくり、家 を造 り、衣服を着て、さ
らには都市を形成 して というふうにして、人工
的環境をつ くりあげる ことによってその進歩 を
遂げてきた。 「文化」 とはまさに こうして人間
が後天的 に作 り上げた物 質的社会的精神的な構
築物 の総体である。そ して文明とはその語源が
国家・ 都市でわかるように、その複雑 さや量が
ある一定段階にたっ したような文化 を指 してて
呼ぶ.
こうした観点か らみると乾燥地での人間生活
は文化的で文明的であ らぎるをえなかった。な
ぜな ら生物学的限界環境下 にある乾燥地にお い
ては、人間はまさに人工 的 な装置・ 環境 をつ く
りあげそのなかで生きぎるをえないか らである。
砂漠 のなか のパ ラダイス の ようなオアシスに至
っては、完全な人工環境下 にある。オアシスに
必要な水は複雑精妙な灌漑設備 とこれを管理す
る人的組織 の存在をまっては じめて持続的に獲
得 され得 るものだか らである。オアシス の畑 は
一 区画が畳 一畳分 ギ らいしか な い。そ こでの農
業 はヴェランダの菜 園 の ごときもので ある。
3
乾 燥地文 明 の知 恵
乾燥地 における生 産 力は湿潤地帯 における生
産 力 に比 しはるか に低 く人口扶養力 もす くない。
しか しだか らとい って、乾燥地 を未開 とみ る こ
とは間違 っている。無尽蔵 の資源 があってその
多 くが 開発 されず に眠 っているよ うな社会 を未
開 と呼 ぶな らば、乾燥地はむ しろ開発 し尽 くさ
れた先進文明地域 であ る。乾燥地 ではむ しろそ
の 生物学的可能性以 上の開発 をし尽 くして人 々
は生きている。
それが どうして可 能 となるのか。われわれの
リティ、喜捨、定着 よ りも移動 を好む精神、所
有 へ の執着心 の薄 さな どもふ くまれ る。 これは
経済学的 に言 えば、ス トックよ りもフ ロー を重
視す る経済 思想で もある。
乾燥 地 の植物 はむ
ただ し増 沢 の研究 によると、
しろ水な どのス トック機能を発達 させて い る。
フロー というのはきわめて人間 的な対応 である
ことが これか ら示唆され る。
4
現 代 都 市 環 境 に 不足 して い る もの
さて こうした砂漠生活 の知恵か らみて、砂漠
の文明 とおな じよ うに著 しい人工 的環境 の 中で
営 まれる現代都市 生活 に不足 して いるものは何
で あるか。それはまさに今指摘 したよ うな砂漠
生活 の知恵である。
研究成果 から 3つ の理 由をあげる ことができる。
① まず現代都市 生活にはヴ ァー チャル・ リア
リテ ィが語 られ、オカル ト的宗教 の流行が問題
① 自然 に対す る現実主義的観察。 これは河
の
にかん
となることか
ら示唆されるいお うに、即物的な
ら導き
合が牧畜民 身体 認識
する研究か
だ している結論であるが、病気などに関 して、
冷めた現実主義が弱体化 している。その背後 に
は冷 めた現実主義 を許 さないよ うな社会の複雑
にお
は
におちいる
乾燥地
ける牧畜民 呪術的思考
ことな く、即物的 とも言える現実主義的態度で
化 がある。
い
これは、
るという。
過酷な
対処す
情け容赦な
② しかし何よ りも不足 しているのは、現代都
市生活 の社会学的研究 を担当 した野沢や現代都
自然 と向き合わなければな らない乾燥地の人 々
にかな り共通する心性 のように思える。その結
市生活の心理的研究を担当した諸井 の研究 があ
きらかにしているよ うに、練 り込 まれた社会的
果乾燥地 の 自然はかな り知 り尽 くされ、また利
しつ
くされてているという
がある。乾燥地
人間関係であり対人関係構築能
力であろう。あ
用
面
るいはこれを支える社会的な倫理・ 宗教 の不足
には しばしば発達 した香 辛料文化や民族薬学が
である。
見 られるのはそ の例 であろう。
③ そ して これは不足 というよ り不安であるが、
② もうひとつは、横田がUAEの 砂漠緑化
都市生活 の基盤 となるエネルギーや物質、資金
事業 の反省か ら導 きだ していることで あるが、
は外部か ら調達されなければな らな いのである
よそか らの多量の資本 の投下である。 UAEの
が、そうしたフ ローが常 にあるという保証はな
場合そ の莫大な石油収入 に支 え られて砂漠緑化
い。そして このフロー を保証す るのは外交 もふ
事業をお こなって いるわ けであるが、古代文明
くめた人間 の社会的政治的能力であるが、そ の
時代 にお けるチグリス・ユー フラテスの灌漑利
欠如が現在では不安 の種であろう。
水 のための大土木 工事 にみ られるように、乾燥
地帯ではしばしば巨額 の投資事業がお こなわれ
これ らのことか ら導き出され る結論は、都市
てきた。
を生きる現代 人にとって最大 の問題は、人工的
③ そ して私が とくに指摘 したいのは、乾燥
地では自然から得 られ る生産力の不足 を、おそ
環境 を生きるにむ しろ必要な人間関係を作 り上
るべ き広範囲にわたる精妙な人間関係 の構築 に
げ維持 してゆ く様 々な社会的能力 の衰弱である。
それが単に人工的環境 に安心 しすぎたために生
よつて補 つてきたということである。その代表
じたのな ら修復可能 であるが、現代都市環境 の
例 はシルク・ ロー ドやサハラ横断の長距離交易
の
などに象徴される長距離商交易 発達である。
中で避け得 られないものであるな らば重大 であ
る。社会 。人文 系 の学問はこの問題 に総力をあ
しか しこうした実利 にもとづ く人間関係 を精神
げて取 り組まなければな らない。
的 にサポー トする倫理宗教体系の発達 もみ られ
る。 これには、遠来 の人々をもてなすホスピタ
-25-