テクノえっせい 342 新しいニーズに挑む野菜 広島工業大学名誉教授 中山勝矢 半世紀前カナダの首都オタワに住んだとき、初めてスー パーマーケットを知りました。売り場の広さと多彩な品の豊富 さとに圧倒され、辞書を手に歩き回ったものです。 英語でもトマトはトマトですが、ナスがエッグプラントとある のには戸惑いました。当時冬には、ナスはパラフィンでコート して遠路フロリダから運ばれてきていました。 最近もスーパーにはよく行き、そのうえ梯子をします。そこ で見たことのない魚や野菜に出会うと興味津々。英語では 何と呼ぶのかなどと、つい考えてしまいます。 (写真1)スーパーの店頭に並んだトマト (傷がつかないようパック詰めにされ、外に は産地の分かるキャラが貼られて、顧客 に生産地をアピールしていることが分か る) ●品種改良は先人の贈りもの 帰って調べる楽しみは格別です。キャベツとカリフラワー、 ブロッコリーは同類で、野生種のカラシナからケールを経て 作られたなどとあると、目の前の野菜に愛着を感じます。 野生種から出発して葉を大きくし、丸まるように改良したの は古代ギリシャ時代で何と2世紀の頃。つぼみを食べるブ ロッコリーやカリフラワーの誕生は15~16世紀だとあります。 店頭の野菜の人気番付を作ったら、トップはトマトで横綱だ といわれています。適度にジューシーで甘みと酸味があり、 姿がよくて色鮮やかですから、うなずけます。(写真1) 見るからに美味しそうな大形のものから、小粒で可愛いら しいもの、黄色や薄紫のトマトまであります。袋には大きく産 地が記され、お互いに競っているのが分かります。(写真2) (写真2)赤いトマトの間に置かれた黄色のミニトマト (「イエローミニトマト」と呼び名まで設けて産地を記 し、アピールに努めている) トマトはナス科の植物で、メキシコから南米のアンデス山地、 さらにガラパゴス諸島で見られるそうですが、野性のものは 実が固く、直径はたかだか数㎝に過ぎません。 原種も加え、世界にあるトマトは8000種を越すとあります。 古くから人は、それらを掛け合わせては選び、その時代々々 に好まれる品種を作り出してきました。 わが国には江戸時代に長崎に持ち込まれたようですが、 当時は、独特なトマト臭や強い酸味、それにあの赤い色が嫌 われ、人々に受け入れられなかったといいます。 旬レポ中国地域 2015年4月号 1 大正時代初期に桃色で酸味の少ない大玉の「ポンテロー ザ」が導入されました。日本人向きの品種を求めて改良が重 ねられ、やっと一般の人が馴染めるトマトが生まれたのです。 一部の人が好むだけでは大きな商品になりません。品種改 良の際には、甘さに加えて病虫害に強く、流通段階で果実の 割れ、いたみや腐りが出ないことも重視されます。 ついに1985年になって、「桃太郎」トマトが京都のタキイ種苗 ㈱で誕生しました。甘いうえに、うまみが強くてブームを呼び、 現在では海外に輸出されるほど人気があります。 専門家によれば、8000種あろうとトマトは親戚どうしで、掛け 合わせが可能です。時代の好みや求めに応じ、研究熱心な 農業関係者の長い年月をかけた改良で今日があります。 ●これからのビジネス 日常食べている青果物はどれも、需要を考えながら、関係 者が知恵と努力を重ねてきた優れものです。植物ですから、 一朝一夕に成果が出るものではありません。 一方で近頃は、機能性を高めた野菜が注目されています。 例えばカリウムの摂取を制限されている透析患者や腎臓病患 者向けにカリウム含有量1/9のレタスを作ることです。 カリウムは植物の成長に必要不可欠の栄養素で、カリウム なしでは育ちません。この栽培実験は、昔の半導体製造工場 を利用した水耕栽培の植物工場で行われました。(写真3) (写真3)葉野菜の栽培をしている大規模な植物 工場の例 (本文の低カリウムレタスの話と直接関係はあり ません) 初めは水耕液に硝酸カリウムを加えて育て、成長するにつ れて少しずつ硝酸カリウムを硝酸ナトリウムで置き換えていき、 低カリウム含有量のレタスの収穫に成功したのです。 実は低カリウムメロンにも成功し、今は低カリウムトマトの栽 培に挑戦中だといいます。世界的に透析患者は増えていて、 わが国にも30万人を超える患者がいるのです。 赤色LEDは光合成を促し、青色LEDは二次代謝を促進する ことが分ってきました。赤色光で生育を早め、甘味を増加させ た後、青色光で香りや風味をつける手法も試みられています。 長い年月が必要だった品種改良も、最新の科学と技術を 使って機能野菜を効率よく収穫できる時代が来ています。ぜ ひとも新しいビジネスに挑んで行きたいものであります。 (参考資料) 日本化学会の機関誌「化学と工業」68巻2号2015年2月号 「消費者のニーズに応えた野菜や果物づくり」(執筆者:サイ テック・コミュニケーションズ佐藤茂美) 経済産業省 中国経済産業局 広報誌 旬レポ中国地域 2015年4月号 Copyright 2015 Chugoku Bureau of Economy , Trade and Industry. 2
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