前号作品短評A〈小野澤〉

前号作品短評A〈小野澤〉
池
田桂一
●雨ごとに秋は急ぎ足――壁や窓に呟きながら音たてながら 結城 文
雨(足)が壁や窓に触れて、それらは音でもあるが、
呟きでもあるようだ。秋は急ぎ足。ダッシュ
は、雨足の跡のように、ながれて、壁内の、窓際の作者の想念に着地する。一つ前の歌もそうだが、
詩に ( そ の 一 部 に ) 近 づ い た 短 歌 。
わが肩に赤き一葉のきてとまるやさしき季節よ今すこしここに
より散文的な生活感に近いところでは、こんな歌、
ホチキスで綴ぢゆくやうにはゆかぬなりひとたび壊れし他人との仲
●早く帰ると云った言葉を(詩「帰宅」の一行)
四連、三、四、四、五行で構成される詩。最終の三行を、一文につなぐと次のようだ。
「かすかな街路樹のざわめきは早く帰ると云った言葉を焦点のない夜空の中に揺らしている」
通常の散文にない含み。言葉の内実が宙づりになっていて、ゆすぶられている。フレーズでいう
と、舗道にみる模様を「まだら蛇」と云うところ、夜更けの交叉点を横切っていく酔っぱらい二人
の動きを「ジグザグデモを思わせるリズムで」と云ったところ、になお生気ある、引っ張り込まれ
た過 去 が み え る 。
●台風のおきみやげのごと庭すみに遅れて出でし茗荷が一つ 市川茂子
一つ庭すみに遅れて出てきたもの、茗荷。作者の視線がとらえたものはごく小さなもの。それを
台風のおきみやげのようだ、という。小さな幸福感。一連「吾のモノローグ」には、後半、十首目
に置かれた歌の「終活」のように、何か始末する心持の歌が続いている。
「心の迷い」というコト
バも 歌 に 出 て い る 。
善悪の過去の記録を束ねつつ「終活」という時の流れに
●人をらぬ苔沼の水さかさまの色を映してとりどりの赤 布宮慈子
人の姿は映していない。色は木々の色のみ。その色も、とりどりの赤で、たださかさまなのだ。
言葉に映されることと同様に、世界がそのままに映されることには驚きがある。
「人界」より森へ
あ
こ
げ
ら
行きたり。一つの境界性が、生動感をもたらすようだ。
を置けば小啄木鳥のドラミング林に響く
し ば ら く を 静 物 と し て 吾
冒頭の三首で、あだっちゃん(安達裕之)を呼び出す。この歌で慰めとする。
やはらかきたましひもてるきみなれば大震災のまへにゆきたり
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展景 No. 77
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