対象を見つめる力を培う指導法の工夫 - 千葉市教育センター Cabinet

対象を見つめる力を培う指導法の工夫
-日本の伝統色や伝統文様に親しむ鑑賞活動を通して-
辻
里枝(千葉市立蘇我中学校)
〔研修先
千葉大学教育学部〕
OECD の PISA 調査などから、我が国の生徒について、思考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式問題、知識・
技能を活用する問題に課題が見られることが示された。美術の表現や鑑賞の活動において、生徒自ら考え、思いを表現
することは、思考力や表現力の向上につながると考えられる。本研究では「みる、考える、話す・聴く」という学習過
程を取り入れたヤノウィン(2015)の開発した教育プログラム VTS を踏まえた鑑賞活動を通し、思考力や表現力を高め、
対象を見つめる力を培う指導法の工夫について検証した。検証授業では、身の回りで和風と感じる物を鑑賞の対象とし、
対話型鑑賞での質問内容をワークシートに記すことで生徒がより興味を持ってじっくりと対象を見つめることができる
ように指導法を工夫した。さらに、日本の伝統色や伝統文様について調べ親しむことで、自然や身近な環境の中にある
ものを見つめ、造形的なよさや美しさなどを感じ取り、表現しようとする力が培われたことが明らかになった。
1
問題の所在
の回りの様々なものから選ぶことができると考え
義務教育において美術の授業の削減が進み、限
た。そこで、検証授業では、和風と感じる物を探
られた時数の中で、生徒が美術の重要性や必要性
し、身の回りにあるが意識してみていないことが
を実感できるような授業内容とはどのようなもの
多い日本の伝統色や伝統文様に注目する鑑賞活動
かを考え、授業内容を厳選することが急務である。
を行い、見つめることのきっかけとなることを目
中学校学習指導要領解説美術編第1章総説では、
指した。近江(1996)は「日本の伝統文化は自然環境
OECD(経済協力開発機構)のPISA 調査など各
の特徴が色濃く反映されている。さらにその背景
種の調査から、我が国の児童生徒については、「思
には人間のものの見方、感じ方、考え方が横たわ
考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式問
っている。」と記している。日本の伝統色は自然に
題、知識・技能を活用する問題に課題」が見られる
関わる色名が多く、伝統文様は動植物、自然現象
ことが記されている。美術の授業における表現や
等からデザインされ、自然のよさが存分に生かさ
鑑賞の活動を通して、対象を見つめ感じ取ること
れている。このようなことから、鑑 賞の対象とし
は思考を深め、表現する意欲につながると考えら
てふさわしい題材であると考え副題とした。生徒が
れる。ニューヨーク近代美術館(MoMA)教育部の
「対象を見つめる力」を培うためには、どのような
部長を務めたヤノウィン(2015)は、教育プログラ
指導法が有効なのか、生徒の現状を踏まえ、日本
ムVTS (Visual Thinking Strategies)の指導者向
の伝統色や伝統文様に親しむ鑑賞活動を通してそ
けトレーニングの開発を20年間続けてきた。VTS
の問いに答えていきたいと思い本为題を設定した。
が学習者に「複合的能力」(観察、解釈、根拠を持
2
った考察、意見の再検討、複数の可能性を追求す
(1)研究の目的
研究の目的と方法
る力など)を身につけさせることができることを
鑑賞活動を通して、自然や身近な環境の中に見
示し、「対象を深く捉えるためには、まずはじっく
られるものの造形的なよさや美しさなどを感じ取
りと観察する必要がある。」と述べている。身近な
り、対象を見つめる力を培うことを目指した指導
生徒の様子からも、何かをゆっくりと見る機会を
法の工夫による効果について明らかにしていく。
設定することの必要性を感じ、生徒がより興味を
(2)研究の方法
持ってじっくりと対象を見つめることができるよ
①研究为題に関する調査
うに指導法を工夫した。VTSでは、鑑賞の対象は
ア
美術作品が多く取り上げられていたが、対象は身
めるべき内容について
辻-1
中学校学習指導要領(2008)に記されている見つ
イ
対象を見つめる鑑賞活動の先行研究について
示しつつ平等に扱い、子どもたちが尊重されてい
ウ
日本の伝統色・伝統文様を題材とした先行研
るという自己肯定感を築くことができるように、
究について
ディスカッションの間はファシリテーター(コミ
②指導法の検討
ュニケーションの交通整理役)に徹することを記
③検証授業の計画・実施
している。さらに、問い続けることを受け入れ、
④検証授業の分析および考察
自分自身で熟考する経験が大切であるとし、「VTS
⑤事前・事後調査の分析および考察
を介して彼らが身につけていく『複合的能力』は、
3
美術に限らず、あらゆる学びの基礎になる力。だ
研究内容
(1)研究主題に関する調査
からこそVTSは教科を横断して子どもたちの学び
①中学校学習指導要領(2008)に記されている見つ
に有効なのです。」と述べている。VTSでは、あら
めるべき内容について
ゆる未知の物事を検証し、論理的思考を構築する
中学校学習指導要領(2008)第6節美術には、
ための初歩的な方法として以下に示す3つの問い
「見つめる」「感じ取る」という言葉が繰り返し記さ
かけを示している。
れている。2内容B鑑賞イでは「美術作品などに取
・「何を意味していますか?」(どんな意見でも言いやすいオ
り入れられている自然のよさや、自然や身近な環
境の中に見られる造形的な美しさなどを感じ取り、
安らぎや自然との共生などの視点から生活を美し
く豊かにする美術の働きについて理解すること」
ウでは「日本の美術や伝統と文化に対する理解と
ープンエンドな質問である。みえたことの描写に留まるのではな
く、それが意味することや考えたことを付け加えることを促して
いる。)
・「どこからそう思いましたか?」(論理的思考を自然に促
す問いかけで、子どもたちは自分の解釈の根拠を対象に基づいて
示すことを求められる。)
・「もっと発見はありますか?」(この質問はこどもたちが
本来持っている力を目覚めさせる。もっとよくみて考えが深まり
多種多様な思考を喚起する。)
愛情を深める」と記されているように、
自然のよさ
ヤノウィン(2015)は、「他の探求型の学習と異な
や自国の美術や伝統と文化を意識した題材の工夫
るVTSの重要な点は『あらかじめ決まった正解』
が求められている。デザインの要素には色・形・
を用意しないこと。他者と積極的に協働し、共通
材質がある。その中で見つめることを为題とした
の体験から意味を見いだしていく。そして、彼ら
本研究では、色と形に注目し、日本の伝統色や伝
の考えや発言や行動によって探求の方向性が決定
統文様に親しむ鑑賞活動を取り入れた。色名の由
されていく」ということを伝え、「この実践は、
来、文様の成り立ち等を学ぶことでそれらに込め
あらゆる分野における発見の基本的なプロセスが
られた思いを知り、身近な物や自然を日頃から見
内包されていて、それまで気づかずにやりすごし
つめることのきっかけとなり、様々な物からよさ
ていたささいな物事への感度や鑑賞力を発展させ
や美しさを感じ取ることが生活を豊かにすること
る」と述べている。これらの内容を踏まえて検証
につながると気付くような授業の展開を目指す。
授業を行うことは有効であると考えた。
②対象を見つめる鑑賞活動の先行研究について
イ
ア
見 つ め る 活動 を 重 視 した 教 育 プ ログ ラ ム
VTSについて
ヤノウィン(2015)は、鑑賞教育における知識偏
重型の指導に疑問を抱き、VTSという新たな指導
法を開発した。その際、教師は一つの正解を教え
身の回りの物を鑑賞題材とした授業について
・学習指導要領 図画工作編〈試案〉(1947)では、色紙・印刷物
の端・布片などを集める。ポスター・屋外広告・道路標識・看板
などから目立つ彩りのものと、そうでないものとを見分けるとい
う内容が記されていた。
・田丸(2010)は、ペットボトルのパッケージデザインを行う導入
として様々な参考作品を鑑賞し、デザイン上の意図や効果、働き
などを読み取る活動を行った。
るという従来の教師の役割をするのではなく、学
生徒はデザインされた物に囲まれて過ごして
習者から出された各々の意見の共通点や相違点を
いる。これらを題材に活用することが見つめる力
辻-2
を培う指導法の工夫となる。さらに身近な環境の
を広げ、制作につなげる効果などを考えて工夫を
中に見られるものの造形的なよさや美しさなどを
する。
感じ取り、生活の中での美術の働きに気付くこと
②資料(提示物・掲示物)の工夫
につなげることを目指す。鑑賞活動で発想を広げ
ア
表現活動につなげていくことは効果的であり、検
報の整理をし、より詳しく調べたい生徒のために
証授業でも取り組むべき内容であると考えた。
は書籍等を皆で参考にできるように準備し、資料
③日本の伝統色・伝統文様を題材とした先行研究
コーナーを作る。
について
イ
・山田・福田(2005)は、「山口県における中学校美術の実態調
りしたものを伝える。
査」-日本的な表現の学習について-をテ-マとし日本的文様
日本の伝統色を多く示しすぎないように情
情報を精選し、伝統文様はより意味のはっき
や配色に関する内容として、デザインにおける制作の過程や色
ウ
の学習において日本的な色や色名について触れたこと、伝統文
い生徒が自分なりに考えることを促すことを心
様のコースターの制作をしたことが書かれていた。
伝統文様の説明は見つめる活動の最後に行
・佐藤(2013)は、「オリジナルの文様で手ぬぐいをつくろう」を
がける。
テーマとし、願いや思いを込めたオリジナル文様を考え、ゴム
エ
版で模様を彫り手ぬぐいに押すという授業内容を記していた。
これらの先行研究では、教師が伝統色や伝統文
様について説明することで完結するか、伝えた後
にその内容を活用して表現活動を行っているこ
とが分かる。検証授業では日本の伝統色や伝統文
文様を絵画的なものも含めて、何らかの機能を
持った「もの」にほどこされた「装飾」という広い視野
でとらえ皿や着物の文様も掲示した。(文様を[資料
1]のように黒板全面に提示し、授業後は、それら
を美術室内掲示板に移動して掲示する。)
様について伝えることは最後に行い、身の回りで
伝統文様や伝統色が使われていることに気付き、
色の微妙な違いについて、自ら感じ取ることをね
らいとして伝統色や伝統文様に親しみ、鑑賞活動
を通して見つめる力を培う指導法を工夫する。
[資料 1]伝統文様の提示
(2)指導法の検討
本研究の目的は見つめる力を培うことである。
VTS の学習過程「みる、考える、話す・聴く」を
踏まえることで見つめる力が培われると考えた。
③人との関わりの工夫
見つめる力が培われると、様々な事柄を話し、
記すことができるようになる。その成果を発表し
①ワークシート(以後 WS と記す)の工夫
導入時は対話型鑑賞の内容を対人ではなく、
WS で行う。WS の文章や助言をするときには知
識を伝えるのではなく、オープンエンドの質問を
心がけ、生徒が探してきたものや多様な意見を認
め、発想を広げるための質問内容や情報の焦点化
合う場としてピアとの共同作業を取り入れた。ヤ
ノウィン(2015)は「同級生の発する言葉は理解し
やすく、かつ親しみやすい。一方で自分が知らな
い言葉を知っていたり、同じ物でも違う見方をし
ていることがある。こうした存在が、子どもたち
に新 しい 語 彙や 概念 の 獲得 を可 能 にし てく れ
の支援を心がける。
イ
実物を見ることが出来るように漆器・新岩絵
の具・金箔・手ぬぐい等の具体物を提示する。
ア
検証授業で独自に工夫する点を以下に記す。
ア
オ
鑑賞後はイメージを形とするために、文字と
絵で表現できるような WS を作成する。鑑賞会
の時に短時間で視点が定まりやすいように、発想
る。」と述べている。この考えを踏まえて、グル
ープごとに机を付けて4~5人で発表を聴き合
い、じっくりと見る見方を体験し、自分の思いを
はっきりさせる場を設定した。
辻-3
イ
「言語能力」は、周囲の環境からの刺激によっ
の文様は正倉院の宝物にも見ることができるこ
て喚起される。したがって、目や耳から入る刺激
とを第 66 回正倉院展図録を参考資料として示し
は、多ければ多いほどよい。」とヤノウィン(2015)
て紹介した。
は記している。このことから、より多くの WS を
②検証授業
見つめることができるように、最後に各机を元の
ア
対象
位置に戻し、教室全体を使って全員での鑑賞会を
イ
期間
10~11 月
行う。グループで行った発表内容を思い出しつつ、
ウ
題材名
「和風なデザインに注目(鑑賞)
全員の WS を見ていくことに特化する。見ると
〈資料の工夫〉
千葉市立蘇我中学校2学年9クラス
-日本の伝統色や伝統文様に親しもう-」
いうことを为体的に行うことにつなげる。
エ
(3)検証授業の計画・実施
・和風なデザインに注目し、日本の伝統色や伝統
①指導計画
文様に親しみ、それらのよさや美しさを感じとる。
・生活の中での美術の働きに気付き、自然や身近
[表1]検証授業の指導計画
事前指導
課題の目標
み
る
内容
指導上の
工夫
1時間目
本時の目標
考
え
る
内容
指導上の
工夫
話
す
・
聴
く
2時間目
本時の目標
内容
指導上の
工夫
題材目標
和風なデザインに注目
身の回りに和風なデザインのものがある
ことに気付く。
身の回りから和風なデザインを探して色
や形が分かるように WS の枞内に貼り付
ける。
WS に、例として(パッケージ、包装紙、
広告、布など)と記入し、身の回りのも
のに目を向けるように工夫した。実物、
大きなもの・立体のもの・貴重なものは
写真や印刷などで貼るように WS に記入
した。
〈WS の工夫〉
伝統色・伝統文様に親しもう
探したものの色や形に注目して調べ伝統
色や伝統文様に親しむ。
・収集した物を見つめ、色・形について深
く味わう。
・収集した物の色を日本の伝統色ではど
の様な色名になっているか調べ、その由
来を調べる。
・形が何から発想されているかを考える。
・気に入った部分を模写する。
・伝統色・伝統文様の資料を時間内に調
べることが出来るように色数などを絞っ
た資料を準備する。
〈資料の工夫〉
・WS に和風に感じた根拠について考える
ことができるように、選択項目等を記し
て全員が記入できるように工夫する。
〈WS の工夫〉
和風なデザインを鑑賞しよう。
互いの探した和風なデザインのものを鑑
賞し、よさや美しさを感じ取る。
自分が探してきたものについて調べた内
容を発表し合う。
前半は4~5人のグループによる発表、
後半は全員の探したものを見て回る時間
を確保した。
〈人との関わりの工夫〉
な環境の中にあるものを見つめる力を培う。
オ
評価の観点
・和風なデザインに注目し、日本の伝統色や伝統
文様に親しみ、それらのよさや美しさを感じとり
WS に記入し、発表を聴き合うことができたか。
・生活の中での美術の働きに気付き、自然や身近
な環境の中にあるものを見つめる力を培い、WS
に記入し、発表を聴き合うことができたか。
生徒の WS から生徒の思考を読み取ることがで
きる。思考の深まりは見つめる力がどの程度培わ
れたかに通じると考えた。
(4)検証授業の分析および考察
①【みる】身の回りから和風と感じるパッケー
ジ・広告・物などを収集する。
[図1]から実物
を 探 そ う とし た
生徒が 42%(133
名)でありインタ
ーネット 21.1%
(67 人) 本 9.5%
(30 人) を上回っ
[図 1]和風なデザインを探す方法
日本の伝統文様である、唐草・麻の葉・七宝・
ていた。素早く調べることが出来るようになった
立涌・青海波・亀甲・矢羽根等には、人が人を思
時代においても、「探してみよう」という投げかけ
う心や身近な動植物や自然など万物を深く見つ
から、実際にものを探して手に取ることを選んだ
め、そのよさや美しさを取り入れて生活を彩る知
生徒が多い事が分かった。祖父母に相談し、湯飲
恵が込められていることを伝え掲示した。それら
みを借り、自分で写真を撮って WS に貼って提出
辻-4
した生徒がいた。祖父母の家の欄間・襖・掛け軸・
着物を撮影した生徒もいた。生徒Aは青海波、亀
生
甲文様、七宝、桜、紅葉等が印刷されている[資
徒
料2]の包装紙を探して貼り付けていた。その他
D
にもスマートフォンのケース、財布、ボールペン、
ペットボトル・お菓子・茶・海苔のパッケージ等、
多種多様な物を探してきた。
〈WS の工夫〉
生
徒
・今までは文様をみてきれいだと
思うだけであまり気にしていな
かったけれど今回の授業で色々
な文様の名前や由来を聞くこと
ができたので、今度文様を見ると
きは、もう尐し細かいところまで
見て発見してみたい。
・色の名前がとても日本らしく
て、自分が調べた瑠璃色(瑠璃は
光沢のある青い宝石。「竹取物
語」にも出てくる。)も日本らし
いと感じました。名前には理由が
あるということを知り、とても驚
き、もっと調べてみたいと思っ
た。すごく楽しかった。
・意外とおもしろかった。
・魚が描かれていると和風な感じ
がする。(和風と感じた根拠を示
している。)
E
伝統色や伝統文様に
親しみ、色や文様に
興味を持ち、今後も
調べてみようという
意欲につながったこ
とが伝わる。
〈WS の工夫〉
〈資料の工夫〉
絵が下手だから美術
は嫌いと事前の質問
紙で答えた生徒 E が
WS の質問にそって
学習を進め、鑑賞活
動を楽しむことがで
きたことが分かる。
〈WS の工夫〉
使われている色を見つめ、収集した物に使われ
ている日本の伝統色やその色名の由来を調べる
ときには、「DIC カラーガイド日本の伝統色第
8版」「国語1・2・3光村図書」等を用いた。
[資料2]和風なものを探すための生徒Aの WS 記入例
②【考える】収集した物を見つめ、色・形につい
て深く味わう。
生徒の WS に書かれていた感想と考察を[表2]
に記す。
[表2]色や形を調べた授業後に WS に書かれた感想
生
徒
A
生
徒
B
生
徒
C
感想
考察
・自分の探した模様は春と秋のイ
メージを描いて日本らしさを出
したと思う。見ていて落ち着く。
・色や文様に意味があることを知
って調べる前よりも、調べた後さ
らに興味が湧いた。
・赤にも色々な赤があることが分
かった。
・蒲色はガマの穂の色からきた色
名。すごく落ち着く「和」な感じ。
・今までは掛け軸があっても気に
してみていなかった。授業後は見
るたびに何かを感じ、考えるよう
になった
・伝統文様の意味が全て日本らし
い意味だと思った。色が暗めで、
独特の色だった。日本らしいと思
い、伝統色に興味がわいた。
・伝統文様には、魔除け退治や春
夏秋冬の意味など、意味が込めら
れていることがわかった。自分の
持ってきたハンカチの文様に意
味があって驚いた。
・聖武天皇の時から亀甲模様があ
ったことに驚いた。他の文様も調
べてみたいと思う。
・身の回りにもたくさんの伝統文
様があることが分かった。
・伝統文様について今回色々知る
ことができた。色や文様がとても
好きになった。
日本の伝統色・伝統
文様に親しみ、選ん
だ根拠も考えること
ができたことが分か
った。〈WS の工夫〉
日常、意識してみて
いなかった物を深く
見つめようとするよ
うに変化したこと
や、日本の伝統色の
繊細さに気付き、親
しむことができたこ
とが伝わる。
〈WS の工夫〉
正倉院展の図録を資
料として示したこと
で文様を通して歴
史・文化に対する興
味関心の高まりが見
られた。身の回りに
伝統文様があること
に気付くことができ
たことが分かる。
〈資料の工夫〉
初めて知ったことが
多く、楽しく学べた
ことが記述から伝わ
ってくる。
[資料3]色や形について調べた生徒の WS 記入例
生徒は、日本の伝統色名を見て、動物・植物・
自然に関わる事柄に由来しているものが多いこ
とに気付き、発表した。
また、唐草文様の財布を見つめ、模写をし、虫
青色について調べるなど、生徒は、デザインに使
われている色や形を見つめ、何から発想している
辻-5
かを考えて[資料3]のように WS に記入していた。
表の中は、代表的な生徒として、美術に対して意
また、漆器、日本画、手ぬぐいなどを興味を持っ
欲のある生徒やこれまでの授業ではあまり興味を
て見ていたことから、実物を提示することは、見
示さなかった生徒の意見を掲載している。また、グ
る意欲を引きだし、見つめる力を培うことにつな
ラフは対象生徒を 100 とした時の事前・事後の割
がることが分かった。
合を反映させたものである。
〈資料の工夫〉
③【話す・聴く】鑑賞会
①自然観察に対する意識の変化について
班ごとの鑑賞会では、各自が探してきた和風な
[表4]
自然観察について事前・事後調査の生徒記入内容
デザインを見せながら、調べた内容を伝え合った。
事前の
答え
・休みの日・山の中・旅行に行ったとき
・時間にゆとりがあるとき
クラス全体では、机上に WS を並べて自由に見て
事後の
答え
・学校の行き帰りで通る道など、とても身近な所で自
然観察ができると思う。
・日常でできることはたくさんあると思う。
・昼休み・美術の時間・散歩中・空をながめる
回り、自分の気に入ったデザインのものの形や色
について文字で記入し、スケッチもすることで、
「自然の中で遊んだり、自然観察はどの様なとき
より多くの日本の伝統色や伝統文様に親しむこ
にできると思いますか。」という質問に対して生
とを目指した。生徒の WS に書かれていた内容を
徒は[表4]のような回答をしていたことから、検
以下に記す。
証授業後は、身近に自然観察をすることができる
[表3]班ごとやクラス全体の鑑賞会を終えた後に WS に書かれた内容
色名
生
徒
E
生
徒
F
・緋・桜
・空・珊瑚
・朱・縹
・小豆
・女郎花
・緋
・胡粉
・桔梗
・鉛丹
・薄紅
・鶸
・常磐
・鴇
・紫苑
・墨
生
徒
G
・白ねず
み
・琥珀
・青磁
・薄紅
形
・花
・魚
・矢
・水玉
・菱形
・波
・魚
・草
・水
・紅葉
・桜
・麻
・矢
・草
・波
と水
・花
他の人の発表を聴いた感想
・美しいと思った。
・色がきれい。
・なんだかめでたい。
〈人との関わり〉
・柔らかい色だと思った。菱形の中に
何本も線があって芸術的。お菓子のパ
ッケージと合っていてきれいだった。
・いい色だと思った。日本という感じ
の色で落ち着く。色がさわやかできれ
い。桜の季節を感じる色。
・日本の伝統的な色はとてもきれい。
緑だけでも薄い色や濃い色などたく
さんの種類があり、色の名前もとても
興味深かった。
〈人との関わり〉
・今度調べて他の色の名前も知りたい
と思った。漢字の色名も気に入った。
・みんなの WS をみて色々と文様が違
っておもしろかった。色々な日本の文
様が知れた。
〈WS の工夫〉
・使われていた色にも興味が持ててよ
かった。家にある文様なども今度ゆっ
くり見て観察したい。
・モチーフがバラバラでこんなものか
らこんな文様ができるのかと知れて
よかった。
〈人との関わり〉
ように変化したことが分かった。
②色に対する認識や意識の変化について
[表5]好きな色についての事前・事後調査の生徒記入内容
事前の答え
事後の答え
生徒H
紫・緑・黄
・すみれ色:紫よりも尐
し明るく、きれい。
・群青色:真っ青でも水
色でもない感じが好き。
生徒 I
紫 夕暮れ
・中紅 春をイメ
ージする
・鴇色 桜をイメ
ージする
[表 5]から検証授業後は、色の微妙な違いを見分
け、感じ取ったことや日本の伝統色に親しみ、イ
メージが広がったことが伝わる。
③身の回りで使っているものの中に、自然のよさ
や美しさを感じるかについて
他の人の色名や形を WS に記入することで、限ら
れた時間でより多くの色名や文様に親しみ、興味を
持つことができたことが感想から分かった。
[図 2]身の回りで使っているものの中に、自然のよさや美しさ
(5)事前・事後調査の分析および考察
を感じることがあるかについての事前・事後調査結果
以下の通り、事前・事後の調査を実施した。
実施時期
実施場所
対象生徒
調査方法
調査時間
配布回収
方法
事前調査
平成 26 年 7 月
千葉市立蘇我中学校
2 学年 9 クラス 316 名
質問紙調査
10 分間
各学級担任による配布
及び回収 (学年生徒の
95.5%回答)
事後調査
平成 26 年 11 月
千葉市立蘇我中学校
2 学年 9 クラス 307 名
質問紙調査
15 分間
教科担当による配布及
び回収 (学年生徒の
92.7%回答)
「身の回りで使っているものの中に、自然のよ
さや美しさを感じることがありますか。」という
質問に対する答えを[図2]に示した。そう思う
と答えた生徒は 13%(41 人)から 19.2%(59 人)
に増えたことが分かる。生徒Jは、事前では「ど
ちらかといえばそう思う・夜の星空」と答え、事
辻-6
後では「そう思う。旅行のお土産などのパッケー
の美しさを感じるようになったことが分かった。
ジや風呂敷ハンカチなど」と答え、事後は自然の
しかし、検証授業では全ての生徒が身の回りで
事物からデザインされたものが身の回りにある
使っているものの中に、日本のよさや美しさを感
ことに気付いていると分かる内容に変化してい
じるまでには至らなかった。日本の伝統や文化に
た。そう思わないと答えた生徒が 12.7%(40 人)
関心を持ち、よさを感じ取る生徒が増えることを
から 9.4%(29 人)に減尐したことが分かった。
「そ
目指して、地域に根ざした伝統や文化、美術作品
う思わない」から「どちらかといえばそう思う」に
の活用等、親しみ、愛着の持てる題材の開発を続
変化した生徒Iは、事前の理由は無記入だったが、
けていく必要があることが分かった。
事後では日本の桜はとてもきれい、秋の紅葉も魅
⑤美術を学習すれば日本の伝統的な美術や文化
力的と答えていた。事前では気付いていなかった
のよさがわかるようになるかについて
ことが、日本の文様について調べたり学ぶことで
自然の良さに気付いたことが伝わった。
④身の回りで使っているものの中に、日本のよ
さや美しさを感じるかについて
[図4]「美術を学習すれば、日本の伝統的な美術や文化のよさ
がわかるようになるかについての事前・事後調査結果
「美術を学習すれば、日本の伝統的な美術や文化
のよさがわかるようになると思いますか。」とい
[図3]身の回りで使っているものの中に、日本のよさや美しさ
う質問に対する答えを[図4]に示した。「そう
を感じることがあるかについての事前・事後調査の結果
思う」と答えた生徒は 27.5%(87 人)から 36.8%
「身の回りで使っているものの中に、日本のよ
(113 人)に増えたことが分かる。「どちらかとい
さや美しさを感じることがありますか。
」という質
えばそう思わない」と答えた生徒が 17.7%(56 人)
問に対する答えを[図3]に示した。そう思うと
から 8.8%(27 人)に減尐したことが分かる。「そ
答えた生徒は16.8%(53人)から20.2%(62人)に増
う思わない」と答えた生徒も 3.8%(12 人)から
えたことが分かる。生徒Jは、事前では「どちらか
0.3%(1 人)に減尐した。検証授業を通して日本の
といえばそう思う・京都の町は美しい」と答え、事
伝統的な美術や文化のよさについて、程度は違う
後では「そう思う・日本独特の色や文様などを用
が、ほぼ全員が検証授業で感じ取ることができた
いているものはきれいだと思う。古風に感じる」
ことが分かった。事後にそう思わないと答えた1
と答え、事前よりも事後の方がより身近なところ
人の生徒は、全ての WS に調べた内容や感想を書
で日本のよさや美しさを感じることができるよう
くことはできていたことから、身の回りに日本の
になったといえる。そう思わないと答えた生徒が
伝統文化に関わるものがあることには気付いた
8.2%(26人)から5.2%(16人)に減尐したことが分
が、よさを感じるまでには至らなかったことが分
かる。
「そう思わない」から「どちらかといえばそう
かる。様々な価値観を持った生徒達が日本の伝統
思う」に変化した生徒Iは、
事前の理由は無記入で
的な美術や文化のよさを感じ取ることができる
あったが、
事後では「日本の着物は美しい柄だと思
ように、多様な日本の伝統文化に関わる美術作品
う。」と答えていた。友達の探した物をみたり日本
等を取り上げ、授業内容の工夫を続けていくこと
の文様について学ぶことで身の回りの物から日本
が大切であることが明らかになった。
辻-7
⑥次の題材である屏風の制作で描きたいものに
ついて
目的にあわせて、どのような資料をどの場面で
どのように提示や掲示をするかを工夫したことに
「次の題材である屏風の制作では何を描きたい
より、日本の伝統色や伝統文様に興味を持って親
ですか。」という事後調査の答えとして、生徒は
しみ、生徒は自然や人を思う心が込められている
ブックカバーに描かれていた金魚・流水の文様や
日本の伝統や文化のよさを感じ取っていたこと
色、せんべいの袋に描かれていた草花、元気に育
が確認できた。
つ意味を込めた鯉を描きたいなどと記し、制作に
③人と関わる工夫
も活用していた。青海波、七宝、流水等の紋様を
ものを探すことや発表し合う時に、人と関わる
屏風のデザインに取り入れて制作した生徒も見
工夫をしたことで、様々な和風なものを見つめ、
られた。本題材が、表現活動の発想を広げること
日本の伝統色や伝統文様に親しみ、自然や身近な
につながった生徒がいたことが分かる。
物のよさを感じ取ることができるようになったこ
⑦好きな文様について
とが分かった。VTSの発問をWSに記入し、生徒が
生徒は、「好きな文様を書いて下さい」という事
それを参考にして発表し合うことで、互いの気付
後調査の答えとして健康の意味があるから亀甲
きを尊重し、認め合い、語彙や発想が豊かな友人
文様、「和」な感じがするから麻の葉、丸い感じが
から学び、多様な視点に気付くきっかけになった
優しくて好きだから七宝文様等と記していた。生
ことが明らかになった。
徒の記入内容から、日本の伝統文様に込められた
(2)課題
思いや印象まで記し、文様に親しんだことが伝わ
①「話す・聴く」という活動について
る。美術は、様々な異なる人と人、人と物、人と
鑑賞活動における「話す・聴く」という活動で
社会などをつなぐきっかけとなり得ると考えて
自分の思いを明らかにし、他者の考え方を学ぶこ
いる。美術の作品、身近にある物、自然等を見つ
とができる。思考力を育むために、生徒が意欲的
め感じ取り、自分の思いを表現し伝え合い、他者
に取り組むことができる鑑賞活動の題材を工夫し、
の意見を受け止めることができる力を美術の授
繰り返し行うことが必要である。
業で育むことを目指す。
②鑑賞活動と表現活動をつなげることについて
4
研究のまとめ
今回の研究は対象を「みる・考える・話す・聴
(1)成果
く」という鑑賞活動を通して、見つめる力を培う指
①WSの質問内容等の工夫
導法の工夫をした。生徒が対象を見つめて気付い
教師が用意したものではなく、自ら探した和風
た内容を尊重し、自信を持って为体的に自分らし
なものをみて、考え、話す鑑賞活動となるように
さを言葉等で伝えあったことが豊かな表現活動に
WSを工夫したことが、対象を見つめる生徒の意
つながるような授業構成を工夫していくことが課
欲を引き出し、为体的に日本の伝統色や伝統文様
題である。
に親しむ姿につながった。オープンエンドな質問
【为な引用・参考文献等】
○近江源太郎「色々な色-COLORS OF NATURE」、ネイチャー・プ
ロ編集室、(1996)
○佐藤真理子「オリジナルの文様で手ぬぐいを作ろう」美術準備
室3号、光村図書出版(2013)
○田丸純一「授業のエキスパート養成事業授業研究会学習指導資
料」愛媛県教育委員会(2010)
○フィリップ・ヤノウィン「学力を伸ばす美術鑑賞ヴィジュアル
・シンキング・ストラテジーズ」淡交社(2015)
○山田晃子・福田隆眞「山口県における中学校美術の実態調査」山
口大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要第20号(2005)
をWSに記入したことで対象について自分なりの
考えを記し、身近な環境の中に見られるものの造
形的なよさや美しさなどを感じ取り、生活の中で
の美術の働きに気付く生徒が増えたことがWSの
記述や質問紙による調査から明らかになった。
②資料の使い方等の工夫
辻-8