第3章 今年度の研究の方向性;pdf

第3章 今年度の研究の方向性
平成 25 年度の研究では「交流型イノベーター」と呼ばれるイノベーション人材像を提唱した。今年度
は1.1において述べたとおり、交流型イノベーターが多種多様なイノベーションを創出する社会を目指
すため、如何に交流型イノベーターを発掘・育成し、その活躍を支援できるかについて検討を行う。
交流型イノベーターは、異なるコミュニティに属する多様なメンバーがつながりを築き、様々な視点・
能力をもち寄って、目的を共有した上でシーズ・ニーズの発見と新たな製品・サービスの創造(既存の製
品・サービスの再定義を含む)に取り組み、実際に顧客・市場へ届けることで何らかのインパクトを社会
へ与えるという一連のプロセスを一気通貫で行うことができる人材あるいは人材の集団である。交流型
イノベーターの活躍がコミュニティを基盤としたものであり、かつコミュニティ同士のつながりを創出
することで価値の創出に取り組んでいることから、その発掘・育成・支援についてもコミュニティが果た
す役割が大きいと考えられる。
さらに、昨年度の研究において整理を行った「交流型イノベーターに求められる特性・能力・姿勢」及
び「交流型イノベーターを支える・育む環境」の内容を敷衍するなら、交流型イノベーターがイノベーシ
ョンを創出するために考慮する必要がある要素として、
「動機・姿勢(マインド)」
「資源・能力(リソー
ス)
」
「つながり(ネットワーク)」の3つが挙げられる。これら3要素は、いずれも交流型イノベーショ
ンを創出するためには欠かすことができないものであるが、必要なタイミングで3要素をバランスよく
揃えることは困難であるのもまた事実である。イノベーション創出にあたり、これら3要素を揃えること
を助け、かつその成長を促すことができるのがイノベーティブなコミュニティと言えるであろう。その結
果として、交流型イノベーターが世の中に増え、多種多様なイノベーションを創出することを通じて、コ
ラム 1 で述べられているように様々なフィールドにおいて起業など新たな仕事の創出に取り組む人を増
やし、このような人材が他のイノベーターや既存の企業、組織、地域などと連携することにより新たな産
業が興り、優れた製品やサービスが生まれる土壌が醸成されることが期待される。
本研究が想定するコミュニティは、主に交流型イノベーターとして交流型イノベーションを創出する
ことに取り組む人と、その支援を周囲で行う人によって構成されることを想定している。交流型イノベー
ターを育てて活かすコミュニティの類型は、1)そのつながりがゆるやかか濃密か、2)コミュニティの
主な目的、3)コミュニティが存在する場所や構成する人の特徴、4)規模及び歴史、現在の取り組みの
段階などによって特徴付けられると考えられる。
本研究の対象とするコミュニティの例としては、

或る特定のテーマ(産官学連携による地域産業振興、大企業や中小企業間の連携等)に関する知見を
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交換し、それぞれの企業内や地区内で孤立しがちな交流型イノベーター及び交流型イノベーター候
補のゆるやかな連携を促すとともに、地域や組織を超えた成功事例及び挑戦事例の共有と普及を目
指しているコミュニティ

IT ベンチャーのように特定の業界で起業に挑戦する人材が、日々の悩みや課題について同じ世代や
前後の世代と濃密に共有し、相互に切磋琢磨と支え合いを行っているコミュニティ

特定の地域の振興と課題解決のために、課題解決できる人材を集め、具体的な課題解決を図る力の育
成と課題解決の実行を目指しているコミュニティ

中小企業において商品開発・プロモーションや人材採用・人材開発といった一社では十分に取り組み
づらい案件を地域内の複数の企業が連携して実施することで相乗効果を目指しているコミュニティ

企業内や研究機関内で時間のかかるテーマ、周囲の理解を得るのが難しいテーマを実現させるため
に挑戦しているイノベーターを支えるコミュニティ
など、様々なコミュニティを想定している。
本研究は、特定の類型に特化して研究を行うものではないが、幅広く共通する特徴・工夫等について分
析しているものであり、それぞれのコミュニティと交流型イノベーターの実情に合わせて本研究の内容
が活用されることが期待される。
本研究においては、上記に掲げた様々なコミュニティが、より交流型イノベーターを育てて活かすため
にどのような取り組みが必要かを整理するため、現在及び歴史的に優れた成果を挙げた、あるいは実際に
価値の創出を活発に行っているコミュニティの取り組みを分析することを通じて、交流型イノベーター
がどのように生み出され、支えられ、また強化されてきたかについて考察を行う。同時に、交流型イノベ
ーターが生み出され、そして活躍しているコミュニティがどのように形成・維持・発展しているかについ
ても整理を行う。
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コラム 1:就職パラダイムの転換によるイノベーティブ人材の開発の流れ
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 高野研一
イノベーションを促進するための手段にはいくつかの側面がある。その一つの側面はこれまで、さ
んざん言われている通り、個人の発想力・創造力を高めるための感性や知恵を磨こうとする試みであ
る。例えば、幼児教育、学校教育などにおいて、幼少期・成長期を通じて考える力、生み出す力を高
めるための課外授業や総合的学習を行うことや早いうちから才能を示す学童を見出し、特別な教育を
施すといった取り組みである。しかしながら、教育は家庭環境や社会環境に大きく左右され、これま
での教育方法論の歴史的蓄積や教える側の人材不足など十分にコントロールできない要因が多々存在
する。そのように考えると世の中に創造性を広めるためのインセンティブが十分機能しない状態で教
育を抜本的に変えていくことは現実的ではない。いわゆる一流校を優秀な成績で卒業し、一流企業に
入れば一生安泰で満足できる生涯をおくれると言ったステレオタイプな発想が生きているうちは、な
かなか創造性を鍛えることの価値が高まらない。このようなエリートは企業に入っても、失敗しない
堅実派成果を積み上げ、決して冒険をしない、いわゆる「持続的イノベーション」の推進を信条とす
る。このような開発者・研究者が多数を占めれば、企業活力は大きく損なわれ、イノベーションを起
こす企業は漸減していくだろう。真に創造的なイノベーションは「考えて考えて考え抜く」ところか
ら発生する。また、このような萌芽を大事に育てていく寛容さも大切である。これは一企業ではなか
なか難しく、短期的な成果を求める企業風土の中では成り立たない。そこで、真のイノベーティブな
製品・サービスを世の中に送り出すためには、これまでの大企業中心の就職モデルが崩壊し、様々な
多様性を持った人材が自由な競争の中で切磋琢磨する以外にはない。そのためには強い意志と信念を
持つ人材が大学卒業と同時に、信賞必罰なベンチャー企業を立ち上げ、それが成功のロールモデルと
なるような新しい環境に導く必要がある。現在、名立たる大企業が直面する厳しい事態は一時的なも
のではなく、これまでの就職観を覆すかもしれない。したがって、その時までに若手ベンチャーが勃
興し、育ちやすい社会環境を作っておく必要がある。このようなパラダイムシフトは人同士の繋がり、
ネットワークおよび信頼関係をベースとしたコミュニティが大切であり、大学卒業後の人材が簡単に
参加できるものとすることが求められる。すなわち、アイディアレベルの発想であってもそのコミュ
ニティの中でじっくりインキュベーションできる仕組みや体制を整えることで創造的発想とそれを持
った人材を育てやすい社会環境とすることが肝要である。大企業もそれらのコミュニティと連携、協
働することによる外部人材の取り込みなどにより、社内活性化を果たし、さらには裾野の広い発想の
ピークを高める WIN-WIN の関係をベースとした支援ができる時代が到来するかもしれない。また、
このような連携は大企業だけではなく、地域の産業を連携し、クラスター化することでこれまでにな
い独自のサービスが提供できるかもしれない。このようなネットワークをうまく構築できる人材が核
となり、経験を積み上げていくことによって、真のイノベーティブな社会が構築できるものと期待す
る。
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