論 文 審 査 の 要 旨

別紙1
論 文 審 査 の 要 旨
報告番号
乙 第 2925 号
論文審査担当者
氏 名
井汲 憲治
主査
歯学部歯科理工学教授
宮﨑 隆
副査
歯学部歯科補綴学教授
馬場 一美
副査
歯学部インプラント歯科学教授
尾関 雅彦
(論文審査の要旨)
学位申請論文「Bone Response to Static Compressive Stress at Bone -Implant Interface:
A Pilot Study of
Critical Static Compressive Stre ss」について, 上記の主査1名および
副査2名が個別に審査を行った.
骨の限界応力に関する基礎データは, 将来インプラント治療の構造力学的な最適化設計法
を構築する上で必須である. 本論文は、外界から遮断された新規装置を用いることにより , 骨
/イ ン プ ラ ン ト 界 面 に お け る 静 的 圧 縮 応 力 に 対 す る 限 界 応 力 を 定 量 的 に 解 析 し た も の で あ る .
その結果, 骨/インプラント周囲の骨および骨関連細胞は , 骨の破壊応力付近の 120MPa 以上
の静的圧縮応力に対してもほとんど変化を示さないことが明らかになった. また, 骨/インプ
ラント界面部のオステオンの扁平率は圧縮応力の大きさによって変化しないことが明らかに
なった. 一方, 荷重の反対側の皮質骨外側には骨膜反応が観察された . 以上より, 皮質骨の
静的圧縮に対する反応は, 大きな応力に対しても限定的であることが示唆された .
副査
馬場委員の質問とそれに対する回答:
1. オッセオインテグレーションの獲得をどの様な方法で確認したか
荷重伝達部先端の骨/インプラント界面において, 全ての試料において, インプラントと骨
の間に軟組織の介在は 確認されず, 光顕レベ ルでのチタンと骨の間 の直接的な結合が観察 さ
れた. 本研究においては, それをもってオッセオインテグレーションの獲得とした.
2. せん断応力ではなく圧縮を, また, 間欠的力ではなく静的な荷重を検討対象とした理由
骨/インプラント界面の応力には, 圧縮・引張り・せん断の3種類が考えられ , CAE による
構造解析を行う場合に は, その全ての応力に 対する限界応力の基礎 的データの蓄積が必要 で
あ る . 骨 /イ ン プ ラ ン ト 界 面 の 骨 の 破 壊 を 考 え る と き , 動 的 荷 重 に 対 す る 骨 /イ ン プ ラ ン ト 界
面の限界応力に関しての基礎的データを収集することは必須 であると考えられる. しかし,
現 段 階 に お い て は 体 内 に 埋 設 す る 小 型 装 置 を 作 製 す る の が と て も 困 難 で あ る .本 研 究 に お い
て は , 動 的 な 荷 重 に 対 す る 研 究 の 前 段 階 と し て 静 的 な 圧 縮 応 力 に 対 す る 骨 /イ ン プ ラ ン ト 界
面の骨の変化を観察することとした.
3. オッセオインテグレーション前に同等の負荷を加えたらどの様な結果が予測されるか
本実験で行われた術 式において, 仮に皮質 骨内面を切削して荷重 伝達部を設置した直後 に
荷 重 を負 荷さ せ たな らば , 外 傷 の 治 癒機 転中の 骨 の中 に , イ ン プラン ト が圧 接さ れ るこ とに
なる. これは, 臨床においてドリリングの後に, インプラントをセルフタップにて埋入する
際の, 骨/インプラント の界面の状態と近似していると考えられる . 近年、大きなトルクにて
セルフタップするイン プラントが臨床で応用 されており, 良好な臨 床成績が報告されてい る
ことから, オッセオイ ンテグレーション前に 本実験におけるような 静的荷重を負荷させた 場
合でも, 骨/インプラン ト界面にオッセオインテグレーションが獲得されるものと予想する .
4. Clinical Implication は何か
本研究により , オッ セオインテグレー ショ ンの 確立したイン プラ ントは静的な圧縮 応力 に
対 し て 耐性 を 持つ こ とが 示 唆 され た . そ の ため , 歯 列矯 正 に用 い られ る イ ンプ ラ ント は , オ
ッセオインテグレーションが確立した後には、たとえサイズが小さくても強力なアンカー力
(主査が記載)
を発揮できることが示唆された(→2 回法矯正用インプラントや矯矯正用インプラントの大
幅 な ダ ウン サ イジ ン グの 可 能 性) . ま た , 皮 質 骨 の 粘弾 性 特性 と 本研 究 の 限界 応 力に 関 する
結 果 よ り , た と え 上部構 造 と アバ ッ トメ ン トの 適 合 にわ ず かな 誤 差が 存 在 する 場 合で も , 容
易にはオッセオインテグレーションの破壊という状態には至らないことが示唆された(→
オ ッ セ オイ ン テグ レーシ ョ ン の上 部 構造 のミス フ ィ ット に 対す る耐性 ) .本 研 究は 骨 /イン プ
ラント界面に生じ た静 的圧縮応力のみを パラ メータとしており , 実 際の咀嚼やパラフ ァン ク
ションによる動的 荷重 が付加されている 状況 を再現していない ため , 本研究結果か ら上部構
造の明らかなミスフィットが臨床上許容されるか否かという問題は今後の課題である.
副査
尾関委員の質問とそれに対する回答:
1. 静的圧縮応力がかかるのは臨床的にどの様な状況を想定しているか
CAD/CAM 技術の進歩により, 現在の上部構造はセメント合着よりも , よりメンテナンス性
の高い可撤性形式が選択される頻度が高くなっている. 可撤性の上部構造は通常ネジによ
りアバットメントに固定されるが, 多数歯欠損症例の場合には上部構造とアバットメント
が接合する部位が多くなる. その際, 上部構造とアバットメントの位置的な誤差が存在す
る 場 合 に は , 上 部 構 造の 固 定 用 ネ ジ を 締 め ると , 上 部 構 造 、 固 定 用ネ ジ , ア バ ッ ト メ ン ト ,
イ ン プ ラ ン ト 体 , 骨 /イン プ ラ ン ト 界 面 部 お よび 周 囲 骨 内 部 に 歪 み や応 力 が 生 じ る 可 能 性 が
あ る . そ の 様 な 場 合 , 骨 /イ ン プ ラ ン ト 界 面 の圧 縮 側 に は 静 的 圧 縮 応力 が 生 じ る . ま た , 歯
列矯正のアンカーとして用いられるインプラントにおいては, 牽引側のインプラントのネ
ック付近の骨/インプラント界面には , 静的な圧縮応力が生じている .
2. 荷重の強さによってオステオンの変形が影響しなかった理由はなぜか
今 回 の 実 験 に お い て , 皮 質 骨 の ヤ ン グ 率 が 骨/イ ン プ ラ ン ト 界 面 部 に発 生 さ せ た 圧 縮 応 力
値に比較してはるかに大きく, オステオンの扁平化による骨の変形に至らなかった可能性
が考えられる. また, 皮質骨に粘弾性的変形は, オステオン間のセメントラインにおいて
発生するすべりに起因すると考えられている. そのため, 本研究においては, 大きな圧縮
応 力 が 骨 /イ ン プ ラ ン ト界 面 に 生 じ た 場 合 に おい て も , 界 面 付 近 の オス テ オ ン 間 の セ メ ン ト
ラインに微細なすべりが生じることにより, オステオンが荷重方向に扁平化されることな
く, 扁平率に変化が認められなかったとも考えられる .
3. 皮質骨反体側の骨膜反応は臨床的に観察される現象か
本研究においては, 皮質骨の内部(骨髄側)からの荷重により皮質骨の外側に骨膜反応が
確認された. また, 組織形態計測により骨膜反応の面積は圧縮応力が大きいほど大きい傾
向があった. 骨膜反応の厚みは最大で 200μm ほどであり, 臨床において同様な骨膜反応が
生じている場合でも, 肉眼での観察は難しいと考えられる.
二名の副査は , すべての回答が適切で満足できるものと判断した .
主査
宮﨑委員の質問とそれに対する回答:
この研究結果から臨床に活かせる事項は何か.
骨の圧縮応力の破壊応力は 132~193MPa とされているが, それに相応する圧縮応力が , オ
ッセオインテグレーションの確立した骨/インプラント界面部に 7 日間生じた場合でも , 界
面 部 の 骨 や 骨 関 連 細 胞の 変 化 は ほ と ん ど 認 めら れ な か っ た .こ れ は 、オ ッ セ オ イ ン テ グ レ ー
ションの確立したインプラントは静的な圧縮応力に対して耐性を持つとの多くの報告を支
持している. 本研究結果により, 歯列矯正に用いられるインプラント は、オッセオインテグ
レーションが確立した後には, たとえサイズが小さくても強力なアンカー力を発揮できる
ことが示唆された. また, 皮質骨の粘弾性特性と本研究の限界応力に関する結果より, た
とえ上部構造とアバットメントの適合にわずかな誤差が存在する場合でも、容易にはオッセ
オインテグレーションの破壊という状態には至らないことが示唆された. しかし, 本研究
は 骨 /イ ン プ ラ ン ト 界 面に 生 じ た 静 的 圧 縮 応 力の み を パ ラ メ ー タ と して お り , 実 際 の 咀 嚼 や
パラファンクションによる動的荷重が付加されている状況を再現していないため, 本研究
結果から上部構造の明らかなミスフィットが臨床上許容されるという結論は導かれない.
主査の宮﨑主査の立場から、二名の副査の質問に対する回答の妥当性を確認するととも
に、本論文の主張をさらに確認するために上記の質問をしたところ、明確かつ適切な回答が
得られた.
以上の審査結果から、博士(歯学)の学位授与に値するものと判断した.
(主査が記載)