特別企画/年頭所感 新年のご挨拶 大谷 裕 代表取締役社長 皆様、あけましておめでとうございます。株式会社東レ経営研究所の社長の大谷裕でございます。 東レ経営研究所の会員の皆様方、日頃ご愛顧いただいている皆様方には、私どもの活動に対してご支援 ご指導を賜り、誠にありがとうございます。新春にあたり、昨今の出来事に関連して思うところを述べ、 ご挨拶とさせていただきます。 昨年末に、3 人の日本人研究者がノーベル物理学賞を受賞しました。自然科学系の日本人の受賞者は 19 人になります(現在、米国籍の 2 人を含む) 。こうした晴れがましい研究者たちがいる一方で、 「ポスドク 問題」があることをご存じの方は多くないと思います。 ポスドク( post-doctoral research fellow )とは、博士号を持つ若手研究者で、大学や研究所、企業など で常勤の職を得ることができない人たちのことです。博士号を取得した研究者は、期間の長短は別にして いったんはこのポジションに就きます。科学技術創造立国を目指すわが国は、1994 年から 2000 年にかけ て「ポスドク 1 万人計画」を推進して博士号取得者の量産に取り組んできました。任期付き雇用の普及も 促して若手研究者を育てる計画でしたが、就職の受け皿となる大学や公的研究機関のポストが増えないた めに、多くのドクターが正規の職に就くことができません。自然科学系を中心に、ポスドク数は、国内だ けで 1 万 7,000 人とも 1 万 8,000 人とも言われていて、その中には学術研究の最前線で基幹的な部分を担っ ている人がたくさんいます。 彼ら、彼女らは、例えば有期契約( 「非正規雇用」 )の特任研究員といった肩書で研究を続け、 「正規雇用」 の研究職への就職を目指します。日本人のポスドクの多くは、知的に極めて優秀であるだけでなく、感受 性もコミュニケーション能力も優れていて、おそらくどのような仕事に就いても一流の仕事ができる人た ちであると聞きます。ポスドクになって間もない人たちは、少なくとも若い研究者としての夢とエネル ギーにあふれていたはずです。ところが、4 年、5 年といった契約期限が近づいてくると、ポスドクは夢や 理想というよりも、現実を前にして不安を感じます。大学の正規雇用のポスト数は限られていて、多くの ポスドクは正規の研究職に就職できません。企業への就職を目指す人もいますが、いくら優秀でも 30 歳前 後と比較的年齢の高いポスドクを多くは採用しません。契約の期間内に目立った研究成果をあげられなけ れば今と同じ境遇が続きます。職を得るためには短期の成果が不可欠との思いに駆られると、研究不正や 論文詐称といったマイナスの影響にもつながりかねません。ポスドクの多くは、例えば年収 300 万円以下 のような条件で 4 ~ 5 年期限の職に就くか、職にも就けずさまようことになります。これが 「ポスドク問題」 です。 正規の就職ができないポスドクの年齢は年々上昇します。こうした状況を反映して、日本の大学院博士 4 経営センサー 2015.1・2 新年のご挨拶 課程の入学者数は 2003 年をピークに減少に転じました。日本の学術研究を担う若手人材が生かされず、研 究者の減少という負の連鎖が続けば、日本人によるノーベル賞受賞どころではなくなるかもしれません。 ところで、昨年 9 月に、弊社主催の特別講演会で株式会社リバネス代表取締役 CEO の丸幸弘氏に講演を していただきました*。ベンチャー企業であるリバネスは、日本初の民間企業による「出前実験教室」を事 業化したことで有名ですが、社員のほとんどが修士以上の理系人材で、博士が半分以上と言う研究者の集 団です。丸氏自身が研究大好き人間で、どうしたら好きな研究だけを続けていけるかを真剣に考え、2002 年 6 月、大学院生のときに自分で会社を立ち上げました。今、科学技術立国日本で理科離れが加速し、ま た、ポスドク問題が起こっている。それを誰かのせいにするのではなく自らの手で解決したい。それなら ば、自分たちが持っている最先端技術の魅力を子どもたちに出前しよう、ということから、受験勉強とは 異なる科学を教える「出前実験教室」を生み出しました。小学生、中学生にサイエンス、例えば DNA の話 を伝えるのは難しい。では、と、分かりやすく伝える人材を育成するトレーニングプログラムづくりから 始めたそうです。そこにポスドクが力を発揮する場が新たにできました。 丸氏の講演はすべてが大変印象深い内容でしたが、中でも特に筆者の印象に残っているリバネスの活動 があります。それは、 「アイデアはあっても実際に製品をつくるノウハウを持たないベンチャーと、技術と 設備はあっても仕事がない町工場。リバネスは、この両者を結びつけ新たな物づくりを始める仕組みをつ くったということ」 。夢と理想を持つ若手研究者、新しいことにチャレンジする情熱を持つ若手科学者の生 きる世界が、広がり始めているように感じます。また、産業経済の活性化につながる可能性も秘めてい ます。 「ポスドク問題」は、日本の国力の源となる学術研究の将来を左右するはずの、ポスドクの人たちの行き 場がないという大問題です。何よりも、若手科学者に希望を失わせないこと、博士号をとるほどの人材を 生かしていくことが日本の将来に必須だと考えます。国も、優秀な若手人材を複数の研究機関で順番に雇 用する施策を始めたようです。科学技術に対する予算面でのサポートも必要でしょう。学界では、学術研 究に対する客観的で公正な評価、公平な研究費の配分が不可欠だと思います。また、ポスドクのみならず、 博士課程や大学院生の方には、大学の教職に就くことばかりを目指すのではなく、企業や民間の研究機関、 国際機関や地域社会など、自身で培った研究の経験や知識を生かす場を広く求めていただきたいと思い ます。 安倍政権が推し進める日本再興戦略。そのアクションプランのひとつ、日本産業再興プランには「科学 技術イノベーションの推進/世界最高の知財立国」などのプログラムが掲げられています。具体的施策と してうたわれているのは、主に研究開発法人の改革、研究推進体制の強化といった、組織や制度の改革、 再構築が中心です。組織や制度の改革は大切ですが、それをうまく機能させるためには、ポスドクを含む 若手研究者など、科学技術イノベーションの担い手となる人材が生き生きと活躍することが不可欠です。 そのためのきめ細かな仕掛けを構築する政策が推し進められることを願っています。 * 株式会社リバネス代表取締役 CEO 丸幸弘氏の講演抄録は、本誌 2015 年 3 月号に掲載します。丸氏の著書「世界を変えるビジネ スは、たった1人の『熱』から生まれる」 (日本実業出版社)と併せてご覧ください。 2015.1・2 経営センサー 5
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