特別企画/年頭所感 新年のご挨拶 大谷 裕 代表取締役社長 皆様、あけましておめでとうございます。株式会社東レ経営研究所の社長の大谷裕でございます。 東レ経営研究所の会員の皆様方、日頃お取引をいただいている皆様方には、私どもの活動に対してご支 援ご指導を賜り、誠にありがとうございます。新春にあたり、昨今の出来事に関連して思うところを述べ、 ご挨拶とさせていただきます。 昨年末に NHK の大河ドラマ「八重の桜」が完結しました。ドラマの後半では、八重が夫の新島襄を助け て紆余曲折を経て同志社大学前身の同志社英学校設立に尽力する様が語られています。ドラマでは、八重 の実兄、山本覚馬が重要な役割を演じており、会津出身のこうした人物が、明治初期に京都で活躍し「同 志社」の名付け親でもあったことをはじめて知りました。 ドラマの前半は、藩主松平容保が京都守護職を、幕府からのたっての要請で引き受けたところ、時代の 流れに翻弄させられてついには賊軍の汚名を着せられたうえに、会津藩が戊辰戦争で滅ぼされる様が描か れています。会津の姿は「最も信義を重んじ忠義に生きた者が捨てられ憂き目を見る」典型のようです。 歴史を書くのは戦いに勝った者の特権と言われますが、敗者の側から歴史が語られているという点も興味 を持って見続けた理由です。日本人が敗者の側に立ちたがるのは、歴史に対して常に真実を求める、日本 人特有のこだわりかも知れません。 ドラマには出てきませんが、この時代の会津人では、北清事変(義和団の乱)で活躍した柴五郎陸軍中 佐(後に大将)が有名です。柴五郎は、戊辰戦争の敗戦以降辛酸をなめましたが、軍人として頭角を現し、 北清事変では北京城において万を数える軍勢に囲まれながら、各国公館員とその家族を守って、60 日にお よぶ篭城戦をしのぎきりました。混乱のなかで、抜群の組織力と作戦指揮能力、そして規律と統制の取れ た軍隊が、各国の賞賛を浴びました。このことが後の日英同盟締結につながり、日露戦争の勝利に結びつ いたと言われています。 山本覚馬は、会津藩主に同行して京都に上りましたが、禁門の変の際の負傷が元で失明したと言われて います。鳥羽伏見の戦いに敗れた後も京都に残り、薩摩藩に捕われます。明治になって解放された覚馬は、 京都の復興と近代化に尽力します。小中学校や女学校、病院や医学校の設立のほか、博覧会の開設など多 くの開明的な諸施策を推進しました。幽閉中に口述した建白書「管見」は、政治、経済、教育など多岐に 亘り、将来の日本のあるべき姿を論じたものとして、小松清廉(帯刀)や西郷隆盛らに高く評価されまし た。覚馬は、後に脊髄損傷のために半身不随になりましたが、ハンディを負いながら己の信ずるところを がむしゃらに進んでいきました。 柴五郎も山本覚馬も、会津の藩校日新館で学んでいます。藩士の子弟は、日新館に入る前の物心もつか 4 経営センサー 2014.1・2 新年のご挨拶 ない頃から「什(じゅう) 」という教育組織に属し、 「什の掟」7 ケ条を繰り返し唱和させられます。7 ケ条 とは、 「一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ、二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ、三、 虚言をいふことはなりませぬ、四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ、五、弱い者をいぢめてはなりませぬ、 六、戸外で物を食べてはなりませぬ、七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。ならぬことはならぬ ものです」というものです。 八重は戊辰戦争で鶴ヶ城に篭城し、 「裁縫より鉄砲」と果敢に戦いました。ドラマのなかで八重が「なら ぬことはならぬのです」と言いながら射撃するシーンがあります。八重も女性でありながら、 「什の掟」の 影響を色濃く受けたであろうことは容易に想像できます。八重は、夫、新島襄の影響でクリスチャンにな りますが、夫の死後、日本赤十字の篤志看護婦となって日清 ・ 日露戦争の負傷者の看護にあたります。八 重も、会津魂とキリスト教精神を併せ持ち、信念を貫く人生を送りました。 会津藩の「什の掟」を紹介しましたが、面白いことに薩摩藩にも武士階級子弟の教育制度「郷中(ごじゅ う)教育」があって、 「郷中の掟*」は「什の掟」と重なるところが多々あります。薩摩藩が、西郷や大久 保をはじめ、幕末に多くの人材を輩出したのは郷中教育にあるとも言われています。おそらく、会津や薩 摩だけでなく、明治の日本人の多くが、こうした日本の伝統的価値観を脈々と受け継いでいたものと思わ れます。 昨今、長く続く日本の社会問題に「振り込め詐欺」があります。小中高生のいじめ問題はなかなか解決 の糸口が見出せません。 「振り込め詐欺」は被害者の大半が老人です。子供のいじめは、腕力の強い者が弱 い者を、あるいは大勢がひとりを対象にします。いずれも、弱いものいじめ、卑怯な振舞以外の何もので もありません。また、最近、ニュースを賑わしたのは食材偽装です。儲けを優先してうそをついた。会津 藩や薩摩藩の「掟」が、こういうことをしてはいけない、と言っていることばかりです。 日本古来の文化伝統を濃縮したような江戸時代の教育システムが、すべていいことばかりではありませ ん。伝統を守るということは、時代遅れになることと紙一重です。女性と言葉を交わしたり接してはいけ ないなど、時代にそぐわないものも含まれています。日本人として伝統を守り、誇りと礼節、勇気を持つ あつ れき ことは大切ですが、一方で、他人や他国との軋轢を生む恐れもないわけではありません。しかしながら、 日本の伝統に根ざした価値観を、幼児の時から時間をかけてしつけるのは、これまで長く忘れられていた ことではないかと思います。ひととして生きていくための 「 芯 」 あるいは「背骨」となるようなものを、 家庭や社会、学校で子供たちに教え込む。そのためには、教える側も身を正さなければなりません。 今、幼児期から英会話を習わせよう、小学生に英語を学ばせようとする動きがあります。英語を教える ことは大切ですが、より早い時期から始める「芯をつくるしつけ教育」はさらに重要であると考えていま す。現在検討されている新しい教育制度に、ぜひ取り込まれることを願っています。 * 郷中の掟の主なもの ・武士道の義を実践せよ ・心身を鍛錬せよ ・嘘を言うな ・負けるな ・弱いものいじめをするな ・質実剛健たれ ・たとえ僅かでも女に接することも、これを口上にのぼらせることも一切許さない ・金銭利欲にかんする観念をもっとも卑しむこと など 2014.1・2 経営センサー 5
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