吉野作造記念館開館20周年によせて 吉野作造は、既に日本政治史および日本政治思想史に確固たる永 続的な位置を占めている。そのことについては、政治的立場の違い をこえて、何人も異論がないであろう。一世紀近く前に吉野が唱え た「民本主義」は日本的デモクラシーの本質を明らかにしたもので あり、具体的妥当性をもつとともに、世界に通ずる一般的普遍性を ももつものであった。当時にあっては、それは少数説であったが、 日本学士院会員 東京大学名誉教授 三谷太一郎 今や日本の政治体制の理念的基礎を成している。おそらく吉野作造 は、明治期において福沢諭吉が果たしたオピニオン・リーダーとしての 歴史的役割を大正・昭和期において継承したというべきであろう。 それだけではない。吉野の思想的影響は今や国際的に広がっている。 日韓および日中両国間の歴史認識をめぐる深刻な対立を生み出して いる昨今の状況においても、ほとんど一世紀を遡る吉野の植民地統 治批判や対中外交批判が対立している双方の側で顧みられ、その先 見性が再認識されるとともに、双方の対話の出発点となっている。 「民本主義」は決して過去の遺物ではなく、今日を導く指針であ る。しかもそれは日本一国に特有なものではなく、国際的な通有性 をもっている。吉野作造記念館の20年の事業は、そのことを明らか にしている。 三谷太一郎氏 略歴 1936年岡山市生まれ。政治学者・歴史学者。東京大学名誉教授、宮内庁参与、日本学士院会員。 故岡義武東京大学名誉教授に師事。専門は日本政治外交史、特に大正デモクラシー期の研究で知ら れる。『大正デモクラシー論』で第 回吉野作造賞受賞。東京大学法学部学部長、東京大学大学院 法学政治学研究科研究科長、成蹊大学特別任用教授などを歴任。文化功労者。文化勲章を受賞。 賞歴・栄典 吉野作造賞(1974年)、文化功労者(2005年)、文化勲章(2011年) 主な著作 ・『日本政党政治の形成−原敬の政治指導の展開』 (東京大学出版会、1967年/増補改訂版:同左、1995年) ・『大正デモクラシー論−吉野作造の時代とその後』 (中央公論社、1974年/新版:東京大学出版会、1995年/第 版:同左、2013年) ・『近代日本の戦争と政治』 (岩波書店、1997年/新版:同左、2010年) ・『学問は現実にいかに関わるか』 (東京大学出版会、2013年) ・『人は時代といかに向き合うか』 (東京大学出版会、2014年)
© Copyright 2024 ExpyDoc