「グローバル人材育成」コストを投資に変える(PDF

コンサルタント ・ オピニオン
2015.1.5
「グローバル人材育成」
コストを投資に変える
吉岡稔泰
みずほ総合研究所
コンサルティング部 主任コンサルタント
国内市場の成熟化や人手不足、国境を越えたサプライチェーンの発展などに対応し、中堅・
中小企業は事業のグローバル展開を加速させている。しかし、多くの企業で、その中核
を担う「グローバル人材」が不足している。グローバル人材を継続的に育成する風土の
醸成とともに、海外勤務者の処遇(給与)設計の見直しが必要だ。
1.中堅・中小企業は、海外ビジネスの拡大・強化を急ぐが、海外事業を担う人材育成が追いついていない。
POINT 2.各階層・各職場でキーマンがグローバル人材として活躍する組織では、OJT が機能し、育成コストが低減。
3.グローバル人材の継続的な育成には、海外勤務者を「特別視」する処遇(給与)設計の見直しも必要。
成長機会を海外に求める
中堅・中小企業の「グローバル人材」不足
吉岡 海外ビジネスを進める中堅・中小企業の多くは、
拠点の経営などに有用な経験を積んでいる日本人社員
―― ここ数年、中堅・中小企業が事業のグローバル
の育成が追いついていない状況にあると思います。海
展開を加速させています。
外ビジネスのスタート時点では展開先が限られるた
吉岡 国内市場はすでに成熟化しており、今後は人口
め、さしあたり一部の経営層や社員による対応となり
減少などによって先細ることも考えられます。企業が
ます。しかし、ビジネスの展開先が広がるなかで、昨
成長を続けていくためには、新興国をはじめとする海
今は「海外で事業を拡大・強化しようにも、人材不足
外での売り上げを増やしたり、生産を拡大させたりす
で困っている」という声をよく聞きます。
る必要があります。そのため最近は、大企業だけでな
―― グローバル人材の育成は、アベノミクスの成長
く中堅・中小企業も海外ビジネスに積極的に乗り出し
戦略にも盛り込まれています。
ています。経済産業省の
「海外事業活動基本調査」
(2012
吉岡 そうした人材が不足しているとの危機感は、企
年度実績)によると、本社の資本金 10 億円以下の企
業ばかりでなく、政府にもあるということでしょう。
業が有する現地法人企業数は 8,150 社と、08 年実績の
一般論として、近年は「海外で勤務してみたい」
「海
4, 214 社からほぼ倍増しています。とりわけ、資本金
外での業務にチャレンジしよう」といった気概をもつ
1億円以下の企業で増加が目立ちます。
日本人が、若年層を中心に減ってきている印象もあり
―― ただ、海外ビジネスを拡大・強化しようとすれば、
ます。そうしたなかで企業が海外での事業を拡大・強
その業務を担う、いわゆる「グローバル人材」が必要
化しようとしても、社員が「海外事業は自分には関係
になります。現実問題として、中堅・中小企業では、
ない」
「自分は海外ビジネスに興味がない」と、関わ
その数が足りているのでしょうか。
りを避けようとする傾向が多く見られるようです。
1
コンサルタント ・ オピニオン
2015.1.5
されると思います(図1)
。このうち「ボーダレス型」
「グローバル人材」とは、語学に堪能であることは
当然のこととして、どのような人を指すのか――。
は、すでに海外で手広く事業を展開していたり、英語
経済産業省のグローバル人材育成委員会は、企業
を社内公用語としていたりして、
社内であえて「グロー
でグローバルな活動をするにあたり、①文化的・
歴史的な背景を乗り越え、相互理解を深められる、
バル人材」という定義や区分を必要としない大手企業
②物事を主体的に考え、同僚や取引先に伝えられ
が中心と考えてください。
る、③相手の強みを引き出し、新たな価値を生み
一方、中堅・中小企業の大半は「局所分布型」では
出せる――といったことを要件として挙げている。
ないかと捉えています。経営層や管理職のごく一部に
海外業務に携わる人材は存在するものの、その他の多
海外業務の知見・経験を共有し
OJT が機能すれば、育成コストは減少
くの社員は海外業務に無関心であったり、担当したく
ないと考えていたりします。そのような社内環境では、
―― グローバル人材の育成が滞っている企業は、何
海外業務に従事する人材が一部に固定されてしまうほ
から手をつければよいですか。
か、その知見や経験が組織全体で共有される機会も少
吉岡 まず「グローバル人材が何人必要か」といった
なくなりがちです。
目標を定めることからスタートさせましょう。漠然と
―― だから、英語ができるというだけで、ずっと海
外業務に従事することにもなります。
「社内にグローバル人材が足りない」と感じているだ
けでは、育成のために必要な施策や費用の計画を立て
吉岡 そういうケースもあるでしょう。他方で、海外
ることはできません。自社が今後、海外でどのような
ビジネスで長い歴史を有する企業は、グローバル人材
事業を展開していくのか。そして、いつ、どこに現地
が「キーマン配置型」であることが多いです。経営層
法人を設立し、そこで日本人社員にどのような役割を
や管理職層、一般職層の各階層でキーマンがグローバ
担わせるか、といったことを明確にします。
ル人材として活躍し、さらに各職場でグローバル人材
―― そもそも、グローバルで活躍できる人材の育成
を継続的に育成する風土が醸成されています。海外業
とマネジメントはどのように行われていますか。
務に関する知見や経験は組織全体で共有されるので、
吉岡 私の経験値を基に述べると、海外で事業を行う
海外業務に直接携わっていない社員の意識も自ずと高
企業におけるグローバル人材の分布は、①局所分布型、
まり、自分のこととして考えるようになるのです。
②キーマン配置型、③ボーダレス型――の3つに大別
―― 海外ビジネスの拡大・強化を志向する中堅・中
小企業は、
「キーマン配置型」を目指すべきです。
吉岡 それが当面の目標になるでしょう。
「局所分布
■図1「グローバル人材」の分布イメージ
【局所分布型】
【キーマン配置型】
型」の企業がグローバル人材を増やすためには当然、
【ボーダレス型】
相応の育成コストがかかります。しかし、育成が進み、
経営層
管理職層
一般職層 (係長・主任)
「キーマン配置型」に移行できると、そのタイミング
グローバル
人材候補
でグローバル人材の増加速度は、緩やかな増加から、
(主任未満)
急激な増加へと転じます(3 ページ図2)
。
・一部の経営層と従業員 ・各階層のキーマンがグ ・従業員全員がグローバ
が海外ビジネスに携
ローバル人材として活
ル人材であり、もはや
わっていて、職場内で
躍し、職場内で知見が 「グローバル人材」と
知見が共有されない。
共有される環境がある。 いう定義・区分が必要
・ほとんどの従業員が、 ・従業員の海外ビジネス
ない。
海外ビジネスは自分た
に対する意識が高ま
ちに関係ないものと
り、自分のこととして
思っている。
考える。
―― それはなぜですか。
吉岡 前述のとおり、
「キーマン配置型」の企業では、
海外業務に関する知見や経験が社員間で共有され、ま
た上司や先輩の薫陶も受けることができ、グローバル
2
コンサルタント ・ オピニオン
2015.1.5
人材候補に対する OJT が機能するからです。それに
り給与額をそのまま海外基本給としたうえで、海外勤
伴い、育成コストも減少していきます。経営基盤の強
務に伴う追加発生コストを手当として加算します。詳
化という観点でも「キーマン配置型」をいち早く実現
細な制度設計が必要なく、わかりやすい仕組みといえ
するような取り組みをお勧めします。
るかもしれません。
―― そもそも中堅・中小企業には、グローバル人材
ただ、
「併用方式」を現在採用している企業は全体
育成のノウハウが乏しいという現実もあります。
の3割程度、一方の「別建て方式」は1割以下です。
吉岡 確かに、中堅・中小企業では、人事担当者は採
1980 年代後半から現在まで主流になっているのが「購
用や労務管理といったルーチン・ワークに追われ、グ
買力補償方式」です。6割以上の企業が採用していま
ローバル人材の育成まで手が回らないケースが多いと
す。これは、日本での生活水準を赴任先でも維持する
思います。そうした場合は、外部の研修プログラムを
方式です。国内勤務時の理論的な生計費をベースに、
活用するのが有意です。語学力やコミュニケーション
外資系コンサルティング会社が提供する都市別の「生
能力の向上はもちろんですが、異文化に対する理解が
計費指数」を掛け、為替レートで現地通貨に換算し、
進むほか、主体性やチャレンジ精神といった海外ビジ
海外基本給を決定します。
ネスで必要とされる姿勢なども養成されます。ただ、
―― 話を聞く限り、いずれの方式も合理的で、見直
そうした研修プログラムの活用だけでグローバル人材
す必要はないようにも思います。
を継続的に育成していくことは難しいと思います。そ
吉岡 現在主流の「購買力補償方式」で給与をもら
うした取り組みと並行して、グローバル人事に関わる
う海外勤務者の立場からすると、十分な納得感が得ら
制度の見直しや整備も必要だと考えています。
れにくい部分もあります。海外勤務者によって生活ス
タイルが異なることから、
「生計費指数」が必ずしも
海外勤務を「特別視」していた時代の
処遇水準・制度に募る
“悩み”
フィットしないのです。例えば、赴任地で日本製品と
日本食を多く採り入れて生活する海外勤務者にとって
―― 具体的には、どういうことでしょうか。
は、ご存知のように海外で日本製を購入すると割高と
吉岡 とりわけ「海外勤務者処遇(給与)
」の設計に
なるため、
「生計費指数」の水準が低く見えてしまう
ついては、企業のコストに直結するといった観点だけ
ことになります。生活スタイルの多様化がさらに進ん
でなく、グローバル人材の育成やモチベーションを高
■図2 「グローバル人材」の分布イメージ
めるうえでも重要なテーマと考えています。
ボーダレス型
―― 海外勤務者の給与設計はどのように行われてい
るのですか。
(多数)
グローバル人材の
育成コスト
吉岡 大きく分けて3つの方式が採用されています。
される標準生計費や同業他社などの水準をベースに、
国内勤務者の給与とは切り離し、別建てで給与体系を
構築するものです。海外勤務者の給与設計方法として
グローバル人材数
キーマン配置型
1つは「別建て方式」と呼ばれ、海外勤務地で必要と
グローバル人材の
急激な増加
グローバル人材の数
局所分布型
は歴史が古く、多くの場合、海外勤務者は国内勤務時
よりも、かなり高めの水準で処遇されます。2つめは
「併用方式」と呼ばれる方法です。国内勤務時の手取
グローバル人材の
緩やかな増加
グローバル人材の育成環境の整備状況
3
(進展)
コンサルタント ・ オピニオン
2015.1.5
でいくなかで、
「生計費指数」がフィットしないケー
この方式では、
「海外勤務を特別視する組織の風土・
スは増えていくかもしれません。
環境を改める」ことをコンセプトに設計します。従来
―― どの方式でも、海外勤務者は国内勤務時と比べ
の海外勤務者の給与設計は、
赴任中の勤務や生活の「大
て給与がアップするのではないですか。
変さ」に焦点を当てた設計になっています。しかし、
吉岡 基本的にはそうですが、国内と海外の給与体系
中堅・中小企業も海外ビジネスを積極的に推進する時
に整合性がないため、
海外勤務者は帰任した途端に「フ
代に、
「海外勤務の間だけ給与が高くなる」ような仕
リンジベネフィット(子弟教育などの補助)
」や「海外
組みを維持したままで、優秀なグローバル人材が長期
インセンティブ」がなくなる分、金銭的な報酬はダウン
間、会社のために働こう、貢献していこうという気に
することになります。
他方で、
「帰国後の配属部署が不安」
なるでしょうか。
―― 海外勤務を「特別視」するような処遇設計は変
「昇進のスピードが遅れる」といった声もよく聞きます。
このような状況で、社員が海外勤務を前向きに捉えら
更したほうがよい、と。
れるか疑問です。
吉岡 そうです。会社側は、グローバル人材が海外勤
務によって「伸長した能力」を捉え、そこに重点を置い
海外勤務者処遇設計「第4の方式」で
コストを抑制し、意欲ある人材を育てる
て処遇します。社員が帰任後、海外勤務によって伸長さ
せた能力を継続的に活用できるように、その後のキャ
―― 現状は制度設計がちぐはぐで、会社側は海外勤
リアにおける国内でのポジションや昇進の評価基準な
務者には手厚い福利厚生を与えているつもりなのに、
どを整理しておく。帰任後の「能力と処遇のミスマッ
社員のほうは内心で不満・不安を抱えているギャッ
チ」を解消することで、社員はモチベーションを高く
プがあります。
保つようになる一方、会社は伸長させた能力を最大限
吉岡 会社側は、海外勤務者にかかるコストはでき
活用することで競争力の向上につなげられます。言い
るだけ抑え、そのうえで期待される成果を創出して
換えれば、
「グローバル人材への育成投資の有効活用」
ほしいと考えます。こうした海外勤務者と会社側との
です。海外ビジネスの拡大・強化を構想する中堅・中
ギャップを解消するために、新しい給与設計の方法が
小企業は、単にグローバル人材を育成するだけでなく、
議論されるべきだと思います。新しい設計方法として、
そうした人材が海外勤務で得た知見や経験、そして伸
長させた能力を活かす仕組みを採り入れるべきです。
「第4の方式」を提案したいと思います(図3)
。
■図3 キャリアステージにおける能力伸長と処遇イメージ
開発準備期間
発展期間
(基礎を育成)
(組織の中核として最大限実力を発揮)
成熟期間
社員:キャリアに対する期待・安心感
(後進に道を譲り、
周囲をサポート)
帰任後の能力を活用 会社:育成投資の有効活用
能力
赴任
帰任
海外赴任による能力伸長
(能力伸張による昇給)
帰任後に能力活用せず
一般的な能力伸長
社員:キャリアに対する不安
会社:育成投資の無駄
(処遇推移)
新卒入社
入社から 5 年
30 歳
35 歳
40 歳
55 歳
みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03-3591-8828 [email protected] c 2015 Mizuho Research Institute Ltd.
4
60 歳