悪役令嬢は奮闘する - タテ書き小説ネット

悪役令嬢は奮闘する
眞上 陽
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
悪役令嬢は奮闘する
︻Nコード︼
N8335CD
︻作者名︼
眞上 陽
︻あらすじ︼
気がついたら恋愛ゲームの世界に転生していたエレナ・クラウン。
その役は、伯爵令嬢にてヒロインである主人公にあらゆる限りの嫌
がらせをする悪役だった。
自分がゲーム世界の悪役令嬢であったことに気がついたエレナは、
その役割を全うすることに全力を注ぐことを決意する。だって、期
待されてるポジションは全うしなければ! という見当違いの責任
感の為。だがやることなすことイマイチうまくいかない。おかしい、
この役はそれなりにスペック高いはずなのに。は、これは転生前の
1
前世のスペックが低すぎて足を引っ張ってるのか⋮⋮!
そんなエレナのドタバタ恋愛コメディー、⋮⋮になる予定です。
2
気がついたら赤ん坊になってました︵前書き︶
とうとうはじめてしまいました。転生ものです。しかも悪役令嬢も
の。だってみなさんの作品すごく面白いんです。つい自分でも書き
たくなってしまうじゃないですか。だけどいつものごとく先のこと
はなにも考えてません。では、よろしくお願いいたします。
3
気がついたら赤ん坊になってました
﹁あう﹂
気がついたらどこかのベッドの上で寝てた。
なんだこのシーツ、さらさらつるつるしててものすごく肌触りい
い。
もっと寝ていたい気はするがまずは今何時か確認するのに起きな
くては。
さて、と。
と、起き上がろうとしたら、まったく起き上がれない。
﹁あ、あう?﹂
あれ、なんだかおかしい。
﹁あうあうあー?﹂
言葉も喋れないぞ???
じたばたと手足っを動かしてなんとか起き上がろうとするものの、
駄目だった。
しかも視界の端にひっかかる手がなんだか異様に短くてまるっこ
い。
4
どうしたことだいったい。
﹁あら、おなかがすいたのかしら?﹂
そう声がして上から覗き込んできた女の人を見て、わたしはぴし
りとかたまった。
超・美人!
ふわふわの金色の髪に、淡いブルーダイヤのような瞳。
色素の薄い肌に、桜色に染まった唇。
優しげに微笑む、見たこともないような美貌。
ぜひお嫁に来てください。
と、会った瞬間にプロポーズしてしまいそうなその威力ある容貌。
ぼんやりと見とれていると、その女の人はわたしをすっと抱き上
げた。
ん?
抱き上げられてるとな?
その女の人は、ゆっくりとあやすようにわたしを抱き上げ、頬に
頬ずりした。
5
﹁あら、静かになったわ。いい子ね、寂しかっただけね?﹂
いえ、起き上がりたかっただけです。
そう言おうととしても声は出ず。
ふっ。
この状況、認めねばならないだ。
そう。
わたしは赤ん坊へと転生していたようなのです⋮⋮!
その後、いろいろ思うところはありましたが、とりあえず気が抜
くとすぐ眠くなるこの身体に、わたしはしばらくの間考えることを
放棄した。
眠い。
おなかすいた。
⋮⋮もよおした。
だって、これの繰り返しで一日がすぐ終わるんだもん。
どうしてこうなったか考えるのは未来へ持ちこし。
6
め、面倒になったからじゃないんだからね!
⋮⋮ツンデレ気取ってみたけど、つっこみいれてくれる人いない
とむなしいものだね。
ふわあ。
ねむねむだあ。
だって中身はどうあれ身体は赤ん坊だもん。
では今回はこれで。
おやすみなさい⋮⋮、ぐう。
7
気がついたら赤ん坊になってました︵後書き︶
しばらくは子供︵幼子︶時代続きます。
8
歩きはじめました︵前書き︶
この話は続けて書いていけそうです。わりと書きやすいから。
9
歩きはじめました
﹁あらあら上手ねえ、あんよが上手﹂
そう言ってママさんが手を叩くのでわたしはよちよちと歩いて近
づいていく。
ママさん、やっぱり美人だ。
儚げな美人さんだ。
見ているだけで癒される。
美人は正義だ。
わたしはママさんの子供に生まれて嬉しい。
ちなみに仕事へ行ってるパパさんもカッコよいですよ。
パパさんはママさんよりも豪奢な金髪の持ち主で、瞳の色ももっ
と濃いブルー。
容姿も線の細い正統派美人! って感じ。
なんかパパさんもママさんも同系統の美人さんです。
ふふ、わたしもこうなると楽しみですな。
きっとふたりの子供ならミラクルパーフェクトプリティーベイベ
10
ーに違いないのですよ。
まだ鏡見てないけど、絶対に間違いなし!
でもわたしは楽しみは先にとっておくタイプなのでまだ我慢。
ふっ、将来わたしはどんな女性になるのか。
このママさんとあのパパさんの遺伝子を足して2で割ったわたし。
ううん、考えただけでぞくぞくするー。
わたしがそんなこと考えてるとも露知らず、ママさんは楽しそう
に手拍子を打っている。
﹁はいはい、その調子。本当に上手ねえ﹂
ママさんは褒めて育てるタイプらしい。
﹁あう!﹂
ふっ、当然ですよ。
わたしがただの赤子と思ったら間違いなのですよ、だってわたし
は転生者。精神年齢は⋮⋮、えっと、いくつだっけ? まあいいや。
とにかくただの赤ちゃんじゃあないってことです、えっへん。
ぐら。
お?
11
ばたん。 ママさんのおだてにのって、踏ん反り返りながらよちよち歩いて
いたら、後ろへすっころんだ。
もろ頭からいったですよ。
赤ん坊は頭に比重いってるから、当然っちゃ当然だけど。
オゴレルモノハヒサシカラズ。
倒れる瞬間、ふとそんな言葉が浮かんだ。
﹁きゃあ、大変。大丈夫!?﹂
慌ててママさんがわたしを抱き起した。
ふっ、もちろん。わたしは、ただの、⋮⋮ふえ。
﹁あううううううううー!﹂
⋮⋮痛いものは痛いのです。
美人で優しいママさんの豊かな胸に抱かれ、わたしはしばらく大
泣きをした後安らかな眠りの世界へと旅立ったのでした。
細くて華奢なのにこのバスト、永遠の謎ですな。
ねむねむ。
12
歩きはじめました︵後書き︶
なんかこの主人公、低スペックどころか残念臭が⋮⋮。
13
⋮⋮あれ?︵前書き︶
エレナ、現実を知る・の回です。
14
⋮⋮あれ?
⋮⋮あれ?
⋮⋮⋮⋮あれれ?
ただいまわたし、鏡を見ています。
あれ? なのです。
わたしの想像ではそこにはスーパーウルトラビューティフルベイ
ベーがいなければおかしい。
もしくはハイパーモアレストプリティーベイベーでも可。
⋮⋮あれ?
鏡の向こうには小さな女の子の姿が映ってます。
ためしに手をあげてみる。
鏡の向こうの女の子も手をあげてる。
⋮⋮あれ?
と、いうことは、つまり。
鏡の中の女の子はわたしということで。
15
⋮⋮あれ?
そ・う・ぞ・う・と・ち・が・う・ん・で・す・け・ど!?
いや、不細工とは申しません。
むしろかわいいとも思いますよ?
そうかわいいかわいい。
あのパパさんとママさんの存在がなければですが!
改めてじっと鏡の中のわたしを見つめてみる。
髪は金髪とも言えなくはない色合い。薄い茶髪とどっちのが近い
かねー? みたいな感じ。
⋮⋮あれ?
パパさんの豪奢な金髪とママさんのきれーな金髪どこいった。
瞳の色は、淡い琥珀色。
⋮⋮あれ?
これも綺麗っちゃ綺麗かもだけど、なんか地味。
髪の色との組み合わせではもっと違う印象かもしれんけど。
パパさん深い青とママさんのきれーな青はどこいった。
16
顔はまあ、よくクラスにひとりかふたりはいる、﹁あ、可愛い子
だね﹂レベル。
⋮⋮あれ?
ここが一番本気で問いたい。
パパさんとママさんの正統派美形の遺伝子どこいった!
鏡の前から離れないわたしに、ママさんがにこにこしながら話し
かけてきた。
﹁あらあら、自分の姿が映ってるのが、不思議なのねー﹂
いえいえ、鏡に映ってる自分の姿が不思議なのですよ。
﹁やっぱり、かわいいわねー。鏡に映っても、とってもかわいい﹂
親馬鹿発言ありがとうございます。ただわたしが問いたいのはそ
こではなく。
﹁あう、あうう。あーうう﹂
どうにかこの気持ち汲み取ってもらおうと、指を指して本気で訴
えてみる。
﹁あらあらどうしたのかしら? ああ、お母様と髪や瞳の色が違う
のが不思議なの?﹂
17
﹁あう!﹂
やたっ! 通じた。
﹁ふふ、そうねー。あなたはお母様のお父様、つまりエレナのおじ
い様にそっくりだものね。今度会いに行きましょうね﹂
はっ。
まさかの。
か・く・せ・い・い・で・ん!
現実を受け止めたわたしはがっくりと項垂れました。
がっくり。
18
⋮⋮あれ?︵後書き︶
なかなか悪役令嬢、の部分にいかないですねー。
現在エレナ、転生者の自覚はあるも世界がゲーム世界であることは
まだ気づいてません。
19
おしゃべりします︵前書き︶
エレナがどんどん阿呆の子になっていきます⋮⋮。
20
おしゃべりします
﹁あーうう、あうあう、あーうううぱ﹂
﹁まあまあ、よくお話しできてるわね﹂
本気ですか。
わかるですか。
この赤ちゃん言葉。
ではためしに。
﹁あーうう、あうあうあ︵わたし、おなかへった︶﹂
﹁あらまあ、もっと遊びたいの? でもそろそろおねむの時間よ﹂
わかっとりませんがな。
﹁あう? あううううあ、う、あ?︵ね? 赤ちゃんだと思って適
当じゃ、め、よ?︶﹂
﹁まあ、お返事できるのね。エレナは本当に賢いわね﹂
﹁あう!﹂
ピントははずれてるけど、そこは正解!
21
だってわたしは転生者。
普通の赤ん坊と比べてもらっては困るですよ。
ふっ、これがチートというやつですか。
人より上を進んでいくわたしの華々しい人生、見ていてくれなの
ですよ。
そう、だってわたしってば伯爵令嬢なのですよ。
寝心地のよいシーツに、豪華なお部屋。
お金持ちだとは思ったけど、まさかの貴族様ですよ。
目を皿にして耳をダンボにして情報取集に励んだ結果、判明した
驚愕の事実。
ふっ、やはり選ばれし者の人生は最初からして違うのですな。
パパさんは美形の伯爵様で、ルフォス・クラウン。
ママさんは美人の伯爵夫人で、エレイン・クラウン。
で、わたしが伯爵のひとり娘で、エレナ・クラウン。
うーん、なんかこの名前どっかで聞いたことあるような、ないよ
うな。
うん、まあいいか。
22
大事なことならきっと思い出すですよ。
思い出さないってことは別にどーでもいいってことだもん。
ふふふ、わたしは生れながらのお嬢様なのだー。
テンションあがるです、いえい。
たとえ、パパさんやママさんのビューティフルフェイスを受け継
げなくても、ね!
でもこの国どこだろー。
見た所、ヨーロッパって感じなんだけどなー。
あれー、でもまだ貴族制あるのってどこの国だっけ?
あと貴族ってファーストネームとファミリーネームの間にフォン
とか入ったり、レディやロードって称号入るんじゃなかったけ?
⋮⋮ま、いっか。
きっとそのうちわかるだろーし。
わたしの勝ち組人生にはかわりなし、なのですよ。
ふっふー、いえい。 ﹁あらあらご機嫌ね、じゃあそろそろおねんねしましょうね﹂
23
﹁あううー!﹂
おなかすいたのは本当なのですー!
ママさん、まんま、ぷりーず!
24
おしゃべりします︵後書き︶
明日も更新できるといいな、と。
25
会話ができるようになりました︵前書き︶
幼児編が意外に楽しく話が進みません。
26
会話ができるようになりました
﹁はい、あなたのお名前は?﹂
ママさんが質問です。
﹁あい。えれなでしゅ﹂
答えます。
﹁はい、よくできました。いい子ですねー﹂
褒められました。
﹁あふふー﹂
図に乗ります。
﹁では、わたしは誰でしょう?﹂
ママさんが質問です。
﹁あい。おかあしゃまでしゅ﹂
答えます。
﹁はい、よくできました。いい子ですねー﹂
褒められました。
27
﹁ぷふふー﹂
図に乗ります。
﹁あなたは何歳ですか?﹂
ママさんが質問です。
﹁あい。もうしゅぐしゃんしゃいになりましゅ﹂
答えます。
﹁はい、よくできました。いい子ですねー﹂
褒められました。
﹁くぷぷー﹂
図に乗ります。
﹁あなたの好きなものはなんですか?﹂
ママさんが質問です。
﹁あい。あまいものとくだものでしゅ﹂
答えます。
﹁はい、よくできました。いい子ですねー﹂
28
褒められました。
﹁ふにゅふー﹂
図に乗ります。
﹁では、わたしは誰かな?﹂
それまで横で見ていたパパさんが質問です。
﹁あい。おとうしゃまでしゅ﹂
答えます。
﹁⋮⋮うん、そろそろいいかな﹂
ん? 返ってきた反応が予想と違う。
﹁ぶぶー﹂
褒められなかったのでむくれます。
﹁まあ、女の子がそんな顔しては駄目よ? そんな顔もかわいいけ
れど﹂
ママさんがたしなめる。
﹁ああ、お父様が返事をしなかったから怒ったんだね? ごめんね、
エレナ﹂
29
パパさんがそう言って、頭を撫でてくれた。
﹁あーい﹂
機嫌はすぐに復活。
パパさんの手は大きくて気持ちがいいですなー。
﹁エレナもだいぶ成長したし、会話も成り立つようになったからそ
ろそろかな﹂
パパさんがママさんに話しかけた。
﹁まあ、じゃあ⋮⋮﹂
ママさんが嬉しそうに手を合わせると、わたしに向かってにっこ
りほほ笑んだ。
おうっ、女神の微笑です。
あまりのまぶしさに目がくらみそうですよ。
﹁エレナ、よかったわね。お母様のお父様、つまりはあなたのおじ
い様へ会いにいけるわ﹂
﹁おじーしゃま?﹂
ん? 隔世遺伝のもとにお会いできるとな?
30
それはぜひ一見したいです。
わたしのもとを︵涙︶!
31
会話ができるようになりました︵後書き︶
次回は少し進展アリ? でしょうか。
32
引きこもりには意味があったのです︵前書き︶
おう、展開ちょースローテンポでーす。
33
引きこもりには意味があったのです
﹁はい、じゃあこれ着ましょうねー﹂
﹁あい﹂
﹁ふふふ、いい子ねー﹂
﹁あーい﹂
ただいま絶賛オシャレ中。
ママさんにかわいく髪を結んでもらったり、フリフリのドレス着
せてもらったり。
ってすごいよこの服。レースとリボンでフリフリフリフリ。
可愛いは正義!
わたしはご機嫌です。
ただいま、なにをしているかと言うと。
ママさんのパパさん、つまりはわたしのグランパに会いに行くた
めの準備をしてるです。
いままでほぼ外に出なかったり、会うのもほぼママさんと、パパ
さんと、後は限られた使用人達だけだったのは訳があったのですよ。
34
どうやら、ここでの方針としてある程度大きくなるまでは外に出
したり人に触れさせたりしないみたいなのです。
感染症とか病原菌とか、極力近づけないようにする為とか。
赤ちゃんが病気になると、死亡率高いのだって。
んーん? 意外と医療が遅れてる国だったりするのかな?
まあ、たぶん貴族でないおうちはそこまで過敏じゃないだろうし、
貴族のおうちでも母親があそこまでべったりなのは少数派みたい。
通常は乳母さんとかがつくようなんだけど、うちはママさんの方
針でママさんがつきっきりだったとのこと。
貴族のおうちだと、本当に珍しいケースだとか。
赤ちゃんの前だと思って、使用人達があまり気にせずいろいろ目
の前で話してるの聞いた内容だと、そうらしいのです。
でも悪口とかは全然ないですよ。
どっちかってーと賛辞のが多いです。
子供想いだとか。
綺麗だとか。
優しいとか。
35
美しいとか。
親切だとか。
スタイル抜群だとか。
滅多なことでは怒らないとか。
女神のようだとか。
使用人を大事にしてくれてるとか。
神々しいとか。
エトセトラ、エトセトラ⋮⋮。
美しさは正義!
さすがわたしのママさんです。
えっへん。
まあそういうわけで、ママさんのパパさんに、つまりはグランパ
に一度も会ったことのないというのはそーゆーわけでした。
で、パパさんがそろそろもう外に出してもいい頃だろう、と判断
し、今回のお出かけが相成ったのでした。
おでかけ楽しみだなあ。
36
るんるん。
37
引きこもりには意味があったのです︵後書き︶
毎日更新続けられるとこまで頑張ります。
38
グランパはじめまして︵前書き︶
グランパグランパパパラッパ♪︵意味はありません︶
39
グランパはじめまして
馬車に揺られてグランパの家に着きました。
ママさんとパパさんも一緒。
ママさんに手を引いてもらって、お屋敷の前に立ちました。
⋮⋮城?
お屋敷は、城でした。
うちも大概大きなお屋敷だーって思ってたけど、レベルが違うぞ。
グランパ何者?
迎えてくれたのは、執事さんでした。
セバスチャン!
わたしはそう叫びそうにないましたが、執事さんはグラスさんと
言うそうです。
白髪眼鏡の老紳士。
理想の執事像です。
セバスチャーン! と呼びたかった。
40
執事さんに通されたのは客室でした。
ご当主様、つまりはグランパがくるまでここで待ってるそうです。
﹁疲れた? エレナ﹂
﹁んーん、だいじょうぶでしゅー﹂
ママさんに問われ、わたしは首をふった。
﹁そう、いい子ですねー﹂
﹁あーい﹂
その後、出してもらったジュースを飲んでると、足音がして、淡
い茶色の髪の男の人が部屋に入ってきました。
目の色は琥珀色。
そして顔は⋮⋮。
﹁あう﹂
しかめっ面で怖かった。
眉間にしわが寄ってるですよ。
﹁まあ、お父様。お久しぶりですわ。お元気にしてらして?﹂
41
ママさんは完璧な淑女の礼をとると、嬉しそうにそう言った。
やっぱりグランパ決定です。
﹁お久しぶりです、エルハラン公。今日は娘をご挨拶に連れてまい
りました﹂
パパさんは完璧な紳士の礼をとると、そう言った。
﹁うむ﹂
それに対してグランパは浅く頷いただけ。
そしてその視線は、わたしに向けられている。
どうするわたし、なにを言えば。
蛇に睨まれた蛙状態の私に、グランパから声をかけてきた。
﹁名前はなんと言う?﹂
﹁え、えれなでしゅ﹂
びくびくしながら答えます。
だってグランパ顔怖い。
わたしは確信する。
隔世遺伝は髪と目の色だけ。
42
だってわたしの顔はこんなに怖くないもん。
﹁いくつになる?﹂
﹁しゃ、しゃんしゃいになるでしゅ﹂
うう、ママさんと練習しておいてよかった。
じゃなければびびって答えられなかったよう、ふにゅー。
﹁⋮⋮この子は言葉が遅いのか?﹂
ガーン。
この転生チートに向かってそのセリフ。
聞き逃せません!
﹁えれな、言葉遅くありません! たくさんお話しできるでしゅ!﹂
﹁ほう﹂
怖いだけの顔だったグランパに、おもしろがるような色が浮かん
だ。
﹁わしが怖くないのか?﹂
﹁怖くなんかないもん!﹂
43
顔は怖いけど。
﹁くく、そうか﹂
なにが面白いのかしらんが、グランパは身体を小刻みにして笑っ
てる。
まったく、失礼な!
﹁お父様、エレナがむくれてますわ。からかうのもほどほどに﹂
﹁うむ。わしが悪かった。⋮⋮エレナ﹂
﹁あい﹂
﹁わしはエルハラン公爵レベリーだ。これでも、ずっとおまえに会
いたいと思っておった。仲良くしてくれるか?﹂
﹁あい!﹂
わたしは心が広いのです。
仕方ないので許してあげるです。
そんなわたしにグランパは相好を崩して笑った。
⋮⋮やっぱ顔こわ。
顔の造りはグランパに似なくてよかったです。
44
45
グランパはじめまして︵後書き︶
次回は攻略対象者一人目登場! 予定です。
違ったらすみません。
46
従兄弟登場! なのです︵前書き︶
やっと一人目登場です。
47
従兄弟登場! なのです
﹁ところで、おまえの従兄弟を紹介しよう﹂
グランパはそう言うと、扉の方に向かって声をかけた。
﹁ニール、入ってきなさい﹂
そう声をかけられて姿を現したのは、小さな男の子でした。
年の頃は、わたしより少し上のようです。
が、わたしはその男の子が釘づけになりました。
だって、だって。
ちょう! ちょうちょうかわいいー!
否、かわいいと言いうか、そのサイズなのでかわいいであってる
と思うけど、綺麗!
髪はさらっさら。
淡い銀髪。
切れ長の涼やかな瞳。
その目の色は淡いアメジストのような輝きを放ってる。
48
肌の色は透けるように白く。
その容貌たるや、超絶神に愛された結果の賜物。
う・ら・や・ま・し・いー!
なにそれなにそれ!
わたしもそれがよかった!
わたし女の子!
この子男の子!
だったら美貌は女の子にあったほうが有効活用できるはず!
ずーるーいー!
と、わたしが心の内で地団太踏んでるのを知らず、ママさんが嬉
しそうに声をかけた。
﹁まあ、あなたがニール? 会いたかったわ。わたしはエレインで
す﹂
ママさんにそう声をかけられた男の子は、スッとお辞儀をした。
﹁初めまして、叔母上。わたしがニール・エルハランです。わたし
の方こそ、噂に高い叔母上にお会いできて光栄の極みです﹂
んん?
49
あれ?
今この子が話した?
えと?
この子いくつ?
﹁まあ、もうすっかり立派になっているのね。ニール、いくつにな
ったの?﹂
﹁はい。四歳になります﹂
﹁まあ、うちのエレナと一つしか違わないのに、すごいわ。お父様、
これで公爵家も立派な跡継ぎに恵まれて安心ですわね。姿もお義姉
様によく似て、とても可愛らしいわ﹂
﹁ふふ、そうだな﹂
﹁そうですね、しっかりされてて感心致しました﹂
大人達がそう言ってるのを横で聞きながら、わたしは再度ニール
を、つまりはわたしの従兄弟をじっと見てみた。
すると、ニールもわたしをじっと見返しました。
んーん?
なんか見たことあるような⋮⋮。
50
あれ?
淡い銀髪、アメジストの瞳。
公爵家の跡取りの、ニール・エルハラン。
ニール。
銀髪のニール⋮⋮。
⋮⋮あ︱︱︱︱︱︱︱︱!
思い出したです!
思い出したですよ!
ニール・エルハラン!
これは!
これは間違いなく、ゲームキャラクターなのです!
51
従兄弟登場! なのです︵後書き︶
しかし攻略対象者計何人にするかはまだ未定です。
52
衝撃の事実なのです︵前書き︶
しかしエレナさん、テンションたけー。
53
衝撃の事実なのです
あう、あうあうあう⋮⋮。
ただいまわたし絶賛混乱中。
記憶を整理する必要アリ。
少々お待ちください⋮⋮。
チッチッチッチッチッチッチ⋮⋮!
うるさいわ!
逆になにも考えられませんがな!
はっ。
いやいや、わたし、冷静になるですよ。
クールダウンですよ。
落ち着け落ち着け。
パニックは正しい回答を持ってはこないぞ。
落ち着け。
落ち着け、わたし。
54
って、落ち着けるかー!
な、ん、て。
な、ん、でー!?
なんでゲームのキャラがここにいるの?
しかもなんで幼いの!?
ここはどこ?
わたしは誰?
記憶喪失ではないですがな!
はっ、てゆーか、そもそもエレナ・クラウン。
なんか聞き覚えがあると思ったら。
こ・れ・も・そ・も・そ・も・ゲームのキャラの名前なんですけ
ど!
なんか乙女ゲーム︵全年齢対象・超健全内容プレイ︶にいた気が
するんですけど!
し・か・も、悪役ライバルキャラ、だったと思うんですけど!?
え、なにこれ。
55
なんなのですか。
まじですかこれ。
もしかして。
もしかしなくても。
ここって。
ゲームの世界だったりするのですか!
わたしってばゲームキャラですか!
わたし当て馬ですか!
ヒロインではないですか!
主人公ではないですか!
だって転生チートなのに!?
もしかしたら、そのうちカーソル出てきて行動やセリフに選択肢
出てきたりするですか!
ピッとか選んじゃったりするですか。
そんな馬鹿な!
56
頭の中をぐるぐるとまわる疑惑・混乱。
は、はう。
しだいに目もまわってきたですよ。
くらくらくら⋮⋮。
あ、あう、そんな⋮⋮。
あ、
う、
う⋮⋮。
ぷしゅ。
ブラックアウト。
﹁きゃー! エレナ? どうしたの!?﹂
は、意識の片隅にママさんの声が聞こえるです。
ごめんなさい、ママさん。
わたし、許容量オーバーです。
57
本日はここでリタイアなのです。
そして、わたしはいったんそこで意識を手放した。
なーむ。
58
衝撃の事実なのです︵後書き︶
明日も更新できるよう頑張ります。
59
前世の記憶︵前書き︶
エレナさん、やっと気がつきました。
60
前世の記憶
気がついたらベッドの上で寝てました。
﹁はう!?﹂
まさかまた知らぬ間に赤ん坊に転生を!? と慌てて飛び起きる
と、いきおいで前につんのめりました。
﹁ふぎゅ!﹂
顔から思いっきりいきましたが、ふかふかベッドの上なので痛み
はないですが。
よたよたと起き上がると、そこは知らないベッドの上でした。
すぐわきに大きな鏡があって、そこに映っているのは、エレナ・
クラウン。
ちゃんと、いまのわたしです。
ちょっとほっと一安心。
ぐるりと周囲を見て見ると、そこは豪奢な造りのお部屋でした。
状況から考えるに、わたしはグランパとの対面の後、気を失った
と考えるのが妥当でしょう。
そうするとここはきっと、グランパの屋敷の一室か。
61
わたしはそう納得するとぽすっと枕に顔をつけ、考えを整理する
ことにした。
まず、生まれる前のこと。
ここがゲームの世界、だとするなら、それは生れる前の、記憶の
はず。
わたしは、以前誰だった?
⋮⋮⋮⋮ありゃ?
わたしは転生者。
それは間違いない。
だけど、わたしはいつ、どうして死んだの?
⋮⋮まったく覚えてない。
わたしは、いくつで死んだの?
⋮⋮まったく覚えてない。
わたしは、なにをしていた人なの? そもそも学生? 社会人?
⋮⋮まったく覚えてない。
わたしは、そもそも、男だった? 女だった?
62
⋮⋮まったく、覚えて、ない。
﹁役にたたんにもほどがあるわー!﹂
わたしはきーっと枕を放り投げた。
あれ? あれれ? 確かにわたしは転生者。
確かに記憶もあったはずですよ。
前世の記憶。
う・ま・れ・た・て・は。
はうっ!?
後回しにしてるうちに忘れてしまったですよ。
目が覚めたてに夢を覚えていても、時間がたつと忘れるのと同じ
原理ですか!
たしかに、後回しにしたわたしが悪いですよ。
ええ、それは認めます。
わたしは自分の負けをきちんと認められる潔さはちゃんと持って
るですよ。
63
だ・け・ど。
赤子がメモとれますかい!
記憶の持続なんざ、自慢じゃないですが無理ですよ!
メモにでも残さなきゃ、無ー理ー!
赤子はいろいろ忙しいのですよ。
飲んで寝て飲んで寝て飲んで寝て、もよおして!
それが赤子の仕事なのですよ!
前世にかまってなんかられないのですよ!
はあ、はあ、⋮⋮はー。
えと。
あの。
わたし。
⋮⋮転生チート、で、あってますよね?
64
前世の記憶︵後書き︶
次回はゲームの記憶編、です。
65
そのゲームは︵前書き︶
エレナさん一人自問自答続きますねー。
66
そのゲームは
わたしはあらためて浮き彫りになった事実に愕然とする。
が、いつまでもそうはしてられないので、いま思い出せることを
思い出そう。
えと、まずはこの世界。
なんだか違和感があったのはゲームの世界だから。
どうしてそう思ったか、はわたしエレナ・クラウンとニール・エ
ルハランの名前。
伯爵令嬢と公爵令息。
従兄弟の関係。
その一致。 これでゲームとは無関係だっていうなら怒りますがな。
そのゲームのタイトルは⋮⋮忘れた。
うう、もうこれはいいです次ですよ次。
どんなゲームだったか。
恋愛シュミレーション、いわゆる乙ゲーですな。
67
しかも、全年齢対象のあんまりストーリーもグロかったり、悲惨
なものじゃない、ライトのやつ。
ヒロインがなんか努力して攻略対象者GET! 的な?
⋮⋮おもしろいのかそれ。
はて? わたしそんな乙ゲー好きだったのかな。
他のゲームは⋮⋮。
うろ覚えだけど、してない気がする。
とゆーより、RPG専だった気がする。
うん、やっぱりそっちのがしっくりくるですよ。
道具とかフルコンポしたり、イベント制覇したり。
まかり間違って途中退場しないように通常よりレベルあげてボス
戦挑んでみたり。
楽しかったよなあ⋮⋮。
この世界にもゲームあればよかったのに。
はっ、脱線してるです。
今はこのゲーム世界について思い出さなければ。
68
えーと、このゲーム。
そう、流れはヒロインが攻略対象者をクリアする話。
その、流れは⋮⋮。
はて、まったく思い出せない。
が、別に思い出してきたことがあるです。
わたし、途中経過興味なかったですよ。
なんかひたすら途中イベントと結果のイラストコンプリートにだ
け燃えてた気がするですよ。
途中の会話は一度目はすべて選択肢出てくるまで自動で流し、二
度目からはスキップしてた、です。
⋮⋮わたし、なにがおもしろくてそのゲームしたんですかね。
いえ、わかりますよ。
わかっとりますがな。
絵です。
イラストがめっちゃ好みだったんですね、わたし!
美麗なイラスト目的だった、間違いなく! 69
今も美形好きのわたし。
前世もそうだったなんて。
ごう
ふっ、なんて因果な業を背負って生まれてきてしまったものか⋮
⋮。
な・ん・て。
格好つけてみても、ようはただの面食い!
は・ず・か・し・いー!
わたしは恥ずかしさにしばらくの間もんどりうってしまいました
⋮⋮。
70
そのゲームは︵後書き︶
この後どーしよーかなー、と。
71
ゲームキャラについて考えるです︵前書き︶
エレナさん考え中。
72
ゲームキャラについて考えるです
しばらくの間ばたばたしてたら羞恥心は落ち着きました。
わたし、この自分の切り替えの早さは結構好きです。
さて、話をもとに戻そう。
ヒロインは誰か。
知りませんがな。
ゲームは常に主人公視点。
つまりは主人公の目を通してだった。
これはよし。
主人公であるヒロインの容姿は?
わかりませんがな。
だって一枚も正面からのイラストなかった。
でもサラサラのロングストレートの髪の後ろ姿はあって、それを
見るたびにきっと﹁妖精のような華奢で可憐な超絶美しい見るもの
を一目で虜にするようなそれでいて清廉で儚い絶世の美少女!﹂に
違いないと思ったものですよ。
73
ふっ、わたしの美人にたいする情熱は昔からかなりのものがあっ
たのですよ。
自慢にもなりゃせんな。
で、わたしがそんなスルーばかりのゲームでなにがおもしろかっ
たかというと、イラストはもちろんだけど、確か、攻略ガイド、を
読んでいた気がする。
ただ、イラストや登場人物の設定メインだったような、気がする
けど。
うーん、この辺はまだ記憶曖昧ですなー。
ヒロインの設定。
名前はゲームプレイヤーが決めるもので、なかった気がする。
プロフィールや経歴・背景もあったのかなかったのか、⋮⋮思い
出せない。
でも、ヒロインは学校を舞台とする場での初登場だから、これか
ら出会うとすればまだ十年以上あるし⋮⋮。
うん、とりあえずこれは放置決定。
次に攻略対象者。
ニール・エルハランは確定。
74
他は⋮⋮まだ思い出せない。
でも、ニール・エルハランに会った時、なんかパッとこいつ攻略
対象者だ! って思い出したから、まだまだ思い出す余地はありで
すよ。
とゆーか、さっきまでここがゲームの世界だってこと自体気がつ
いてなかったんだから、焦りは禁物禁物。
きっと、こうやって考えていくうちに、思い出すことも出てくる
ですよ。
これで思い出せないなら、きっとたいしたことはないのです。
きっと。
では最後、わたし、エレナ・クラウン。
⋮⋮あんまり、設定なくね、です。
たしか、キャラガイドにあったのは。
ヒロインのライバル。
悪役的立場。
伯爵令嬢。
ヒロインにありとあらゆる嫌がらせをする。
75
⋮⋮嫌がらせ?
ありとあらゆる?
なにをするですか?
わたし、ゲームその辺はスルーしてるから思い出せないというよ
りは知らんですよ。
興味もなかったですよ。
嫌がらせ⋮⋮。
スカートめくりとか?
髪ひっぱってみるとか?
虫投げてみるとか⋮⋮それはわたしが触れんわ。
わたしは、なにをするんでしょうか。
76
ゲームキャラについて考えるです︵後書き︶
エレナさん的嫌がらせ内容小学生低学年男子並︵笑︶
77
わたしのとるべき道︵前書き︶
エレナさん、予定よりだいぶ阿〇の子になって⋮⋮。
78
わたしのとるべき道
ここで、わたしはふと気がついた。
わたし、今後どうすればいいのか。
それをきちんと考えなくては。
では、どんな選択肢がある?
いち:わたしに与えられてる悪役令嬢の道をゆく。
に:自分の好き勝手な道をゆく。
うーん、ここは普通、二、を選びたいとこですが。
だがここはゲーム世界。
きっとどこかの誰かが楽しんでいるにちがいない。
わたしがそれと違う選択をして壊してしまっていいものか。
あれ、ゲームおかしくね? 楽しみにしてたのに、と思われては
いいのか。
うん、よくないだろう。
わたしとヒロインは学校の入学で初めて出会う。
79
ゲームのスタートもこの入学式からだ。
きっとそこからカメラズームインで、ゲームが展開されるのだろ
う。
まだここにはカメラとかはないだろうけど、ちゃくちゃくと裏設
定のストーリー展開が進んでいるのは間違いないはず。
だったら今からきちんと決めておかなければ。
もしわたしが悪役令嬢の道を進むことで、将来殺されるとか貴族
社会追放とかされたりだったら嫌だけど、あのゲーム超健全だった
し。
そんな黒い設定なかったはずだし。
悪役令嬢って言っても、たぶん苛めっ娘くらいの感覚だと思うし。
覚えてないけど。
なんかたぶん反省して謝罪とか、そんな感じくらいだったと思う
し。
それくらいなら許容OK。
必要なら土下座だってしてみせましょう!
ちょっと、可愛くて美人で優しくて可憐で乙女なヒロインに嫌わ
れるのはかなしいかもだけど、すべてが終わったら全力で仲直りし
て許してもらえばいいし。
80
ゲームのエンディングはヒロインが誰かをGETすることなんだ
から、それまでだと思って。
きっと、愛らしくて美しくて素直で親切なヒロインはわかってく
れるはず。
最初険悪なのが、一転なにかがあって親友に、っていうのもよく
ある話だと思うし。
﹁今までごめんね! 本当はあなたと仲良くしてほしいと思って
たの!﹂そう言う︵予定︶のわたしに、﹁そんな! いいの気にし
なくて。これからはずっと仲良くしましょう。わたしたち親友よ!﹂
と答えてくれる︵であろう︶ヒロイン。
え、なに。
それいい。
てか逆にいい。
超青春っぽい。
うん。
決まり。
不肖わたくしエレナ・クラウン。
立派な悪役令嬢の道を歩みたいと思います!
81
わたしのとるべき道︵後書き︶
次回はニール君再登場予定です。
82
ツンドラニール︵前書き︶
ニール登場・本当に登場しただけでした。
83
ツンドラニール
立派な悪役令嬢の道をゆく! と決意を新たにしたところで、コ
ンッと扉を叩く音がした。
ありゃ、と見てみると、そこにはニール・エルハランが立ってま
した。
なぜここに!
と、一瞬思いましたが当然ですね、ここは彼のおうちです。
たとえ、城と表現するのが正しくてもおうちはおうち。
でも、なんでこの部屋にきたですか?
ふつーこーゆー時に現れるのは、ママさんとか侍女さんとかでは
ないですか。
もしくはセバスチャン! 改め執事のグラスさん。
しかし実際に現れたのはニール・エルハラン。
ニール・エルハランはなにも言わずにわたしをじっと見つめてい
ます。
こいつ、ママさんとパパさんの前での饒舌はどこいったですか。
なにか喋れ、ですよ。
84
⋮⋮喋らんですよ。
こいつ、なんなんでしょうか。
ニール・エルハランとは、いったいどんなキャラだったか⋮⋮。
目の前のニール・エルハランを見ながら、わたしはゲームのニー
ル・エルハランの知識を脳裏に浮かべました。
ニール・エルハラン。
美貌の次期公爵。
王子様の腹心になる予定の人物で実際王子様の親友。
わたしやヒロインからは一つ年上にあたる。
わたし、エレナ・クラウンの従兄弟。
銀髪のニール。
もしくは、ツンドラのニール⋮⋮。
そう!
ツンドラ、ですよ。ツンドラ!
デレじゃないんですよ。
85
デレないんですよ。
ツンドラ=氷雪に閉ざされた凍土平原。
凍死しますがな!
⋮⋮なにがよかったんだろうヒロイン、この攻略者。
はっ!
そうではない。
そうではないですよ。
わたしは立派な悪役令嬢の道を進むと決めたばかりではないです
か!
であれば、今からニール・エルハランに対するわたしの態度もき
ちんと理にかなったものでなければ。
えーと。
ニール・エルハランのエレナ・クラウンへの評価は確か⋮⋮。
そう!
確かわがままな従姉妹におもいやられる、でしたよ!
わかりました。
86
わたしのニールに対する態度はわがまま娘!
やってみせましょう、わがまま娘!
ふっ、わたしのわがままできっとこのツンドラボーイを翻弄させ
てみせましょう。
いざ、勝負!
87
ツンドラニール︵後書き︶
エレナさんはこうやって空回りしていく予定、なのです。
88
それは非常に食べにくいのです︵前書き︶
なんだか話がスローテンポ。ニール編はとりあえず後二、三話の予
定ですが。
89
それは非常に食べにくいのです
﹁おなかしゅいたでしゅ!﹂
とりあえずわがまま言ってみるです。
すると、ニールは驚いたように、わたしを見た。
ふっ、さっそくわたしの先制わがままに振り回されるがいいです!
⋮⋮だけど、本当に口にしたらおなかへってきたですね。
きゅるるるる⋮⋮。
すると、ニールは半分扉の陰になるようにして立っていた所から、
部屋の中へ入ってきた。
その手に銀のボールで覆ったお皿を持って。
どうやら扉が邪魔で見えなかったみたいです。
⋮⋮あらかじめ用意してたですか、こんちくしょう。
﹁わたし、今はあまい果物しか食べたくないでしゅっ﹂
ニールはそっと銀のボールをとった。
そこにあったのは、わたしの大好きな果物、⋮⋮葡萄にによく似
た、ただ甘さは半端ないものが、ガラスの器に盛られてました。
90
じゅる⋮⋮。
は、いけない。ここで喜んでは簡単な奴だと思われる!
わがまま、わがまま⋮⋮、ここでふさわしいわがままは⋮⋮。
﹁そ⋮そんなの食べないでしゅ。もっと気の利いたものが食べたい
でしゅ!﹂
﹁わかった﹂
ニールはすっとそれを下げようとした。
﹁あう⋮⋮!﹂
ぐきゅるるるるるる⋮⋮!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
思わず反応した私の声と、部屋中を響き渡ったおなかの主張の音
に、その後の沈黙が痛い。
﹁⋮⋮⋮⋮食べる?﹂
わたしは無言でこくりと頷いた。
すべて空腹が悪いんだい!
91
ニールはわたしの前にベッドの上に置ける簡易テーブルを用意す
ると、そこに果物がのったガラスの器を置いてくれた。
じゅるり。
実はこれ、わたしの大好物なのです。
腹減りおなかが主張するほど、大好きなのです。
だけど、つるつるして食べにくいのです。
だからいつもはママさんに食べさせてもらったり、ちょっと行儀
は悪いですが手づかみで食べるのです。
が、ここには用意されたフォークが。
さすがに手づかみするのは気がひけます。
たとえ幼子でも貴族はマナーにうるさいのです。 思わずニール、どっか行けと念じましたがニールはじっとわたし
を見ています。
仕方がないのでわたしは用意されたフォークを使うことにした。
つるっ。
つるっ。
92
つるっ。
まったくフォーク使えません。
いらっとくるです。
再度挑戦。
つるっ。
つるっ。
つっ⋮、てんてんてん、ころころころ⋮⋮。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
つかみそこね滑った果物の実が、床に落ち転がっていきます。
ぐるきゅるるるるる⋮⋮!
なにやってるんだとおなかが情け容赦ない突っ込みを入れてきま
した。
﹁ふりゅ⋮⋮﹂
思わず泣きが入りそうになった所で、思わぬ助け舟が入りました。
93
﹁わたしが、食べさせてあげようか⋮⋮?﹂
94
それは非常に食べにくいのです︵後書き︶
エレナさんは食い意地がはってます。
95
わがまま娘、ミッション完了! なのです︵前書き︶
エレナさん、基本的にわがままの意味取り間違えてます。
96
わがまま娘、ミッション完了! なのです
食べさせてあげよう、という誘惑に。
﹁⋮⋮あい﹂
わたしは静かに屈服しました。
ぐりゅりゅんるん!
わたしのおなかが喜ぶような音を立てた。
すでにここまでくると羞恥心は失せたです。
ってか、このおなか、意思でも持ってるんですか、おい!
すべては!
すべてはこの腹減りおなかが悪いのです!
わたしは悪くないもん!
そして。
ニールは流れるような美しい所作でフォークを操ると、器用に果
物をわたしの口元まで運んできました。
本当器用です、こいつ。
97
本当にわたしより一つ上なだけですか。
⋮⋮公式攻略ガイドにあったから間違いないですね。
まあいいです。
ぱくり。
わたしはおずおずと、果物を口に入れた。
う・わ・わ・わ・わーん。
あ∼ま∼い∼。
すっごおいしーです∼。
さすが公爵家。いつものより、よりレベルUPしたお味がするで
す∼。
ふにゃにゃにゃにゃーん、と頬が緩みます。
﹁⋮⋮もっと、食べる?﹂
こくこくこくこくとわたしは猛烈な勢いで頷きました。
それからはフォークはわたしと果物が入った器の間を忙しく往復
します。
﹁おいしい?﹂
98
﹁あい!﹂
﹁これ好きなの?﹂
﹁あーい!﹂
﹁もっと食べる?﹂
﹁あいー﹂
﹁おいしいねー﹂
﹁ふりゅりゅー、おいしーのー﹂
﹁⋮⋮かわいい﹂
ん? 今なんか言った?
食べるの夢中で聞いてなかったですよ。
気がつくと、すっかりガラスの器の中の果物は空になってました。
わたしのおなかはくちくちです。
はー、満足ですなー。
うーん、でもよく考えるとですよ?
食べさせてもらったということは。
99
わたしはニールを下僕のようにこき使ったわけですよ。
ふつー、貴族のお坊ちゃまはそんなことする機会なんてないです
よ。
てゆーことは、わたしはニールに屈辱を与えたってことですか。
これって、わがままですよね。
とゆーことはわがまま娘だと、ニールの中にはインプットされた
わけですよ。
はう! 災い転じて福となすとはまさにこれ!
⋮⋮ちょっと、やりすぎたでしょうか。
いやいや、最初が肝心です。
後は後で調整していけばいいのですし。
まあまだ十年はあると思えば、どうとでもなるのですよ。
この勝負、わたしの勝ちに決まりですな。
よし、今回のミッションは完了! なのです。
そういえば、なぜニールがこの部屋に果物もって来たですか。
⋮⋮まあいっか。 100
わがまま娘、ミッション完了! なのです︵後書き︶
次回はニール視点です。
101
ニール・エルハラン視点︵前書き︶
書いててこっちが転生者の間違いじゃねーの、というしっかりした
お子さんになりました。
102
ニール・エルハラン視点
その日、わたしは初めてエレナ・クラウンという従姉妹に会った。
噂に聞いてたエレイン叔母上とルフォス伯は想像通りだった。
しかし、前情報のない従姉妹は、エレイン叔母上のミニチュア版
を想像していたら、まったく違っていた。
大きな瞳が、物珍しげにくるくると動く。
まだあまり言葉はうまく話せないようだったが、お祖父様に口答
えするなど自分はしっかりと持っているようだった。
その子は、わたしを見ると驚いたような顔をして気を失った。
少しショックだった。
わたしは、そんな気を失うほどの怖い顔をしているのだろうか。
あの、お祖父様でも大丈夫だったようなのに。
客間に運ばれたあの子はなかなか目を覚まさないようだった。
そうこうしてるうちに、夜会の時間がきてしまった。
これは、伯母上が戻ってくる日を選び、当家で主催したものだっ
たので、お祖父も叔母上もルフォス伯も中止や不参加などはできな
い。
103
着飾って女神のように美しくなった叔母上は、わたしにこう頼ん
だ。
エレナのことよろしくね。目が覚めたら好物の果物を食べさせて
やって。せっかくの従姉妹なのだから、この機会に仲良くなって欲
しいの、と。
正直、困った。
わたしは子供の扱いなどわからない。
わたし自身子供と呼ばれる年齢なのは百も承知だが、幼い頃より
将来の公爵家世継ぎと厳しく育てられ、気がつけば自身の資質もあ
ってか子供らしくはない子供になっていた。
しかし、頼まれたからには仕方がない。
わたしは従姉妹の好物だという果物を用意してもらうと、彼女が
眠る部屋へと向かった。
そこで、目にしたのは⋮⋮。
わが従姉妹殿の奇怪な行動だった。 百面相してたかと思えば、突然叫びながら枕を放りなげ、ジタバ
タしていたと思ったら、ガッツポーズをしている⋮⋮。
なんなんだろう⋮⋮。
104
わたしは、頃合いを見計らって室内へ入った。
すると、彼女は最初は警戒していたようだったが、好物を目の前
にそれが緩んだ。
叔母上の考えは正しかったようだ。
しかし、彼女は手先もあまり器用ではないのか、それを食べるこ
とが出来なかった。
泣き出しそうになったため、手助けを申し出た。
すると、彼女は素直に頷いた。
少し、感動した。
こう、慣れない子猫を懐柔できたような。
そして少し戸惑った。
わたしはあまり感情の揺れがない方だと思うのだが。
彼女を見ていると、その揺れ幅が大きくなっているような。
そして。
果物を食べさせている時の、彼女の、エレナの笑顔。
ものすごく、かわいかった。
105
全身で幸福を表しているような、彼女の笑顔。
見ているこちらまで、幸せになってしまうような、そんな。
わたしはこの笑顔のためなら、どんなことでもしてあげようと、
心に誓った。
106
ニール・エルハラン視点︵後書き︶
エレナさん、ツンドラニールを攻略した!
107
次の攻略対象者は︵前書き︶
これジャンル恋愛でいいのでしょうか、コメディーにしかなりませ
ん。
108
次の攻略対象者は
グランパのおうちから帰ってきました。
はーやっぱり自分のおうちは極楽ですなー。
グランパのおうちはお城だけど、お城はお城であって、おうちに
は向かないですよ。
住むところって大事なのです。
わたしは自分のベッドでごろごろと転がります。
ふふーん、もふもふですなー、つるつるですなー、極楽ですなー。
このままずっと微睡んでいたいのですよー。
⋮⋮ぐう。
はっ。
いやいや。
こうしている場合ではないのですよ。
今回のふりかえりをしなくては。
ニール・エルハラン。
109
わたしの従兄弟。
わたしのニールにする態度はわがまま、ですよ。
わがまま娘が課題です。
今後も積極的にわがまま言って困らせるのです!
しかし。
ニール今回のお別れの時、わたしの両手をとって﹁今度はわたし
から会いに行くから待ってて﹂と言ったですよ。
んー。
わがまま言って困らせたはずですが、そうでもなかったんでしょ
うか。
はっ、しょせんツンドラニールの考えることはよくわからんです
よ。
表情もよくわからんです、あいつ。
でもあの美貌は羨ましい⋮⋮。
それはともかく。 ヒロインはあの表情のどこから判断して正しい選択肢を導きだし
たんでしょうか。
110
⋮⋮やっぱり攻略ガイドですか。
やー、攻略本は最高ですな!
まあそれはそれとして、他には誰がいたですかね、攻略対象者。
うーん、と。
王子様、がいたですね。
うん、いたいた。
お約束ですね!
どんなんだったかなー。
うーん、イマイチよく思い出せないですなー。
でも接点も今のとこないし、後回し、決定!
えーと、もっと身近なのがいたよーな⋮⋮。
あ、そうですよ、いたですよ!
わたしの弟がいたですよ!
立派な攻略対象者でしたよ。
わたしと同じ年の弟で。
111
でも双子ではないのですよ。
なんですか、一番の身近じゃないですか。
すっかり忘れてたですよ。
あはは、こりゃうっかり。
わかしはうっかりさんですね、てへ。
って。
あれ?
弟?
そんなん見たことないですよ。
はれ?
そのわたしの弟は、どこにいるですか?
112
次の攻略対象者は︵後書き︶
そして、エレナさんのニールに対する感想けっこうアレかと。
113
弟について考えてみるです︵前書き︶
今回のエレナさんもテンション高し。
114
弟について考えてみるです
弟⋮⋮、ゲームではどんなんだったですか。
はて。
たしか⋮⋮。
可愛くて繊細な弟キャラ⋮⋮。
まんまですか!
弟だから弟キャラって⋮⋮。
ひねりはないのですか!
それは需要と供給という奴ですか!
ふーふー。
っは、そんなことは今はいいのです。
それより。
外見はどうだったか。
もしや、養子だったりですか。
だから今いないですか。
115
たしか⋮⋮。
あっ!
思い出したですよ!
あれは、パパさんの若年バージョンまんまですがな!
豪奢な金髪、深いブルーの瞳。
綺麗な容貌もそのまんま。
違いと言えば、パパさんよりだいぶ気優しいようなイメージくら
い。
ずるい⋮⋮、いやいや、ではなくこれで他人というならバックド
ロップかましますわ!
しかしではなぜ今このおうちにいないですか。
はっ、もしやこれはアレですか。
二号さんに生ませたというアレ。
は・ら・ち・が・い・の・お・と・う・と・で・す・か!
パパさんママさん裏切ってたですか。
いや、不潔!
116
この裏切り者!
ってのはとりあえず今はおいといて。
確か、ゲームではエレナは弟をいじめてたって設定だったですよ。
わたしの弟への態度はいじわる姉。
いじめですかー。
んんー。
横からおかずかっさらうとかですか。
髪ひっぱってみるとかですか。
それとも、おまえのかーちゃんでーべーそー、とか言ってみるで
すか。
かーちゃん見たことありませんがな!
それにそんな口聞いたら、ママさんに静かに教育的指導されてし
まいそうですよ。
ママさん意外と怖いです。
怒らせるのは厳禁なのですよ。
でもいいです。
117
とにかく、弟が目の前の現れたらいじめていじめていじめぬいて
やりますよ!
わたしはいじわる姉になるのです!
さあ、いつでもかかってくるがよいですよ!
118
弟について考えてみるです︵後書き︶
次回弟登場予定、です。
119
義弟がやってきました︵前書き︶
二人目の攻略対象者登場です。
120
義弟がやってきました
それから数日。
なんだか家の中がばたばたしてるです。
パパさんも青い顔をして、出たり入ったり。
ママさんもいつもの笑顔を引っ込めて、沈痛な面持ち⋮⋮。
理由を尋ねても、後でね、とはぐらかされる。
おうちの使用人達もばたばたと動いてる。
なにごとですか。
なにがあったですか。
もしや没落とかそんなですか。
わたし、ぼんびーになるですか。
⋮⋮ごはん食べれるですか。
あれ?
いやでもゲームではきちんとエレナ、お嬢様してたし。
じゃあやっぱり違うのかな。
121
なら、ごはんは大丈夫ですね、ほっ。
それにしても、はてさて。
どうなってるのでしょう。
とそれからさらに数日たち。
パパさんはひとりの男の子を連れ帰ってきました。 パパさんのミニチュア版です。
年はわたしと同じくらい。
おお、これは!
間違いなく我が弟君!
ふっ、待ちかねてましたよ。
これからいじわるお姉様がびしばしいじわるしていくので覚悟な
さい!
⋮⋮と、あれ。
パパさんすっご重い顔。
122
ママさんもすっごかなしそうな顔。
弟君も、⋮⋮重いとかかなしいとか通り越して死にそじゃね?
あれ?
もしかして、家庭崩壊の危機とか?
パパさんの浮気にママさん決別とか?
もしくは二号さんにわたしとママさん追い出されるとか?
でも二号さんの姿は見えないし、あれ?
﹁エレナ⋮⋮﹂
お、やっとパパさんが口を開きましたよ。
これから衝撃の告白ですね!
覚悟はできてますよ!
どんとこいです!
﹁この子は⋮⋮、ジェレミー・クラウン﹂
はいはいな。
﹁わたしの弟の子で、おまえの従兄弟だ﹂
123
はいな?
弟ではないですか?
﹁そして、これからはおまえのお義弟になる﹂
﹁おとーと? いとこなのに、おとーと?﹂
わたしは首を傾げた。
年下の従兄弟だから弟扱いってことですか?
﹁そうだ。⋮⋮先日、弟夫婦が事故で亡くなった。この子ひとりが
取り残された。だから、うちで引き取ることにしたんだ。今日から
このクラウン伯爵家本家の息子で、おまえの義弟だ﹂
そのパパさんの言葉に、ママさんは目頭を押さえ、ジェレミーは
うつむいた。
く⋮⋮空気が、重い。
思ってた衝撃の告白とは別な衝撃の告白きた︱︱︱︱︱︱︱︱!
124
義弟がやってきました︵後書き︶
実はニールよりジェレミー君のが先に名前決まってました。
125
いじめは一時中断なのです︵前書き︶
エレナさん、シリアス展開なのに一人シリアスになりきれません。
126
いじめは一時中断なのです
重い空気にわたしはかたまってしまいました。
﹁エレナもジェレミーもだいぶ大きくなったから、やっとみんなで
会えるわねって話していたところだったのに⋮⋮﹂
ママさんが泣き崩れます。
﹁知らせをもらった時は、嘘であって欲しいとどんなに思ったこと
か⋮⋮。ジェレミーだけでも助かってくれたことが、せめてもの救
いだが⋮⋮﹂
絞り出すように言うパパさん。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
無言のジェレミー。
﹁ジェレミーが無事だったのは、ご両親が身を挺してかばってくれ
たおかげだったかららしいの⋮⋮﹂
ほろほろと涙を流すママさん。
﹁乗っていた馬車は、無残な状態だった。ジェレミーがこんな軽傷
で助かったのが奇跡だったんだ⋮⋮﹂
そう言われてみれば、ジェレミーの頬にはガーゼがありました。
127
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
真っ白な顔で表情なくうつむくジェレミー。
お、弟が登場したら。
い、いじめてやらなくては⋮⋮。
い、いじめ⋮⋮。
って。
で・き・る・かー!
どこの鬼だ。
どんな悪魔だ。
そ・れ・は!
両親亡くして傷心の幼子に、そんな無体なことできるはずがない
じゃないですか!
だって、いまにも死にそうな顔してるですよ、この子!
泣いててもおかしくないのに、泣いてもないですよ、この子!
ふー、いじめは一時中止です。
元気を取り戻してからでまったく問題ナッシングです。
128
モーマンターイ、なのです!
まずは生気を取り戻してやらないと、うっかりあの世に逝ってし
まいそうで怖いです、この子!
しかし、なにをすればよいですか。
無言でうつむいてる、この子に。
身長がわたしより少し低いせいか、頭のてっぺん見えてるですね。
わたしはそっと、その頭に手を伸ばすと、ゆっくりとその柔らか
な髪を撫でた。
ふれた瞬間、ジェレミーの身体はビクッとふるえたようだった。
﹁よーし、よーし、なのでしゅよ﹂
ゆっくりと、撫でる。
﹁いたくなーい、でしゅよ﹂
ゆっくりと。
﹁なーい、なーいでしゅ﹂
ジェレミーはゆっくりと顔をあげた。
どこか、怯えたような瞳をしている。
129
心が、痛む。
﹁だいじょーぶでしゅ。もうこわくないでしゅよ。エレナがおねー
ちゃんでしゅ。これからずっといっしょにいてあげるでしゅ﹂
そう、心をこめて話かける。
﹁ね⋮⋮え⋮⋮さま?﹂
﹁あい。おねーちゃんでしゅ﹂
呆然とするような表情から一転、ジェレミーの顔が痛みに崩れた。
﹁ふ⋮うえええええええー!﹂
そして、パパさんから離れると、ごすっとわたしに体当たりして
きた。
おおうっ。
一瞬勢いに倒れそうになったが、なんとか堪えました。
足がぷるぷるですが!
﹁泣いた⋮⋮﹂
パパさんが驚いたように言った。
﹁今までどんなに声をかけても泣くどころか反応もなかったのに。
130
それが、逆に痛々しくて、それが⋮⋮﹂
﹁よかったですわ。エレナにあわせて。この状態ではまだ早いかと
思いましたけど、やっぱりよかったのですわ⋮⋮﹂
寄り添うパパさんとママさん。
号泣しながらしがみついてくるジェレミー。
よかった。
よかったね。
だが!
ジェレミーがものすごい力でしがみついてくるのでわたしもう足
限界です!
もうぷるぷるなのです!
このままでは後ろに倒れてしまいます!
パパさんママさん、浸ってないで!
ヘルプミー! なのですー!
131
いじめは一時中断なのです︵後書き︶
次回は姉弟の会話が入る、といーな。
132
義弟がしがみついて離れません︵前書き︶
会話まではいきませんでしたー。
133
義弟がしがみついて離れません
義弟ができました。
ちなみにその義弟はわたしの横で寝てます、なう。
義弟はもちろん、ジェレミーのことです。
ここはわたしのお部屋です、なう。
この世界では親と子供は同じ部屋では寝ません。
分ける部屋がない場合?
それは知らんですよ。
でも部屋がなければ同じ部屋になるでしょう、自動的に。
まあいいです。
とにかく、同じ部屋では寝ないんです。
わたしが赤子のころからそうでした。
なので、ジェレミーにもきちんと部屋は用意されてました。
わたしの知らないうちに。
よ・う・い・さ・れ・て・る・ん・で・す・が!
134
なぜここにジェレミーがいるかというと。
この子、離れないんです。
ええ、そりゃもうおんぶお化けよろしく、ええ、べったりと!
はじめに抱きついてきた時から、ええ、もうずっと!
ご飯の時も横に椅子を並べて片手でわたしをつかみながら食べて
ました。
⋮⋮器用ですねこの子。
さすがに乙女の譲れない点としてトイレとお風呂は断固として離
れてもらいましたが、その時でさえ扉の前で待ってました。
あう、わたしのプライバシーが⋮⋮。
基本腕をがっしりとつかんでます。
後はスカートぎゅっと握ったり、やめて皺になっちゃう。
背中にべったり、前からべったり。
離そうとするとものすごい力でしがみついてくる、あいててて。
それでも離そうとすると、大泣き大騒ぎです。
なので、諦めました。
135
ええ、はい、だってわたしは転生者!
心は立派な大人なのですよ。
心にゆとりを持って、広いふところで受け止めてあげますよ、ふ
っ。
まあ、実際急に両親そろって亡くなって不安定な時なのだろうし。
まさか一生このままってわけないし。
しばらくは精神安定剤代わりに抱きつかれてやりますよ。
もう、しょうがないですね。
だってお義姉ちゃんですもん。
ジェレミーは安心したような顔でぐっすりです。
そのご尊顔はパパさんそっくり、ミニチュア版。
くそう、実の子でもないのに羨ましいぞ。
それとも、パパさんの弟さんがそっくりだったのかな、パパさん
に。
⋮⋮この子、もうこの年で実の親いないんだもんなあ。
⋮⋮かわいそうだよなあ、ほんと。 136
そっと、その頭をなでなでと撫でてみる。
髪、さらさら。撫で心地は抜群です。
ゆっくりと撫でていると、うっすらとジェレミーは目をあけまし
た。
ありゃ、起こしちまったですか。
ジェレミーはわたしの顔を見ると、ふわっと微笑んだ。
初めて見せた笑顔でした。
﹁⋮⋮姉様⋮⋮大好き⋮⋮﹂
それだけ言うと、ジェレミーはまたわたしにぎゅっとしがみつい
て、そのまますうすうと寝てしまいました。
ほわあ、おとーと可愛いなあ。
わたし、これいじめられるかなあ。
でも、それがわたしの役割だしなあ。
期待されてる役割は果たさないとなあ。
うーん、まあいっか。
どっちにしてもまだ先の話だし。
137
しばらくは、真綿のように優しく包み込んであげよう。
その、哀しみが少しでも癒えるまで。
わたしはジェレミーをぎゅっと抱きしめかえすと、目を閉じた。
おやすみジェレミー、いい夢を。 138
義弟がしがみついて離れません︵後書き︶
しばらく弟回するか弟視点やって次いくか考え中⋮⋮。
139
ジェレミー・クラウン視点︵前書き︶
今回はジェレミー視点にしました。
140
ジェレミー・クラウン視点
その時のことはよく覚えてない。
突然の衝撃。
激しい痛み。
閉ざされた視界。
薄れた意識。
気がついたら、お父様にそっくりなお父様のお兄様、伯父様がそ
ばにいた。
でも、全然違う。
お父様はいつも柔らかな笑みを浮かべていたけれど、伯父様は凜
とした姿であまり笑みを浮かべない人だった。
僕は、そこでお父様とお母様が亡くなったことを知らされた。
馬車の事故だった。
僕が助かったのが奇跡だと言われた。
僕は実感がわかなかった。
お父様とお母様がすでにどこにもいないだなんて、それも信じら
141
れなかった。
だけど、周囲の反応が紛れもない事実だと、僕にそれを教えた。
気がつくと、僕は伯父様の家に連れてこられていた。
伯父様の奥様、伯母様はとてもきれいな人だった。
二人は、今日から僕のお義父様とお義母様になるのだと言った。
それはおかしい。
だって、僕にはお父様もお母様もいらっしゃるのに。
たとえ亡くなってしまったのだとしても、僕にはちゃんといるの
に。
それから、目が覚めてからみんながみんな、僕を痛ましげに見る。
お父様とお母様は僕をかばって亡くなったらしい。
僕は、それを責められているような感じがした。
そんな目で見ないでほしい。
でも、それは言えなかった。
なにも、言えなかった。
僕は、その伯父様の家で初めて従姉妹に引き合わされた。
142
エレナ・クラウン。
僕より少しだけ早く生まれた、同じ年の僕の従姉妹。
お父様も言っていた。
もうすぐ、会わせてやれるなって。
うん、会えた。
でも、もう、お父様には会えない。
お母様にも会えない。
うつむく僕に、従姉妹はそっと僕の頭を撫でた。
よく、お父様やお母様がしてくれたように。
優しく、ゆっくりと撫でてくれる。
従姉妹は言った。
僕の姉様になってくれると。
ずっと、僕と一緒にいてくれると。
本当?
ずっと一緒にいてくれる?
143
お父様やお母様のようにいなくなったりしないで?
僕は気がつくと、従姉妹⋮⋮姉様にしがみついて泣きじゃくって
いた。
姉様はとてもあたたかかった。
僕を抱きとめてくれる腕はとても優しかった。
姉様だけは僕を痛ましいものを見るような目で見ないで、優しい
大切なものを見るような目で見てくれた。
まるで、お父様やお母様のように。
もう、二人はいないけれど。
ねえ、姉様。
約束だよ。
ずっと、僕のそばにいて。
ねえ、姉様。
絶対に、離れたりしないでね。
僕のこと、おいていかないでね。
ねえ、姉様。
144
ずっと、一緒だからね⋮⋮?
145
ジェレミー・クラウン視点︵後書き︶
で、次にはまだいかずしばらくジェレミーとニールをからませよう
かと思ってます。
146
張り合うのやめてください︵前書き︶
ニール再登場、です。
147
張り合うのやめてください
ジェレミーが義弟になってから一ヶ月経ちました。
いまだジェレミーはわたしにべったりです。
ええ、本当に言葉の通りべったりと。
起きるのも一緒。
寝るのも一緒。
ご飯も一緒。
絵本読むのも一緒。
隙あらば一緒に入ってこようとするトイレとお風呂は勘弁して、
お願いだから。
⋮⋮一生このままだったらどうしよう⋮⋮。
﹁⋮⋮ねえジェレミー﹂
﹁はい、姉様﹂
﹁ちょっと離れて⋮⋮﹂
﹁嫌です﹂
148
ジェレミーは惚れ惚れとするような愛らしい笑顔で拒否をした。
⋮⋮あう。
そんなこんなで日々を過ごしていたら、従兄弟のニールが訪ねて
きました。
本当に会いにきましたね、こいつ。
銀髪のニールは、お土産にチョコを持ってきました。
ああ、それは行列が出来ると評判のお店の⋮⋮!
うまそうです、じゅる⋮⋮。
﹁またお会いできて光栄です、叔母上。今日も一段とお美しい﹂
﹁まあ、ありがとう、ニール。今日はルフォスは不在だけれど、ゆ
っくりしていってね﹂
﹁はい、ありがとうございます。お言葉に甘えまして﹂
﹁ふふ。それと、ジェレミーとも仲良くしてあげて。エレナの弟に
なったの。⋮⋮事情は、ニールも知っているわよね?﹂
﹁はい、叔母上。存じ上げています。微力ながらわたしもお力にな
れれば、と﹂
149
﹁ありがとう、ニール。あなたにそう言ってもらえて心強いわ﹂
以上、ママさんとニールの挨拶の会話。
そしてニールは今わたしと対面しています。
大人がいると変に気を遣うだろうと、部屋の中にはわたしとジェ
レミーとニール、三人だけにされてます。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
やっぱり喋らんですよ、こいつ。
大人の前での饒舌はどこいったです。
つかまじあの口のきき方、こいつ本当にわたしより年一つ上なだ
けですか。
サバよんでんじゃないですか。
そんなわたしの疑惑をよそに、ニールはじーとわたしとジェレミ
ーを見てるです。
ジェレミーはわたしの腕にぎゅっとしがみついたまま、ニールを
見上げています。
﹁⋮⋮羨ましい﹂
ニールがぼそりとなにか呟きました。
150
はい?
声が小さくてよく聞き取れませんでしたがな。
それより。
﹁ニールにーさま﹂
﹁なんだい、エレナ﹂
﹁お土産のチョコ、食べたいのでしゅ﹂
﹁ああ、ごめんね﹂
ニールはそう言うと、包装を解き、箱を開け、それをテーブルの
上に置き、チョコを摘み⋮⋮。
ん?
﹁はい、あーん﹂
はえ?
ニールはわたしの口元にチョコを持ってきました。
こいつ、わたしのことペットかなにかだと思ってるんじゃないで
しょーか。
一人で食べられますよ、失礼な!
151
前回の食べにくい果物とは違うのですよ!
そうは思いつつも。
鼻先にはよいチョコの香り⋮⋮。
ぱくり。
うっ、うっまあー!
さすが、行列の出来る店のチョコは一味違うのですよ⋮⋮!
涙の出る美味しさなのですよ!
それを見ていたジェレミーは、無言でチョコとを一つ摘んだ。
うんうん、おいしいよ。君もお食べ。
しかしジェレミーはそれをそのまま私の口元へ持ってきた。
ん?
﹁はい、姉様。あーん﹂
ぱく。
あ、思わず食べちゃった。
うん、おいしい。
152
﹁エレナ、あーん﹂
﹁姉様、あーん﹂
二人はそう言って、交互にチョコを食べさせようとする。
は? え? なに張り合ってんですか?
つい食べてしまいますが。
お・い・し・い・の・で!
﹁エレナ、おいしい?﹂
﹁姉様、もっと食べて﹂
﹁こっちもおいしいよ﹂
﹁姉様、ほらこっちも﹂
え? ちょ、あの⋮⋮!
﹁姉様?﹂
﹁エレナ!﹂ 結果、わたしはチョコの食べ過ぎで鼻血を出したのでした。
153
わたし、これでも乙女なのに⋮⋮、鼻血⋮⋮。
あう。
154
張り合うのやめてください︵後書き︶
次回も同じノリで。
155
さすが攻略対象者は一味違います︵前書き︶
エレナさん、鼻血中⋮⋮。
156
さすが攻略対象者は一味違います
鼻血を出したらベッドへ放りこまれました。
もちろん、離れないジェレミーも一緒です。
ニールが驚いたような顔をして、わたしからジェレミーを離そう
とします。
﹁起きなさい﹂
﹁や﹂
﹁エレナから、離れて﹂
﹁やー!﹂
無理ですよ。
そんなんで離れるようなら、とっくに離れとりますがな。
言葉で言っても離れない。
引っ張っても離れない。いやそれわたしも痛いからやめて。
ニールは肩で息を吐きます。
ジェレミーは、わたしの腕にますますがっちりしがみつきます。
157
いでででででで。
つかこの子どんだけ怪力なの。
腕の血が締め付けで止まりそうですがな。
﹁⋮⋮ジェレミー、レディの寝台に男がそう簡単に入り込むもので
はない﹂
レディ!?
三歳児に対し四歳児がレディ発言!?
やっぱりこいつただもんじゃないですな。
あ、攻略対象者様でしたかそうですか。
ジェレミーは胡乱気にニールを見上げます。
﹁お前の事情はわかってるつもりだ。同情もする﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁だが、いつまでそうやってエレナに甘えているつもりだ? 女性
を守るべき紳士であるなら、甘えは捨てろ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁おまえがいつまでもそうやっているつもりなら、もうそれはそれ
でいい。気がすむまでそうやって甘えていればいい。わたしはその
158
間に身命を賭して、エレナを守れるような男になることをここに誓
う﹂
はい!?
身命ですか!
そんな大層なもん賭さなくていいですがな!
誓うなそんな御大層なものをこんなあっさりわたしごときの寝室
で!
あまりに大げさなニールの言葉にわたしが凍りついてると︵ツン
ドラってこのことですか︶、ジェレミーはむくりと起き上がった。
わたしの腕から手を離して。
おお、久々トイレとお風呂と着替え以外での拘束が解けました。
﹁姉様は僕が守る!﹂
﹁言葉だけなら簡単だ﹂
﹁僕が守る! 知恵をつけ、身体を鍛え、どんな危険も変な男から
も絶対に守る!﹂
お、義弟よ⋮⋮?
三歳にして、変な男ってどんな発想ですか。
159
義姉は心配です。
君はいったい何者ですか。
あ、攻略対象者君でしたねそうでした。
ん? いやそっか、変な男とはもしかしなくてもニールのことで
すか。
目の前の人間を指して言っただけですね。
なら納得。
ニールとジェレミーはバチバチと火花を散らして睨みあう。
なんかよくわからんですが、拘束解けてばんざーい。
ちょっと感謝ですよ、ツンドラニール。
160
さすが攻略対象者は一味違います︵後書き︶
次回はたぶん、ちょっと時間すっ飛ばします。
161
二年が経ちました︵前書き︶
しばらくこの五歳児編で話進めていく予定です。
162
二年が経ちました
なんだかんだで二年の月日が経ちました。
わたしとジェレミーは五歳になりました。
ニールは六歳ですね。
たまにやってきては、ジェレミーと見えない火花散らしてるです
よ。
なにやってるんですかねこいつら。
そんであまりにも言ってることが幼児らしくないので一度探りを
いれました。
﹁転生ってわかる?﹂
さ、探りかな?
⋮⋮超ド級のストレートです。
ええ、わたしにひっそりこっそりなんて無理な芸当なのですよ!
ふっ、こほん。
で、ニールはと言うと。
﹁天性? エレナのその可愛らしさ、愛らしさは天性のものだね﹂
163
と返答が返ってきました。
ツンドラニールがどんどんホスト化してきてるです。
でも顔の無表情はそのままです。
ギャップ萌なんかしませんよ。
怖いですよなんか。
言葉鍛えるよりその表情筋なんとかしろですよ。
ただとにかく、ニールが転生者ではないということは確実ですな。
ちなみにこれジェレミーにもやったですよ。
そうしたら。
﹁天声? まだそう言った神がかったものは聞いたことないよ?﹂
と答えやがりました。
わたしもありませんがな!
まだってなんですか!
これから聞く予定でもあるんですかおい!
つか、﹁てんせい﹂の言葉でそこへいく意向回路がちょっと怖い。
164
お義姉ちゃんびびっちゃうぞ。
ジェレミーはすっかり元気になったようです。
なので、中断していたあれを始動です。
そう、あれですよ。
いじめ、です。
ふぃー、正直気は重いです。
でもそれがわたしの役割なんだから、仕方ないのですよ。
まずは、夕食の時にお皿のおかず、奪取してみました。
つかまなくはなったものの、いまだに席は近くしてあるので余裕
です。
突然おかずを引っさらわれたジェレミーは、ちょっとびっくりし
たような顔をした後、ふっと笑いました。
⋮⋮何故?
﹁姉様ったら、仕方ないなあ。これ、そんなに好きなの? なら最
初に言ってくれれば僕の分全部あげるのに。と言うか、そもそもそ
れ誰かに言っておけば最初からたくさん用意してもらえるよね。⋮
⋮ああ、そっか﹂
165
そう言うと、ジェレミーは自分の皿からそのおかずをフォークに
載せると、わたしの口元まで運んできた。
﹁僕のお皿から食べたいってことだよね? はい、姉様。僕が食べ
させてあ・げ・る﹂
⋮⋮義弟がなんか黒いです!
怖いです!
お義姉ちゃんガクブルです!
謝るから許して!
しかし、それからたまにジェレミーはそうやって自分の分をわた
しに食べさせようとするのでした、チーン。
166
二年が経ちました︵後書き︶
しかしジェレミーなんか中身黒くなってくな。白くする予定だった
のに。
摩訶不思議。
167
この世界の教育事情︵前書き︶
今回説明回です。が、エレナさんの語り口調なのであまり堅苦しく
ないはずです。
168
この世界の教育事情
家庭教師がくることになりました!
この世界では基本貴族は家庭教師、庶民は学校へ通って勉強する
ようです。
おこな
もっと余裕がない労働者階級の子は教会が行っている休日学校へ
行くみたいだけど。
わたしは伯爵令嬢、貴族のお嬢様なので家庭教師ってなわけなの
です。
⋮⋮学校ちょっと行ってみたかったなー。
ちなみにヒロインと出会う予定の学校はちょっと趣旨が違うので
す。
学校はおよそ十四歳から十八歳までの五年間。
生徒はほぼ貴族の子供。
稀に貴族から支援を受けた優秀な庶民や、貴族と繋がりがある大
商人の子供とかもくるらしいですが、よーするに貴族と無関係の人
間は入れないわけなのですよ。
それまで家庭教師オンリーだった子供達がなぜその年で学校に行
くかと言うと。
169
それはもちろん人間関係の構築ですな。
お貴族様の世界もなかなかに面倒なようですの。
でもこれが結構大事なことらしいのです。
この間で養われた人間関係が後々の立場・役職・婚姻関係・いろ
いろなものに響いていくというのだから、一大事です。
そしてこの国の成人は十八歳。
この学校卒業すると、そのまま城に仕えたり軍に入ったり領地経
営に携わったり嫁に行ったり、ってな具合に進路が決まっていくら
しいです。
で、どーしておよその年齢かって言うと。
まあ諸事情で遅れて入学してきたり、成績優秀で人間関係あまり
重視しないなら上の学年から途中で転入してきたり、途中で没落し
て退学したり、お家の都合で嫁に行ったり、と様々ですよ。
まあこの辺はどこの社会にでもあることですな。
ちなみにこの辺の情報源はツンドラニール。
あいつ、質問すると大抵のことはその場で即答えやがるですよ。
何者なんだあいつは。
そのニールはすでに二歳過ぎたあたりから家庭教師がついていた
170
とのこと。
⋮⋮理解できてたんですかね、それ。
わたしはまだそのころ言葉も覚束なかったですが。
⋮⋮まあいっか。
それはともあれ、わたしとジェレミーの家庭教師。
複数くるですよ。
まあ、勉強だけじゃなく、貴族社会のルールやマナーや、覚える
ことは多岐にわたりますからね。
だけど、わたしは転生者!
きっとすぐに覚えてみんなをびっくりさせてやるですよ!
見てなさい、おー!
171
この世界の教育事情︵後書き︶
次回即回収のフラグをたてました。
エレナさん、自分は転生者だからと優秀なつもりですが、さてはて。
以下次回お楽しみに!
172
予定と違うのです︵前書き︶
エレナさん残念っぷりがご開帳!
173
予定と違うのです
今日から家庭教師の日です!
わたしは燃えに燃えてます!
わたしの実力の見せどころなのです!
﹁姉様、楽しそうだね﹂
おお、ジェレミーわかりますか!
﹁もちろんです、頑張るのですよ! ジェレミーもわからないこと
があったらわたしに聞くがいいのですよ!﹂
﹁はい、姉様﹂
素直に頷くジェレミーを見て、わたしははっと気がついた。
わたしはいじわる姉なのです!
義弟の面倒なんかみては駄目なのでした!
﹁や、やっぱり駄目なのです! ジェレミーはジェレミーの力で頑
張らないといけないのです! わたしは手助けなんかしてあげない
のですよ!﹂
﹁はい、姉様﹂
174
またもや素直に頷くジェレミー。
⋮⋮この子わかってるんでしょうか。
もしや、いい加減に返事してるなんてことは⋮⋮。
まあ、いっか。
さあ、始まりなのです!
最初は学問の授業。
﹁はい、ジェレミー様はよくできました。エレナ様は⋮⋮、反復で
繰り返し覚えることが大事なのです。大丈夫ですよ﹂
﹁姉様、ここはこうやって覚えるといいよ﹂
あれ?
次は貴族社会の勉強。
﹁はい、ジェレミー様はよくわかっていらっしゃる。エレナ様は⋮
⋮、大丈夫です。まだまだ時間はありますからね﹂
﹁姉様、僕がサポートするから安心してね﹂
あれれ?
175
次は音楽のレッスン。
﹁まあ、ジェレミー様はピアノもバイオリンも才がありますわ。将
来が楽しみですこと。エレナ様は⋮⋮、音楽とは音を楽しむ為にあ
るのですから、ええ、はい﹂
﹁姉様、僕にとっては姉様のお声が一番の最上の音楽だよ﹂
あれれれ?
次はマナーのレッスン。
﹁まあ、ジェレミー様は覚えが早いこと。もう一人前の紳士ですわ
ね。エレナ様は⋮⋮、とてもお子様らしくて微笑ましいですわ。時
間をかけてゆっくり身につけていきましょうね﹂
﹁姉様、姉様は自然体が一番素敵だよ﹂
あれれれれ?
次は刺?の⋮⋮なんでジェレミーもいるですか。
﹁ほほほ、ジェレミー様ったらこんなことまで器用でいらっしゃる。
男の子にしておくのが惜しいほどですわ。エレナ様は⋮⋮、きゃあ
あああああー! ち、血らだけではないですか、⋮⋮ああ﹂
﹁ね⋮姉様⋮⋮﹂
176
うっかりハサミで手をバッサリ切って大騒ぎ。先生は倒れるわジ
ェレミーは青い顔して震えるわ。
お医者様に来てもらって無事治療完了。
⋮⋮ちょっと痛いけど、むーん。
ママさんは﹁針で布を血に染める子は見たことあるけど、ハサミ
で布を血で浸す子ははじめて見たわねー﹂と呑気に笑ってました。
⋮⋮もしやその針で、の子はママさんですか?
あと、ジェレミー。お義姉ちゃんは手切ったくらいじゃどーもな
いので離れてください。
離そうとしたら、爪が肉に食い込んで、いでででで!
⋮⋮血で事故のこと思い出させちゃったかな、しばらくは優しく
してあげよう、うん。
結果、わたしの授業から刺?のコーナーは姿を消しました。
あと、ジェレミーとわたしは別々に授業を受けることになりまし
た。
理由は進行ペースが違うということと、ジェレミーがわたしのこ
と気にかけすぎてしまうから、とのこと。
177
⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれ? なんか予定と違うのですよ?
178
予定と違うのです︵後書き︶
エレナさん、いつ自分のスペックの低さに気がつくのか。
179
お出かけすることになりました︵前書き︶
昨日は失礼しました。うっかり完結にしてしまっておりました。
まだまだ続きますので︵だってまだ幼児編︶よろしくお願い致しま
す。
180
お出かけすることになりました
なんだかやさぐれました。
原因はやはりアレ。
家庭教師に自分の有能ぶりを見せつけようとして、逆に義弟のチ
ートっぷりを見せつけられたことです。
ふんだ。
いいもんいいもん。
ちえっ。
と、ぐだぐだしていたら、心配したニールとジェレミーに誘われ
ました。
街へ、お出かけしませんか、と。
街ですか。
はじめてなのですよ。
途端にテンションダダ上がりなのです!
お買いものですよ。
外食ですよ。
181
食べ歩きなのですよ!
おいしいものあるですか。
ってかこの世界、どんな食べ物あるですか。
普段はお貴族様の家らしく専属の料理人がつくったもの食べてる
から、まあそれはそれでいいとして、でもやはりたまにはB級グル
メとか食べたいのですよ。
ラーメン。
たこ焼き。
焼きそば。
わたあめ。
リンゴ飴。
焼きトウモロコシ。
いか焼き。
じゅるり。
⋮⋮いやでも、あれ? なんか方向が祭りの露店の関係へ。
うーん、さすがにそんなのはないでしょうな。
182
じゃあ、他には。
アイス。
クレープ。
パフェ。
ワッフル。
パンケーキ。
ドーナッツ。
じゅるり。
ああ、楽しみなのです!
いっぱい食べるです!
お土産も買うのですよ!
うきうきわきわきしだしたわたしを見て、ニールとジェレミーも
嬉しそうに笑いました。
ううん? さては二人とも、実はわたしと同じで買い食いが楽し
みなのですね? ふふんっ、わたしにはすべてお見通しなのですよ!
183
お出かけすることになりました︵後書き︶
エレナさんの食い意地は筋金入りですね。
184
お出かけ前の約束は︵前書き︶
エレナさん意外と小悪魔? な回。
185
お出かけ前の約束は
お出かけの保護者はニールです。
⋮⋮五歳児の保護者が六歳児ってなんですか。
本当はママさんが名乗りをあげましたがパパさんに却下されまし
た。
ママさんでは不安だとのこと。
⋮⋮いくら出来がいいと言っても六歳児に信用負けするママさん
ってなんなんですか。
ああ、でももちろん子供だけでお出かけのわけはないですよ?
馬車の御者さんとお付の人と護衛の人と、大人もちゃんと一緒で
す。
だけど、子供とはいえ血統や家格がものを言う世界なので。
なにか有事の時に判断が下せる人間、それが今回のところで言う
保護者。
と、いうことらしいですよ。
そこに、年齢や性別はあまり関係なく、って言ってもニール六歳
ですよ。
186
本当あんたは何者ですか、ツンドラニール。
そして信用なしのママさん、も少し頑張って!
そしてとうとう約束してたお出かけの日。
ニールはわたしに言いました。
﹁今日は食べられるのは、3つまで、と約束しよう﹂
﹁えー、わたしたくさん食べたいですー﹂
ぶーっとわたしは口を尖らせました。
﹁駄目だよ。約束﹂
﹁むー、そんなこと言うニールにー様なんか嫌いー﹂
がん! と音がしたかの勢いでニールの顔が真っ青になりました。
﹁そ⋮そんな⋮⋮。で、でも、ぽんぽん痛くなってしまうから⋮⋮﹂
ぽんぽん⋮⋮、おなか壊すのは確かに嫌です。
でも、たくさん食べたい、食べたいんだもん!
﹁そ、それと、日持ちするものならお土産としていくら買ってもい
いから⋮⋮﹂
187
ん? いくらでもとな?
﹁それはこんなにこーんなに買ってもいいですか?﹂
わたしは両手を大きく広げて確認した。
すると、ニールはこくこくと頷きました。
﹁もちろん。エレナが望むなら馬車1台分でも、2台分でも、いく
らでも﹂
ま、まじですか?
いやでもそんなにはいらんですが。
﹁でも、一度にたくさん食べるのはよそう? エレナが苦しむとこ
ろは、わたしは見たくないんだ⋮⋮﹂
ツンドラニール⋮⋮。
いや、わたしが悪かったのですよ。
そんなに心配してくれて感謝ですよ。
食い放題はNGでも買い放題はOKなら私に否はない。
﹁ニールにー様、ありがとーなのです。わかったのです﹂
﹁エレナ⋮⋮、わかってくれてわたしは嬉しい。今日は楽しもう﹂
188
﹁うん! ニールにー様、大好き!﹂
ぼん! と音がしたかの勢いでニールの顔が真っ赤になりました。
⋮⋮こいつ、血管大丈夫なんでしょうか。
ツンツン。
と、横でわたしの袖を引っ張るジェレミー。
なんだいな、と見てみると、ジェレミーは小首を傾げて言いまし
た。
﹁僕は? 僕も好き? 姉様?﹂
なんですかおい、かわいいですなおい。
いいなー、やっぱりその美貌。
﹁姉様?﹂
不安そうに尋ねるジェレミー。
﹁もちろん、ジェレミーも大好きですよ﹂
途端、花が咲くように笑うジェレミー。
﹁僕も、姉様だーい好き!﹂
﹁ぐきゅ!﹂
189
わかった。
わかったですので内臓飛び出すほどの力で抱きついてくるの勘弁
してください。 190
お出かけ前の約束は︵後書き︶
でも結局は食い意地はってる鈍感娘、であります。
191
すべてはチョコバナナが悪いのです︵前書き︶
エレナさん暴走中。
192
すべてはチョコバナナが悪いのです
街に出てきました。
清閑な屋敷まわりと違い、活気があって賑やかです。
街は基本石造りです。
うーん、中世ヨーロッパってこんな感じなのでしょうか、よく知
らんですが。
人、たくさんです。
ざわざわがやがやです。
そこここに、天幕のお店も出てます。
野菜売り、果物売り、お肉屋さん、お菓子屋さん⋮⋮、いっぱい
あるです。
石造りの建物の中のお店はちょっと高級そうです。
その店を示す看板はオシャレで素敵なものが多いです。
花売りの女の人もいます。
靴磨きの少年もいます。
馬とか驢馬もいるですよ。
193
目新しいものに興奮して、わたしはきょろきょろと辺りを見回し
ました。
あ、あれに見えるは⋮⋮!
﹁ねえエレナ、たくさん人がいて迷子になると大変だから手を⋮⋮
って、エレナ!?﹂
わたしはそれが見えた瞬間、駆けだしてました。
目的一直線です。
その目的は⋮⋮。
チョコバナナ!
チョコバナナを売っている天幕へあっという間に駆け寄りました。
﹁おや、いらっしゃい。あらまあずいぶんと身なりのいいお嬢ちゃ
んじゃないかい﹂
﹁バ⋮バニャニャ⋮⋮。チョコバニャニャなのです﹂
わたしは、感動でくらくらです。
あまーいバナナ。
194
ほーじゅんなかおり。
そこにほろ苦いチョコの味⋮⋮。
だ・い・こ・う・ぶ・つ・で・す!
チョコバナナ、お祭りの時には必ず買って食べていたものです。
まさかこんなところで出会えるとは⋮⋮!
﹁あんれまあ、チョコバナナ好きなのかい、お嬢ちゃん﹂
こくこくとわたしは頷きました。
﹁買ってくかい?﹂
こくこく、と頷こうとしてわたしは、はたと気がつきました。
わたし、お金持ってない⋮⋮。
支払いはニールがするはずだから、と。
いでよ、わたしのお財布!
と後ろを振り返ると、そこには誰もいません。
人が溢れかえっているだけです。
⋮⋮⋮⋮あれ?
195
﹁どうしたんだい、お嬢ちゃん?﹂
チョコバナナ売りのおばさんが心配げに声をかけてきました。
はう。
どうしよう、わたし。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮迷子なのです。
196
すべてはチョコバナナが悪いのです︵後書き︶
アイスとクレープとで迷いましたが結論はチョコバナナ。
197
迷子になった、その後は︵前書き︶
エレナさん、ブレません。
その食い意地とお馬鹿な言動が。
198
迷子になった、その後は
た、大変なのです!
迷子になってしまったのです!
ニールはどこですか!
ジェレミーは!
お付の人は!
きょろきょろと辺りを見渡しても誰も見つかりません。
﹁あ、ちょっと、お嬢ちゃん!﹂ わたしは慌てて駆け出しました。
そう、すっかり忘れていたのです。
迷子になった時の鉄則。
極力その場から動かず待機、というものを⋮⋮。
ぐきゅるるるるー⋮⋮。
おなかすいたのです。
199
探しても探しても誰も見つからないのです。
わたしはこのまま家なき子になってしまうのでしょうか⋮⋮。
﹁嬢ちゃん、どうしたね﹂
涙を浮かべてトボトボ歩いていたら知らないおじさんに声をかけ
られました。
﹁迷子かい? 腹へってるのかい?﹂
わたしは力なくこくりと頷きました。
﹁そりゃかわいそうにな。よかったらおじさんの家にくるかい? おいしいお菓子やご飯がたくさんあるよ﹂
ぐきゅるるるるー!
お菓子、ご飯⋮⋮。
ふらりとそのおじさんについて行きそうになった私は、腹減りの
あまりすっかり頭から抜け落ちていたのです。
前世も今世も共通であろう鉄則。
知らないおじさんにはついてっちゃ駄目ということを⋮⋮。
﹁エレナ!﹂
200
﹁エレナ姉様、やっと見つけた!﹂
しかしわたしは寸でのところでその鉄則は破らずにすみました。
﹁ニールにー様、ジェレミー﹂
ニールとジェレミーはわたしにぎゅうぎゅうと抱きついてきます。
﹁心配したんだから、姉様の馬鹿ー!﹂
﹁無事でよかった、エレナ⋮⋮﹂
しばらく二人にされるがままになっていたわたしですが、状況を
飲み込むと、ぶわっと涙があふれてきました。
﹁ふ⋮⋮ふえええええー! ニールにー様ー! ジェレミー! ふ
ええええーん! 不安だったですー! 怖かったですー! おなか
減ったですー! ふえええええー!﹂
大泣きするわたしに、ニールとジェレミーは大慌てです。
知らないおじさんはいつの間にか姿を消してました。
そんなこんなでわたしのはじめてのお出かけは散々でした。
後から事情を聞かれ、ニールにもジェレミーにもパパさんにもす
っごく叱られたですよ。
201
ママさんは﹁これもいい思い出よねー﹂と笑ってましたが。
実はママさんも経験者ですね、とわたしは推察しました。
そして、今後はお出かけの際には手をつなぐこと。
必ず誰かと行動して、一人にはならないこと。
知らないおじさんには絶対についていかないこと、を約束させら
れました。
うん、それは大丈夫そうですよ。
だって、またジェレミーのがっちりわたし捕獲状態が再開してし
まったから⋮⋮。
でも、わたしが悪いのでしばらくはおとなしく我慢するです。
あ、あと余談ですが。
チョコバナナ、ちゃんと買ってもらいましたよ?
とってもとってもおいしかったです。
202
迷子になった、その後は︵後書き︶
次回より攻略対象者三人目編、突入予定、です。
203
婚約者が出来ました︵前書き︶
婚約者登場。
204
婚約者が出来ました
突然ですが、わたしに婚約者が出来ました。
それは昨夜のこと。
家に帰ってきたパパさんが、わたしを見るなり言いました。
グランフォード侯爵家のラスティとの婚約が決まった、と。
それを気いたジェレミーはその場でかたまりました。
それから魂抜けたような状態になったままで復活した様子ないけ
ど、大丈夫ですかな?
わたしと言えば、まあアリかな、と思いましたですよ。
だって仮にも伯爵令嬢。
婚約者の一人や二人はいてもおかしくありません。
⋮⋮いや、二人はおかしいか。
あと、今回初めて知った情報ですが、婚約と結婚について。
結婚は教会に届け出を出して認められるものですが、貴族の場合
は別途王宮へ届け出を出してOKをもらわなければなりません。
まあ確かに、力関係のバランスも大事ですからね。
205
で、婚約ですが。
これは二通りあるとのこと。
一つはやはり王宮に届け出を出して、承認を得るもの。
これの強制力は大きく、破棄をするのは大変だとか。
もう一つは親同士の口頭約束。
これは一応婚約者扱いにはなりますが、強制力はさほどないそう
です。
片方が否を言い出せば、大体白紙に戻すことも可。
醜聞にもならないそうです。
いわゆる互いが互いのキープ君、キープちゃん、という感じでし
ょうか。
いいなずけ
もしくはゆるーい感じの許婚?
そんなんで婚約者の意味があるかと言うと、はて、どうなんでし
ょう?
今度ツンドラニールにでも聞いてみるですか。
あいつはよく知ってそうなのですよ、うん。
206
そして、今回それを聞いて思い出したことがあります。
彼の名は、ラスティ・グランフォード。
そう、そうなのですよ。
確か、攻略対象者なのですよ。
三人目なのです。
しかし。
従兄弟のニール。
義弟のジェレミー。
婚約者のラスティ。
わたしのまわりの身近な人間多すぎではないですか?
ちなみに三人の攻略者とも、わたしが障害なのですよ。
確かにあのゲーム、逆ハールートないからおかしくないっちゃー
ないですが。
ゲームの中のわたし大忙しです。
ゲーム製作会社へもの申す。
まとめてお得! 一人でじゅーぶん! だって製作費安上がり!
207
そんな安易な考えはどーかと思うのですよ! 208
婚約者が出来ました︵後書き︶
しかし今回も例にもれずスローテンポ。
名前だけの登場でした。
209
ニール兄様の知恵袋︵前書き︶
今回はニールが黒いです。静かに怒っているのですよ、ツンドラニ
ール。
210
ニール兄様の知恵袋
﹁口約束の婚約の意味? それはもちろんあるよ﹂
また我が家に訪れたニールに質問してみました。
その解答がこれです。
⋮⋮しかしニールさんや、ずいぶん頻繁にうちにやってくるのな
んなんですか。
あんたはうちの子ですか。
いっそここに住んだらどーですか。
とはさすがに言えんですなあ。
⋮⋮現実になりそうで。
﹁その意味はなんですか?﹂
だからそれは置いといて、取り敢えず目の前の疑問解消に努めま
しょう。
しかしニールも初めて会ったころに比べるとずいぶん喋るように
なったですなあ。
感慨深いものです、うん。
211
﹁ああ、親同士が仲が良くて自分たちの子供を、ということもある
けど、大体は家通しの繋がりかな。子供がお互いに婚約することに
よって、その家同士の距離が近くなるだろう?﹂
﹁破棄してしまうと、逆に険悪にならないですか?﹂
﹁それを承知の上での婚約だから、滅多なことではそうならないよ。
婚約という言葉に抵抗あるなら、協定とか提携と置き換えてもいい
かもしれないな﹂
﹁⋮⋮? よくわからないです?﹂
﹁つまりは⋮⋮、仲良くしようということだよ﹂
﹁じゃあ、仲良くしたい相手が出来るたびに、ころころ婚約者を変
えるですか?﹂
﹁まさか。大概は一度だけだよ。実際そのまま婚姻に至る場合も多
いしね。だから口約束とは言ってもいい加減には決められないし、
家格もつりあった相手になる。もしその後解消されるとしたら、よ
り政略的に条件があう相手が現れた時か、心から添いたい相手が現
れた時、かな﹂
﹁⋮⋮? よくわからないです。やっぱり意味なくないですか?﹂
﹁意味はあるんだよ、やはり。実際婚約者のいる相手に手を出すの
は覚悟がいる。場合によってはその家を相手取る可能性もあるのだ
から。実際口約束とはいえ婚約は婚約だ。たとえ口約束の婚約だか
らってね。安易に解消はしないし、もしする場合は解消を申し出た
側はその次の相手が本当の婚姻相手にならなければ筋が通らない﹂
212
﹁うーん?﹂
今日のニールの言うことはよくわからないのです。
﹁⋮⋮つまりは、虫よけだよ。悪い虫よけ﹂
﹁虫よけ!﹂
おお、なんかわかった気がするですよ!
つまりはこうですね。
婚約すれば、おうち同士仲良し感が強まります。
破棄されても恨みっこなしよ、の約束です。
婚約者当人には、よっぽど本気の人しか近寄ってこなくなります。
だから、軽い気持ちで近寄ってくる相手を牽制できると!
それをニールに言ってみたところ、よくできましたと頭を撫でら
れました。
わーい!
婚約者は虫よけ!
またわたしはひとつ、この世界の常識を手に入れました!
213
やっぱり、ツンドラニールはよく知ってます。
まさに、わたし専用知恵袋!
﹁だからエレナも虫よけ代わりに利用するだけ利用して、時期がく
ればさっさと解消すればいいよ﹂
﹁そうなのですね! わかったです!﹂
﹁うん、エレナはいい子だ﹂
﹁えへへー﹂
﹁⋮⋮しかし虫よけとは。ルフォス伯もやってくれる⋮⋮﹂
なんかニールがツンドラブリザード気候を漂わせていた気もしま
すが、わたしは華麗にスルーですよ!
君子、危うきに近寄らず、です!
あれ? 君子ってなんでしたっけ⋮⋮?
214
ニール兄様の知恵袋︵後書き︶
次回、本当に婚約者登場予定。
215
赤髪の獅子︵幼少版︶︵前書き︶
攻略対象者三人目登場。
216
赤髪の獅子︵幼少版︶
今日は顔合わせの日なのです。
お見合い、でいいのですかね?
お見合いの前に、婚約決まってるですが。
まあニールに聞いて、婚約はそんなに重く考えなくてもいいとわ
かったので、気楽にいくですよ。
そう、悪役令嬢のお仕事っをしなければ!
あれからわたし、頑張って思い出したのですよ。
ラスティ・グランフォード。
またの名を赤髪の獅子。
まあ簡単に言うと、赤い髪した俺様傲慢男、ですね。
わたし、あまり好みではないですね、うん。
ワイルド系より綺麗系のが好きなのですよ。
それに、確かに幼いころからの婚約者、これは間違いないですね。
でも、幼少期のデータはないので、うん、そこは行き当たりばっ
たりで!
217
ラスティから見たエレナの評価は⋮⋮、えと、そう! 高飛車傲
慢女! ですね!
傲慢VS傲慢ですか。
まるで磁石のSとS、みたいな感じですか。
そりゃ反発もしますね、ええ!
何故傲慢かというと、そりゃ相手に満足してないからですね。
主に、家格。
ゲームのわたし、王子様にも嫁げるはずなのにたかだか侯爵家へ
なんてって傲慢かましてます。
わたし王子様会ったことないですよ。
何故そう思うにいたったかが不思議ですな。
まあ、いいです。
とりあえず、わたしがとる態度は高飛車で傲慢、これで決まりで
す!
高飛車で傲慢って何をどーするですか。
あ、あれですか。
218
オーッホホホホホ! と高笑いでもしてみますか。
よし、さっそく!
﹁おーっほほ⋮⋮ごっごほ、ほ、けほっ⋮⋮!﹂
無理です。
むせます。
うん、却下。
うーん、まあいっか。
追々考えるですよ。
と、見合い当日。
会場は我が家なのです。
うん、本当は相手の家に行く予定だったんだけど、ジェレミーが
ついてきたがったり、ニールが同伴申し出たり、なんだかんだでう
ちになりました。
ちょっと行ってみたかったですよ、よその貴族のお宅拝見。
うーん、残念!
と、いう訳でわたしは今おしゃれさせられ、わたしの婚約者と相
219
対しております。
ゲームで見慣れた姿と違って、お子様なのですよ。
この頃は、まだ可愛かったんですねえ、しみじみ。
ラスティはわたしをじっと見てるです。
何ですか、そんなじっくり見られたら照れるですよ。
親同士の定番の挨拶が終了し、わたし達の番になりました。
お、ラスティが口を開きました。
﹁⋮⋮期待外れだったな。もっと美人かと思った﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮はい?
それが、奴の発した第一声でした。
220
赤髪の獅子︵幼少版︶︵後書き︶
だけど発したセリフは最後のあれだけ。
すみません、次回はもっと喋ります。
221
望まれたもの︵前書き︶
そろそろ毎日更新きつくなってきました。
222
望まれたもの
﹁クラウン伯爵家の伯爵夫人って言ったらすっげえ美人で有名じゃ
んか。その娘っていうからどんだけだって期待してたのに、ガッカ
リだぜ﹂
これが第二声。
﹁まあ、婚約したからって、絶対結婚するとは限らねーけど? で
きればもっと美人か可愛い方がよかったっつーの。侍らせておくお
飾り人形は見栄えがいいほうがいーからな﹂
第三声。
﹁だけどそもそも俺は女なんかうざくてしょーがねーんだよ。きゃ
ーきゃーうっせーし。なんでこんなに早く婚約なんかしなきゃなん
ねーんだよ。お前もせいぜい分をわきまえて大人しくしてろよ。女
は男に黙ってしたがってりゃいーんだからよ。それに家だって俺の
家は侯爵でお前の家は伯⋮⋮がっ!﹂
第四声、を言いかけたところで、その声は止まった。
ラスティの父であるグランフォード侯爵が、その口を鷲掴みして
黙らせたからである。
グランフォード侯爵はラスティとは真逆の、なんか、草食系の優
男、って感じでしょうか。
しかし、鼻ごと口を押さえられてむごむ悶えているラスティを無
223
視して、にこにこ笑っているその姿はなにか侮れないオーラを放っ
てるですよ。
あれですよ、見た目に騙されちゃいかん、とか、こいつ意外に黒
いんじゃねーの、とかの。
パパさんは無言ですが、その瞳は結構冷やかです。
初対面の娘相手に開口一番であんなとこ言う奴に、好意的になれ
ってゆー方が無理ですが。
そして隣室からは殺気が漂ってきてますがな。
隣室にはさすがに同席は断られたニールとジェレミーが控えてま
す。
⋮⋮なんか空気が寒くて痛いのは気のせいではないですか。
つか、この婚約白紙になったりするですかね?
﹁ごめんね? うちの愚息が失礼なこと言って﹂
にこにことグランフォード侯爵はそう言って謝ります。
﹁うちの愚息、何度躾け直してもその尊大な態度治らなくてほとほ
と困ってたんだ。このまま成長すると、とってもまずいことになる
と思うしね﹂
うん、納得。
224
胸の内でどー思おうとその人の勝手でしょうが、相対した時真っ
正直に侮蔑・無礼な言動するようじゃ貴族社会、というより人間社
会でうまくやってけはいけないでしょう。
だって、わたしのラスティの口開いた後の第一印象は、怒るより
何よりこいつ馬鹿だ、と呆気にとられたのが先でしたし。
ニールの初対面時の挨拶が完璧だっただけに、貴族の子女ってみ
んなあんな感じかと思ってたですよ。
まあ、違うことが今はっきりわかったわけですが、それにしても
こいつは酷いですよ。
これが侯爵家の跡取りというなら、グランフォード家のお先は真
っ暗ですね!
﹁そんなところに、君の話を耳にしてね。ぜひうちの愚息の婚約者
となって、その性格矯正してもらいたいなって思ったんだ。だから、
ルフォスに無理聞いてもらっちゃった。昔のことでちょっと貸つく
っといたのラッキーだったな﹂
はい? どんな話でしょう? 矯正って? そして最後の貸って
ちょっと気になります。
﹁エルハラン公爵家のニール君、とても優秀で有名だったけど、ち
ょっと優秀過ぎて四角四面というか、人間味がないとの噂だったん
だ。だけど君と接するようになってからだいぶ人間らしくなったと
聞いたし﹂
はあ、人間なのに人間らしくないとはこれいかに。
225
﹁後は医療の専門家や君の父上であるルフォスでも心を開かなかっ
たジェレミー君、一目で懐かれたそうじゃないか﹂
はあ、たまたまだと思いますが。
﹁実は僕、このルフォスとは昔からの友人なんだけどね、こいつも
昔はお前人間? 血液流れてんの? その血、その瞳と性格と同じ
で青くて冷たいいんじゃないのって思ってたけど、こいつも君が生
まれてからだいぶ話がわかるようになった⋮⋮ちょ、ルフォス、拳
骨で殴るの禁止!﹂
うん、タイプは真逆だけどラスティの口の悪さは確実にこの人の
遺伝だ!
そして、ラスティの顔色が赤から青になって紫になってきたです
よ?
暴れてたのに、ぐったりしてきたですよ?
そろそろ手離してあげないとやばくないですかね?
そして、話はわかりました。
わたしは婚約者兼教育係を望まれたようです。
と言うよりメインが教育係でしょうか、この場合。
ゲームでこんな展開あったんでしょうか?
226
いや、なかったと思います。
はてさて、どうしましょうか。
227
望まれたもの︵後書き︶
ラスティはああ言いましたが、エレナさんは普通に可愛い顔してま
す。
母・エレインの美貌が別格の容姿なだけです。
228
これをどうしろと︵前書き︶
ラスティ、攻略対象者としてはちょと弱いですかね。
229
これをどうしろと
蛇に睨まれた蛙。
そう表現するのがぴったりですよ、今の状況。
え? 誰が蛙かって?
それは、もちろん。
﹁な⋮何だよお前ら、何なんだよ!﹂
⋮⋮ラスティ・グランフォードが、ですがな。
あれからどうなったかと言うとですね。
パパさんが﹁とりあえず今日は子供達だけで親睦を深めるように﹂
と言い置いて、にこにこ笑顔のままのグランフォード侯爵の首根っ
こ捕まえて引きずるようにして部屋を出て行きましたですよ。
グランフォード侯爵は引きずられながら、わたしに手を振ってた
です。
あのお人はどういった方なんでしょうかね。
後に残されたのは、酸欠で気を失ったラスティ。
230
これを、どうしろと。
わたし、同じ年の男の子なんて運べんですよ。
だからとりあえず、呼んでみたです。
﹁おーい、大丈夫なのですか。目を覚ますのです。起きるのですよ﹂
﹁エレナ、そんなクズに優しい言葉なんか不要だよ﹂
﹁そうです、姉様。こんな奴いっそこのまま目を覚まさなければい
い⋮⋮永遠に﹂
⋮⋮いつの間にやら隣室から出てきたニールとジェレミーがそば
に立ってました。
てゆーか、ジェレミーの言ってること何気に怖いですがな。
﹁そーゆーわけにもいかないのですよ﹂
だってわたしはこれを高飛車・傲慢にやっつけるお仕事があるの
です。
ついでに性格矯正の教育的指導もこなさなければいけないのです
からね。
﹁エレナ⋮⋮、エレナはかわいいだけではなく何て優しい子なんだ﹂
﹁姉様の優しさはこいつにはもったいないよ。だからさっさと起こ
せばいい。これで十分﹂
231
バシャア!
と、いきなりジェレミーは近くの花瓶を手に取るとその中身をそ
のままラスティの顔めがけてぶちまけました。⋮⋮もちろん花ごと。
ジェレミー⋮⋮? お義姉ちゃんはあなたがよくわからなくなっ
てきましたよ?
﹁!? な、なんだ!? なにごとだ!? は!? なんで水⋮⋮
!? つかこの花なんだ!?﹂
これにはさすがのラスティも目が覚めた様子です。
身を起こすと、現状に理解が追い付かないのかパニックをおこし
てるですよ。
﹁目が覚めたですね﹂
﹁は!? あ、お前! お前の仕業かこれは! はっ、最悪だな、
顔だけじゃなくて性格までも最低だなん⋮⋮﹂
ヒュン⋮⋮ガチャン!
ラスティの悪態が途中で止まりました。
ジェレミーの投げた花瓶が、ラスティの顔のすぐ横を抜けて割れ
たですよ。
つか、ラスティがあのタイミングで首を振らなければあのコース、
232
ラスティの顔面直撃コースだったですよね⋮⋮?
﹁あ⋮⋮?﹂
ラスティもそのことに気がついたのか、サーと顔が青ざめました。
﹁な、何しやがる! 俺様が誰だかわかってんのか!﹂
はうっ!
素で自分のことを俺様と言う奴が存在するなんて!
やっぱりこいつ超・残念なのです!
﹁もちろんわかっている。ラスティ・グランフォード﹂
あ、ツンドラニール降臨。
﹁わたしはニール・エルハラン。わが従姉妹への侮辱の数々、エレ
ナが許してもわたし達は許しはしないよ。覚悟はできているんだろ
うな、ラスティ・グランフォード﹂
ツンドラニールのブリザードな凍てつくような眼差し。
ジェレミーの憎悪を滾らせた眼差し。
﹁な⋮何だよお前ら、何なんだよ!﹂
はい、ここで冒頭の状態に戻るわけですね。
233
激おこ状態のニールとジェレミー。
そんな二人の様子にビビるラスティ。
いったいこれをわたしに、どうしろと。
234
これをどうしろと︵後書き︶
どっちかってーと三下の小者っぽい。
235
もう教育係はこいつらでいいんじゃね、です︵前書き︶
ふー、今日の更新間に合いました。
236
もう教育係はこいつらでいいんじゃね、です
ぷるぷる震えた兎さん。
そう表現するのがぴったりですね、うん。
え? 誰がですって?
それはもちろん、わたしの残念な婚約者、ラスティ・グランフォ
ードでありますよ。
あれからどうなったかと言いますと。
ツンドラニールのブリザードな眼差しと。
ブラックジェレミーの視線で人を殺せそうな凶悪な眼差しと。
なんにんひと
ツンドラニールの容赦ない冷徹な物言いと。
げん
ブラックジェレミーのその言実行したら何人人死にますかね発言
と。
ツンドラニールの凍りつくようなオーラと。
ブラックジェレミーの悪寒がはしる禍々しささえ発する空気と。
うん。
237
それを小一時間。
俺様傲慢高慢のお子様は。
今では立派に涙を浮かべた弱々しい子兎さんと相成り果てました、
まる。
⋮⋮もう教育係こいつらでよくね? ですよ。
わたしは遠い目でそれを眺めていたですよ。
しかし。
うーん。
このまま続けられて廃人にでもなってしまうと、それはそれで問
題あるですな。
そろそろ助け舟だしてやるですか。
﹁ニールにー様、ジェレミー﹂
﹁何だい、エレナ﹂
﹁何ですか、姉様?﹂
小声で呼びかけただけで振りかえる二人。
わたしを見る目は、ラスティを見ていた目と違って非常に優しく
で甘さがあるです。
238
⋮⋮こいつらの変わり身が早くてドン引きですよ。
﹁二人とも、怖いです﹂
﹁⋮⋮!﹂
﹁⋮⋮そ、そんな、姉様⋮⋮﹂
二人はショックを受けたようにサーと青褪めました。
﹁ご、ごめんよ。エレナを怖がらせるつもりなんて、そんな、わた
しは⋮⋮﹂
﹁姉様、ごめんなさい。そうだよね、優しい姉様の前でこんな⋮⋮
裏ですればよかった﹂
動揺する二人。そしてジェレミー、最後に小声で言ったの聞こえ
たですよ。怖いですがなまじで。
﹁ニールにー様、ジェレミー﹂
﹁あ、ああ﹂
﹁はい、姉様﹂
わたしはこてり小首を傾げて、お願いのポーズをとりました。
﹁みんな、仲良く、ですよ?﹂
239
﹁もちろんだよ! エレナ!﹂
﹁姉様の仰るとおりです!﹂
ふっ、ちょろいのです。
だってわたしは転生者。
精神年齢がその辺のお子様とはわけが違うのですよ。
そして後は、とラスティを見やります。
ラスティはぽかんとした顔でこちらを見ています。
わたしはてててとラスティに近寄ると、顔を近づけて言いました。
﹁ラスティも、なのですよ? みんなで仲良くするのですよ﹂
ラスティは呆然とわたしの顔を見たままです。
だからわたしは、にっこりと笑ってみせました。
ぼんっ!
ん?
ラスティの顔が急にゆでダコみたいに真っ赤になったですよ。
何でですかね?
240
あれ? そう言えばわたしラスティのこと高慢で高飛車に⋮⋮。
ま、いっか。
先はまだ長いのです。
まだこれからですよ。
まだまだなのです。
ね? 241
もう教育係はこいつらでいいんじゃね、です︵後書き︶
エレナさん気がついたら逆ハールート突入してます。
エレナさんに自覚なし。
そしてこっちもそんな予定はなかったのに、不思議ですね。
242
ラスティ・グランフォード視点︵前書き︶
一日あけちゃいました。
243
ラスティ・グランフォード視点
いきなり婚約者が出来た。
親父に連れられたきたクラウン伯爵家。
目の前に立つのは、淡い琥珀の宝石のような瞳をした女の子。
エレナ・クラウン。
まんまるの目をぱっちり開いて俺を見ていた。
かわいい、かも。
そう思った。
だけど、そう思われるのも何だか負けたような気がして、思わず
悪態をついた。
地獄をみた。
知らなかったのだ、俺は。
エレナ・クラウンには過保護で冷徹な悪魔と、超ド級のシスコン
で極悪の悪鬼がついていたなんて。
244
悪魔の名前はニール・エルハラン。
悪鬼の名前はジェレミー・クラウン。
殺されるかと、思いました。
それを助けてくれたのが、エレナ・クラウン。
俺の、婚約者。
俺を見て、にっこり笑った。
かわいい顔が、もっとかわいくなった。
俺は、その瞬間、エレナに心を奪われた。
しかも、驚いたことに悪魔も悪鬼もエレナには敵わない。
小さくて、かわいい俺の婚約者。
そして、誰よりも強い。
これが、俺の婚約者。
将来の、俺の、お嫁さん。
245
俺は、悪魔と悪鬼に優越感を覚えた。
ふふん、いくら、悪魔や悪鬼が邪魔をしても、どんなに悔しがっ
ても、エレナはもう俺のものなんだから。
﹁えー? いつでも解消できるけどね。あ、されるの間違いか。
あははははー﹂
親父は笑った。
何だと⋮⋮!?
そんな、と俺は親父にきちんと王宮へ届けて正式な婚約にしてく
れるように頼んだ。
が。
﹁嫌だよ。そんなことしたら僕がルフォスにぶっ殺されちゃうじゃ
ん。この婚約話だってけっこーギリだったのに﹂
知らんわ、そんなこと。
﹁ふふ、駄目だよ。楽しよーだなんて。ライバル多くて焦るのはわ
からなくもないけど﹂
嬉しそうに笑う親父。
246
⋮⋮殴りたい。
﹁本気なら、ラスティも本気になればいいさ。精一杯男を磨いてエ
レナ嬢を惚れさせてみなさい﹂
エレナが俺に惚れる⋮⋮。
うん。
⋮⋮うん、それ、いい。
エレナが、俺を大好きでたまらないといった顔で見てくれる。
それ、すごく、見たい。
﹁ふふ、いい傾向だね。正解だったな、僕の読み。さすがエレナ嬢。
ま、せいぜい頑張んなさいな、我が息子よ﹂
⋮⋮くそ、やっぱりこの親父むかつく、殴りたい。 247
ラスティ・グランフォード視点︵後書き︶
たぶん次の更新も2.3日あいちゃうと思います。
すみません。
※ご指摘頂きまして、ブラコン↓シスコンへ修正致しました。申し
訳ありません。
248
ゲームと違うことに気がつきました︵前書き︶
おまたせしました。
ただ少し更新ペース落ちますのでご容赦ください。
249
ゲームと違うことに気がつきました
わたしはエレナ・クラウンです。
乙ゲー世界に転生してしまった模様。
その役柄が悪役令嬢だった為、その役割を果たすべく奮闘中。
自分に与えられた役割はきちんと果たさなければならないのです
から。
ここまでで登場してきた攻略対象者は三人。
一人目はわたしの従兄弟のニール・エルハラン。
二人目はわたしの義弟のジェレミー・クラウン。
三人目はわたしの婚約者のラスティ・グランフォード。
なんか全部に、わたしの、という所有格がつくですよ。
わたしは頑張ったつもりです。
ニールにはわがままに、ジェレミーにはいじわるに、ラスティに
は傲慢に。
これが、エレナ・クラウンの基本スタイルのはずだから。
250
だけど、ニールにわがままを言うと、わたしを頼ってくれるんだ
ねと喜んで叶えてくれます。
ニールは本来は迷惑そうにするはずなのに。
また、ジェレミーにいじわるすると、僕にかまってほしいんだね
と喜びます。
ジェレミーは本来は傷ついた顔をするはずなのに。
そして、 ラスティを傲慢に見下そうと木の上に登ろうとしたら、
これだから俺がいないとと止められ心配されました。
ラスティは本来はわたしを嫌うはずなのに。
おかしい、何かがおかしい⋮⋮。
三人のゲーム上での性格を見直してみましょう。
まずはニール・エルハラン。
ツンドラニールと言われたくらい、容赦ないお人です。
基本は無口・無表情。
まあ、無表情ではあるし、口数も少ないのは確かです。
251
が、性格。甘さのまったくない、ツンドラブリザード。
確かに怒るとそういうところもありますが。
わたしにたいするニールの態度は、まさしく逆の砂糖菓子のよう
な甘さです。
あれ?
次はジェレミー・クラウン。
繊細な天使のような男の子。純真無垢で傷つきやすい、優しい少
年。
確かに、一番最初の印象はそうでした。
両親亡くしたばかりというのもあって、今にも消えてしまいそう
な儚さをもってたですよ。
だけど、今は。
え? 黒くね? 神経ずぶとくね? ちょっとヤンデレ入ってる
よね?
に、なってます。怪我とか病気とか、死に結びつく部分でちょっ
とトラウマになってる部分はあるようだけど。
あれれ?
最後にラスティ・グランフォード。
252
傲慢な俺様男。ワイルド・ゴーイングマイウェイ。
第一印象はクソガキでしたが、確かにあのまま育てばゲームのよ
うな性格なったと思います。
だけど、ニールとジェレミーにやり込められ、今ではすっかり俺
様気質は遠ざかってます。
ちょくちょく家にきてますが、その度に、転ぶから走るな、落ち
るから高いところに上るな、腹こわすから食いすぎるな、相手を勘
違いさせるからやたらと触るな抱きつくな︵意味わかりません︶と
心配性な世話焼き兄ちゃんとなり果てました。
あれれれ?
わたしは気がつきました。
だいぶ、ゲームの世界と違いませんか?
253
ゲームと違うことに気がつきました︵後書き︶
後数話で幼児編終了です。
254
エレナ・クラウンという存在︵前書き︶
この回の話でやっとあらすじ内容までいきました。
255
エレナ・クラウンという存在
攻略対象者達がゲームとは違う性格になっている事実に気がつき
ました。
そこで原点に戻ります。
わたし、エレナ・クラウンという存在はどういったものか。
だいぶ薄くなっていたゲームの知識を一生懸命引っ張りおこしま
す。
まずは、伯爵令嬢。
ニールの従兄弟で、ジェレミーの義姉で、ラスティの婚約者。
うん、立ち位置は今のところ間違いなしです。
ヒロインにありとあらゆる嫌がらせをする悪役。
ヒロインのライバルポジション。
うん、これは肝心のヒロインとまだ出会ってないので、何とも言
えません。
容姿は、吊目とか意地悪そう、とかではなく、どちかというと、
可愛らしいタイプ。
ぶっちゃけ悪役にするにはインパクト弱くね? ですが、まあ、
256
うん。
ここはスルーでいいですよ。
わたしだって、どうせなるならゴージャスビューティーが良かっ
たですよ。
だからここはスルーの方向で願うのですよ。
次に、頭。
様々な嫌がらせするだけあって、良かったはず。
⋮⋮はて? わたし、あまり勉強良くありませんよ? 先生が生暖かい目で見守ってくれてますよ?
次に、マナー。
ゲームでは、完璧だったはず。
それをネタに、ヒロインに嫌がらせをするネタもあったはず。
⋮⋮はて? わたし、マナー注意されまくりですよ?
それが可愛いと家族は盲目状態になってるようですが。
次に、特技。
なんか、ピアノを華麗に披露するシーンあったような。
257
ダンスもベリーナイスな評価で、お手本とかにされてたような。
⋮⋮はて? わたし、音楽全般匙投げられてますよ?
ダンスは相手役のジェレミーやニールの足踏みまくってるですよ?
ニールやジェレミーは他の相手と踊られなけば問題ないと言いま
すが。
⋮⋮⋮⋮はて?
わたし、今はこんな駄目駄目ですが、数年後には成績優秀で完璧
マナーの華麗にダンスやピアノを披露する令嬢に変化する、と?
いや、それはない。
あり得ない。
はて、どうしたことか。
わたしが一番ゲームと違ってるですよ?
なんかスペック足りなさすぎですよ?
ゲームのわたしと現実のわたしの違い。
それは⋮⋮。
中身の違いですか!
258
前世のわたしスペック低かったですか!
なので今それが足を引っ張ってるですか⋮⋮!
わたしはわたしを襲った衝撃に、しばらく呆然自失となったので
した。
259
エレナ・クラウンという存在︵後書き︶
次回もよろしくお願いします。
260
辿り着いた答え︵前書き︶
今回で幼児編終了です。
261
辿り着いた答え
⋮⋮まあ、いっか。
しばらくぼんやりとした結果、行きついた答えがこれでした。
今更どう足掻いても、スペックが高くなるわけではなし。
今までゲームの趣旨に沿って行動しようとした結果がこれだし。
努力して、その結果はまったく別の方向に転がってるし。
お約束展開を期待しているであろうどこかの誰かには申し訳ない
けど、どーしようもないし。
わたしはわたしのエレナ・クラインでいかせてもらうってことで。
それはそれできっとストーリー展開面白いかもしれないし。
うん、そうだ。
ヒロインだって、誰を選ぶかわからない。
ゲームは何度もやり直して全員攻略可能だけれども、わたしがい
るここではそれは無理。
ヒロインが誰かを選んだら、全力でうまくいくように協力したら
いいのですよ。
262
うん、そうしよう。
今はまだ出会えぬわたしのヒロイン。
きっと、綺麗で可愛くて素直で優しくて可憐で守ってあげたくな
るような儚さででもって芯は強く立ては芍薬座れば牡丹歩く姿は百
合の花のようなでも個人的にはカスミソウのようなのが好みだった
り、あ思考ずれた。
とにかく、そんなヒロインに出会うまでは。
とりあえず好き勝手させてもらうですよ。
ニールにはたくさん甘えてわがまま言って。
ジェレミーはたくさん可愛がってあげるのです。
ラスティは顎で使ってやるのですよ。
⋮⋮ん? 今とあんまり変わらないですか?
まあ、いいのですよ。
ちょっと肩の荷下りたのです。
やっぱり、役割を果たさなきゃという責任感はちょっと重しだっ
たのですよ。
今のうちに気力とやる気を蓄えて。
263
来たるべき日に臨むのです。
待っていてなのです、わたしのヒロイン。
ゲームのパッケージで後姿のイラストを見た時から、わたしの心
をとらえて離さない愛すべき乙女。
あなたに会えるその日まで。
わたしはありのままでわたしで生きていくのです。
うん、よし。
そうと決まったらとりあえず。
お菓子でも食べよーっと。
264
辿り着いた答え︵後書き︶
次回は一気に年齢上がって学校入学から、の予定です。
よろしくお願い致します。
265
エレナ・クラウン、十四歳です︵前書き︶
エレナさん、成長しました。
266
エレナ・クラウン、十四歳です
花も恥じらうお年頃。
こんにちは、エレナ・クラウンです。
わたし、十四歳になる年になったので学校へ行くことになりまし
た。
ジェレミーとラスティーも一緒です。
ニールは一年早く学校に行っていたですよ。
ニールはわたし達より一年年長者ですからね。
何ごともなければ五年は通うことになる学校ですよ。
わくわくどきどきが止まりません!
夢と希望と期待でいっぱいなのですよ。
それにやっと会えるのですね、わたしのヒロイン!
夢にまで見た、わたしの最高の美少女!
可愛くて、美しくて、綺麗で、可憐で、儚くて、華奢で、麗しく
て、心が美しくて、繊細で、それでいて芯が強く、時に大胆で、優
しくて、明るくて、思い遣りがあって、優雅で、透き通るような肌
の、絹のようにサラサラの髪の、鈴を転がすような声で、頭がよく
267
て、知性があって、機転がきいて、身のこなしも軽く、ダンスはパ
ーフェクトで、音楽の才もあって、絵を描かせれば画家並みにうま
く、ドレスの選択は最先端で⋮⋮エトセトラエトセトラ。
そんなわたしのリアルヒロインに!
﹁姉様、そんな妄言言ってないで準備をしないと。間に合わなくな
っちゃうよ﹂
﹁はうっ、わたし口に出してましたか!﹂
﹁うん、全部。だけど昔から思ってたけど、何その超人少女。姉様
の理想? なりたい自分? 求める友達像? どっちにしてもそん
なのあり得ないから、無理だから﹂
﹁いえ! 彼女は実在するのですよ! これから行く学校にいるは
ずなのです! 会ったらびっくり、きっとジェレミーも惚れてしま
うこと間違いなしなのです!﹂
﹁はいはい、惚れるは別にしても本当に実在してたらびっくりはす
るだろうね。それより、姉様。準備準備。ニール兄様が迎えに来る
のは明日だよ。それまでには準備終わらせとかないと﹂ ﹁は、はいなのです﹂
﹁あと姉様、その喋り方、学校行ったら気をつけてね﹂
﹁あ、そうでした。気をつけます﹂
﹁うん、姉様が侮られるのは僕らは良しとしないから。でもその姉
268
様の喋り方可愛いから、僕の前では今まで通りでいいけどね?﹂ ﹁むー、ジェレミー。義姉をからかうのではないのですよ。とんだ
プレイボーイになってしまったのですね、義姉はかなしいのです﹂
﹁心外だな。僕がこういうこと言うのは姉様にだけだよ﹂
むーとわたしが膨れると、今ではわたしよりだいぶ背が高くなっ
たジェレミーがわたしの髪に触れながら笑った。
269
エレナ・クラウン、十四歳です︵後書き︶
エレナさん、成長⋮⋮?
いや、中身ほとんどそのままでした。
ただ外見は成長してますよ。だって子供の約十年は大きいです。
270
成長したのですよ︵前書き︶
この先どうしましょうか。
271
成長したのですよ
﹁エレナ、久しぶりだね、会いたかったよ﹂
開口一番ニールはそう言ってわたしの手をそっと握ってきました。
ニールは現在十五歳。
もともと麗しかったその容貌は、さらに磨きがかかってます。
銀髪がキラキラサラサラと銀糸のように風に揺れます。
﹁ニール兄様、あいかわらずですね﹂
苦笑したように言うのがジェレミー。
昔はパパさんの小型版でしたが、今ではパパさん︵壮年︶、パパ
さん︵少年︶と括られるほどそっくりです。
わたしよりよっぽど実の親子のようですよ。
いわゆる豪奢な美形ですね。
わたし?
わたしは、うん、まあ可愛いんじゃない? くらいですよ。
⋮⋮現実って残酷です。
272
ここにはいませんが、ラスティーもワイルド男前に成長したです
よ。
ゲームでの赤髪の獅子の異名も納得です。
ニールやジェレミーの前では子犬君になってますが。
まあみんな、成長したのですよ。
だからそんなこんなで学校へ行くのです。
学校は基本寮生活なのです。
一部例外はあるようですが、まあそれはどこにでもある話ですな。
ニールも昨年学校へ行ってから、昔よりは頻繁に会うことが出来
なくなってました。
便利なニールの知恵袋が使えなくて不便なこともあったですよ。
﹁準備は? 出来てる?﹂
﹁はいなのですよ﹂
﹁ええ、ニール兄様﹂
﹁そうか。じゃあ行こうか﹂
大きな荷物は別に送ってあるので、わたしとジェレミーは小さな
手荷物ひとつを持って、パパさんとママさんへ向き直った。
273
﹁じゃあ、行ってきます﹂
﹁行ってまいります﹂
﹁ああ、頑張ってきなさい﹂
﹁お手紙頂戴ね?﹂
これでご挨拶完了。
別に、今生の別れではないし充分なのですよ。
本来は学校での事務手続きがあるので親か執事か、に来てもらっ
てとなるのですが、それらをすべてニールがしてくれるとのことな
のでここでお別れです。
ニール、わたしより一つ年が上なだけなのに、本当に保護者みた
いなのですよ。
﹁じゃあ、行こう。叔母上、ルフォス伯、エレナのことはわたしに
まかせて、どうかご安心ください﹂
ニールがパパさんとママさんにそう挨拶した。
いや、ジェレミーのこともきちんと請け負ってくださいなのです
よ、ニール兄様。
﹁ふふふ、ニールがいれば安心だわ。それにジェレミーもついてい
てくれることだし﹂
274
﹁はい、まかせてください、お義母様﹂
なんと!
ジェレミーは保護される側ではなくまさかの保護する側認定です
か!
﹁では、これで﹂
ニールはそう言って頭を下げると、止めてあった馬車にわたしと
ジェレミーを乗せた。
﹁出してくれ﹂
そうニールが声をかけると馬車はゆっくりと動きだした。
ああ、本当におうちを出たのですね。
学校生活開始なのですね。
わたしは馬車の中から外を見ながら、改めてしみじみ今までのこ
とを振り返りました。
そして、これからのことに思いをはせます。
待っててね、わたしのヒロイン。
今、エレナが参ります!
275
成長したのですよ︵後書き︶
とりあえず次は入寮の話かと。
276
学校に着いたのです︵前書き︶
本気でこの先どうしようか思案中。
277
学校に着いたのです
ガラガラと馬車に揺られることしばらく。
﹁エレナ、起きなさい﹂
はっ、とその声で目が覚めました。
いやいやうっかり寝てしまったのですよ、てへ。
目を開けるとニールとジェレミーが微笑ましそうにわたしを見て
いたです。
うん、わたしそんな子供ではないと思うのでその目はやめてくだ
さい。
ニールの手を借りて馬車からおりると、そこはすでに広大な敷地
を持つ学校の中でした。
﹁ほわわわー﹂
思わず声が出るですよ。
﹁姉様、手を﹂
﹁ほえ? 手?﹂
﹁はい、興奮してどっか行かないように、手をつなごう? 迷子予
防にね﹂
278
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
馬鹿にするでないですよ、と言いたい。
が、前科があるので何も言えないのです。
くっ。
わたしはしぶしぶジェレミーと手をつなぎました。
﹁エレナ、ジェレミー。これから事務局へ行って、入学・入寮手続
きを済ますからついてきなさい﹂
﹁はい、ニール兄様﹂
﹁はいなのですよー﹂
わたし達はニールの後について歩き出しました。
ニールは歩きながら、ここは何、それは何、と案内もしてくれま
す。
が、無理です。
一度言われたくらいじゃ覚えられないのですよ。
という気持ちを込めて首を傾げたら、ニールが後で案内図をくれ
ると約束してくれました。
279
うん、覚えるまでは常に持ち歩こう。
だってこの学校、大きすぎるのですよ。
事務局での手続きは何だかニールがささっとやってくれました。
うん、面倒事はニールにおまかせ! なのですよ。
その後は寮に連れて行かれました。
寮は男子寮・女子寮と二つあるのです。
学校に通っている生徒ほぼ全員が入るので、それなりの大きさな
のですよ。
まあ、貴族メインの学校で生徒数は限られますが、その年頃のお
子さんが5年間いるわけですし、貴族の子供をタコ部屋のようなと
ころへ詰め込んでおくわけもないですし、まあ妥当な大きさなんで
しょう。
男子寮と女子寮は並びに建っているのですが、それぞれ個別に高
い塀に囲まれてます。
わざ
塀をよじ登るなんで業はまず無理な高さです。
それに入口に厳重なガードが敷かれています。
まあ、貴族メイン以下略。
﹁じゃあエレナ、わたしはここまでしか一緒にはいられないけど⋮
280
⋮﹂
﹁大丈夫なのですよ、ニール兄様﹂
﹁エレナ姉様、また明日、学校に行く前はここで待ち合わせて行こ
うね?﹂
﹁はいなのですよ、ジェレミー﹂
心配する二人に手を振り、わたしは寮の中へ入ります。
いざゆかん、これから五年は過ごすことになるマイホーム!
281
学校に着いたのです︵後書き︶
取り敢えず次回は寮の話で。
282
寮母さんがロリのツインテールであいたたた、なのです︵前書き︶
サブタイトルで驚かせてすみません。
283
寮母さんがロリのツインテールであいたたた、なのです
﹁ようこそ、待ってたわ! 今回の新入生の中ではあなたが最後よ
!﹂
﹁はや?﹂
﹁いらっしゃい! わたしがあなた達のお世話をさせて頂く、寮母
のミッシェル・ミエルです。よろしくね!﹂
女子寮に足を踏み入れたわたしにかけられた第一声は、そんな言
葉でした。
いや、別に言葉に驚いたわけではありません。
その言葉を発した相手に驚いたのですよ。
淡い小麦色の髪。
キラキラと輝くアクアマリンの瞳。
ハリのあり白い肌。
いえ、それはなんの問題もないですよ?
長い髪は両サイド高い所でツインテールにしてあり。
洋服がわたしも幼児の頃にしか着てなかったようなショッキング
ピンクのフリフリブリブリであっても。
284
まあ、それは個人の趣味ということで、わたしは文句などつけま
せんよ?
だが。
それらがすべて似合う幼女って!
寮母さんが幼女ってどういうことなのですか!
﹁ロ⋮⋮ロリ⋮⋮!﹂
﹁ろり? 何かしら? 意味はわからないけど、今無性にいらっと
きたわ!﹂
ぷうっと頬を膨らませる幼女。
似合いすぎててやばいのです。
﹁で? 何か質問は?﹂
﹁あう、えと、ミッシェル⋮⋮さんはおいくつで?﹂
疑惑ドンピシャの質問を投げてみました。
﹁ええー、レディに対して年を訊くー?﹂
レディ⋮⋮。幼女にレディってなんかすごい違和感が⋮⋮。
﹁まあ、いいわ。教えてあ・げ・る。特別よ? わたしは今三十よ﹂
285
さ⋮⋮!?
﹁合法ロリ⋮⋮!﹂
﹁何かしら? 無性に腹立たしいわ!﹂
ミッシェルさんが、手をボキバキと鳴らした。
や
はっ、やばいです。殺られるです!
﹁ず、ずいぶんお若く見えるですね? 少なくとも、もう二十は下
に見えますよ﹂
ええもうそれは多めに見積もって、ですが。
﹁あらそ? 昔からよく言われるのよねえ。背が低いせいかしら。
伸びなかったのよねえ。でもまあ安心なさい? 中身はきちんと成
熟した大人の女だから。悩める子羊ちゃんの相談はいつでものって
あげるわよ?﹂
パチッとミッシェルさんはウインクして見せた。
どう見てもおしゃまな子供が愛嬌振りまいてるようにしか見えな
いです。
うん、とても相談しにくい感じなのです。
まあ、いいですよ。
286
わたしにはツンドラニールの知恵袋があるですから。
とりあえず。
わたしの寮母さんはロリのツインテールであいたたた、な感じの
人でした。
287
寮母さんがロリのツインテールであいたたた、なのです︵後書き︶
が、今回の話はサブタイトルがすべてです。
288
寮は寮? な寮なのでした︵前書き︶
相部屋にするか迷いましたが、結果これ。
289
寮は寮? な寮なのでした
ロリでツインテールな寮母さんに案内されたわたしの部屋は、寮
? な部屋でした。
いや、仮にも貴族の子を押し込むのだから、これくらいはあたり
まえなのでしょうか?
まずは扉を開けて大きめの部屋が一つ。いわゆるリビング的なも
のですか。
その左手上に寝室用の部屋が一つ。
左手下にはドレッサールームとして、まあいわゆる服とか靴とか
帽子とかアクセサリーとか収納する部屋が一つ。
右手側は個人の浴室とかトイレとか化粧室とかが入っとります。
いやこれ、寮の部屋というより、マンションの一室ですがな。
まあ、相部屋ではなく個室とは聞いていましたがね。
わたしとしてはベッドからすべてが手に届くような生活を、ちょ
っと思い描いていたわけなのですよ。
なんだか、そっちのが身の丈にあっているというかなんというか。
まあ、しょうがないのですね。
290
転生者であるわたし以外は皆様生粋の貴族っ子か豪商のお子様達
でしょうし。
この気持ちを共有できるのは才能で引き抜かれた方達でしょうか
ね。
⋮⋮わたし、悪役令嬢だけど、お友達、出来るかな?
﹁食事は食堂でね。この紙にいろいろ寮の規則とか書いてあるから、
後で読んでおいてね。何か、質問は?﹂
何だか遠い目になっていたわたしに、ミッシェルさんはそう尋ね
ました。
﹁は、いえ、大丈夫です。ありがとうございます﹂
﹁はい、お疲れ様。今日はゆっくり休んで、明日に備えてね!﹂
ミッシェルさんは、一部男子に非常に受けそうなロリ全開へてぺ
ろ笑顔を残して去って行きました。
残されたわたしは、渡された紙にさっと目を通します。
ふんふん、ご飯は決められた時間内に食堂へ行くのですね。
おお、掃除は毎日人が入ってしてくれるのですか。まあそうです
よね、貴族のお子さん普通自分で掃除しないですよね。しかもこん
なに広くては。
おうちから持ってきた服とかもろもろの荷物は置いとけば収納し
291
ておいてくれる、か。引っ越し業者のパックサービスみたいですな
ー。
ええと、鍵がかかるのはバスルームと寝室とドレッサールームの
金庫︵高額なアクセサリー収納庫?︶だけなのですね。つか学生の
身分で金庫が必要なほどのもんを持ってくるんじゃねーですよ。
お付の人が必要な場合は別途申請すれば許可される、と。その場
合は使用人用の棟があるから別途そこに住まわせるか、使用人用部
屋がついてる部屋に変更するか。まあわたしこれしないから関係な
いですな。
⋮⋮読むの面倒になってきたですよ。だって結構あるですよ、こ
れ。
まあ、わからないことがあったらツンドラニールの知恵袋に聞く
ので、もーいっか。
今日はもうお風呂入って寝ようかな。
はっ、寮母さんへ聞けばよかったヒロインのこと!
⋮⋮あ、でもヒロインの名前わかんないや。
まあ、いっか。全部は明日ですよ、明日。
明日は入学式!
さあ、明日は頑張るぞ、おー!
292
寮は寮? な寮なのでした︵後書き︶
次回は成長したラスティ登場、予定です。
293
入学式の朝なのですよ︵前書き︶
あれ? キャラの年齢あがったのに、恋愛ジャンルなのに、コメデ
ィー色がより一層⋮⋮。
294
入学式の朝なのですよ
寮の朝御飯の味はまあまあでした。
まあ、ちょっと少しかなり量が足りないと言えば量が足りないか
も。
貴族の婦女子は小食でいらっしゃるとみえる。
ぐるるー。
腹の虫が足りてねーぞと鳴きやがります。
ふっ、こんなところで日常ジェレミーのおかずを奪取していた弊
害が出るとは。
最初はいじわるのつもりで奪っていたわけですが、ジェレミーが
喜ぶのとわたしの胃袋が底なしだったせいで日常化していたのです
よ。
なもので、すっかりわたしの胃袋は大きくなってしまったような
のです。
⋮⋮太らない体質ばんざーい。
ついでにわたしの意に反してところ構わず食糧を要求してこない
胃袋だったらなお良かったのに。
ぐっきゅるっるー。
295
うん、どうしようこれ。
入学式の最中に鳴りだしたら羞恥心で死ねそうですよ。
もんもんと考えながら、女子寮を出たその瞬間。
﹁エレナ!﹂
と歓喜の色に満ちた呼び声が。
顔を上げると、そこにはわたしの名目上の婚約者、ラスティ・グ
ランフォードが立っていました。
赤い髪に将来が楽しみな整った容姿。
背の高さはわたし、ジェレミー、ニールの中で今では一番です。
﹁久々だな、会いたかった!﹂
最初の頃の俺様ぶりはすっかり今では鳴りを潜め、何か大型ワン
コになってきてますよ。
ワンコ、いいですよね。
ラスティーに見えないはずのしっぽと耳が見えるようです。
しっぽぶんぶん振ってる様子が想像できるですよ。
ちなみにニールは気高い豹で、ジェレミーは高貴な猫って感じで
296
しょうか。
わたしは、何ですかねー。ネズミとかじゃないといいですねー。
あー、ハムスターとか近そうでなんか嫌ですなー。
﹁エレナ、エレナ!﹂
ワンワンラスティーが喜色満面でわたしに抱きつかんばかりに駆
け寄ってきました。
おおう!?
﹁落ち着け!﹂
そこを、ジェレミーが頭を叩き止めてくれました。
﹁ってー、何すんだよー﹂
﹁何をするんだはお前だ、ラスティ・グランフォード﹂
文句を言ったラスティに、今度はニールが氷のような声を浴びせ
ます。
三人一緒でしたか、仲いいですね、ちえ。
私も早く女の子の友達欲しいですよ。
それがヒロインならなお良し。
﹁人目のあるところでレディに抱きつこうとするなんて、姉様の評
297
判を地に落とすつもり? この馬鹿犬﹂
ジェレミーもバッサリいきます。
通常伯爵の息子が侯爵の息子にかける言葉ではないですね。
でもパパさんのラスティのパパさんへの取扱いも似たようなもん
だから、いいのかなー?
﹁ば、馬鹿犬!? うるせえこのシスコン男! エレナは俺の婚約
者だからいいんだ!﹂
﹁いいわけあるか、この阿呆﹂
あ、ツンドラニール降臨。
のっと
﹁貴族なら貴族の礼に則った 行動をしろ。お前はどうでもいいが
お前の軽挙な行動に、エレナを巻き込むな、ラスティ・グランフォ
ード﹂
﹁う⋮うう⋮⋮﹂
ジェレミーには言い返せるラスティも、一つ年上で家の爵位も上
で本人の資質も上でなおかつブリザード気候を身に纏わせたニール
には何も言い返せない様子です。
でもこのままだと埒があかないので、ご挨拶ご挨拶。
﹁おはようなのですよ、ニール、ジェレミー、それにラスティー﹂
298
ぐっきゅるるるるーるー!
⋮⋮腹まで挨拶しやがったですよ、おい。
299
入学式の朝なのですよ︵後書き︶
エレナさんのお腹の自己主張はすごいです。
300
誰か穴掘ってくれませんか? ︵前書き︶
エレナさん、気がついたら食い意地はってるだけではなく大食い設
定になってました。
301
誰か穴掘ってくれませんか? ﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂
くっ、沈黙とみんなの視線が痛いのですよ。
すべてはこの聞き分けのないおなかの虫が悪いのです!
わたしはおなかを押さえて俯きました。
さすがに恥ずかしいのですよ、乙女心を持つ身としては。
誰が乙女かって? ぶっとばしますよ。
﹁⋮⋮エレナ、おなかがすいてるんだね? かわいそうに。こんな
時の為に、ドライフルーツを用意してあるんだ。これなら手早く食
べられるしね。ほら、食べなさい。寮へは後で話をして、食事の量
を増やしてもらうようにするから﹂
ニールがすっと胸元から白い布に包まれた包みを出してきました。
はっとわたしは顔をあげました。
﹁ニール兄様⋮⋮﹂
ニール、思えば小さい頃から雛に餌を与えるがごとくわたしにご
飯やお菓子をくれました。
こんな日まで、きちんとわたしのことを考えてくれていたのです
302
ね!
﹁やっぱり、姉様に寮の食事では足りないと思ったんだよね。はい、
姉様。僕もクッキー用意してあるから、おなかの足しにして。あと、
後で家に連絡して姉様の食べる夜食やなんやらを頼んでおくからね。
自分の部屋に食べ物置いておけば安心だもんね?﹂
ジェレミーもすっと上着のポケットから紙袋を取り出しました。
﹁ジェレミー⋮⋮﹂
ジェレミーも小さい頃からわたしにおかずやおやつをいつもわけ
てくれました。
わたしの胃の容量をばっちり把握しているのですね!
﹁は⋮⋮? え⋮⋮? 何でそんなん持って⋮⋮。あれ、俺、俺も
何か⋮⋮、な、ない⋮⋮﹂
ラスティは慌てた様子でごそごそと自分の身体を探りますが、ま
あ予め用意してなきゃ出てくるわきゃないですよね。
やれやれ、ラスティは昔からイマイチ間が抜けてるのです。
まあ、それはともかく。
﹁二人とも、大好きなのです⋮⋮! これで入学式の最中も安心な
のですよ!﹂
ぴょんっとわたしは二人に抱きつきました。
303
その隣りでラスティが途方に暮れた顔をしていたのと、そんなラ
スティにニールとジェレミーが勝ち誇った顔をしていたことを、わ
たしは知りませんでした。
それから、そこが男子寮と女子寮の真ん前のことで、イケメン三
人に構われていることで生徒のみなさんから注目を浴びており、し
かもその内容がとっても残念であったことなどの噂が飛び交うこと
になるとは、そう。
その時は知る由もなかったのですよ︵泣︶
穴があったら入りたいとのこのことだと、後から悶えったのは数
日後の話⋮⋮。
304
誰か穴掘ってくれませんか? ︵後書き︶
次回は入学式です。新キャラ登場予定です。
しかし予定は予定なので出なかったらすみません。
305
入学式は退屈なものと相場が決まっているのです︵前書き︶
エレナさん⋮⋮、自覚が出てきた模様。
何の自覚かは本文へどうぞ。
306
入学式は退屈なものと相場が決まっているのです
入学式は、学園長・来賓者等々のお偉いさん方のお話しが延々と
続く、退屈極まりないものでした。
ニールとジェレミーにお菓子をもらっておなかを満たしたわたし
は、当然のごとく⋮⋮。
﹁⋮⋮⋮⋮すー⋮⋮⋮⋮くー⋮⋮⋮⋮すー⋮⋮⋮⋮﹂
爆睡でした。
エレナ・クラウン、十四歳。
特技は、目を開けたまま寝ることです!
⋮⋮こわっ。
でも、意外とこれイケるんですがな。
白目なんかむいてませんよ?
ちゃんとジェレミーに確認してもらいましたからね。
小さい頃からおイタしてみっちり叱られる、これをエンドレスで
繰り返している間に取得したワザなのです。
でも大丈夫。自分でも摩訶不思議ですが、何故だか空気は読めて、
話しかけられたり起きなきゃいけない時はきちんときっぱり目が覚
307
めるんです。
何て便利!
⋮⋮全然自慢できるもんじゃないですね。
てゆーか、貴族の伯爵令嬢って、わたし、生まれてくる場所間違
ったんじゃないでしょーかねー。
悪役令嬢以前の話ですもんねー。
今更ですか。
そうですよねー。
⋮⋮わたしの前世って、どんなんだったんですかねー︵遠い目︶。
そんなこんなで入学式は終わりました。
入学式の内容の記憶はさっぱりです!
次は新入生歓迎の懇親会なのです!
⋮⋮おいしいもの、でるですかね?
はっ、いや、そうではなく!
この機にぜひ、わたしのヒロインをさがさなくては!
308
ヒロイン、夢にまでみたわたしのヒロイン。
この世の至高の美少女!
待っていてくださいなのです、あなたのエレナが今行くのです!
﹁姉様、何してるの? 会場移動しないと﹂
﹁ああ、ジェレミー。ごめんなさいなのです。考えごとしてたので
すよ﹂
気がつくと、入学式会場の中にはわたしとジェレミーしか残って
いませんでした。
﹁まったく、姉様ったら。これだから、僕がいないと駄目だね﹂
そう言って、ジェレミーはわたしの右手をぎゅっと握ってきまし
た。
﹁あ、エレナ! いないと思ったらまだこんな⋮⋮。あ、お前何エ
レナの手握ってんだよ!﹂
バタバタとラスティが戻ってくるなり、そう叫びました。
﹁煩いな。お前には関係ないだろ﹂
﹁エレナは俺の婚約者だ!﹂
309
﹁僕の姉様だよ。名ばかりの婚約者に何かを言われる筋合いはない
ね﹂
﹁くっ⋮⋮﹂
顔を真っ赤に怒るラスティーとツーンと素気無くするジェレミー。
まったく、この子達は仕方がないのですよ。
わたしはあいているいるもう片方の左手で、ラスティの手を握る
とくいっと二人の手を引っ張ります。
﹁さあ、喧嘩ばっかりしてないでもう行くのですよ。二人とも、も
う大きくなったのだからもう少し大人にならないと駄目なのですか
らね?﹂
﹁⋮⋮姉様にそれを言われるのは﹂
﹁お姉さんぶってるエレナも、⋮か、かわ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ぷっ﹂
突然、扉の方から笑い声が聞こえ、わたし達はいっせいにそちら
を見ました。
そこには、一人の男の子が立っていました。
淡い金色の髪。
エメラルドグリーンの瞳。
310
女性的というわけではないけれど、優しげな微笑みを浮かべた、
麗しい容貌。
いうなれば、なんというか、王道の王子様、的な⋮⋮。
はっ、思い出しました!
これはマジもんの王子様です!
四人目の攻略対象者なのですよ!
この国の第二王子、レフィル・ディラン! その人です!
311
入学式は退屈なものと相場が決まっているのです︵後書き︶
新キャラ登場です!
ただ例のごとく登場しただけ。
312
レフィル・ディラン視点︵前書き︶
エレナさんとの接点なしにいきなり視点話突入です。
313
レフィル・ディラン視点
第二王子として生まれた僕が、初めてニール・エルハランと出会
ったのは七歳の時だった。
同じ年であるということもあり、僕のご学友として選ばれた子供
だった。
第一王子である兄は年が離れていたし、皇太子である兄とは離さ
れて育ってきたため、兄弟が出来るようで嬉しかったのを覚えてい
る。
が、実際に会ったニールは兄弟とも、ともに学ぶ学友としても微
妙な存在であった。
まず、兄弟にしてはまったく親しみを感じられない。
王子ということもあって、まわりに愛想を振りまく人間が多い中、
ニールはまったく笑みを浮かべることも、世辞の一つを言うことも
なかった。
というか、僕嫌われてないよね、と心配になるほどそっけない。
また学友としても、ともに学ぶことは何もないんじゃないかとい
うくらい、何でもよく知っていた。
それどころか、教師の間違いを指摘するほどで、ニールの突っ込
みに教師もびくびくする。
314
こいつは子供とはいえもう王宮で大人に交じって仕事でもしてれ
ばいいんじゃないか、とよく思ったものだ。
王族の婚姻として、世継ぎである皇太子は他国の王女を、第二子
以下は男児は国内の有力な貴族の女性と、王女は他国の王族か高位
貴族に嫁がせる慣例があった。
もしもニールが女性だった場合は、己の結婚相手の第一候補にな
っていた可能性が非常に高い。
顔は稀にみるほどの秀麗さだが、中身が氷結のようであり得ない。
せめて男で良かった、と心底思っていた。
そんなニールが、ふと、表情を綻ばせた時があった。
ニールの従姉妹、エレナ・クラウンの名前が話題に上がった時の
ことだ。
初めてニールの笑みを見た時は、自分の目がおかしくなったかと
思った。
ただ、それ以後もエレナ・クラウンの話になると極上の美貌に輝
かんばかりの笑みが浮かぶ。
ニールがどれだけエレナのことを大切にしているか、それだけで
よくわかった。
興味を覚えた僕は、ぜひ一度会ってみたいと言ってみた。
315
その時のニールの顔は忘れられない。
⋮⋮虫唾が走る、そんな顔をした。
その時にニールが発した言葉も忘れられない。
⋮⋮エレナが穢れます、と言った。
酷い!
僕は一応君が仕えるべき主なんだけど!
だけど、それ以上は触れられない空気をひしひしと感じて、僕は
沈黙を選んだ。
そんなことがその後も一度あった。
エレナ・クラウンの婚約者にラスティ・グランフォードが選ばれ
た時だった。
あの時のニールには、近寄ってはいけない感が、ひしひしと。
君子危うきに近寄らず。
しかし、その時にニールが零した呟きにも僕は震撼した。
⋮⋮あの馬鹿犬、どう始末をしてやろう、というその言葉。
僕は何も知らない、知らないから!
316
そんなこんなで実は楽しみにしていた。
学校であれば、噂のエレナ嬢に会ってもおかしくない。
あのニールをあそこまで豹変させる人物だ。
お母上は美しさで知られる麗人だが、その娘である彼女もそうで
あろうかと。
気になってのぞきにいった入学式後の会場で、彼女を初めて見た。
マナー違反かとは思ったが、ニールが懇親会の会場準備でおわれ
ている今がチャンスと、好奇心には勝てなかったのだ。
エレナ・クラウンは思っていたのとは違う、落ち着きのないくる
くる表情が変わる女の子だった。
可愛らしくはあるが、美人ではない。
だけど、どこか目を離せない、そんな。
どうやら始末されずに済んだ婚約者のラスティ・グランフォード
と、義弟のジェレミー・クラウンに挟まれ、男同士の取りあいの原
因に気づくこともなく二人を軽くいなすその無邪気な様子に、思わ
ず笑いが漏れた。
きっと、ニールもそうなんだろうと思ったら、つい。
317
集まる三人の視線に、隠れて見るだけのつもりだった僕は、まず
ったかな、と思った。
バレた時のニールの反応が怖い。
が、同時に少しわくわくした。
キラキラしたまんまるな瞳の、小さな頃から話でだけ聞いていた
気になる存在、エレナ・クラウン。
もっと、君を詳しく知りたいと、僕はそう思った。
君を、もっと教えてくれないか。
318
レフィル・ディラン視点︵後書き︶
なんだかんだ言って王子、ニールのこと好きなんでしょう。
そんなニールの特別な相手、エレナさんに興味深々中です。
319
王子様は意外にアレだったのです︵前書き︶
腹黒系になる予定が、あれ?
320
王子様は意外にアレだったのです
レフィル・ディランはくくくと口元を押さえ、笑いを堪えるよう
にしながら、わたし達の方にやってきました。
わたしはといえば、混乱中なのですよ。
何故ここに王子がいるですか。
﹁⋮⋮失礼。君達があまりに仲の良い様子だったから、つい微笑ま
しくて﹂
王子はにっこりと笑った。
﹁僕はレフィル・ディラン。君達の一年先輩になるね。よろしく頼
むよ﹂
﹁は⋮はい! レフィル王子! 御無沙汰しておりました。これか
らどうぞ、よろしくお願いします!﹂
どうやらラスティは王子に会ったことがあるようです。
﹁⋮⋮見苦しいところをお見せしました。ご容赦ください﹂
ジェレミーはそう言って深々と頭を下げた。
慌てて私も頭を下げる。
﹁そう畏まらなくてもいいよ。エレナ・クラウン。ジェレミー・ク
321
ラウン。ラスティ・グランフォード﹂
王子が名乗ってもないわたし達の名前を呼びかけたので、びっく
りしたですよ。
それはジェレミーもそう感じたようで。
﹁失礼ですが、僕達のこと⋮⋮﹂
﹁うん? 顔をあわせるのは初めてだけど、君達のことはずっと前
から知ってるよ。ニールに聞いてたから﹂
﹁ニール兄様にですか?﹂
﹁うん。ニールは僕の学友として、小さい頃から王宮に出入りして
たからね﹂
﹁ニール兄様が王子の学友ですか。ほわあ、すごいですー﹂
ゲームでその設定があったかは知りませんが、さすがツンドラニ
ールなのです。⋮⋮しかしニールからは王子のこと一言たりとも聞
いたことないのは何故だ。
﹁んー、いいね。その兄様っていうの。僕のこともそう呼んで?﹂
﹁はい?﹂
﹁ほらほら、レフィル兄様って﹂
呼べますかい。
322
一介の伯爵令嬢ごときが王子を兄様呼び。
下手したら不敬罪で首飛ばされそうですがな。
﹁ほらほら早く、呼んでみて﹂
﹁⋮⋮何をやっている﹂
困っていたら、地を這うようなそんな声が割り込んできた。
﹁げっ﹂
げ? 今王子の口から何やらその顔に似合わない声が。
見ると、不機嫌な様子のニールと、心なしか青褪めている王子の
姿。
はて? どないしたのでしょう。
﹁エレナ、懇親会に遅れる。今準備の手伝いをしているが来ない新
入生がいると探しにきたんだが、まだこんなところで遊んでいると
は⋮⋮、まったく。ジェレミー、エレナを早く連れて行くように。
ラスティは後でお仕置きだ﹂
﹁あう、そうでした﹂
﹁はい、ニール兄様﹂
﹁何で俺だけ!?﹂
323
ラスティが悲痛な声を上げる。
わたしは受けたことないですが、ニールのお仕置きは怖いらしい
のですよ。
﹁そして、殿下﹂
﹁は、はい﹂
﹁こんなところで何をしているんですか﹂
﹁や、別に﹂
﹁そうですか。覚悟はよろしいようですね﹂
﹁ふへっ、覚悟!? ニール、いやニール様!﹂
﹁言い訳は聞きません﹂
﹁そんな⋮⋮!﹂
﹁ほら、エレナ。早く行きなさい﹂
﹁僕を無視しないで⋮⋮!﹂
わたしは非常にその後の事が気になりましたが、時間もないので
その場を離れました。
324
しかし、王子。
もうだいぶ薄くなったゲームの知識では、確か腹黒王子だったっ
ような気がしますが、実際会ってみたらその外見を裏切る残念さ。
名づけて残念王子というところでしょうか。
⋮⋮うーん、本当残念。
325
王子様は意外にアレだったのです︵後書き︶
中々予定通りにはならないものですね。
326
ヒロインを探せ、なのですよ︵前書き︶
さあ、エレナのヒロイン到着までもうすぐに。
327
ヒロインを探せ、なのですよ
やってきました懇親会。
はじまりました懇親会。
さあ、愛しのヒロインに出会う時がとうとう訪れたのですよ!
ちなみに懇親会とは、まあいわゆる立食パーティのことなのです。
各テーブルに料理やスイーツが並んでいるのを、それを手に取り
ながら歓談するのです。
飲み物は給仕の人が会場内をまわっているのでその都度もらうの
ですよ。
ジェレミー、ラスティと連れ立ってきた時にはすでに始まってい
ました。
にこやかに会話を交わすのは、大体貴族の子女ですね。
どこかこなれているのですよ、見た感じ。
会場に隅っこにいたり、自身を猛烈な勢いで売り込んでいるのは、
血筋ではなく自身の才で入った人や有力商家の子供達でしょう。
貴族の子女とは言っても、別段夜会などには出てはいません。
328
だけど、お茶会やなんやで結構場数こなしている人も少なくない
のです。
ニールはこなれている人達の筆頭になるかと思いますし、わたし
はほぼ家から出してもらえなかったのでほぼ経験値ゼロなのです。
ママさんほわほわしてるくせに、あまり人の集まり好きではない
ようなのでもとから機会少なかった上に、パパさんニール、ジェレ
ミーの過保護っぷりが凄く、というわけで。
でも、これからは違うのですよ。
わたしはアグレッシブな女になるのです。
﹁あ、エレナ、あれお前好きなんじゃないか? うまそうだぞ﹂
密かな決意をしていると、ラスティがそう声をかけてきました。
﹁え、なんですか、どれですか﹂ うまそうの一言に、わたしの意識は一瞬で人から料理に移りまし
た。
﹁姉様の好みは誰より僕が一番把握しているよ。待ってて、今小皿
にとってあげる﹂
﹁ありがとうなのです、ジェレミー﹂
﹁あ、エレナ。飲み物はオレンジのがいいんだよな。俺がもらって
329
くる﹂
﹁はいなのです、ラスティ﹂
ジェレミーとラスティーにあれやこれやと構われている間と、ニ
ールが王子を連れてやってきました。
心なしか、王子の青色が青い。大丈夫なのでしょうか。
﹁エレナ、問題はないかい﹂
﹁はい、ニール兄様。おいしくいただいているのですよ﹂
﹁それはよかった。たくさん食べなさい﹂
﹁もちろんなのです﹂
ニールはわたしが頷くと、ぽんぽんと頭を撫でてきた。
⋮⋮ニール、さすがに人前では子供扱いやめて欲しいのですよ。
﹁おー、猛獣使いがここに⋮⋮。エレナ嬢、この心得は?﹂
﹁心得? よくわからないです、意味が。それと殿下、わたしのこ
とはエレナと呼んでもらっていいですか﹂
嬢、だなんてどこのおやっさん発言かって、言われるたび突っ込
み入れてしまいそうですがな。
﹁ああ、エレナ、これでいい?﹂
330
﹁はい﹂
﹁じゃあ、僕のこともレフィルって呼んでね? レフィル兄様でも
いいけど﹂
﹁⋮⋮王子様を兄様呼びは出来ないですし、呼び捨てだって不敬に
あたりますので⋮⋮、レフィル様、でいいですか?﹂
わたしの返答に、王子がどこか嬉しそうに頷きます。
ところでニールにジェレミーにラスティ、なんでそんな苦虫潰し
たような顔してるですか。
そんなのんきな会話をしているうちに、なんだかまわりにどんど
ん人が集まってきました。
⋮⋮なぜ?
って一瞬思いましたが、そりゃそうです。
だってここには、国の王子様と有力公爵家、侯爵家、伯爵家のそ
れぞれの跡取りがいるのですから。
そりゃ人も寄ってきますがな。
あっという間に囲まれた私たち。
そしてわたしは左右前後をニール・レフィル・ジェレミー・ラス
331
ティに覆われて。
ちょ、わたしはわたしのヒロインを探しに行きたいのですよ。
はう、抜け出せないのです。
わたしの愛しのヒロイン。
ヒロイン、どこにいるですかー!
332
ヒロインを探せ、なのですよ︵後書き︶
しかし肝心のヒロイン、どうするかまだ未決定。
333
ヒロイン? 登場︵前書き︶
やっと登場。
334
ヒロイン? 登場
やっとのことで人の壁から抜け出たわたしは、壁の花になるべく
そろそろと移動したのです。
動きを察知したジェレミーやニールがついてこようとしましたが、
シャーっと威嚇して引き離したのですよ。
これ以上奴らの人寄せパンダの巻き添えをくらうのはごめんなの
です。
そんなわたしの思いを汲み取ったニールに、一人でこの会場を出
ないことを条件に離れることを許可されました。
てゆーか、過保護にもほどがあるってもんですよ、もうっ。
学校内でどんな危険があるってんですか、むー。
そんなこんなで人心地ついて、わたしはあらためて奴らを見まし
た。
⋮⋮おー、すごいですなー。 人寄せホイホイなのですよ。
まあ、あそこに乙ゲーの攻略対象者四人勢ぞろいなのだから、当
然なのですかねー。
攻略対象者ってこと外しても国の重要ポストの家の御子息ばっか
335
ですもんね。
第二王子のレフィルは、内面残念ぶりを微塵も感じさせず、にこ
やかに談笑を交わしています。
キラッキラしてるですなー。
我が従兄弟殿のツンドラニールは、大物の貫録で悠然としてるで
す。
お前は何様だ。
可愛い義弟のジェレミーは、内面の腹黒さをどこにしまいこんだ
のか、スマートな礼儀正しい少年の見本のようになっとります。
やっぱあのパパさんそっくりの見た目は羨ましい⋮⋮。
獅子はどこいった、名ばかり婚約者・ワンコのラスティは、⋮⋮
男が群がってますな。
ニールの前では子犬でも、他の男子の前ではリーダー犬っぽいで
すな。どっちにしてもワンコだけど。
わたしはじっと、四人に群がるやからを観察し、確信した。
うん、あの中にはわたしのヒロインはいませんな。
まあ、そうだとは思ったのですよ。
336
わたしのスーパーパーフェクトヒロインが、烏合の衆と一緒にな
るわきゃーないのですよ。
そうと決まれば、とわたしは壁から離れました。
余計な人間があいつらに集まっている今がヒロインを探す絶好の
チャンスなのですよ。
きっとヒロインは、あいつらのことなんか目もくれず、孤高に、
気高くこの会場のどこかで時を過ごしているに違いないのです。
さあ、行くですよ!
と、決意をかため足を踏み出したその時。
ドン!
想いに耽り、なおかつよそ見をしていたわたしは思い切り何かに
ぶつかったのです。
﹁ふきゃっ﹂
﹁危ないっ⋮⋮!﹂
反動で後ろによろけたわたしに、差し出された手。
思わずその手をつかむと、ぐいっと身体が引っ張られました。
そして。
337
ぽすっ。
手を引いてくれた人に、抱きとめられました。
ふえー、び、びっくりしたのです。
ほっとしたわたしの顔を、その人はそっと覗きこんできました。
﹁⋮⋮ごめんね、大丈夫だった?﹂
その顔を見た瞬間、わたしの身体に電撃が走りました。
見つけた。
やっと会えた。
わたしの、ヒロイン、その人に⋮⋮!
338
ヒロイン? 登場︵後書き︶
しかし今回もまた登場シーンのみ。
もはやお約束。
339
夢にまでみたヒロインは⋮⋮︵前書き︶
もう、本当にこの先どうしよう⋮⋮。
340
夢にまでみたヒロインは⋮⋮
夢にまでみたヒロインが、今わたしの目の前にいるのです。 彼の人からはふわっと、淡い花の香りが漂ってきます。
さすがヒロイン。 ヒロインはいい匂いがするのですな。
透けるような透明感のある白い肌。
美肌は人を何倍も美しく見せるのです。
その淡い琥珀の瞳は、優しい眼差しを湛えています。
唇は、人工的な着色など一切ない自然な淡い桜色。
髪はサラサラ、淡い金だか茶色だか⋮⋮ん?
どこかで見たような瞳と髪の色合い⋮⋮って、わたしと一緒では
ないですか!
ほわ、運命感じてしまうのですがな。
うーん、でもちょっと髪がショートだったのが意外だったのです。
絶対ヒロインはストレートロングだと思ってたのですよ。
341
実際ゲームでの後姿はそうだったし。
まあ、実際のゲームとはわたしも違ってますし、攻略対象者も何
かゲームとちょっと違ってきてるから、多少の差はあっても仕方な
いですな。
あと、背はわたしより高いです。
頭半分くらいでしょうか。
わたしは周囲と比べてみて、他の女の子よりちょい低めだったの
です。
ヒロイン背が高いのですね。
また、その初めてお目にかかったお顔は、ヒロインの優しい性格
を表すような、優しげな面立ちをしています。
ゲームでどれだけ見てみたいと思ったことか。
うーん、美人、というよりは可愛い、でしょうか。
でもぶりぶりに可愛いのではなくて、癒し系、というか。
でも、ニールのような冷たい印象の美形やジェレミーのような豪
奢な美形やラスティのようなワイルド美形や王子のようなテンプレ
美形よりも好みですなー。
会えない期間が長すぎ妄想が進み過ぎて、神だか女神だかの神々
しさをイメージしてましたが、実際会ってみると、うん、これぞヒ
342
ロイン、で納得です。
優しい癒し系、これぞヒロインなのですよ!
でも、髪だけの問題ではなく、ちょっとボーイッシュのような?
﹁⋮あ、あの⋮⋮?﹂
うーん、声もちょっと低めでしょうか? 甲高いよりはあってま
すが、はて?
﹁君、大丈夫⋮⋮?﹂
﹁あ、ごめんなさいなのです!﹂
わたしはあわててヒロインから離れました。
そうですよ、倒れかかった体勢のまま、無言で顔見上げてがん見
してたら、おかしな奴と思われてしますのです。
わたしの目標は、ヒロインの想い人との恋を手助けした後、それ
を契機にヒロインと仲良くなり生涯無二の親友になることなのです
から、最初の印象は大事なのですよ!
さあ、挨拶挨拶!
﹁助けてもらってどうもありがとうございます! 申し遅れました、
わたしは⋮⋮﹂
そう言いながらお辞儀をしようと、目を伏せたわたしは、そこで
343
あり得ないものを目にしました。
ヒロインが、ズボンを穿いている⋮⋮?
この世界では、女性がズボンを穿くことはまずありえません。
と、いうことは⋮⋮?
がばっとわたしは顔を上げ、ヒロインの顔を見上げました。
その勢いに、ヒロインはびくっとしましたが、それに構っている
心の余裕はありません。
ショートカットの髪。
ズボン姿、というより男子の正装です。
よくよく見てみれば、それはボーイッシュな女の子ではなく。
少女めいてはいるけれど、まさしく線の細い少年のもので⋮⋮。
ヒロインが、男の子⋮⋮?
﹁ふ⋮え⋮⋮えええええ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱!?﹂
わたしは思わず絶叫したのでした。
344
夢にまでみたヒロインは⋮⋮︵後書き︶
驚きましたか?
続きは次回︵当たり前︶へこうご期待︵汗︶!
345
ごまかしの代償に、わたしは何かを失ったのですよ︵前書き︶
何かを得たとも言えます↑サブタイトル
346
ごまかしの代償に、わたしは何かを失ったのですよ
﹁エレナ!? どうした!﹂
わたしの悲鳴に似た叫び声に、ニール・ジェレミー・ラスティが
飛んできました。
その声に、わたしははっと気がつきました。
思わず上げた大声と、人寄せホイホイの攻略対象者達がこぞって
寄ってきたせいで、人目が集中しています。
いーやー、目立ってるのです∼。
お前らこっちくんななのですよっ。
﹁貴様、エレナに何をした﹂
しかし、わたしがあわあわしている間に、勘違いしたらしいツン
ドラニールが本領発揮してブリザードボイスで、ヒロイン? な男
の子へ詰め寄っています。
ラスティも憤ったような顔をしているし、ジェレミーはわたしを
庇うように手を広げました。
﹁何を、と言われても⋮⋮﹂ ヒロイン? な男の子は困惑したような表情で佇んでいます。
347
そりゃそうだ。
転んだ相手を助けたら、ガン見されたあげく悲鳴を上げられたら
意味わからんですな。
別に悲鳴上げられるような容貌をしてるわけでもなし。
こりゃいかん。
わたしは慌てて、ジェレミーを押しのけニールの袖をひっぱりま
した。
﹁違うのです、違うのですよ、ニール兄様。この人は転びかけた私
を助けてくれただけなのですよっ﹂
わたしがそう言うと、ニールはその瞳の冷たさを少し和らげた。
﹁だが、どうしてエレナは悲鳴を上げたんだ? 転びそうになった
声には聞えなかったが﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
ここでまさかヒロインだと思った相手が男の子で驚いたから、な
どとは口が裂けても言えない。
頭のおかしい奴、だと思われてしまうですよ。
え、ええと、あ、そうだ。
﹁む、虫、虫なのですよ⋮⋮っ﹂
348
﹁虫?﹂
﹁そう、虫! 転んで足を捻ったかな、と感じて足元みたら、虫が
いたのですよ! それでびっくりして声を上げてしまったのです!
見間違いで勘違いだったけど!﹂
おう、我ながらいいごまかしなのです!
﹁しかし、芋虫だって嬉々と素手で捕まえてくるエレナが今更虫く
らいで⋮⋮﹂
こちらを見ている周囲から、ざわっとどよめきが起きました。
⋮⋮お前、なぜそれをこの衆人環視の中で言う。
あう、ツンドラニールめ∼、お前の発言のせいで、わたしは芋虫
を素手で?む令嬢に確定されてしまったでないですか。事実だけど。
くっ、この報復は後でするとして、今は何とかごまかさないとな
のです。
﹁わ、わたしだって駄目な虫くらいあるのですよ。た、たとえば、
そ、その、あの、⋮⋮そう、あの黒くてテカって生命力と繁殖力は
半端ない⋮⋮!﹂
その名をゴ〇ブリと言う。
﹁⋮⋮ああ﹂
349
やっとニールも納得してくれたようです。
ヒロイン? な男の子に向き直ると、軽く頭を下げた。
﹁すまない。助けてくれたのに、あらぬ疑いをかけてしまって。エ
レナを助けてくれて、礼を言う﹂
﹁いえ⋮⋮﹂
﹁わたしは、ニール・エルハランだ。今後、何か困ったことがあれ
ば相談してほしい。ところで、君はの名前は?﹂
心のうちで、礼を言うって礼は言ってないじゃねーですか、と思
わず突っ込みを入れてたわたしは、そのニールの問いに、ヒロイン
? の男の子を見た。
わたしは確かにゲームのヒロインの名前を知らない。
だけど、名前を聞けば、思い出す何かがあるかもしれない、と。
よしニール、グッジョブ!
﹁僕ですか? 僕は⋮⋮﹂
ヒロイン? な男の子は、澄んだ声でまっすぐこちらを見たまま
言った。
﹁僕は、レニー・カーティスと言います﹂
350
ごまかしの代償に、わたしは何かを失ったのですよ︵後書き︶
ヒロイン? な男の子、この短い文の中に何回出てきたんだか。
エレナさんしつこい⋮⋮。
351
王子様は意外と見ているのです︵前書き︶
あれ、レニーが何か⋮⋮。
352
王子様は意外と見ているのです
﹁レニー・カーティス⋮⋮﹂
その名前に、ピンとくるものはありません。
まあ、ヒロインも決まった名前はありませんでしたし。
﹁カーティス⋮⋮、カーティス伯爵家の嫡子か﹂
横で呟くように、ジェレミーが言いました。
よく名前だけでわかるですね、とは言いません。
王宮より毎年、貴族のその家系図を記したぶっっっっっっっっっ
っっっっっっっ厚い本が発行されているので、それを覚えてさえい
れば名前を聞くだけで一発で相手の素性がわかるのです。
まあ、生まれたり亡くなったりで毎年内容変わりますしね。
これは社交には必須アイテムですが、全部覚えている人はまずい
ないでしょう。
いや、ニールだったら覚えていそうな気がします、恐ろしや。
ジェレミーも全部覚えているわけではないでしょうが、同じ年頃
ということで調べておいたのかもしれません。ジェレミーは意外と
そういうところ、抜け目ないのですよ。
353
きょとんとしたところを見ると、ラスティは覚えてませんね、仲
間!
﹁僕は、ジェレミー・クラウンです﹂
﹁お、俺はラスティー・グランフォードだ﹂
おとと、いけない。わたしも挨拶し返さないと失礼になるのです
よ。
﹁わたしは、エレナ・クラウンです。先ほどはありがとうございま
した。そして、従兄弟のニールが失礼しました。ニールはとても過
保護なのです﹂
一つ下くらいで過保護もないですがな、と自分に突っ込みいれつ
つ頭を下げる。
﹁いえ⋮⋮﹂
それに対して、レニーの態度はどこかそっけない。
はて、ニールの威圧ある空気に腰が引けたか、元来のものか、ど
っちだろう。
﹁では、誤解も解けたようですし、僕はこれで﹂
レニーはそう言うと、足早に立ち去っていった。
﹁⋮⋮珍しいタイプだねー﹂
354
それまで静観していたらしい王子がそう言うと寄ってきた。
いるいる、いるですよ、こういう奴。やっかい事が過ぎてから、
寄ってくる奴。
﹁珍しい、ですか?﹂
わたしはこてりと首を傾げた。
﹁うん。だってまず名を売るのに都合のいい僕らが勢ぞろいしてる
のに寄ってこなかったでしょう。それは大体野心がないか、別に腹
があるか、気後れするタイプか、だよね。まあ人が集まり過ぎてる
ものあったから、別の機会でと考えてる可能性もあるけど。それだ
けならともかくとして、今のエレナに関してのニールのこの勘違い、
ある意味自分を売り込む絶好の機会だったはず。だけど、それもし
ないし。それどころか、早くこの場を離れたい感がありありだった
ね。かと言って、ニールに怯えてるとか、人目を集めるのが嫌だと
か、恐縮してるとかって感じもしないし。うん、やっぱりちょっと
珍しいタイプかな。気になるね、彼﹂
﹁へー、殿下って意外と周りをよく見てるんですね﹂
節穴だらけかと思ってたですよ。
思わず本音を言ったわたしに、殿下ににっこり笑うとにじり寄っ
てきました。
﹁うん、それどういう意味かな? 僕達、もっとお互いを知るため
によく話し合ったほうがいいかもしれないね﹂
355
王子、顔近い、近いって。
﹁⋮⋮殿下、それ以上エレナに近づかれるようなら⋮⋮﹂
﹁うん、ないない、ないから。適度な距離感って大事だよね﹂
ツンドラニールの冷たい殺気漂うブリザード気候に晒され、王子
はさっとわたしから離れました。
ニール、便利ですな!
しかし⋮⋮。
わたしはレニーの去っていった方を見ました。
そこにはもう彼の姿はありませんでした。
レニー・カーティス。
彼はいったい、﹃何﹄なのでしょうか。
356
王子様は意外と見ているのです︵後書き︶
次回は、エレナさんもんもんと考え込む、の回です。
357
眠気には勝てないのです︵前書き︶
今回は短いです。
358
眠気には勝てないのです
後懇親会が終わり、わたしは部屋へ戻りました。
うん、満腹満腹。よく食べたですよ。
特にあの白身魚のソテーが絶品でって、そうじゃないですがな、
わたし!
わたしはぼふっとベッドへ飛び乗ると、枕に顔を押しつけた。
﹁レニー・カーティス。レニー⋮⋮、ううーん⋮⋮﹂
わたしの直観はアレをヒロインを認定したわけですよ。
しかしアレは男の子だったですよ。
実はヒロインは男の子だった? んな馬鹿な。
では他に考えられることは何か。
わたしの直観が外れていて、他にヒロインがいる。
うん、これが一番現実的ですな。
ではあのレニー・カーティスは何者ですか。
モブキャラ、ではないとわたしの勘がひしひしと訴えてるですよ。
359
では、第五の攻略対象者?
まあ、その可能性は捨てきれないですな。
わたしこのゲーム、あんまり覚えていないわけですし。
他は?
ヒロインと、関係ある人物?
たとえば、双子の兄弟とか。
従兄弟とか。
そしたら容姿がびっくりするくらい似ていて、それにわたしの敏
感な察知センサーが反応した、というのも頷けるです。
まあ、この辺はあとから本人に確かめるなり、ニールの知恵袋を
活用するなりすれば、すぐにはっきりするですよ。
⋮⋮ふわあ。
何だか、眠たくなってきたですよ。
いやいや、きちんと考えないと。
んん、でも、頭がぼんやりするのです。
あうー、もう起きてるの無理っぽいのですなー。
360
はー、考えるのは、また明日にして、今日はもう寝るですかね。
⋮⋮⋮⋮あふ、眠いのですよ。
はい、ではもうこれで、⋮⋮⋮⋮おやすみなさいなのです⋮⋮⋮
⋮。
361
眠気には勝てないのです︵後書き︶
ではまた次回、よろしくお願い致します。
362
朝御飯のお時間です︵前書き︶
あれ、話が進まない。
363
朝御飯のお時間です
チュンチュンチュン⋮⋮。
外から小鳥のさえずりが。
朝なのです。
お腹がすきました。
と言うことで、起きるのですよ!
わたしはがばっと起き上がると、パタパタと身支度を始めました。
髪は櫛をつかんで、一、二、三、と撫でて終了。
顔は水でパシャッと洗って終了。
化粧? おしゃれ? そんなものはご飯の時間の前には取るに足
らぬことなのです!
わたしはじりじりとご飯の時間になるのを待って、食堂へ向かい
ました。
食堂はまだ誰もいませんでした。
まあ、食べない人も多いと聞きますしね。
お嬢様方は基本食が細い人が多いらしく、わたしみたいにご飯の
364
時間ですっとんでくる人はそうはいないのですよ。
わたしは食堂のお姉さんに声をかけました。
﹁おはようございますなのです!﹂
﹁あら、おはよう。早いわねえ﹂
返事を返してくれたのは、推定年齢五十歳のお姉さんです!
ここで間違ってはいけないのは、決しておばさんと呼んではいけ
ない点です。
もし間違ってしまった日には、⋮⋮ご飯が減らされるのです︵涙︶
。
わたしは、初っ端身を以てそれを体験しました⋮⋮。
もうその愚行は犯さないと誓ったのですよ⋮⋮!
﹁今日の朝御飯はなんですかー?﹂
﹁あらあら可愛いわねえ。最近の娘っ子はダイエットだの美容だの
とろくに食べやしないけど、あんたは可愛いわあ。もう十歳にはな
ったんだっけ?﹂
﹁嫌ですよ、お姉さん! この学校は十四歳からしか入れないじゃ
ないですか﹂
確かに私はちょっと発育遅いかもしれないかもですが!
365
でも寮母さんこと合法ロリには確実に勝つですよ、ってあれ? なんか、ちょっと、むなしくなったような気が⋮⋮。
そんな風にわたしの心を抉ってくれた食堂のお姉さんでしたが、
次の一言でテンション上げてくれました。
﹁そうそう、連絡もらってるわよ。食事の量、足りてないんですっ
てね。今日から増やしてあげるからたんと食べなさい。今朝はハム
と卵とツナのサンドイッチ、オニオンスープ、ヨーグルトの果物添
え、そしてカフェオレよ。さあ、たくさん食べて早く大きくなるの
よ﹂
﹁ありがとうなのです!﹂
連絡はニールがしてくれたのですね!
あいかわらず仕事が早いのです。
そしてお姉さん、大きくなれってわたしは子供ではないのですよ。
それとも、この下を向くと邪魔することなく地面が見える、スッ
キリとしたバストを指して言ってるですか。
⋮⋮うん、気にしない気にしなーい。
さあ、待ちに待った朝御飯なのです。
いっただっきまーす、ですよ!
366
朝御飯のお時間です︵後書き︶
エレナさん、食い意地はった子供に見られる、の巻きでした。
367
重大なことに気がつきました︵前書き︶
フラグたてました。
368
重大なことに気がつきました
ふとわたしはとても重大なことに気がついたのです。
レニー・カーティスのこと?
いえ、それももちろん大事ですよ?
速攻、ニールにレニー・カーティスの情報を求めたですよ?
こんな時こそ役に立て、ニールの知恵袋! とばかりにですね、
ええ。
だけど、ニールから。
﹁エレナは、アレに興味があるのだね?﹂
と問い返され、思わずわたしは否、と首を振ってしまったですよ。
だって、人に対して﹁アレ﹂ですよ。
何か禍々しいオーラ発してたですよ。
怖いのですよ、ツンドラニール!
なのでわたしはツンドラニールの知恵袋に頼るのは諦めて、地道
に自分で探ることにしたのですよ。
気のせいか、レニーには何か避けられているような気がしなくも
369
ないような⋮⋮。
なので、そのせいもあったのです。
わたし、一つの事に夢中になると他が目に入らない傾向も強いの
で。
後は、寮以外の場所では始終ニールやジェレミーやラスティやた
まに王子がまとわりついてくるので、そのせいで気がつくの遅れた
のもあるですよ。
え? 何に気がつくのを遅れたか、ですか?
ふっ、まだわかりませんか。
いえ、自分でそのボケ突込みの一人問答している時点で気がつい
て欲しいのですよ。
ええ、そうです。
そうですとも。
わたし、友達いないのです。
友達まだ一人もできていないのですよ︵涙︶!
私の予定では今頃はヒロインと、うふふきゃははの素晴らしいス
クールライフ満喫中の予定だったのですよ。
が、実際には私の大親友︵仮︶のヒロインがいないのです!
370
いえ、いるかもしれませんが、第一候補はヒロイン? な男の子
なのです。
もしくは未確認生物としてどこかに紛れてしまっているのです。
だから、本来は取り敢えずとして、まずは他の女子と友達作りに
励むべきだったのです。
友達作りは最初が肝心!
が、ニールやジェレミーや以下略が常に周囲をうろちょろしてい
るせいで、そのことに気がつくのが遅れてしまったのです。
エレナ・クラウン、十四歳。
ただ今友達絶賛大募集中なのです︵血涙︶!
371
重大なことに気がつきました︵後書き︶
で、フラグ回収で新キャラ出します。
レニー問題はひとまず棚上げです。
新キャラは、次回かその次登場予定。
372
親切の押し売りはやはり親切なのでしょうか︵前書き︶
新キャラ押しのけてミッシェルさん登場。
373
親切の押し売りはやはり親切なのでしょうか
友達欲しい! と念じたからと言って、すぐに出来るわけもなく
⋮⋮。
﹁はあー⋮⋮﹂
寮に戻るなり、わたしはがっくりと溜め息を吐きつつ肩を落とし
ました。
友達作りってこんなにも難しいものだったんでしょうか?
あいつらがいると女の子が寄ってこないか、寄ってきてもわたし
のことアウトオブ眼中になるので、とりあえずは一人になろうと鋭
意努力中なのです。
が、どんな嗅覚してるのか払っても撒いても隠れてもいつの間に
かそばにいるのですよ。ニール他三人。
そうすると、お友達作りはあいつらがいない寮で頑張った方がい
いのでしょうか。
﹁あらあら子猫ちゃん、暗い顔してどうしたの?﹂
かけられた声にわたしが顔を上げると、そこには合法ロ⋮⋮寮母
さんことミッシェルさんが、にこにこと笑って立ってました。
⋮⋮あー、もうなんか、これでもいいかなー。でも友達は同年輩
のがやっぱり欲しいですよ。やっぱり合法ロ⋮⋮でも見た目年下で
374
も、わたしの倍以上生きてるわけですしなー。
﹁あら、何かしら? 何だか今無性にイラッっときたわ!﹂
⋮⋮ミッシェルさん勘が良すぎなのですよ、怖っ。
﹁き、気のせいなのですよ﹂
とりあえず誤魔化すのです。
﹁あら、そうかしら? まあいいわ。で、どうかしたの? 悩みご
と? いいわねー、若いって! 青春だわー! 生きてるって感じ
よね! でもそういう時って誰かに相談したいものよね! でもな
かなか言い出せないその気持ち、わかるわー。でも遠慮なんていら
ないのよ? だってわたしは寮母、言いかえればここにいる間のみ
なさんのお母さんなんですから! と、いう訳で、相談乗るからわ
たしの部屋へいらっしゃい!﹂
怒涛の如くそう言って、ミッシェルさんはわたしの手をぐっとつ
かむと自室へと強引に引っ張って行きます。
えーと、これって拉致なんでしょうか? それとも親切の押し売
りなんでしょうか。
そもそも相談したいなんて一言も言ってないのですが。
それにお母さんって⋮⋮、常々うちのママさんほどほわほわして
て相談事に向かない人はいないと思ってましたが、ミッシェルさん
もなかなかにそのタイプのように思えるのですが︵ママさんとは逆
の意味で︶。
375
なんてことを引きずられながら考えていたら、いつの間にかミッ
シェルさんの部屋の椅子に座らされ、お茶を勧められていました。
初めて入ったミッシェルさんのお部屋は⋮⋮、うん、すごいです
な。
ロリッロリですよ。
うん、わたしの心は平穏です、すべてを静かな心で受け流すので
すよ。
ミッシェルさんはお茶︵ローズティー︶とお菓子︵クッキーとキ
ャンディー︶の用意を終えると、わたしの目の前に座ってにっこり
とロリ全開の笑顔で微笑み言いました。
﹁さあ、どうぞ。何でもお話しして頂戴!﹂
376
親切の押し売りはやはり親切なのでしょうか︵後書き︶
新キャラはミッシェルさん退場後登場予定へ変更です。
377
目からうろこが落ちたのです︵前書き︶
今回﹁!﹂が異様に多い⋮⋮。
378
目からうろこが落ちたのです
﹁友達が欲しい、というわけね! まあ、可愛い! 本当に可愛い
わー!﹂
ミッシェルさん大はしゃぎ。
とても悩み相談とは思えないのですよ。
言えと言われたから言ってはみたものの⋮⋮、正直ネタにされて
るとしか思えないのですよ。
ミッシェルさんはしばらく一人でキャッキャとはしゃいでいたけ
ど、しばらくして気が済んだのか、ロリポーズをしながらわたしに
問いかけました。
﹁でも、今まで友達一人もいなかったわけじゃないでしょう?﹂
友達⋮⋮。
わたしは考えました。
ニール・エルハラン。従兄弟ですが、友達とも言えなくはないの
でしょうか。
ジェレミー・クラウン。従兄弟で義弟ですが、以下略。
ラスティ・グランフォード。婚約者ですが、以下略。
379
レフィル・ディラン。王子で⋮⋮はて?
あれ? わたしまじで友達いないですか。
いや、それは寂しすぎるのですよ!
そんなのわたし、認めないのですよ!
認めてたまるかなのです!
従兄弟で義弟で婚約者でよくわかんなくても友達! 決まりなの
です!
﹁はい、いるですよ、友達﹂
わたしは頷きました。
ミッシェルさんはうんうんと頷くと、ロリポーズその二をしなが
ら再度問いかけてきました。
﹁じゃあ思い出して! その子達と仲良くなった時のことを!﹂
思い出⋮⋮。
じゃあ、まずはニール。
我がまま演出して嫌われようとしたら、甘やかされましたね。
次にジェレミー。
380
意地悪演出して嫌われようとしたら、慕われましたな。
で、ラスティー。
傲慢演出して嫌われようとしたら、懐かれたのですよ。
そんで、王子。
特に何をするわけでもなく、勝手に寄ってきたですがな。
﹁⋮⋮特に、わたしの方で何かした覚えは⋮⋮﹂
﹁ふんふん、じゃあ思い出して! その子達と出会ったきっかけを
!﹂
出会い⋮⋮。
従兄弟のニール。
ママさんの実家に里帰りした時に、まあ自然な成り行きで、です
ね。
義弟のジェレミー。
義弟になるとうちに連れてこられたのですよ。
婚約者のラスティ。
婚約者として、で対面させられて、ですな。
381
王子のレフィル。
何か勝手に寄ってきたですがな。
﹁⋮⋮偶然の流れ⋮⋮?﹂
﹁ほら! 結論出たじゃない!﹂
パンッと手をあわせ、ミッシェルさんはそう言った。
結論?
さっぱりわかりませんがな。
合点のいかないわたしの表情を見て、ミッシェルさんはやれやれ
と首を振ります。
⋮⋮何か幼女が大人ぶってるようにしか見えませんなー。
﹁もー、世話のやける子ね! 今までのお友達とは偶然出会い、自
然のままのあなたで仲良くなったんでしょう? じゃあ、今後もそ
れでいいってことよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮!﹂
はらり、と目からうろこが落ちるような気がしました。
なるほど。
無理をして友達を作ろうとしたから失敗だったのですね!
382
わたしはわたしのまま、自然にしている時に寄ってきた相手をゲ
ットすればいいのだと!
そうなれば目標変更なのですよ。
どうやって友達候補に近づくかではなく、近づいてきた相手をロ
ックオンして捕獲する方へシフトチェンジなのです!
﹁ミッシェルさん! ありがとうございますです! 何やらどうす
ればいいかわかった気がするのですよ!﹂
﹁まあ、お役にたてて嬉しいわ! 迷える子羊ちゃんを導くのは寮
母であるわたしの役目ですもの! また何かあったらいつでもいら
っしゃい。わたしの可愛い子猫ちゃん!﹂
わたしは子羊なのか子猫なのかどちらなのですか、というツッコ
ミはとりあえず堪えて、ミッシェルさんにお礼を再度言うと、わた
しはミッシェルさんの部屋を出ました。
さあ、わたしの準備は万全です!
いつでもどんと来いなのです、わたしの未来のベストフレンドよ!
383
目からうろこが落ちたのです︵後書き︶
次回こそ新キャラ登場です。
384
かかった獲物はテンプレでした︵前書き︶
エレナさん乙ゲーよりギャルゲーの方がお好みの様子。
385
かかった獲物はテンプレでした
寮母さんの部屋を出たわたしは、にんまりと笑みを浮かべました。
そうです。
そうなのですよ。
焦っても悲観的に考えても無駄ですし、駄目なのですよ。
私の心の友と書いて心友が現れるまでは、せいぜい妄想ワールド
で楽しむのですよ。
こ
うん、どんな娘がいいですかね。
﹁エレナちゃん、おっはよ!﹂
と、朝から元気よく挨拶してくれる少女マンガの典型的な主人公
タイプもいいですねー。
﹁ふふ、本当にエレナさんって、面白いのだから⋮⋮﹂
と、口元に手を当てて微笑む大和撫子タイプも捨てがたい。
﹁たくさんお菓子作ったの。食べてくれる?﹂
と、料理上手な母性本能くすぐりまくりなボインなお姉さん属性
もアリですな。
386
﹁ふ、ふん。別にあんたの為を想ってのことなんかじゃないんだか
ら!﹂
と、腕を組みつつそっぽを向くけどこっちの様子が気になってチ
ラチラ見てくるツンデレタイプもおいしいですし。
﹁もう! こんなに面倒ばかり焼かせないで。きちんとなさい、き
ちんと!﹂
と、叱りつけてくるような委員長タイプも友人としては頼もしい
ですよ。
﹁ああ、面倒事はわたしにまかせな!﹂
と、姉御系も良いですなー。
﹁ふわあ、よくわかんないけど、よかったねえ﹂
と、いう天然ぽやぽやもそれはそれで、うん。
﹁⋮⋮ずっと見てたの。わたし以外と仲良くしてたら⋮⋮、くす﹂
と、呪ってきそうなヤンデレさんはちょっと無理かもです。傍か
ら見てるだけならオッケーなんですけど、対象自分はちときつい。
でも、うん、こう考えてみると、わたし基本どんなタイプでもオ
ッケーですな。
ヤンデレさんも軽度なら、可!
387
わたしはいつでもウエルカムなのです。
どんとこないのですよ、マイベストフレンド!
などと考えながら、自室へ戻るため寮の廊下を歩いていたわたし
に。 ﹁ちょっとよろしいかしら、エレナ・クラウン﹂
と、後ろから声がかかったのですよ。
こ、これは、もしや!
まさかの。
捕獲チャーンス!
声のトーンと話しかけられ方から察するに、これはお嬢様系です
な!
まあ不思議ではないですが。
基本ここはお嬢様を集めてる学校なのですし。
ふー、とわたしは息を吐き、ぐっと心を落ち着けました。
失敗は許されません。
やっとかかった獲物なのです。
388
では、いざ勝負!
わたしは笑顔でくるりと振り返った。
﹁はい、もちろんです! 何の御用でしょ⋮⋮﹂ うか、と続けようとして、私は思わずかたまりました。
そこに立っていたのは。
金髪ロールで。
深いサファイヤの輝きを持つ瞳はキリッと吊り上っていて。
スラリとした鼻のライン。
薄い唇は綺麗な口角を描き。
その美貌は他者を圧倒するような威圧感。
そう、まるでその姿はまるで。
テ、テンプレ悪役令嬢きたのですよ︱︱︱︱︱︱︱︱!
389
かかった獲物はテンプレでした︵後書き︶
ではまた次回よろしくお願い致します。
390
久々己の低スペックさに涙したのですよ︵前書き︶
今回は﹁?﹂が異様に多いですね。
391
久々己の低スペックさに涙したのですよ
こ・れ・ぞ・り・そ・う・の・あ・く・や・く・れ・い・じょ・
う!
わたしは思わず叫びそうになりましたよ。
つかマジなんなんですか、これは。
パパさんとママさんの横にわたしとこの子並べて、﹁さあどっち
が親子でしょう!﹂クイズをしたら十中八九こっちの子が娘と言わ
れるですよ。
義弟のジェレミーを並べてみて同じことしても以下同文ですよ。
いや、別に顔の形が似てるわけではないですけどね?
でも、金髪とか目の色とか豪華な美人度とか、ね?
どうせ悪役令嬢ならこっちが良かった!
だって考えてみてくださいよ?
ゲーム画面でこの子と私、同じシーンで登場したらですよ?
どう見てもこの子がライバルですよ?
悪役令嬢ですよ?
392
わたしどう見ても悪役令嬢の取り巻きその一、とかその二、です
よ?
下手すりゃ三下役じゃないですか?
ヒロイン側なら友人その三くらいですか?
下手すりゃモブですよ!
ああ、最近忘れていた悪役令嬢としてのアイディンティティをぐ
らぐらと刺激されるこの感じ!
ではまた何度も思ったこの事実、問いましょう!
な・ぜ・わ・た・し・が・あ・く・や・く・れ・い・じょ・う・
なんですか!
いえ、不満はありませんよ?
ありませんがね。
役不足だと思うのですよ!
わたしにその役目果せたかったら、最低でもそれをこなせるスペ
ックと外見プリーズ!
﹁⋮⋮⋮⋮あの、あなた? 大丈夫ですの?﹂
﹁ほへ? 何がですか?﹂
393
﹁⋮⋮⋮⋮目を見開いたまま、口をぱっくり開けたままで、かたま
ってらしてるところが、ですわ﹂
何と!
悪役令嬢︵外見︶優しい!
言葉遣いもハイスペックお嬢様っぽい!
決めたですよ!
我がマイフレンド!
是が非でも、わたしの親友になって頂きましょう!
﹁いえいえいえいえいえいえいえ! 問題ないのです。大丈夫なの
ですよ! このエレナ・クラウン、身体はとっても丈夫であると自
負しているのですよ! 精神はもっとタフなのです! ちょっとや
そっとの扱いではびくともしないです。なので友人としてもとって
もお勧め、優良物件なのですよ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい?﹂
﹁このエレナ・クラウンに御用とは、謹んでお伺いするのです。そ
れで、その、貴女のお名前もお伺いしてもいいですか!?﹂
明らかに目の前の悪役令嬢︵仮︶は腰が引けた様子になった。
こりゃいかん。
394
テンション上がり過ぎて暴走したですよ。
押して駄目なら引くのです。
﹁ごめんなさい。少し混乱したのです。どうか気にしないでくださ
いなのです。それで、あの、今日はどういった件で? あと、失礼
なのですが、わたしは貴女のお名前存じ上げてなくて。良かったら
教えて頂けませんか?﹂
﹁え、ええ⋮⋮﹂
その悪役令嬢︵テンプレ︶はこほんと軽く咳をすると、わたしに
姿勢を正して向き直りました。
ほえー、規格外美人は立ってるだけで様になりますなー。
扇持って﹁おほほほほー﹂とやってくれないですかねー。
﹁失礼。わたくしはフィフィルティール・フィッツグラットフェル
トと申します。フィッツグラットフェルト侯爵家の娘ですわ﹂
⋮⋮⋮⋮?
ふぃ⋮⋮?
わたしは暗号かと思われた名前に、こてりと首を傾げた。
ふっ、わたしのスペックの低さを甘くみてはいけないのですよ。
⋮⋮正直に言おう。
395
名乗ってもらった名前、﹁フィ﹂しか覚えられなかったのですよ
︵涙︶!
396
久々己の低スペックさに涙したのですよ︵後書き︶
ではまた次回、よろしくお願い致します。
397
覚える為には復唱確認は大事なのです︵前書き︶
更新遅くなりましてすみません。
398
覚える為には復唱確認は大事なのです
﹁フィ? フィー? フィー⋮⋮フィ?﹂
あ、駄目だこりゃ。まったく記憶出来とらん。
プリーズ・ワン・モア・ユア・ネーム?
と、わたしは瞳の力で訴えました。
﹁⋮⋮フィフィルティール・フィッツグラットフェルト、ですわ﹂
﹁フィフィル、フィー⋮⋮ル?﹂
あう、やはり覚えられないのです。
そんなわたしに、侯爵令嬢は何か残念なものを見るような瞳でゆ
っくりと自身の名前を名乗ってくれたですよ。
﹁フィフィルティール・フィッツグラットフェルト﹂
﹁フィフィルフェ?﹂
﹁フィフィルティール﹂
﹁フィフィルティール﹂
﹁フィッツグラットフェルト﹂
399
﹁フィッツグラットフィ⋮⋮?﹂
﹁フィッツ・グラット・フェルト﹂
﹁フィッツ、グラット⋮⋮フェルト﹂
﹁では最初から、フィフィルティール・フィッツグラットフェルト﹂
﹁フィフィルティール・フィッツグラットフィルト!﹂
﹁違いますわ! 最後はフェルトです!﹂
﹁フィッツグラットフェルト?﹂
﹁そう、そうですわ。では最初から仰ってみて﹂
よしきたですよ!
﹁フィフィルフェルト・グラットフェルト!﹂
﹁何で悪化してますの!?﹂
侯爵令嬢は悲鳴のような声でそう叫びました。
ふっ、悪役令嬢︵理想︶よ。
それは、わたしの方こそ知りたいのですよ︵涙︶。
400
いちじかん
こ
そんなこんなで、名前を言ってはそれを復唱しを繰り返すこと小
一時間。
か
やっとわたしは彼の侯爵令嬢の名前を覚えることが出来ました。
フィフィルティール・フィッツグラットフェルト様!
よし、もう大丈夫なのですよ!
完璧なのです!
しっかり覚えたのです!
エレナさんはやれば出来る子なのですよ!
だけど、何やらぐったりした様子のフィフィル以下略を見て、ふ
と思いました。
うーん、もしかしたら紙に書いてもらって覚えた方がよかったか
もですかね?
401
覚える為には復唱確認は大事なのです︵後書き︶
でも次回も更新遅くなりそうかも⋮⋮。
402
わたしとおなかは一蓮托生なのです︵前書き︶
ここまで名前ネタひっぱることになるとは思いませんでした。
403
わたしとおなかは一蓮托生なのです
﹁ところでフィッフィー様、どんなご用なのでしょうか?﹂
わたしはそう言えば、と思い出して首を傾げて聞いてみたですよ。
すると、それまで疲れたように項垂れていたフィッフィー様はハ
ッとしたように顔を上げました。
﹁ああ、そうでしたわ、名前に気をとられてすっかり忘れていまし
た。⋮⋮ってちょっとお待ちになって、その珍妙な呼び方は何なの
ですか﹂
﹁えーと? フィフィルティール様だとちょっと長すぎるですから﹂
なので、命名フィッフィー様。
﹁人におかしな呼び名をつけないで下さいな!﹂
﹁ふへー、可愛いと思うですよ?﹂
﹁可愛くなんてありません!﹂
﹁むー? ではフィー様では﹂
﹁略しすぎですわ!﹂
﹁んー? じゃあティール様?﹂
404
﹁男の方の名前みたいで嫌ですわ!﹂
﹁じゃあじゃあ、フィルティー様!﹂
﹁名前の間だけ抜き取らないで下さいませ!﹂
﹁ええー、じゃあ何て呼べばいいんですかー﹂
﹁普通にフィフィルティールってお呼びになれば良いでしょう!﹂
﹁ふにゅー、長すぎて呼びづらいのですよー。半分にして下さいな
のです﹂
﹁名前を半分にって何なんですの!?﹂
そんなやりとりをしてまた小一時間。
﹁はーはー、じゃあ、フィル様で、納得して頂けるんですね!﹂
﹁ふーふー、も、もうそれでいいですわ⋮⋮﹂
フィル様はますますぐったりとした様子でそう言った。
﹁そ、それで用件ですけれど⋮⋮﹂
ぐきゅるるるるるーるるる−!
405
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮な、何の音ですの?﹂
ぐっきゅるっるるうー!
﹁⋮⋮私のおなかの音なのです﹂
ぐきゅるーうーるるーる!
﹁⋮⋮おなかってこんな音するものですの?﹂
ぐっるっるるうるー!
﹁⋮⋮わたしのおなかはするんです。そう言えば、おなかすいたで
す。忘れてたけど、食堂の時間終わってしまってるのです⋮⋮﹂
ぐ!? ぐるるるるるるるるるるるるるー!
﹁⋮⋮何か、生き物みたいですわね﹂
ぐーるるるるーるるるるーるるー⋮⋮。
﹁⋮⋮今夜はご飯抜きなのですか。おなかすいたです。⋮⋮ぐず﹂
ぐ⋮⋮るる⋮⋮るる⋮⋮る⋮⋮⋮⋮。
406
﹁え、どうしたんですの。嫌ですわ、泣かないで。ほら、泣かない
でったら、もうーっ﹂
無理なのですよ。
空腹で腹も鳴くが私も泣けてくるのです。
ふえー、おなかすいたのですよー。
ぐきゅるきゅるきゅるぐきゅるきゅるー。
おなかを鳴らしながら、ほろほろと涙を零すわたしに、フィル様
大慌て。
﹁も、もうわたくしの部屋へいらっしゃい! 簡単なものでしたら
用意させますから!﹂
ぐきゅ!
ごはん!
そのフィル様の言葉にわたしのおなかは期待で鳴りやみ、わたし
の涙はぴたりと止まったですよ。
ではさっそく行くですよ! フィル様のお部屋へ、ゴーなのです!
407
わたしとおなかは一蓮托生なのです︵後書き︶
次回フィル様のお部屋。
408
フィフィルティール・フィッツグラットフェルト視点︵前書き︶
初めての女性の他者視点です。
409
フィフィルティール・フィッツグラットフェルト視点
これは、どういう生き物なのかしら⋮⋮。
わたくしは目の前で口いっぱいに食べ物を一生懸命詰め込んで食
べている少女を見ながらそう思った。
まるでリスが頬袋に木の実を詰め込んでいる姿に被って見える。
その少女は、エレナ・クラウンという伯爵令嬢であった。
一生懸命に食事をしている彼女の目の端にはかすかに涙の跡が残
っている。
先ほどまでの事を思い出す。 食堂の開いている時間が終了し、食事をとれないと悲嘆する彼女
のあまりの憐れな様子に、思わず部屋に連れてきた。
わたくしの部屋は実家の侯爵家から連れてきた侍女付の部屋で、
普段から人前で食事をすることをあまり好まないわたくしの為に、
いつも食事の用意はされていたから、それを出して差し上げる、と。
エレナ・クラウンは大喜びでついてきて、今その目の前に差し出
されたものを夢中になっておいしそうに食べている。
別に、そうたいしたものがあるわけではないのだけれど⋮⋮。
ただこの様子では話しかけてもまともに聞いてもらえそうにはな
410
いから、食事が終了するまでは待っていた方がよさそうだ。
そう判断し、彼女の食事の様子を見守っているわけなのだけど⋮
⋮。
無心に食べるその姿はまさに小動物。
何だか、とても可愛いですわ⋮⋮。
彼女に聞きたかったこと、それがおぼろげだがわかったような気
がする。
わたくしは、フィッツグラットフェルト侯爵の娘として生まれ、
それに応じた教育をされてきた。
将来誰に嫁いでも、仮に王族に嫁いでも恥じるところのない淑女
となる為に。
実際、他国の王女を迎える予定の皇太子は別として、第二王子で
あるレフィル様の正妃の第一候補にはわたくしの名前が挙がってい
る。
年齢、家柄ともにつりあう相手として。
まだ正式なものではないが、ほぼ確定事項とされていることで、
わたくしもそのつもりで日々精進して毎日を過ごしている。
レフィル様は非常にお優しい方だった。
411
常に優しい笑みと言葉を向けてくださる。
レフィル様から酷い扱いを受けたことはない。
ただそれは逆に、レフィル様の本心を窺い知れないという面もあ
った。
少し、寂しいような気持がしたのは否めない。
けれど、政略結婚ともなれば、これが普通であろう、と。
まだ正式ではないが、婚姻が決まるのであれば夫婦になってから
気持ちをきちんと交わしあうのでは遅くはないだろう、と。
レフィル様がお優しい方であるには間違いないのだから、と。
そんな時、レフィル様が気にかける令嬢が現れた、と噂を耳にし
た。
それは、クラウン家の伯爵令嬢なのだと。
これまで、ニール・エルハラン以外にレフィル様が特別親しくさ
れている様子の方はいなかった。
もしや、レフィル様はその方がお好きなのではないか。
そう思ったら、実際に自分の目で見て確認したくなった。
412
確認してどうする、とまでは考えてなかったけれど。
そんな中、寮でその彼女の姿を目にした瞬間、思わず声をかけた。
目を丸くして見返した彼女は、とても可愛らしかった。
綺麗だとは言われても、可愛いとは滅多に言われないわたくしと
は真逆の存在のように思われた。
その後の反応は、思いもよらないものであったが。
﹁ぷはーっ、ごちそう様でした。おいしかったのです。どうもあり
がとうございましたのです、フィル様!﹂
満面の笑顔でお礼を口にする、エレナ・クラウン。
わたくしは思わず笑みを返した。
レフィル様のお考えはわからないけれど、気持ちはわかったよう
な気がする。
この子、ものすごく可愛いのですもの。
感情が明け透けで、それがまた太陽のように眩しい輝きを放って
いるから。
こちらまで、明るい気持ちにさせられるから。
413
その、笑顔を見たいから。
その、奇想天外な行動を見守りたいから。
その、可愛らしい反応をこちらに向けて欲しいから。 きっと、目を向けずにはいられないのでしょう。
きっと、声をかけずにはいられないのでしょう。
きっと、わたくしも⋮⋮。
﹁うーにゅ? あう? 何か忘れている気が⋮⋮。あ! そうなの
です! フィル様? 何かご用があったのですよね? ごめんなさ
いなのです。えと、で、何だったでしょうか?﹂
こてりと首を傾げて問いかけるその姿も、本当に幼児のようで愛
らしい。
ずっと、愛でていたいくらいだわ。
だから⋮⋮。
﹁ねえ、エレナ・クラウン?﹂
﹁はい、なのです!﹂
﹁わたくし、もっとあなたのこと知ってみたいわ。ですから、よろ
しかったらわたくしとお友達になって頂ける?﹂
414
わたくしがそう言った数秒後、彼女が喜びの顔で破顔した。
その顔を見て、わたくしの心の内も喜びが溢れる。
本当にこれは、何て可愛い生き物なのかしら。
415
フィフィルティール・フィッツグラットフェルト視点︵後書き︶
たぶんフィル様のエレナに対してわきおこった感情は王子よりニー
ルのものに近いかと思います。
416
お友達ゲットで忘れていたのですよ︵前書き︶
エレナさん、浮かれMAX。
417
お友達ゲットで忘れていたのですよ
﹁ふにゅにゅにゅにゅ⋮⋮﹂
フィル様のお部屋をお暇して自分の部屋に戻ってから笑いが止ま
らないのです。
口がにまにまなのです。
枕を抱えてごろごろしてしまうのですよ。
うきゃー。
遂に、お友達ゲット! なのです。
向こうから言い出してきたのですよ。
やはり果報は寝て待て、なのですね!
初の女の子のお友達なのですよ。
ニールと同い年なので、お姉様も兼! なのですよ。
ちょっと悪役令嬢っぽいですが、とっても良い人なのです。
ご飯もおいしかったですし。
ハイグレード令嬢なのですよ。
418
超! 美人なのですよ。
目の保養なのですー。
わたしは、ベッドの上でごろごろ悶えてしまいます。
ふにゅー。
ほにゅー。
これから素敵な学園ライフがはじまるのですよー。
一緒にお茶したりとかー。
お菓子食べたりとかー。
おしゃべりもしたいのですー。
⋮⋮はて? 今流行の話題はなんでしょうか。
女の子の好きそうな話題⋮⋮。
んー?
はりゃ、これは大変。
さっぱりなのです。
だって、今まで女の子の友達いなかったし︵泣︶。
419
つまらない子、なんて思われたくはないのですよ。
さっそく情報を仕入れなくては!
さりとてわたしには他に女の子の友達いないのですよ⋮⋮。
ツンドラニール、はよくいろんなこと知ってるですが、これは対
象外ですよね?
ジェレミーは、どうでしょうか。なんか知ってるような気もする
し、そうでもないような。
ラスティは女の子の気持ちわからなそうだから論外ですな!
しせい
王子は一番チャラそうで適任な気がしますが、市井の人のことは
どうでしょうか。いやでも侯爵令嬢は庶民ではないですし、聞くだ
け聞いてみるですか。
ふみゅー、明日からが楽しみですなー。
にゅー。
⋮⋮⋮⋮ぐー。
そんなこんなでわたしは初めてできた女の子の友達に浮かれ、す
っかり忘れ果てていたのです。
もともとの目的対象。
420
この世界のキーパーソン。
ヒロインのことを。
しかし、それを思い出すことになるのは、まだ先の話⋮⋮。
421
お友達ゲットで忘れていたのですよ︵後書き︶
ヒロインネタ再浮上。
だけど次回はヒロインからみません。
422
ご報告、ご報告、なのですよ︵前書き︶
更新遅くなりまして、すみません。
423
ご報告、ご報告、なのですよ
﹁姉様、今日はずいぶんとご機嫌だね﹂
﹁ああ、満面の笑顔のエレナは、か、か⋮⋮かかか﹂
﹁すっごく可愛いね﹂
﹁な、おまっ。それは俺が言おうと⋮⋮!﹂
﹁ヘタレは黙ってなよ﹂
﹁ヘタレなんかじゃ⋮⋮﹂
﹁ふうん?﹂
﹁⋮⋮ない、し⋮⋮、くそ﹂
フィル様というお友達が出来た翌朝、学校でジェレミーとラステ
ィにそう指摘されたですよ。
このあふれ出る喜びは隠しきれないようですなっ。
今朝も出来れば朝食ご一緒したかったですけど、残念です。
フィル様は朝食は食堂にこない派なのでした。
﹁ふふふー、わたしがご機嫌な理由が聞きたいですか? 聞きたい
ですよね、当然!﹂ 424
﹁もちろんだよ、姉様のことならすべて﹂
﹁胸をはるエレナも⋮⋮、かわ⋮⋮﹂
﹁ふふん、では教えてあげるのです。じゃじゃーん、わたし、エレ
ナ・クラウン。この度初めての女の子のお友達が出来たのです!﹂
両手を大きく上げて、ご報告なのですよ。
﹁それはよかったね、姉様﹂
﹁エレナ、よかったな﹂
﹁はい、なのです!﹂
わたしは大きく頷きました。
﹁今度、二人にも紹介するですよ。とっても綺麗な人なのです。侯
爵令嬢なのです。ニール兄様と同い年のお姉様なのです﹂
﹁そう。ああ、もしかして姉様がずっと言ってたの、その人のこと
?﹂
あう、ヒロインのことですね?
﹁残念ながら、それはきっと違うのです。彼女はわたしと同じ年の
はずですから⋮⋮。で、でもでも、それはそれとして、わたしのフ
ァーストフレンドもとっても素敵な人には変わらないのですよ? 本当なのですよ?﹂
425
﹁うん、そっか。それはよかったね、姉様﹂
﹁落ち込むエレナも必死なエレナも、か⋮⋮あやべ、鼻血﹂
﹁変態は姉様の前から去れ﹂
﹁変態じゃねえ!﹂
﹁黙れ﹂
ふふ、この二人も本当に仲良しさんなのですよ。
これが気の置けない男の友情という奴なのですね。
実はちょっとうらやましかったのですよ。
でもこれからはわたしにも同性のお友達が!
目指せ、お泊り会でのガールズトーク!
﹁まあ、これは放っておくとして。ねえ、姉さん﹂
﹁はいな﹂
﹁そのお友達の名前は? なんていう方ですか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮フィル様です!﹂
﹁えと、フルネー⋮﹂
426
﹁フィル様なのですよ!﹂
﹁⋮⋮うん、わかった﹂
﹁へー、フィルって言うのか。貴族の女性にしては珍しい名前だな﹂
﹁⋮⋮おまえそろそろ空気読むこと覚えろ﹂
﹁あ? 何言ってんだ?﹂
そんな二人の会話を耳にしながら、わたしは心に決めました。
今日寮へ帰ったら、フィル様のフルネーム書き取り百回なのです
⋮⋮!
427
ご報告、ご報告、なのですよ︵後書き︶
エレナさん、フィル様のフルネーム、また忘れた模様。
428
ジェレミー・クラウン視点︵前書き︶
再度登場ジェレミー視点。
429
ジェレミー・クラウン視点
友達が出来たと姉様は、にこにこご機嫌だ。
その様子はとても可愛らしい。
姉様が幸せそうだと、僕も幸せな気持ちになる。
姉様はあたたかな陽だまりのような人だと思う。
両親が突然の事故で亡くなり、クラウン本家に引き取られ、エレ
ナ姉様が僕の義姉になってからあっという間だった。
当初、不安定だった僕の心の支えになり、いつも一緒にいてくれ
た姉様。
そっと抱きしめてくれたそのぬくもり。
それに、どれだけ僕が救われたことか。
僕の一番大事で大切な姉様。
姉弟である限り、いつまでも一緒にいられるわけじゃない。
だけど、弟であるのは、僕だけの特権。
僕だけの、特別。
もし、姉様が僕をただ一人の人と選んでくれれば、これ以上幸せ
430
なことはないけれど、別にそうでなくてもかまわない。
僕以上に姉様を想い、姉様が想う人で、姉様は幸せでいられる相
手であれば。
もしなにかあっても、いつでも僕は姉様を見守っているから。
姉様がいつまでも幸せでいられるように。
僕としては姉様の相手はニール兄様が安心だけど、ニール兄様も
気持ちは僕に近いんじゃないかな。
エレナ姉様が何よりとても大事だけれど、それは兄としての気持
ちが強いんじゃないかな。
僕が、エレナ・クラウンを一人の女性としても好きだけど、姉と
して慕う想いも強くあるように。
まあ、こればっかりは当人でなければわからないけれど。
当人でもわからない場合もあると思うけれど。
恋情という意味ではラスティが一番かもしれない。
だけど、今のままのあいつじゃとても大事な姉様を任せる気には
ならないな。
本気で姉様が欲しいなら、もっと本気でしっかりしてもらわない
と。
431
今のままでは頼りなさすぎる。
ラスティなら姉様をお嫁に出しても口が出しやすいというメリッ
トはあるけどね。
僕の目の前で幸せそうに笑う姉様。
うん、まあ姉様の気持ちが結局は一番優先なんだけど。
僕の姉様。
エレナ姉様。
僕は、願う。
あなたが、何よりも、誰よりも、幸せでありますように。 432
ジェレミー・クラウン視点︵後書き︶
次回はラスティ視点です。
433
ラスティ・グランフォード視点︵前書き︶
ラスティ視点です。
434
ラスティ・グランフォード視点
友達が出来たとご機嫌なエレナ、とても可愛い。
エレナが可愛くて可愛くてたまらない。
早く、名だけの婚約者から実の伴った婚約者に格上げしたいが、
これがなかなか難しい。
エレナに張りつく悪魔と悪鬼の存在は変わらず強敵だ。
だけど、二人はしょせん兄代わりと弟代わりだし、と己に言い聞
かせ、これまでやってきた。
だが、俺は今焦っている。
今までほぼ他者と接点のなかったエレナが、学校という場で他の
男どもの目に触れるようになった。
こんなに可愛いエレナが、他の野郎どもの標的にならないはずが
ない。
いや、きっとなってしまう。
さっそく、第二王子に気にいられてしまったみたいだし。
だけど、王子はニール・エルハランが見張ってるみたいだし、逆
を言えば王子が気にかけてる相手には生半可な気持ちじゃ手は出せ
ないはずだし、結果オーライか?
435
まあ、俺は生半可な気持ちじゃないし、そもそも婚約者なんだし、
問題ないけどな!
それにしても、本当にエレナ可愛いなー。
昔から可愛かったけど、年々可愛さ増していくなー。
ちょっとお転婆だったり、わがままだったりするところも可愛い
よなー。
っていうかエレナだったら何をしてても何をやっても可愛くて堪
らないんだよなー。
花嫁姿のエレナも可愛くて仕方ないだろう。
その横に立つのは俺以外あり得ない。
じゃなかったら泣く。
泣くだけじゃなくて立ち直れないかもしれない⋮⋮。
だから、俺は頑張らなくては。
エレナを、俺の本当の婚約者、ひいては花嫁とするために。
どうやったって、能力ではニールやジェレミーには敵わない。
それは今までの経験でよくわかってる。
436
だから、俺は俺で出来ることをするだけだ。
いつか、エレナにも俺を好きだと言ってもらえるように。
いつか、エレナにも俺を好きで堪らないという瞳で見てもらえる
ように。
俺が、いつもエレナに対してそう感じ、そう思い、そう見ている
ように。
エレナ、俺の可愛い婚約者。
それを、真実のものとするために。
437
ラスティ・グランフォード視点︵後書き︶
次回はまたエレナさんの語りに戻ります。
438
誘惑に負けてはいけないのです︵前書き︶
エレナさん、ヒッキー願望傾向ありと見た、です。
439
誘惑に負けてはいけないのです
﹁はうー、疲れたのですー!﹂
フィル様の名前書き取り100回終了したわたしは、ごろんとベ
ッドへ横になりました。
でも、これでフィル様の名前は完璧に覚えたです。
もういつ誰に聞かれても大丈夫なのですよ!
⋮⋮たぶん。
それにしても⋮⋮。
ビバ! ベッドでごろごろ!
ふかふかもふもふベッドは最高ですなー。
基本衣食住すべてベッドの上オンリーでもオッケーなのですが、
それは伯爵令嬢の建前の前に人間としてどうか、とも思うので何と
かその誘惑を打ち負かしているのですよ。
あー、でも休みの日とかー、起きたら簡易な服にベッドの上で着
替えて、簡単なものつまみながらベッドでごろごろして、昼はパン
でもかじりながらベッドでごろごろして、午後は本でも読みながら
ベッドでごろごろして、夜はパイとか食べながらベッドでごろごろ
して、寝るまでごろごろして⋮⋮。
440
それは、なんというか。
すんばらしい環境ですな!
でもしてはいけない、禁断の生活態度なのですよ。
ニールにばれたら、教育的指導入ること間違いなしなのです。
でもここは女子寮ですしな。
⋮⋮⋮⋮たまになら⋮⋮⋮⋮、はう、駄目ですがな! 一度したら絶対ずるずるなのですがな、わたしの性格から考えて!
それにツンドラニールの千里眼を侮っては駄目なのです。
はいはい、これはもう終了。
考えない考えない、ですよ。
わたしはぷるぷると頭を振って、意識を入れ替えたですよ。
そう、今のわたしにはもっと有意義なことがあるのですよ!
そう、フィル様とゆかいな仲間達の交流の場の計画です!
⋮⋮うーん、どうするですか。
いきなり一緒にお出かけは難易度高いですかね。
441
わたしもまだフィル様とそんなに親しいわけではないですし。
では、まずはお互いをよく知ること、ですな。
よく知るには、よくお話しするのが一番ですよ
よくお話しするのに最適な場は⋮⋮。
おう!
いいこと思いついたのです!
おしゃべりと言えば、お茶が必須!
おいしいお茶とお菓子を食べながらなら会話が弾むことも必至!
そう!
お茶会を開くのですよ!
442
誘惑に負けてはいけないのです︵後書き︶
今回からしばらく、エレナさんのお茶会、のターンが続きます。
443
姉弟とはいいものなのです︵前書き︶
またまた更新お待たせしました。
444
姉弟とはいいものなのです
お茶会、素敵な響きなのです。
やることは普段ニールやジェレミーとお茶飲みながらお菓子食べ
てるソレとなんら変わらないのに、素敵女子一名追加で全然別物に
思えるのですよ。
んー、場所はどうするか、ですね。
自室でも十分な環境はあるですが、なにせここは女子寮。
ここでは、もともとの目的であるフィル様とニール達のご紹介、
が出来ませんな。
まあ、学校のミニサロン申請して利用すればいいですね。
何分この学校、貴族の子女が生徒の過半数を占め、社交が主の目
的の場というだけあってお茶会やお食事会、舞踏会等の開催は推奨
してるのですよ。
申請すればその必要な場所は容易にゲット! なのです。
もちろん、費用は申請した生徒持ちですがな。
まあ、たかが小規模のお茶会、費用は何ぼのもんですが、中には
結構な大枚かかるパーティーを度々開いてる輩もいるのですよ。
い・ち・ど・も・お・よ・ば・れ・し・た・こ・と・な・い・で・
445
す・が・な。
ニールやジェレミー、ラスティーはあるのに。
つか、断りきれないくらいあるのに。
⋮⋮ちえっ。 でもいいのですよ。
だって今回はわたし主催のお茶会。
ティーパーティー!
王子にニール、ジェレミーにラスティ。
それにフィル様!
他の奴なんか招いてあげないのですよ。
せいぜい羨ましがれですよ。
あー、楽しみなのです。
招待状とか用意しちゃうですか。
もちろんお手製の。
あと、当日はお茶の準備とかどうしようですかね。
446
メイドさん手配するのもいいですが、いつもこの辺はジェレミー
やニールがしてくれるですからねー。
他の人いない方が、リラックスできるですしな。
⋮⋮ジェレミーにさせますか。
ん? わたし?
わたしはやらんですよ。
昔ジェレミーにお茶いれてあげようとして、うっかり手を滑らせ
て、危うく熱湯被りそうになってから許可が下りないのですよ。
あの時も、ジェレミーのトラウマ引き起こして大変だったですな
ー。
しがみつかれて離れませんでしたよ、一ヶ月。
ぎゅうっとおんぶお化けになって、いったい何の訓練なのかと思
ったものですよ。
それからお茶をいれるのはジェレミーの役目になったです。
ん? 普通は使用人に頼むだろうって?
ふっ、だってわたしは転生者。
伯爵令嬢として生まれたからといって、根っからの庶民なのです
よ。
447
うん、間違いなく前世は庶民ですな。
わたしの魂がそう言ってるですよ。
つまり、何が言いたいかと言うと。
たかがお茶飲むのにいちいち使用人へ頼むのがおっくうなのです
よ。
気がひけるとも言うです。
でも弟使うのは別に気にならんですし。
うん、姉弟の力関係はこの世界でも有効なのですよ。
ジェレミーも﹁喉かわいたからお茶いれてー﹂と頼むと、嬉しそ
うにいそいそと用意してくれるですしな。
いい義弟なのです、本当。
しかしそのおかげでジェレミーのお茶をいれる腕前はプロ級にな
ったです。
誇っていいですよ、うん。
ってことで、今回の給仕はジェレミーに決定! なのですよ。
えーとあとは、⋮⋮もう明日でいっか。
448
眠たくなったのです。
ではまた、おやすみなさいなのですよ、⋮⋮⋮⋮ぐう。
449
姉弟とはいいものなのです︵後書き︶
次の更新は来月です。
師走、一年が過ぎるのは本当に早いですね。
450
エレナのお茶会へようこそ! なのです︵前書き︶
やっとお茶会シーンまできました。
451
エレナのお茶会へようこそ! なのです
そうこうしているうちに、あっという間に日は過ぎお茶会の日な
のです。
ジェレミーとラスティに手伝ってもらって準備は万全!
わたしも可愛いドレスに着替えて、オッケー、なのです。
なにせ今日は素敵なレディを迎えてのお茶会ですからね。
いつもと同じどうでもいいや格好なんて、なわけにはいかないの
ですよ。
ジェレミーとラスティーもばっちり決まってるですね。
ニールと王子はいつも隙なくしてるからオッケーですな。
さあ、後はフィル様到着を待つだけなのです。 ふふ、女性は支度に時間がかかるというのはこの世の真理ですか
らね。
いくらでも待ちますよ、このエレナさんは。
フィル様、どんな姿でくるのでしょうか。
ピンクとか水色、はあまりお顔にあいませんなー。
452
なにせフィル様ったら見た目正統派悪役令嬢ルックですもんなー。
本物はわたしですが。
最近正直忘れがちではありますが、そうなのですよ。
そうです、よね?
まあ、それはとりあえずおいて置いて。
フィル様は真紅のドレスとかぴったりですな!
装飾はルビーとかサファイアとかでっかい真珠とか、あうっ、素
敵!
ふっさふさの扇で口元なんか隠してくれたら理想的なのです!
笑い声はふふふ、ではなく、おほほ、で決まりですよ!
そんなふうに、一人妄想してにまにましてるわたしを見て、ニー
ル達は微笑ましそうにしています。
﹁楽しそうでなによりだ、エレナ﹂
﹁姉様が嬉しそうだと、こちらも嬉しくなりますね﹂
﹁よっぽど女友達が出来たのが嬉しかったんだな。そんなエレナも
可愛い﹂
453
﹁うん、あのしまりのない表情は他の令嬢には見られないよね。本
当に彼女、面白いよ﹂
若干一名聞き捨てならないことを言ってる奴がいますが、今は放
置!
今はフィル様、フィル様なのですよ!
そんなわたしの想いが通じたのか、コンコンとノックをする音が!
まあ単純に約束の時間がきたとも言いますが。
わたしは浮かれて飛出し。
ツルッ。
ドテッ。
﹁﹁エレナ!﹂﹂
﹁姉様!﹂
﹁っあっはははは、やると思った!﹂
⋮⋮すっころびました。
ジェレミーに助けおこされながら、笑い声がした方をキッと見た
わたしは、すでにその声の主がニールにしめられてるのを見て、溜
飲を下げました。
454
もっと懲らしめてやるのですよ、ツンドラニール。
わたしは気を取り直すと、ノックされた扉を大きく開けました。
そこには、たぶんわたしの転倒音に驚いたのか、目を丸くしたフ
ィル様がいらっしゃいました。
わたしは満面の笑みで両手を広げます。
﹁ようこそ、フィル様! エレナのお茶会へ!﹂ 455
エレナのお茶会へようこそ! なのです︵後書き︶
準備段階書こうと思ったのですが、だらだら長くなりそうでオール
カットしました。
456
自己紹介ターイム! なのですよ︵前書き︶
ますます更新スピードが遅く⋮⋮、すみません。
457
自己紹介ターイム! なのですよ
ジェレミーのいれてくれたお茶が全員に配られたことを確認し、
わたしはこほん、と咳をひとつ。
﹁では、まずは自己紹介といくのですよ!﹂
そう意気揚々と言ったわたしの言葉に、王子がぼそりと言いまし
た。
﹁⋮⋮とは言っても、僕とニールとフィフィルティール嬢は今更自
己紹介不要だよねー﹂
なんと!
﹁まあ、そうですね。殿下とニール兄様、フィッツグラットフェル
ト侯爵令嬢は一年前からこの学校に在籍しているのですし﹂
﹁それもそうだけど、その前からの顔見知りでもあるねー。まあ、
うちのディラン王家とエルハラン公爵家、フィッツグラットフェル
ト侯爵家はそれなりの繋がりもあるし?﹂
﹁直接お会いするのは初めてですけれど、もちろんグランフォード
侯爵家のラスティ様、クラウン伯爵家のジェレミー様も以前から存
じ上げておりましたわ﹂
なんとなんと!
みんなの言葉をうけて、しゅんとするわたしに、ラスティが慌て
458
たように声をかけてきます。
﹁だ、だけど初めて会ったのは本当なんだからやっぱり自己紹介す
ればいいんじゃないか、な!?﹂
﹁自己紹介くらい何度だってすればいいだろう﹂
少し機嫌が悪そうなニールもそう言いました。
何故に機嫌悪いですか。
わたしの段取りの悪さですかそうですか。
﹁まあ、いいけどね。でも普通じゃつまんないかなー﹂
おい王子。お前は自己紹介に何を求めているですか。
﹁あ、そうだ!﹂
王子がぽんっと手を叩きました。
﹁エレナ、君が紹介してよ﹂
﹁はい?﹂
﹁だーかーら、君の目から見た僕達、君の目から見たフィフィルテ
ィール嬢の紹介。あ、もちろんエレナ、君自身の紹介も忘れずにね
? で、いいよね? 自己紹介﹂
なんですと!
459
﹁ふむ、それは面白そうだな﹂
﹁エレナ姉様、正直にね﹂
﹁エレナから見た俺⋮⋮、気になる﹂
﹁エレナ⋮⋮。呼び捨てですのね。殿下、さすがにレディに対して
それは⋮⋮﹂
﹁いいのいいの、だってニールにとって妹みたいな存在なら僕にと
っても妹だし﹂
﹁それはどういう理屈ですか。⋮⋮でも、妹として見ていらっしゃ
るのね、そうですの⋮⋮﹂
﹁殿下、エレナはあなたとはまったくこれっぽっちも関係ない赤の
他人ですので、親しげに振る舞うのはおやめ下さい。迷惑です﹂
﹁ニール兄様、さすがに殿下に対してそれは⋮⋮﹂
﹁あー、いいのいいの。これがニールの僕への親愛の証だから﹂
﹁は? 親愛なんて塵ほども持ち合わせてはおりませんが﹂
﹁エレナ⋮⋮、俺のこと、どう言ってくれるんだろ﹂
ニール以下、王子の発言にみな様々な反応を見せます。
だけどあれ?
460
はにゃ?
どうやら、みんなの自己紹介、わたしがしなければいけないよう
です。
しかし、自己紹介って、こうゆうものでしたっけ?
というか、すでにそれは自己紹介ではないのではないでしょうか
???
461
自己紹介ターイム! なのですよ︵後書き︶
だけど年末まではこの調子かと。
ご了承お願い致します。
462
ニールの紹介いくですよ︵前書き︶
エレナさんの紹介、何か一人一話方式になりそうです。
463
ニールの紹介いくですよ
エレナ・クラウン、求められたなら応えるのみですよ、おー!
ということで、自己紹介。
思わぬ状況になりましたが、本人達に代わりまして、無事にその
お役目引き受けるのですよ。
では、まず⋮⋮。
﹁ニール、からですね﹂
わたしがそう言うと、みんなの視線はニールへの向けられました。
ニールはじっとわたしを見ています。
嫌ですな、ニール。
そんなに気にしなくても、変なこと暴露したりしませんよ。
﹁ニール・エルハラン。わたしの従兄弟で頼れるお兄ちゃんなので
す﹂
ん? 視界の端でほっと胸を撫で下ろしているラスティ。この場
でその動作、意味不明なのです。
﹁言わずと知れた、エルハラン家の跡取りなのですよ。エルハラン
家はうちのママさんの生家なのです。 エルハラン家のみなさんも、
464
とってもいい人ばかりなのです﹂
だからフィル様、嫁いできても安心安全なのですよ。
わたしはしっかりと嫁入りアピールポイントを強調しておきます。
だってニールのお相手ならわたしのお姉ちゃんになるのも同然な
のですし!
﹁頭もすっごくよくて、博学なのです﹂
大概の質問に一発で答えてくれますしな。
﹁お仕事もきっと上手にこなすので、エルハラン公爵家もきっと安
泰なのです﹂
アピール、アピールっと。
﹁あと、顔もとっても綺麗です。髪もサラサラ、肌はツルツルで触
り心地もばっちりなのですよ﹂
将来生まれてくる子供も天使のような子が出来ること請け合いな
のです。
⋮⋮羨ましいですな、その子。
﹁あと、無表情に見えて一見怖いかもしれませんが、その実とって
もとっても優しいのです﹂
いつもわたしにお菓子運んできてくれますしね。
465
美形の無表情は威圧感オーラハンパないですが、まあその辺は慣
れですな、慣れ。
﹁だから、フィル様。どうぞニール兄様とも仲良くして下さいね?﹂
はい、〆はこれなのですよ。
ちょっと上目遣いでおねだりポーズなんかもしてみるです。
﹁ええ、わかりましたわ。エレナは、本当にエルハラン様のことが
大好きですのね﹂
ん?
何か期待してた回答と少し違うですがな。
お前も何か言え、とニールを見てみれば、その肝心のニールは片
手で口元覆ってるし。
んー?
まあ、いいか。
では、次は⋮⋮。
ジェレミーいくですか。
466
ニールの紹介いくですよ︵後書き︶
次回はジェレミーです。
467
うちのジェレミーをよろしくなのです︵前書き︶
二番手ジェレミーの紹介です。
468
うちのジェレミーをよろしくなのです
﹁では、次はわたしの弟ジェレミーです﹂
さあ、ここは本気モードですよ。
え? 何をかって?
もちろん、アピールですよ。
ジェレミーが本命なのです。
もちろん、フィル様のお婿さん候補のですよ!
ジェレミーに嫁入りしてくれれば、わたしとフィル様は義姉妹の
間柄!
本気にもなろうってもんですがな。
﹁ジェレミーは、わがクラウン伯爵家の跡取り息子なのです。本当
はわたしの父方の従姉弟にあたりますが、小さい頃から一緒ですし、
うちのパパさんそっくりのゴージャス美形ではっきり言って実の娘
のわたしよりもずっとうちの子みたいなのです!﹂
羨ましくなんかないですよ?
もうその段階は通り過ぎましたからね?
⋮⋮たぶん。
469
﹁ジェレミーは性格もいい子なのですよ? 優しいし、マメだし、
気が利くし、滅多なことでは怒らないのです﹂
どれだけおかずやおやつを奪ってもにこにこされてたわたしが言
うのだから間違いないのですよ。
﹁それに、頭もいいし、機転も利くのです。ジェレミーが跡を継い
でもクラウン家は安泰なのですよ﹂
それにバックにはニールもいることですしな。
公爵家や侯爵家にはちょっと家格が劣るやもしれませんが、その
分自由もあると思うですし。
﹁運動神経だってなかなかのものですよ? 頼りがいもあるのです。
センスもなかなかなのですよ。ご覧の通りお茶を淹れるもの上手で
すし、刺?とか編み物だって器用にこなせてしまう、すごい子なの
です﹂
うん、よくわたしに出された課題肩代わりしてもらってましたし
ね。
⋮⋮後でバレて大目玉くってましたが。
ん? ジェレミーが苦笑を浮かべてるですね。
王子が腹抱えてますな。
470
ラスティはむくれてるですか。
ニールは安定の無表情ですが。
フィル様? その生温かい眼差しは⋮⋮。
ああ、べた褒めしすぎましたか。
思わずうちの子自慢になってしまってるですね。
ええと、ではデメリットも少し。
﹁でも、ジェレミーは少し繊細なところがあるのです﹂
トラウマ刺激した時の反応がすごいですからな、おんぶお化けに
抱っこお化け。
﹁その辺りを優しく見守り支えてくれる人が身近にいてくれると、
とってもお姉ちゃんとしては安心なのです⋮⋮﹂
ここでちらりとフィル様を見るです。
ささやかなデメリットも言いつつ、あなたがいればのアピール。
これはポイント大きいですがな、うむ!
フィル様はそれを受けてにっこり微笑まれます。
﹁ええ、よくわかりましたわ。どんなにエレナがジェレミー様を大
471
切に思われてるか。ジェレミー様は本当に幸せですわね﹂
﹁ええ、姉様がいつも僕のそばにいて見守り支えてくれたので、僕
は本当に幸せでした。もちろんこれからも﹂
ジェレミーもそれを受けて深く頷きました。
ん?
なんかちょっと目指す方向と違うような⋮⋮。
うーん?
でもまあ、いっか。
では次はラスティですね。
⋮⋮ちゃんと紹介してあげるから、そんな期待こもった瞳で見つ
めないでください、ラスティ。
472
うちのジェレミーをよろしくなのです︵後書き︶
次回ラスティです。
473
わたしの婚約者なのですよ、一応︵前書き︶
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
474
わたしの婚約者なのですよ、一応
次はラスティですね。
うーん、ラスティの期待に満ちた眼差しが何やらやりにくさを助
長するのですよ。
ではまず定番の⋮⋮。
こほんっ。
﹁では次に、ラスティ・グランフォード﹂
キラッ。
﹁グランフォード侯爵家の嫡男なのです﹂
キラキラッ。
﹁彼のお父上とわたしのパパさんはお友達なのです﹂
たぶん。
どんなにパパさんに詰られてもどつかれても笑顔を絶やさないあ
の人は、よっぽどうちのパパさん好きとみたですよ。
パパさんも本気で嫌いならどっちかってーと存在を無視するタイ
プだと思うので、友達で間違いない、ですよね。
475
んー? 考えてみればこの関係、ジェレミーとラスティにも当て
はまりますか。
ジェレミーはあまり手や足は出しませんけどね。
﹁ラスティは明るくて大らかな人柄なのです﹂
能天気でおおざっぱ、と言い替えもできますがな。
ともあれ、初期設定の傲慢な赤髪の獅子は無事矯正出来たようで
何よりなのです。ニールとジェレミーのおかげなのですよ。
キラキラキラッ。
﹁人望もあるのです﹂
いつも男どもが群がってますしな。
いわゆる兄貴タイプですか。
ワンワンリーダーなのですよ。
キラキラキラキラッ。
しかしいいかげんウザいですな、ラスティの期待の眼差し光線。
そんなに期待されても盛るにも限度があるのですよ。それに紹介
するネタももう⋮⋮って、ああ、忘れてたですよ。
﹁あと、一応わたしの婚約者なのです﹂
476
キラキラキラキラキラッッッ!
﹁あ、でも他にお相手出来たらいつでも解消可能なのですよ﹂
正直、フィル様にラスティはもったいないなあと思うですが、ま
あ人には好みというものがあるですからね。
もしフィル様がラスティを望まれるならわたしは全力でプッシュ
しますよ、大丈夫なのです。
﹁最初のきっかけも、婚約者という名目の教育係の依頼でしたし、
ニールも婚約者がいれば虫よけになってちょうどいいと言ってたで
すし﹂
虫よけ必要か? ってなくらい誰も寄ってはきませんがな。
﹁わたしにとってラスティは、ぶっちゃけ弟がもう一人出来たよう
な感じなのです﹂
ん? ラスティ、何故いきなりそんな魂抜けたようになってるですか。
さっきまでのキラキラ光線はどこにいったのです。
⋮⋮変な奴なのですね、ふー。
﹁⋮⋮ええ、よくわかりましたわ。エレナ、ラスティ様がかわいそ
うだからその辺でやめておいてあげて⋮⋮﹂
477
はて?
よくわからんですが、じゃあ次ですか。
ん?
次って、王子なのですか。
478
わたしの婚約者なのですよ、一応︵後書き︶
次回は王子。
479
だって実のところ王子のことはよく知らんのですよ︵前書き︶
お茶会回終了です。
480
だって実のところ王子のことはよく知らんのですよ
では次王子。
⋮⋮王子、ですか。
﹁最後に殿下、この国の第二王子、レフィル・ディラン様⋮⋮﹂
⋮⋮⋮⋮。
﹁以上﹂
﹁はあ!?﹂
声を上げたのはその紹介対象、王子でした。
﹁ちょ、それだけ?﹂
﹁はい、それだけなのですよ﹂
﹁少なすぎじゃない? 他のと比べてもさ﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
しかし王子、他のは曲がりなりにも十年のお付き合いですが、王
子とはここ最近のお付き合いですし。
まあ、実際のところ。
481
﹁よく考えてみたら、わたしもよく殿下のこと知らないのですよ﹂
﹁いやいやいや、何かあるでしょう。優しげとか社交的とか理想の
お兄様とか﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
まあ、そう言われれば⋮⋮。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮うさんくさそうな感じ、とかですか?﹂
﹁ためにためて結局それ!?﹂
うむ、すまんこってす。
﹁殿下、これでよくおわかりでしょう﹂
ニールがぽんと王子の肩を叩きました。
﹁エレナは殿下に対してこれぽっちも親愛の情も親近感も、まして
や兄へ対するような慕情などといったものは欠片も持ち合わせては
いないのですから、これからはそれを自覚し、適度な距離感をもっ
て接することを諌言致します。今後二度とエレナの兄を自称するよ
うな発言は避けられますよう。またお分かりではないかと思うので
申し上げますと、適度な距離とは半径五メートル圏内ですので、⋮
⋮おわかりですね?﹂
﹁こわっ、つか本気で怖いよ、ニール! 後肩に爪くいこんでるか
ら痛いよこれ、本当に! それに五メートルって、それ適度な距離
じゃないよね? 話も出来ないよねそれ!?﹂
482
﹁必要があれば伝言して差し上げますよ﹂
﹁いや、僕は自分で話しかけるから⋮⋮っていだだだだ、もげる、
もげるよ腕が⋮⋮!﹂
何やっとるんですかね、こいつら。
それはともかく。
ていたらく
﹁すみません、フィル様。紹介と言ったのにこんな為体で⋮⋮﹂
﹁いいえ、よくわかりましたわ﹂
と、フィル様。
んん? 今の話で何がよくわかったんでしょうか?
ほぼニールと王子の漫才しかなかったですが。
そんなわたしの疑問に答えるように、フィル様はにっこりと微笑
まれました。
﹁殿下につきましては、ご紹介頂かなくてもよく存じあげておりま
すわ。ですから、わたくしが知りたかったのは、その距離感。関係
性ですもの﹂
はあ、関係性ですか。
別に王子とわたしでは特段関係もありゃしませんな、うん。
483
﹁ふふ、それにしても本当に愉快な方々⋮⋮、いえ、貴女がいらっ
しゃるから、かしら?﹂
いや、もともと愉快な方々、でいいと思うですが。
﹁ぜひ、わたくしもお仲間に入れて欲しいですわ﹂
おお⋮⋮っ!
﹁はい、もちろん喜んで!﹂
その後、楽しいお茶会は楽しいまま終了とあいなりました。
ん? 王子とラスティですか?
何か王子は顔色が青くなって、ラスティは紙のように白くなって
たですが、突然具合でも悪くなったんでしょうかね。
まあ、若いんだから寝れば治るですよ、うん。
484
だって実のところ王子のことはよく知らんのですよ︵後書き︶
次回他者視点一つ入れたら、エレナさんがすっかり忘れているヒロ
インの話に突入です。
485
レフィル・ディラン視点︵前書き︶
他者視点は王子様でした。
486
レフィル・ディラン視点
エレナが開いたお茶会は、とても気楽で楽しかった。
第二王子としていろんなサロン・パーティに招かれるけど、正直
気疲れするし。
人当たりの良い優秀な第二王子の理想像︵僕設定︶を崩さないよ
うに、努力しているんだ、これでも。
それに何より、エレナのそばでは皆、素の顔を曝け出していると
思う。
普段は超人冷血人間で感情一切見せない血も涙もないニールの反
応観察も面白いし。
⋮⋮時々凍てつく視点と鉄拳制裁くらうけど。
何度も言うけど、僕が主だよ、主!
あとエレナの弟のジェレミーのお茶もおいしかったし。
あの子、過保護だよね。
お姉ちゃん子なんだね。
⋮⋮僕もあんな弟欲しかったな。
ラスティはちょっと憐れだったけど。
487
一応普段は堂々とした侯爵家の跡取りの姿保ってるから、あんな
情けない面させるのエレナだけなんだよね。
⋮⋮愉快だなとか思ってないよ? ちょっとしか。
後はフィフィルティール嬢が新たなメンバーに加わったのは少し
驚いたかな。
どこで知り合ったんだろう、接点なさそうだけど。
でも、フィフィルティール嬢かー。
もっと融通利かない、ちょっと怖い︵ニール女性版︶、お堅いお
嬢様かと思ってたけど。
⋮⋮エレナに対する姿なんか、優しい姉そのものだったな。
意外と慈愛溢れるいい母親にもなりそうかも。
もともといい妃になるのは疑いようもない淑女っぷりだったけど
ね。
実は、僕の婚約者候補の第一がフィフィルティール嬢なんだよね。
まあまだ内定ではあるけれど。
一応僕の意見も取り入れてくれるらしいけど、あんな風に優しく
微笑む彼女なら⋮⋮。
488
こほんげふんっ。
⋮⋮まあ、それはそれとして。
僕の毎日を一転楽しいものにしてくれたエレナには感謝、感謝。
お礼に、もっといじってかまってあげよう。
もう、よく知らないし、なんて寂しいこと言われないように、ね。
ふっふーん、次は何をどうしようかなー。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぞく。
いや、背筋に怖気が⋮⋮。
う、うん、まあ、ニールに抹殺されない程度にね、うん。
489
レフィル・ディラン視点︵後書き︶
しかしこの王子、ほんとノリ軽いな。
490
マナーは大事なのですよ︵前書き︶
久々レニー登場。
491
マナーは大事なのですよ
﹁ちょっと、いいかな﹂
そう声をかけられて、思わずわたしはかたまったのです。
声をかけてきたのはレニー・カーティス。
マイファーストフレンド・フィル様の出現ですっかり忘れていた
ヒロイン? な少年です。
⋮⋮わたしは頭の容量が極少のようなのですよ。
だけど、思わず硬直したのは声をかけてきたのがうっかり忘れて
いたレニー・カーティスだったからではないのです。
ここで学校のお手洗いについてのお話しです。
お手洗い、つまりはトイレのことですが、トイレって聞いてどう
イメージするですか?
わたしは学校のトイレって⋮⋮ごにょごにょごにょ、なのです。
ごにょごにょごにょ、の部分はどうか察してくださいなのですよ。
だけど、この学校は違うのです!
超綺麗!
492
超広い!
超豪華!
しかも何気にいい匂いまでするのですよ。
床にはフカフカ絨毯敷き。
鏡は大きくて縁取りが華麗な豪奢なもの。
ドレスアップした姿で入っても余裕の広さ。
高そうな生花はいつも瑞々しいものが飾られています。
香水ですか? 御香焚いてますか? 香りはいいさじ加減でばっ
ちりです。
基本中の基本、清掃はいつもきっちりばっちり行き届いています。
そんな学校のトイレ。
さすがお貴族様が多く在籍するだけのことはある!
わたし、このトイレなら食事や睡眠をとることだってできる、と
思うのですよ。
だけど。
だけどね?
493
レニー・カーティス!
花も恥じらうお年頃の乙女︵ん? もちろんわたしのことですよ
?︶がトイレから出てきた瞬間捉まえて声かけるって⋮⋮!
かけるって⋮⋮!
何なのですか?
いつからいたですか?
わたしがトイレ入るとこから見てて、ずっと外で待ってたですか?
乙女の、ト・イ・レ・待・ち・ですか!? レニー・カーティスへ物申す!
マナー
一度、礼儀というものを学び直してくるがいいのですよ!
494
マナーは大事なのですよ︵後書き︶
エレナさんの口からまさかのマナー発言。
地雷だった模様です。
ただ、待ってたのがジェレミー・ニールなら問題ないかと︵家族認
定︶。
ラスティは微妙︵たぶん口頭注意位︶、王子なら蹴りでも入れてる
ところでしょう。
495
ああ、なぜか悪寒がするのです︵前書き︶
エレナさん、︵脳内︶暴走。
496
ああ、なぜか悪寒がするのです
はてさて、いったいどうしたことでしょう。
わたしは目の前を歩くレニーの後ろ姿を見ながら首を傾げました。
ただ今トイレを出るところを待ち伏せされ、話があるからついて
きて欲しいと言われ、一緒に移動中なのです。
トイレの前で話を続けることにならなくて、それはよかったので
すが、いったいどこに行くというのでしょうか。
そもそもレニー、いつもはわたしが近寄ってもすすすと逃げるよ
うに離れていっていたというのに、どういった心境の変化なのでし
ょう。
話、とはいったいなんの話なのでしょうか。
そしてどこまで行くつもりなのか。
うううむ?
わからないことばかりなのです。
また、改めてレニーを見やりました。
んー、やっぱり綺麗な子なのです。
容姿が云々より、空気が綺麗というか⋮⋮。
497
やっぱりこの雰囲気はヒロインのソレなような気がするのですよ。
でも、レニーは男子ですし、やはりそれは⋮⋮。
はっ!
もしや⋮⋮。
もしかしてもしかするですか!
何かの事情で男の子として育てられたヒロイン⋮⋮!
運命の悪戯で女の子なのに男の子として生きてこなければならな
かった、なんて可哀そうなわたしのヒロイン⋮⋮!
そうですよ!
きっと、そうなのです!
ゲームにそんな設定なかったと思いますが、わたしからしてゲー
ムとは違ってるんですから、何があってもおかしくはないのですよ!
きっと、レニーはそのことをわたしに打ち明けてくれようとして
いるに違いありませんがな!
ひとけ
だから、大事な秘密を誰にも聞かれないよう人気のない場所に行
こうとしてるのですね!
そして、重大で大切な秘め事を共有しあったわたしたちは、きっ
498
と誰にも負けない素敵な親友⋮⋮、いえ、心友となるのです⋮⋮!
レニーは心配そうに、だけどどこか信じる気持ちを胸にわたしに
問いかけるのです。
このことは、二人だけの秘密だからね、と⋮⋮。
もちろん、わたしはこう答えるのですよ。
もちろん、わたしは⋮⋮。
﹁⋮⋮あの、どうしたの? 具合でも悪くなったの?﹂
ふと、そんなレニーの窺うような声に、わたしははっとしました。
おうっ、うっかり自分の思考に夢中になり過ぎて、足を止めてし
まったようです。 ﹁いえ、なんでもないのですよ。大丈夫なのです!﹂
﹁そう? それならいいけど﹂ ﹁そうなのですよ! わたしは絶対にレニーが女の子だなんて、誰
にも言わないのです!﹂
はりゃ?
勢い込んだわたしは、うっかり脳内思考の続きを口に出してしま
499
いました。
レニーはというと、一瞬ぽかんとした顔をした後⋮⋮⋮⋮。
ぞくっと悪寒がわたしの背筋を走り抜けました。
さ、寒い⋮⋮。
寒いのですよ?
ツンドラニールがいないのに、何故かツンドラブリザードが吹雪
いているのですよ⋮⋮!?
この悪寒はいったいどこからくるですか⋮⋮!
500
ああ、なぜか悪寒がするのです︵後書き︶
もちろんブリザード発生点はレニーです。
501
やっと、会えました︵前書き︶
やっと、登場。
502
やっと、会えました
ひっじょーに重く暗く悪い空気の中、わたしはしずしずと無言で
レニーの後をついて歩くのです。
何がそんなにレニーを怒らせたのか、さっぱりなのですよ。
レニーはあれから無言なのです。
もともと口数多い人ではないですが、まったくなのです。
わたしのパパさんもママさんも子供に激アマな方達ですし、ニー
ルやジェレミー達もくどいほどの過保護っぷりをわたしに発揮して
くれていたので、こんな扱いにはなれていないのですよ。
レニー・カーティス。
あなたは、何者なのですか。
わたしのヒロインでは、ないのですか。
⋮⋮男の子ですもんね。
ふわっと風が髪を揺らします。
レニーに連れられて、普段はこない学校の裏庭にまできていまし
た。
⋮⋮意外といい景色なのですね。
503
風に攫われた花びらが、どこからか舞い落ちてきます。
その光景はとても綺麗なもので⋮⋮。
こんな場所でヒロインと語り合えたら素敵なのに。
ああ、わたしのヒロイン。
きっとその姿は乙女の理想の姿に違いないのですよ。
風になびく、長いサラサラの髪。
揺れるスカート。
その優しい瞳の色はどこまでも澄んで。
桜色の唇は、淡い笑みを浮かべていて⋮⋮。
﹁⋮⋮あなたが、エレナ・クラウン?﹂
そう、その発する声はこんな風に、可憐な⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮え。
顔を上げると、いつの間にかそこには、木陰の下に立つ今想像し
ていた通りの姿の女の子がありました。
風に舞う、長い髪は儚げな美しさで。
504
透けるような透明感のある白い肌。
その淡い琥珀の瞳は、優しい眼差しを湛えています。
唇は、人工的な着色など一切ない自然な淡い桜色。
呆然として見つめるだけのわたしに、その女の子は優しく微笑ん
で言いました。
﹁はじめまして。わたしは、アニー・カーティス﹂
ひとしずく
その声を聞きながら、わたしの瞳からつっと一滴の涙がこぼれお
ちました。
間違い、ない。
⋮⋮⋮⋮やっと、会えた。
彼女が⋮⋮、彼女がわたしの、わたしの求め続けた⋮⋮⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮わたしのヒロイン。
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やっと、会えました︵後書き︶
この後どうしましょうか⋮⋮。
ラストだけはもう決めてあるんですが。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n8335cd/
悪役令嬢は奮闘する
2015年1月26日20時16分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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