私たちのWSは「感性社会の実現」というテーマの「目的」自体を探求するものとなった。 WS開始時点では「感性社会」は意味を与えられていない記号のようなものであった。だが新しい言葉 というものは、人々がそれの周りに集い、考え、イメージすることで内実を獲得していく。「感性社 会の実現」に何をイメージするか、そこにはどのような目標が存在しうるのか。寄り集まった多様な 人々が交流する中で、少しずつ、その輪郭をあきらかにしていく作業が行われた。 第一回目のWSでは「感性」という言葉からいかにアイデアを広げられるかが追求された。 第二回目のWSでは第一回目の結果を踏まえた上で「社会」を意識したとき、どのようなアイデアが出 るかが試された。 第三回目のWSでは、感性社会について考えてきたこれまでの成果を踏まえて「実現」を意識したアイ デア抽出が行われた。その際に、構成員の所属などを考慮して「多様性の高いチーム」「専門性の高 いチーム」の二群をつくり、成果に違いがあるかどうかを検討することも行われた。 「感性」を掲げた際に私たち(参加者)が見いだしたのは、少し我が儘な個の次元の欲求である。そ れは密かな快楽の領域にもつながっている。つまり、私たちは、自分だけの密やかな楽しみの欲求に ぴったりフィットしてくれるものを求めている。 また、人とちょっと違う自分だけの物語、「ヒストリー」を再確認させてくれるような、そんな体験 を求めている。 その一方で、私たちはひとびとと出会いたがっている。それも直接顔を見て、相手の気配を感じるよ うな、アナログな出会いや対話が求められてもいる。「コミュニケーション」の要求は高い。 しかし、すぐ考えればわかることだが、ここには葛藤がある。みんな自分が特別でありたいし、人と ちょっと違う自分の欲求を充足させたい。だが何故そのような欲求があるかというと、普段他者とい るとき、私たちはそれを抑圧しているからである。皆、普通の社会生活では叶えられない密かな欲求 を抱えて生きていて、同時に他の人は自分と同じように思わないだろうということを知っている。 そのような「普通の社会生活では叶えられない密かな欲求」はニーズの規模が予測しづらく、商品化 するには微妙なラインのアイデアばかりである。ゆえにその種のアイデアを汲み取った商品の開発と いうのはこれまでなかなか実現してこなかった。 私たちはこんなにばらばらであり、それでもつながりたいという欲求がある。それも出来ればばらば らである個としての自分をできる限り守りながら、つながれればいいと思っている。我が儘なのだが、 テクノロジーの発展が私たちにそれを期待させてしまう。既にそうやって発展してきた社会を見てき ているからである。たとえば、100年前の人間は自分のための音楽をイヤホンで聴くことなど出来なか った。音を出せば周りに聞こえるから、集団で聞ける音楽を選んで来た。でも今私たちは個で聴く音 楽と集団で共有する音楽、二つの種類の聴き方を使い分けることが出来る。それと同じように、別の テクノロジーは次の段階を可能にするのかも知れない。そういう期待が生じている。 では何故つながりたいのか。それを考えたとき、人間の根源的な姿に行き着く。 結局の所、私たちは自分を認識するために他者が必要であるし、時には他者から予想しない反応や刺 激を得ることで自分が変わる。他者と出会うことで、自分がつくられてもいく。すなわち、逆説的だ が、「特別な自分」をつくりあげるための究極の機会が、つながる体験であり、私たちはそこに大き な期待を持っているし、時に大きな満足感を見いだす。そのため、個のニーズを尊重しながらつなが るための仕組みは「感性」と「社会」の双方を視野に入れる上で、常に重要な課題とならざるを得な い。 これは難しい問いである。何故なら、結局の所、個別最適と全体最適の両立は可能かという問いであ るから。 だがこの問いについても、私たちのWSは一つの暫定的な回答を与えたように思われる。それは人と人 の間でのある種の「幸せな誤解」を敢えて大事にするというものである。第二回目のWSで出た「いつ も立つ茶柱」(注1)「ほめてもらうカフェ」などのアイデアは、他者と対面した上で、敢えて相手 を、または自分を幸せにするようなごまかしが発生することを想定している。 このようなアイデアは不誠実であると感じるかもしれない。だが、これがたとえば、一方的に誰かを 騙すためのものではなく、送り手も受け手も、わかっていてまずは騙されてみるものとして想定され ているとしたら?騙されることで気持をポジティブにし、出会いやつながりが容易になるようなサー ビスであるとしたら?その出会いの結果、自分自身がまた変わっていくとしたら? (注1)2014年3月31日に類似のコンセプトのお茶が福岡県の会社、アルゴプランの「茶柱縁起茶」とし て販売されているとの情報を得た。ネットでの販売は行っておらず、口コミ中心に広まっていたため、第 二回WS当日は参加者の誰も知らなかったと思われる。WS直後の2013年12月25日の時点では次のようなネ ット記事になっていたが惜しくも見逃していた(http://biz-journal.jp/2013/12/post_3692.html)。し かしこれは後れを取ったものの、我々のWSがビジネスの現場で通用するアイデアを生んでいた「おしい」 事例であったと言うことが出来る。 「わかっていて騙されてみる」ような「幸福な誤解」とは、言い換えれば、私たちの感性を楽しませ てくれて、退屈な日常に彩りを与えるようなちょっとした演出をどうすれば生み出せるかということ ではないだろうか。そして演出は日常的な世界、当たり前と思っている世界からの「ズレ」があるほ ど効果的になる。 第三回目のWSで得られたのは、そのズレを心地よく導くためのヒントであったように思われる。得ら れたキーワードをあげると、「感覚の尺度を変える」「なつかしさを導く」「矛盾やギャップを楽し む」などがある。 また、派生的にではあるが、感性エンジニアリングという観点からすればより核心に迫る「いとおし い分身」という(やや危ない)キーワードも浮かび上がってきた。以下、それぞれについて説明する。 「感覚の尺度を変える」は、たとえば「おうちから10kmの大冒険」のように、「大冒険」などの 言葉から当然想定されるスケールの感覚からズレてみることの面白みや、もしくは直接別の生物の感 覚や、他人の感覚の尺度を実装してみるようなイメージが込められている。そこに未知の感覚を期待 するのだ。 「なつかしさを導く」「ギャップ」の例は、「大人版キッザニア」などに顕著である。キッザニアは ご存じの通り子どもの職業体験をコンセプトとしたテーマパークであるが、それを敢えて大人用に仕 掛けてみるサービスの提案に凝縮されている。これは今大人である自分がキッザニアに興じるという 「ギャップ」(と気恥ずかしさも混じった快感)に訴えるアイデアでもあると同時に、雇用創出支援 という社会的な視点も提示されている。 また、「生きて成長する柱(家の中の柱に水をやって栽培したりする)」も、止まっているはずのも のが動く、住居の素材でしかないモノが生きるという、日常の感覚からの「ギャップ」が追求されて いる。自然との共生を求める思想をそこに読み取ることも可能かもしれない。 「いとおしい分身」は、人とモノとの境目が曖昧になり、互いに呼応し合うような世界のイメージも である。たとえば「ウェラブル(身に纏うことの出来る)分身」や「はげましてくれるトイレ」とい うそれだけでは何か分からない不思議なアイデアには、モノが生きもののように自分に呼応し、親密 な領域に入り込んで「いとおしい分身」であるかのように振る舞ってくれることへ欲求がある。 通常、私たちはただのモノに感情を求めないが、その一方で身につけているメガネや指輪、携帯電話 など、ある種のモノを自分の一部のように感じたり、粗末に出来ないと感じたりすることがある。新 しいテクノロジーがその二つの感覚をうまく結びつけて、常に愛しい分身に囲まれるような生活を約 束してくれるとしたら?想像するかぎりでは何やら恐ろしいような感じもしてくるが、思いおこせば 近代以前の人間社会は、ある意味で、モノに宿る精霊達と語り合う魔術的な世界であり、人々は(自 分の想像の中にいる)小さな分身達に勇気づけられながら生きていた。 この二百年ほど、我々は過去から人間を切り離すものがテクノロジーであるかのように感じて生きて きた。しかしこれからの時代の人間は、納得ずくで、魔術的な精神世界に回帰するためにテクノロジ ーを使おうとしているのかもしれない。 以上が、三回を通じて我々が「感性社会の実現」というテーマから導き出した一連の気づきである。 全体として、具体的なプロダクトやアイデアの提案というよりは、「感性社会の実現」のために人々 が願うこと、向かっていく先を探ろうとする「目的探し」のWSとなった。 混沌としているようであるが、しかし、そもそも人が何かをイノベーティブに産み出すときは、異な る技能を持つ人々が共有できる目的を見いだすこと、そこから実現可能な目標を設定してチームを作 り動き出すというプロセスが必要となる。その意味で我々のWSは、模擬的な形とは言え、イノベーシ ョンの原点を見つめるものとはなったのでなかろうか。 長くなったが、改めて以下にキーワードと、補足となる項目をまとめておく。 「ヒストリー」 「コミュニケーション」 「幸福な誤解」(間隔の尺度を変える、ギャップと矛盾を楽しむ、なつかしさを導く、納得ずくのご まかし) 「モノ=いとおしい分身」(テクノロジーによる魔術的精神への回帰)
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