五十嵐レポート 平成 26 年 9 月 16 日 米国の QE 政策の終焉と株価 5 年半上昇し続けた株価 米国の金融政策の今後の展開が注目されている。周知のように、FRB(連邦準備制度理 事会、以下 Fed)が国債と MBS(住宅ローン担保証券)を購入することで市場に資金を供 給する今の QE(量的緩和)政策は、まもなく 10 月頃に終了する予定だ。そして年が明け ると、時期はまだ不確かだが、いよいよ利上げが始まると見られている。金融政策として の強さはともかく、方向としては引き締めが始まるわけだ。 米国で利上げが始まった時に相場、とくに株価はどう動くだろうか。たとえばリーマン ショック(2008 年 9 月)後の 09 年初めに 7000 ドルを割り込むところまで下げた NY ダウ は、5 年半後の現在は 17000 ドル台に乗っている。この間のグラフを見ると、もちろん振 れはあるが、ほぼ一貫して上昇してきたという印象を受ける。大局的に見て金融緩和政策 と景気の回復が続いてきたこの時期に、株価は上昇し続けてきたのだ(図 1)。 先行きをどう見るかについては大きく二つの考え方があると思う。1 つは、NY ダウが 17000 ドルを上回っている今の株価水準はすでに高すぎるから、金融政策が転換すれば株 価の(大幅な)調整は必至だろうというものだ。もう 1 つの見方は、Fed が利上げするの は、第 1 に引き締めではなく低すぎる金利の正常化だ。第 2 に、そうした政策に踏み切る のは景気がしっかりしてきたという事実があるからだ。それらを考慮すれば、株価の上昇 は今後も続くだろう、というものだ。 図 1 米国の株価と長期金利 (千ドル) 20 QE2 QE1 (%) QE3 5.0 18 4.5 16 4.0 14 3.5 12 3.0 10 2.5 8 2.0 ダウ工業平均株価(左目盛) 6 1.5 10年国債流通利回り(右目盛) 4 1.0 ドイツ10年債流通利回り(右目盛) 2 0.5 08 09 10 11 12 13 14 (年、月) (出所)Bloomberg QE 政策では増えないマネー 市場で QE3 と呼ばれている現行の QE 政策はほぼ 2 年間続いている。その間、株価は一 貫して上昇してきたが、「量的金融緩和政策下」の株価の上昇だから、「カネ余り」が株価 -1- 上昇の原動力だと考えられがちだ。 しかし図 2 で QE3 期間中のマネーストック(現金と銀行預金)の動きを見ると、M1 で あれ M2 であれ、緩和政策のせいでマネーの供給量が増えている(増加率が加速している) という関係は見てとれない。QE 政策で市場に流動性が溢れて(じゃぶじゃぶになって) 、 そのマネーが株式市場に流れ込んで相場を押し上げたわけではないのだ。 図 2 米国のマネーストックと対外投資 (前年同月比、%) M1 25 QE1 M2 QE3 QE2 20 15 10 5 0 -5 08 09 10 11 12 13 14 (年、月) (10億ドル、季調済) 600 その他 証券投資 直接投資 合計 米国からの 資金流出 400 200 0 米国への 資金流入 -200 -400 08 09 10 11 12 13 14 (年、四半期) (出所)FRB、米商務省経済分析局(BEA) 図 2 から分かることは、QE 期間中には米国の資本(本邦資本)の流出が見られるという ことだ。QE3でその中身を確認すると、直接投資の流出は QE 政策にかかわらず常にある が、QE 期間中に特徴的なのが証券投資の流出であることがわかる。「その他」の中心は銀 行の証券投資だが、これは戻ってきている。 QE 政策において、Fed が債券を購入する相手は銀行だ。その購入代金は銀行が Fed に保 有している(預けている)当座預金口座に振り込まれる。この預金もマネーの一部だから、 「QE 政策で市場にマネーが供給される」という言い方は嘘ではない。しかし、このマネー は投資家が利用できるマネー(=マネーストック)ではない。恐らく実際に起こったこと は、 「カネ余り=相場上昇」というストーリーを信じる投資家たちが、自らの(Fed が供給 したものでない)マネーを海外(とくに新興国)に投資したということだろう。そして、 その投資対象が米国株でもあったのだ。 ちなみに、Fed が供給したマネーが海外に流出したのなら、銀行の対外債券投資が増加す るはずだ。しかし、銀行はむしろ資金を国内に戻しているわけだから、Fed のマネーが海外 -2- に流出したのではない。また、Fed がマネーを供給しても、投資家が保有するマネー(=マ ネーストック)が増えるわけではないことはすでに見たとおりだ。 結局、相場というものは基本的にはストーリー(思惑)で動くのだ。昨年 5 月にバーナ ンキ議長が QE 政策の縮小を示唆する発言をして相場が大きく下落したのも、まさにスト ーリーだ。QE 政策の縮小とは、マネー供給(金融緩和)の量を減らしていくことであって、 金融引き締めではない。また、議長は示唆したのであって、実際に実行したのではない。 さらに、すでに指摘したように、そもそも QE 政策自体が投資家にマネーを供給する政策 ではない。相場が大きく反応したのは、これ(議長発言)は相場を大きく動かす材料だと いう思惑が生じたからなのだ。 その後、バーナンキ議長が市場をなだめることに努め、また、テーパリングをきわめて 緩やかなペースで始めたことで、市場は落ち着きを取り戻した。テーパリングが経済の本 来のメカニズムとしてマネー(流動性)を吸い上げるということであるなら、ペースが緩 やかであっても相場は下落してきたはずだ。実際にはそうならなかったのは、相場変動の 原動力があくまでもストーリー(思惑)であることを示している。 金融政策の転換と市場の思惑 さて株価の先行きをどう見るかということだが、ポイントは市場がどんなストーリーを 作るのかということだ。今行われているテーパリングは、異常とも言えるほどの緩和政策 (Fed による債券の大量購入)を続けなくてもよい程度に米国経済がよくなってきた、とい う Fed の判断が背景にある。来年以降に予想される利上げも、金利をいつまでも超低水準 に抑え続ける必要があるほど景気は悪くないという判断があるわけだ。 他方で、イエレン議長が指摘するように、米国経済の回復(拡大)ペースにブレーキを かける必要があるわけでもない。とくに議長が気にしている雇用市場を見ると、雇用が拡 大し、失業率が低下する一方で、労働参加率も低下している。これらには以下のような関 係がある。 生産年齢(現役)人口 = 労働力人口 + 非労働力人口 = (就業者 + 失業者)+ 非労働力人口 この関係の中で、就業者の増加は景気の回復を反映しているわけで望ましいことだ。し かし米国では非労働力人口も増加しているのだ。就業者と非労働力人口の両方が増えれば、 失業者は二重の意味で減少する。「雇用の増加ペースを上回る勢いで失業率が下がってき た」という大方の印象の背後にはこうした事情があるのだと考えられる。 非労働力人口は、定義上は自らの意思で仕事に就こうとしない人々のことだが、実際に は職探しをあきらめている人たちが少なからずいるというのがイエレン議長の懸念なのだ。 それが構造的な問題なのであれば、金融緩和を続けても改善させることはできないが、議 長は助けにはなると考えているのだろう。 結果として、米国経済は過熱とは程遠い状況にあるわけで、金融政策としても、引き締 -3- めではなく、異常な緩和を徐々に普通の緩和に修正していくことが目標だと考えられる。 したがって、本来の経済の理屈で考えれば、こうした金融政策の修正が実体経済に大きな 悪影響を及ぼすはずはない。利上げで株価が下落する必然性はないということだ。 しかし問題は思惑なのだ。金融政策の変化に対して、市場がどんなストーリーを持つか が相場を決めるのだ。その観点から注意すべきことは、米国の景気が回復・拡大局面とし てはすでに 6 年目に入っているという事実である。 Fed が利上げに踏み切る頃は 7 年目だ。 景気は循環すると考えれば、後々に、まるで利上げのせいで景気がピークを打ってしまっ たと思えるような事態が生じないとは言えない。そうした時には、市場は利上げを格好の 材料として株価を下げてしまいかねないだろう。 景気が転換する可能性を示唆するグラフを示しておく。今回の景気回復を主導してきた 個人消費だ。家計の「債務残高対可処分所得比率」つまり、返済能力に比べてどれくらい 借金をしているかという比率が過去最高の水準に高まっているのだ。 近年、この比率を上昇させてきた原動力は自動車ローンだが、このところ、クレジット カードローンの比率も高まってきている。家計がローンで消費を拡大させることの限度に 達してしまえば、消費が落ちて景気が下を向いてしまう可能性は否定できない。利上げの タイミングで、ローンの条件が一気に厳しくなるといったことが起これば、その可能性は さらに高まってしまう。そうしたリスクは頭に入れておく必要があるだろう。 図 3 消費者信用残高対可処分所得比率と個人消費 (対前年比、%) 6 米国の個人消費と家計の借入残高 (対可処分所得比、%) 26 5 25 4 24 3 23 2 22 1 21 0 20 -1 19 実質個人消費支出(左目盛) -2 18 消費者信用残高(右目盛) -3 17 -4 16 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 (年) (出所)BEA、FRB (MU投資顧問客員エコノミスト 兼 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 執行役員調査本部長 -4- 五十嵐 敬喜) MU投資顧問株式会社 登録番号 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第 313 号 一般社団法人日本投資顧問業協会会員 一般社団法人投資信託協会会員 〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-3-11 電話 03-5259-5351 ※ この資料は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱とタイアップし、同社調査部の作成した 経済レポートを中心に掲載しております。本資料の記載内容の一部を引用あるいは転載さ れる場合には、必ず「MU投資顧問株式会社 資料より」と明記してください。 ※ 本資料に含まれている経済見通しや市場環境予測は、必ずしも当社の見解を示すもので はありません。内容はあくまでも作成時点におけるものであり、今後予告なしに変更されるこ とがあります。 ※ 本資料は情報提供を唯一の目的としており、何らかの行動ないし判断をするものではありませ ん。また、掲載されている予測は、本資料の分析結果のみをもとに行われたものであり、予測の 妥当性や確実性が保証されるものでもありません。予測は常に不確実性を伴います。本資料の 予測・分析の妥当性等は、独自にご判断ください。 -5-
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