第６ N の被告人への請託も権限に基づく影響力行使も認められないこと１請託に関する検察官の主張 (1) 受託収賄受託収賄罪における請託とは、公務員に対して一定の職務行為を行うよう依頼することであり、本件における職務行為は、市議会で水源の浄水プラントの導入に向けた質問を行うことである。そして、 ①3 月 7 日の木曽路錦店において、高峰が、被告人に対し、名古屋市での水源の事業状況として浄水プラントや濾過機を導入してもらうべく同市議会議員に議会で質問したり同市職員に働きかけたりしてもらっていることを説明し、その後、N が、被告人に対し、水源の浄水プラントの説明をしたうえで、水源の浄水プラントを導入してもらうべく被告人にも市議会で質問したり市職員に働きかけたりしてもらいたいと思い、「水源の浄水プラントを全国で一番初めに美濃加茂で導入していただきたい。それに是非力を貸してほしい。」などと言ってお願いいしたところ、被告人が「いいですね、やりましょう。」と言ったとの事実が認められ、② 3 月 22 日の嘉鮮では、N が被告人に対し、美濃加茂市版資料を使って水源の浄水プラントの説明をしたうえで、水源の浄水プラントを導入してもらうべく引き続き市議会で質問したり市職員に働きかけたりしてもらいたいと思い、「この水源の浄水プラントが美濃加茂で導入されるように是非お力を貸していただきたい。」などと言ってお願いしたところ、被告人が「是非やりましょう。」と言い、その後高峰が、被告人に対し、議員が役人を動かすときの動かし方や議会で質問する場合の原稿作りの話をしていたとの事実が認められる。 ① ② からすると、N が被告人に対し、市議会議員として、市議会で水源の浄水プラントの導入に向けた質問を行うよう依頼したと認められるので、 ① ② の行為が請託に該当する。 (2) あっせん利得処罰法違反あっせん利得罪における請託とは、公務員に対して一定の職務行為を行うことまたは行わないことをあっせんするよう依頼することであり、本件における職務行為は、水源の浄水プラントの導入、すなわち、市と水源の間で浄水プラントのレンタル契約を締結することである。そして、上記 ① ②のほか、③4 月 25 日の山家住吉店で、事前の打ち合わせに基づき、高峰が被告人に対し、「水源の浄水プラントの件を市長選で忙しくなるだろうけど止めないでやってくれ。」などと言ったことから、N も、被告人に対し、市議会議員のときは同議員の影響力を持って水源の浄水プラントを導入してもらうべく市職員に働きかけてほしい、市長に当選したら市長として市職員に働きかけるなど市長の力で水源の浄水プラントを導入してもらいたいと思い、「お願いします。」と言ってお願いしたところ、被告人が「わかってます。何でも言ってください。」と言い、その後、N が、被告人に対し、「市長になっても水源のことは見捨てないでくれ。」などとも言ってお願いしたところ、被告人が「そんなわけないじゃないですか。」と言ったとの事実が認められる。 ① ② ③ からすると、市議会議員として、市職員に対して水源の浄水プラントを導入することをあっせんするよう依頼したと認められるので、 ① ② ③ の行為はあっせん利得罪の請託に該当する。 (3) 事前収賄事前収賄罪における請託とは、公務員に対して一定の職務行為を行うよう依頼することであり、本件における職務行為は、水源の浄水プラントの導入、すなわち、市と水源の間で浄水プラントのレンタル契約を締結することである。上記 ③ からすると、市長に就任した際には、水源の浄水プラントを導入するよう依頼したと認められるので、③ の行為は事前収賄罪の請託に該当する。２検察官の主張を前提にしても請託は認められないこと (1) 請託の成立要件公訴事実記載の各犯罪は、「請託を受け」たことを構成要件とする。請託が成立するためには、その依頼が公務員に対する一定の職務行為に関するものであることが必要であるが、単純収賄との区別の観点から、請託事項は、後記のとおり、当該事件の具体的事情に照らして、ある程度の特定性・具体性を要するものでなければならない。そして、請託は明示的なものだけでなく、黙示も含むが、黙示による請託を認めるためには、よほどの状況証拠の収集が必要になるものと解される（永野義一著、贈収賄罪の理論と捜査【改訂版】１３８頁に同旨。）。さらに、「請託を受け」とは、単に依頼されたという受身の立場では足らず、公務員がその職務に関する事項につき依頼を受け、これを承諾したことが必要とされるところ（最判昭３０．３．１７、最判昭２９．８．２０）、請託を承諾するとは、請託の趣旨を認識し、それに対して承諾の意思表示をすることを意味することから、承諾の意思もその表示もなければ、「請託を受け」たことにはならない（前掲永野１３９頁に同旨。）。 (2) 黙示の「請託」について上記「１」から明らかなとおり、検察官は、本件各公訴事実に係る「請託」を明示的なものではなく、黙示的なものであると捉えている。すなわち、N は、被告人に対して「水源の浄水プラントを全国で一番初めに美濃加茂で導入していただきたい。それに是非力を貸してほしい。」（第２回 N１７頁）とか「この水源の浄水プラントが美濃加茂で導入されるように是非お力を貸していただきたい。」（第２回 N２６頁）とか「お願いします。」（第２回 N９９頁）と言うだけであり、N が、自ら被告人に対して「議会での質問」や「市職員への働きかけ」を明示的にお願いしたことは皆無である（事前収賄に関しても、N は被告人に対し、４月２５日に山家住吉店で「お願いします。」と言うのみである。）。検察官の主張は、前記３回の N の発言の前後に、T が他の自治体での「議会での質問」や「市職員への働きかけ」を口にしたことから、N も被告人にそのようにして欲しいと内心で思ったことを、その場の雰囲気から被告人が察知していたに違いない、というものであり、極めて乱暴な読心術の世界の話と言う他ないものである。そして、上記のとおり、黙示的な「請託」を認定するにあたっては、信用に値する様々な状況証拠から極めて慎重に行われるべきところであるが、そもそも本件各公訴事実に係る「請託」に関しては、それを積極方向に解す証拠としては、信用性に極めて重大な疑いのある N の供述以外に存在しないのであり、これのみによって、到底「請託」の存在を認定し得るものではない。なお、検察官は、論告「第５、２」に記載の「関係各証拠から認められる事実」は、N の証言等から認められると述べるが（論告７５頁）、その内容を見れば、同箇所の記載は、単なる N の証言の丸写しであり、検察官による事実認定に「他の証拠」が何ら寄与しているものでないことは明白である（具体的証拠を引用するわけでもなく、「等」という表現を用いることにより、あたかも他に証拠が存在するかの如く振る舞う姿勢自体、許されるべきものではない。）。 (3) ア受託収賄の請託本件における N の依頼の内容検察官は、本件受託収賄における依頼の内容は、「市議会で水源の浄水プラントの導入に向けた質問を行うこと」であるとするが、以下の点からすれば、N が被告人に対して、このような依頼をしようと考えていたかは大いに疑問である。まず、N は、木曽路でも、嘉鮮でも、被告人に対して、浄水プラント設備の説明をしているというのであるし（第２回 N１７頁、２５頁）、名古屋市ではある議員に議会での質問などをして働きかけてもらっていたというのであるから（第２回 N１６頁）、「浄水プラントに関して、議会で質問をしてもらえませんか。」といったことを言う機会も知識も十分にあったにもかかわらず、上記のとおり、N 本人は、被告人に対し、一切「議会での質問」に言及していない。特に、嘉鮮では、被告人が N に対して「こないだの議会の反応よかったですよ。」（第２回 N２５頁）とまで言ってきているというのに、このとき N は被告人に対して、その質問の具体的内容やその場面、誰に対してどう反応が良かったのかといったことや今後の議会質問の予定など、全く聞き返した形跡もなく、ただ「議会で質問してくれたんだ」と思ったというのみである（第２回 N ２５頁、第３回 N８４頁）。他方で、平成２５年３月頃の名古屋市での事業の進捗は、すでに中村議員に議会で質問をしてもらってはいたが、「止まってはいませんでしたけれども、契約には至っていませんでした。」（第２回 N８頁）という状況で、N としては、「議会での質問」が設備の導入に効果を及ぼすとは考えられない心情であったことが強く窺われるところである。そして、N の供述によっても、現に、N の口から発せられたのは、「議会で質問をして欲しい。」というものではなく、漫然と「浄水プラントを美濃加茂市で導入して欲しい。」（第２回 N１７頁、２２頁、２６頁）というだけのものであった。これらの点からすれば、本件における N の依頼の内容としては、決して「市議会で水源の浄水プラントの導入に向けた質問を行うこと」といったものではなく、兎に角「浄水プラントを導入して欲しい。」といった程度の極めて漠然としたものであったと言うべきである。なお、仮に、３月７日の木曽路及び３月２２日の嘉鮮での依頼の内容が「水源の浄水プラントを導入すること」だったとすると、そもそもそれは市当局の権限において行うことで、当時市議会議員であった被告人の職務行為には全く関わりがないこととなる。そのため、検察官は、わざわざ技巧的に、本件受託収賄における依頼内容を「市議会で水源の浄水プラントの導入に向けた質問を行うこと」と主張しているものと考えらえるが、浄水プラントの導入に至るまでの方策の多様性を考えれば、「浄水プラントを導入すること」と「市議会で質問を行うこと」とは、前者が後者を当然に包含する関係でも、前者を実現するに後者が不可欠な関係にあるものでもなく、両者の認定は厳格に峻別されるべきものである。イ被告人の「承諾」についてこの点、論告では明確な主張もなく、検察官が意図するところは必ずしも判然としないが、検察官は、被告人が N に対して、「いいですね、やりましょう。」（第２回 N１７頁）とか「是非やりましょう。」（第２回 N２６頁）と言ったことを捉えて、被告人が「市議会で水源の浄水プラントの導入に向けた質問を行うこと」を承諾したと解しているものと思われる。しかしながら、前記のとおり、そもそも N の依頼内容自体に疑義が存在することからすれば、N の依頼内容を前提とする被告人の「承諾」など全く認められるものではない。また、検察官によれば、前記「いいですね、やりましょう。」は、N からの「水源の浄水プラントを全国で一番初めに美濃加茂で導入していただきたい。それに是非力を貸してほしい。」といったお願いの言葉に対するものであり、前記「是非やりましょう。」は、N からの「この水源の浄水プラントが美濃加茂で導入されるように是非お力を貸していただきたい。」といったお願いの言葉に対するものであるということであるが、このような被告人の極めて漠然とした社交辞令的な言葉を捉えて、被告人が「市議会で水源の浄水プラントの導入に向けた質問を行うこと」といった具体的行動を認識して承諾の意思表示をしたなどと評価することは、言語的解釈の範囲を超えていると言わざるを得ないものであり、到底認められるものではない。そして、後記「第６、３」で詳述するように、被告人が水源の浄水プラントの導入に向けた議会質問をしたことは無いのであって、この点からしても、被告人が承諾の意思表示をしたと評価することなど出来ないことは明らかである。 (4) あっせん利得処罰法違反の請託ア本件における N の依頼の内容検察官は、本件あっせん利得処罰法違反における依頼の内容は、「水源の浄水プラントを導入すること」であるとするが、まずは、「請託事項」の特定性・具体性につき、以下、検討する。この点に関し、検察官は、内容的にある程度の具体性を要することは当然であるが、職務行為の手続とか範囲等を明確に限定するまでのことは必要ないと主張し、本件においては、「水源の浄水プラントの導入」という具合に具体的に特定されており、これで足りるとする（論告７７頁）。しかしながら、以下の各裁判例から導き出せる結論からして、同主張は相当であるとは言い難い。㋐東京高判昭２８．７．２０「被告人が甲から現金五万円、乙から金五十万円の供与を受けたのは、当時被告人がＡらのバナナやフレキシボードの無為替輸入の件につき調査中であったことから、その調査及び取締について便宜寛大な取扱をしてほしいという依頼の趣旨で供与を受けたものであることが認められ、かくの如く特定した事件について便宜寛大な取扱を依頼するのはある程度具体性を有する行為の依頼であるから、『請託』というに妨げない」旨判示し、他方、「営業一般に関する調査及取締について職務上便宜寛大な取扱をしてもらいたいというに止まるときは、別段特定の事件に関するものではないから、かかる依頼はいまだもって請託であるということはできない」とも判示する。㋑仙台高裁秋田支部昭３０．１．２５「政府指定倉庫であり、かつ政府委託搗精工場である常盤村農業協同組合に行わせる主要食糧の保管、加工等の業務一般に関して職務上好意的取計をして貰いたいというに止まること証拠上も明らかであって、別段同組合に行わせる特定の、主要食糧の保管、加工等に関し、具体的な職務行為を依頼するものではないのであるから、かかる依頼はいまだ刑法第１９７条第１項後段の請託であうということはできず・・・。」㋒最判昭３０．３．１７原判決が「室内装飾工事請負業者の被告人が、大阪特別調達局施行の進駐軍施設家具修理請負工事に従事中、その促進監督等の職務に従事していた同局係官に対し、右工事について何かと世話になった謝礼と併せて将来も好意ある取扱を受けたい趣旨で現金６万円を供与した」との事案につき、受託収賄罪の成立を認めた一審判決を是認したのに対し、最高裁は「事実審の判示事実も挙示の証拠も請託のあったことを示すものがないから、刑法１９７条１項後段を適応したことは違法である」として受託収賄罪の成立を否定した。㋓宇都宮地判平５．１０．６「本件において請託の対象は具体的工事名等によって特定されてはいないが、被告人らとしては、広汎な権限を有する市長の職務権限全般にわたって何ら特定せずに便宜供与を求め、これに応じたというわけではなく、右にみたとおり、乙が市長として継続的に権限を行使する建築工事、特に大規模建築工事を包括的に念頭に置いていたと認められるのであり、個々具体的に工事を特定しなかったからといって、依頼の対象となった職務行為の特定を欠くとまではいえない。」なお、本事例においては、当時、当該自治体では、年二校の割合で学校建築工事という大規模工事が発注されるようになっており、具体的にＡ小学校新築工事の発注が指名競争入札の形式で予定されている状況にあった。まず、㋒の裁判例から分かるのは、特定の案件に関するものであったしても、「何かとお世話になった」とか、それに加えて「将来も好意ある取扱いを受けたい」という程度の依頼の内容では、請託に該当するとは言えないということである。そして、㋐㋑㋓の裁判例からは、依頼の内容は、特定の案件に関するものでなければならないが、ここに言う「特定」とは、「営業一般」といった広汎な業務に関するものを含むものではなく、同種事業中、現実に進行中の案件に関してであったり（㋐）、規模等によって他の事業から区別できることが容易に想定し得る案件に関してであったり（㋑㋓）と、当該事件の様々な具体的事情に照らして、他の事業と区別できるものであることが必要であるというのが分かるところである（㋓の裁判例も、過去の発注状況や指名競争入札の状況、他の建設業者と市長ないしは市職員との具体的な関係等、詳細な当時の当該自治体における事情を考慮の上、個々具体的な工事名による特定がなくとも、不法な利益との結びつきが明白になる程度の特定性が認められるとするものである。）これを本件事件に即して考慮すれば、この点に関し、 N は、要旨「 N が被告人に対して、事前に伝えていたのは、水源の浄水プラントを導入するために力を貸して欲しいというだけのことである」（第３回 N８３頁）とか「市とか議会がどういう関係になっているか、どういうふうになったら浄水プラントを設置してもらえるのか、具体的な知識はなかった」（第３回 N８６頁、８８頁）などと述べるものであり、このような N の供述を前提にすれば、上記各裁判例から導き出せる上記結論に照らして、検察官の述べる依頼の内容は、当該事件の様々な具体的事情に照らして、他の事業と区別できるほどまでに特定されているとは到底評価することなど出来るものではなく、兎に角「浄水プラントを導入して欲しい。」といった程度の極めて漠然としたものであったと言うべきである。よって、「請託事項」の特定性・具体性の観点からして、請託があったと評価することなど出来るものではない。イ被告人の「承諾」について上記同様、この点に関する検察官の主張は明らかでないが、検察官は、上記の「いいですね、やりましょう。」（第２回 N１７頁）とか「是非やりましょう。」（第２回 N２６頁）に加え、４月２５日に、N が被告人に対して、「お願いします。」（第２回 N９９頁）と言ったことに対し、被告人が「わかってます。何でも言ってください。」と言い、その後、N が、被告人に対し、「市長になっても水源のことは見捨てないでくれ。」などとも言ってお願いしたことに対し、被告人が「そんなわけないじゃないですか。」と言ったことを捉えて、被告人が「市議会議員として、市職員に対して水源の浄水プラントを導入することをあっせんするよう依頼したこと」を承諾したと解しているものと思われる。しかしながら、たとえ、４月２５日の上記会話が加わったのだとしても、その内容からして、被告人の言葉が極めて漠然とした社交辞令的なものであることに変わりようがないのであり、これらの言葉をもって、被告人が「市議会議員として、市職員に対して水源の浄水プラントを導入することをあっせんすること」といった具体的行動を認識して承諾の意思表示をしたなどと評価することは、到底認められるものではない。そして、４月２５日以後、市議会議員を辞職するまでの極めて短期間の間に、被告人が水源の浄水プラントの導入に向けて何らかの活動をしたことは無いのであって、この点からしても、被告人が承諾の意思表示をしたと評価することなど出来ないことは明らかである。 (5) 事前収賄についての請託ア市長就任後の職務行為に関する依頼の有無検察官は、本件事前収賄における依頼の内容は、「水源の浄水プラントを導入すること」であるとするが、この点に関し、N は、要旨「正直、市長に何ができるか分かりませんけども、ただ、市長は市のトップなんで、漠然と、トップの力で導入してもらいたいというふうにしか思ってませんでした。」（第３回 N７９頁）とか「市長になって、具体的に何をやってほしいかってことは分かっていなかった。」（第３回 N８１頁）などと述べるものであり、このような N の供述を前提にすれば、本件事前収賄の依頼の内容は、前記同様、兎に角「浄水プラントを導入して欲しい。」といった程度の極めて漠然としたものであり、「請託事項」の特定性・具体性の観点からして、請託があったと評価するにはほど遠いものである。なお、N は、４月２５日に被告人に現金を供与しようとした理由として、これまで動いてもらったお礼という趣旨の他、将来部分に関しては「今後どのような立場になっても、引き続き水源の浄水プラントの件をよろしくお願いしますという気持ちです。」と述べ、「どのような立場になっても」とは「議員のときも、今まで同様に、役人に対して働き掛けしてもらいたいと、で、議員辞職後もそのまま影響力を持って働き掛けをお願いしたいと、市長になったら、まあ、本当に市長のお力で導入をお願いしたいという気持ちからです。」と述べるが（第２回 N８８頁）、 N としては、極めて広汎な職務行為に向けて、極めて漠然とした期待心を抱いていたというまでであり、上記㋒の裁判例に照らせば、依頼の内容は「何かとお世話になった」とか、それに加えて「将来も好意ある取扱いを受けたい」という程度のものあったと言うべきであり、この点からしても、到底「請託」に該当すると言うことなどできるものではない。イ被告人の「承諾」について上記同様、この点に関する検察官の主張は明らかでないが、検察官は、 N が被告人に対して、「お願いします。」（第２回 N９９頁）と言ったことに対し、被告人が「わかってます。何でも言ってください。」と言い、その後、N が、被告人に対し、「市長になっても水源のことは見捨てないでくれ。」などとも言ってお願いしたことに対し、被告人が「そんなわけないじゃないですか。」と言ったことを捉えて、被告人が「市長に就任した際には、水源の浄水プラントを導入するよう依頼したこと」を承諾したと解しているものと思われる。しかしながら、上記に述べたとおり、このような被告人の言葉が極めて漠然とした社交辞令的なものであることに変わりはないのであり、これらの言葉をもって、被告人が「市長に就任した際には、水源の浄水プラントを導入すること」といった具体的行動を認識して承諾の意思表示をしたなどと評価することは、到底認められるものではない。そして、検察官も論告において、何一つ具体的活動を挙げることができないことからも明らかなように（論告７７頁）、被告人は市長になった後、水源の浄水プラントの導入に向けて何ら活動をしたことは無いのであって、この点からしても、被告人が承諾の意思表示をしたと評価することなど出来ないことは明らかである。３請託に基づく職務行為としての市議会での質問の有無 (1) 被告人の３月１４日定例議会での質疑応答の内容市議会議事録によると、被告人と I 総務部長のやり取りは以下の通りである。藤井「今、地域防災計画の案がパブコメでも出されているところだと思いますが、それにあるような備蓄量には今回の予算ではどれぐらい充填ができるようになるのかということと、もう 1 点が、これからそのような備蓄というか備えをしていくうえで、東京とか名古屋とか進んだ都市部のほうの備蓄品を見ていますと、地方に比べて最新鋭というかすぐれた備えができているんじゃないかなというのを拝見しますので、費用の面は当然考慮したうえでなんですが、そういう新しいものをできるだけ今後購入するのであれば導入するという考えがあるのかどうか、お伺いします」 I「まず、備蓄の予定につきましては、非常用食料としてアルファ米を４００食、それからビスケットを１７５０食、それから毛布を１００枚、子供用おむつを５４００枚、それから大人用おむつを４５００枚、生理用品を４５００枚などのほか、粉ミルクや離乳食、トイレットペーパー、簡易トイレ等の購入を予定しております。これだけではとても十分ではありませんし、また賞味期限等がある食料につきましては、毎年少しずつ買っていって費用の平準化を図っていくということも考えておりますので、よろしくお願いします。また、新しい技術の導入ということで議員さんからもちょっとご提案いただいておりますけれども、それはプールにたまる雨水の活用ということでご提案いただきました。これについては環境に大変やさしいということもありますし、災害時においても有効な水源となると言うことで、学校の現在の施設ですね、それに簡単に連結ができるかどうか、また維持管理の方法などについても、教育委員会とか、また学校といろいろ協議をしてまいりますし、また業者のほうにもいろいろとこの辺のお話も今後伺って、本当に有効なものであったら導入に向けて検討をしていくと言うことで、よろしくお願いしたいと思います。」藤井「まず、備蓄品についてですが、答弁にあったように、徐々に備えていかないと賞味期限等があるのは承知していますが、これも自治体によっては、福祉施設等と上手なバランスをとって、結構面倒なことかもしれませんが、ちゃんとした量は備えながらも回していけるような計画も、もしできたらお願いしたいと思いますし、２点目の新技術の話ですが、この前テレビで見たのでは、マンホールを簡易式トイレにするだとかいろいろな取組が、今アイデアがありますので、しっかりした精査をしていただいたうえで、導入できるものは導入すると言う考えを検討していただきたいと思います。以上です。」（甲２９号証議事録３７頁） (2) 議事録から客観的に明らかな事項上記質問は、一般会計予算の防災施設整備事業に対する質疑として行われたものであり、その中で、被告人は、災害に備えるための「備蓄品」に関して、最初に、備蓄の「量」ついて質問し、次に「もう１点が」として、備蓄に関して「最新鋭の備蓄品」を導入する考えがあるか否かという、備蓄の「質」についての質問を行ったのに対して、I 総務部長は「プールにたまる雨水の活用」について答弁しているのであり、被告人が供述するように、質問の趣旨と異なる答弁をしたことは明らかである。「もう１点が」の後に、「これからそのような備蓄というか備えをしていく上で」と言っており、「備蓄」を「備え」と言い換えていることから、「最新鋭というかすぐれた備え」が「最新鋭の備蓄品」を意味していることは明白である。被告人の質問は、前半も後半も「備蓄品」に関して尋ねるもので、浄水プラントについての質問はしていない。答弁した I が、「浄水プラント」について、被告人の質問の趣旨と食い違った内容の答弁したことは明らかである。答弁者の I が、備蓄品ではなく「浄水プラント」という設備について答えたことを受けての被告人の再質問では、答弁が質問の趣旨と異なっていることを指摘するのではなく、「２点目の新技術の話ですが」と述べて、むしろ、誤解した答弁に乗る形で、２点目の話題を設備に切り替えている。その上で、「マンホールを簡易式トイレにする」という取組みを例に挙げて、いろいろな「取り組み、アイデア」について、「精査をした上で導入できるものは導入すること」を検討するよう求めている。この質問は、明らかに設備一般について、新たなものの導入に向けての前向きな検討を求めているものであり、ここでは、「マンホールの簡易式トイレ」以外に個別の設備には言及していない。 (3) 上記質疑応答と「浄水プラントについての質問」の有無上記のような質疑応答に関する客観的事実を踏まえれば、少なくとも、外形的には、被告人が、「浄水プラントについての議会質問」を行ったとは言えないことは明らかである。そこで、次に問題となるのが、被告人が、「浄水プラントについての議会質問」を行ったと実質的に評価できるか否かである。それによって、 N が供述している「請託」に基づく市議会議員の職務行為に該当する行為を行ったと評価する余地もあり、その点は、本件の事実関係に関する一つの争点になり得る。そこで重要なのが、答弁者の I が、なぜ質問の趣旨を誤解して答弁したのか、その誤解に被告人が関わっているのかである。 (4) 答弁者等に対する取調べと検察官調書の内容ア検察官調書における議会質問の内容の歪曲 ① 当初の質問に関する歪曲上記 I の検察官調書（甲３２号証）では、質疑後半の最新鋭の備えの導入などを尋ねるものについては、備蓄量に関する質問の後に、「もう 1 点が、」という言葉から始まりましたので、備蓄量に関する質疑とは別のテーマの質疑だと分かりました。そして、事前に藤井さんが水源の資料を持って来るなどしていましたので、私は、藤井さんのいう「最新鋭の備え」というのは、当然水源の浄水プラントの話だと思い、藤井さんは通告書の質問 ② のとおり、水源の浄水プラントを導入する考えがあるか尋ねてきているのだろうと思いました。などと、質問通告書を根拠に、被告人が、「浄水プラントを導入する考えがあるか尋ねてきている」と思ったと述べているだけで、I が質問の趣旨と異なる答弁をしたことについては何も述べていない。それどころか、この時、藤井さんは、私に「導入するという考えがあるのかどうか」と、通行書質問 ② の聞き方よりも、より具体的に水源の浄水プラントを導入する意向があるのかどうか、踏み込んで尋ねる質問をしてきました。などと、被告人の質問が、浄水プラントを導入についての質問であることが当然の前提のように述べているのである。前述したように、議事録を見れば、実際には、被告人の質問は、前半も後半も「備蓄品」に関して尋ねるもので、浄水プラントについての質問はしておらず、I が、被告人の質問の趣旨を誤解して答弁したことは明らかである。ところが、検察官調書では、被告人の言葉のうちの「もう１点が」という言葉から、その前後は違うテーマだとして「最新鋭の備え」が浄水プラントのことを意味しているように決めつけている。前記のように、「備蓄というか備え」と言い換えていることからも「最新鋭というかすぐれた備え」が「最新鋭の備蓄品」を意味していることは明白である。ところが、検察官調書では、「そのような備蓄というか備えをしていく上で、都市部のほうの備蓄品を見ていますと、地方に比べて」の部分が除外されており、「最新鋭というかすぐれた備え」を「最新鋭の備え」に置き換えて、その言葉だけを抜き出し、それが浄水プラントのことを意味しているように歪曲しているのである。そして、被告人が浄水プラントの導入に関して質問をしてきたことを前提に、「もっと具体的に前向きな答弁をしないとと思いました。」「質疑に対して適当に答えたり、検討もせずに即導入を拒否することなど出来ません」「議会でも活発に発言をするなど、大変実行力のある議員の一人でした」「我々市役所職員にとっては、議会で議員から繰り返し質疑を受けるというのは、本当に嫌でした」などと、浄水プラントの導入に関して、被告人から議会質問でプレッシャーを与えられたかのような I の供述が記載されているのである。 ② 再質問に関する歪曲答弁者の I 総務部長の検察官調書（甲３２号証）では、その後の再質問に関しても、議事録から発言の一部だけを取り出して趣旨を露骨に歪曲している。 I の検察官調書では、被告人の再質問について、「藤井さんは、とくに異議などを述べることもなく、私の答弁を前提とした上で、新施設の導入について、『しっかりと精査していただいた上で、導入できるものは導入するという考え方を検討していただきたいと思います』などと、再び検討を求める旨の発言をしました」と供述したとされている。しかし、実際の被告人の再質問は、備蓄品について述べたのに続いて、「２点目の新技術の話ですが、この前テレビで見たのでは、マンホールを簡易式トイレにするだとかいろいろな取り組みが、今アイデアがありますので、」と言った後に、検察官調書で引用されているように、「しっかり精査をしていただいた上で、導入できるものは導入することを検討するよう求めているのである。」議事録からも、被告人が、マンホールを簡易式トイレにする設備のことを例に挙げて、一般論としての設備の導入について述べていることは明らかであるのに、検察官は、その「マンホールの話」を意図的に除外した上で、I の供述として、「やはり、先ほどの藤井さんの質疑は、水源の浄水プラントの導入を検討するよう求めるものだったのだと改めて思いました」などと、あたかも、被告人が浄水プラントという個別の設備について重ねて質問をしてきたかのように供述させているのである。また、その質問の際、被告人が提出した発言通告書に基づき答弁原案を作成し、質疑の際にも別室で待機していた防災安全課長の K の検察官調書（甲３３号証）でも、被告人の質問、総務部長の I の答弁、被告人の再質問について、上記の I の調書とほぼ同様の供述が録取されている。 ③ 議会質問に関する検察官捜査の重大な問題これらの検察官調書だけを読めば、３月１４日の定例市議会での質疑における被告人の質問が、浄水プラントの導入について検討するよう総務部長に求めたものであり、そして、総務部長や、担当課長がその議会質問でプレッシャーを感じ、それが、その後の、市当局の対応に影響を及ぼしたかのように思える。しかし、そこには、上記のように、被告人の発言についての議事録の記載から、一部を意図的に除外して、質問の趣旨について実際とは異なった前提で質問をするという、露骨な誤導が行われているのである。この３月１４日議会での被告人の質疑については、被告人の発言は「備蓄品」についてのものであるのに、総務部長が浄水プラントについて答弁しており、議事録上、質問と答弁とが食い違っていることは明らかである。検察官としては、その食い違いについて事実を解明し、その原因を明らかにすることこそ捜査上不可欠だったはずである。その原因に被告人自身が関わり、質問の中では浄水プラントは取り上げないものの、答弁で浄水プラントについて答えるよう、答弁者との間で予め話ができていたとか、質問通告及び質問の方法が、その趣旨を誤解して答弁するのも致し方ないようなやり方だったということであれば、それも、浄水プラントについて議会質問を行ったと実質的に評価できる場合もあるであろう。実際には、被告人が浄水プラントについての資料を担当課に渡していたことと、事前に提出した質問通告書の「 ② 災害対策に、民間が開発した新技術等を導入する考えは」という記載が、浄水プラントに関する質問を通告しているように誤解を与えたことが考えられるのであり、その誤解について、質問者の被告人と答弁者側の I 及び K から、議事録を正確に引用し、記憶を喚起しつつ説明を求めることで、質問の趣旨を明確にすることもできたはずである。ところが、I 及び K の検察官調書の記載を見る限り、質問と答弁とが食い違っていることについて説明を求めた形跡すらない。一方、被告人は、同市議会での質疑について、取調べにおいても浄水プラントの導入を求める質問は行っていない旨述べており、公判では、第５．２（２）で述べるとおり、その点について詳細に供述している。そして、検察官の取調べでは、議会での発言を聞かれた際も、議事録はなかなか見せてもらえず、「新聞記事に議会で質問をしたと書いてある」などと言われ、「自分で思い出して議会の自分の発言についてちゃんと言いなさい」と繰り返し言われたと述べている（第６回被告人２９頁）。議会での発言内容については議事録という客観的資料があるにもかかわらず、質問者に対しては、それを見せないで、浄水プラントについて議会質問をしたことを抽象的に認めさせようとし、一方で、答弁者に対しては、議事録中の発言から一部だけを抜き出して質問と答弁との「食い違い」がなかったかのように装って、質問と答弁の趣旨を歪曲しようとする。このような検察官の取調べは、議会質問に関する事実関係のねつ造にほかならない。 (5) 検察官の主張検察官は、論告で、「市議会において、被告人は、質疑に立って質問を行い、総務部長が被告人から提案を受けたことを明示した上で水源の浄水プラントの導入について検討している旨答弁すると、総務部長の答弁を訂正することなく、かつ再質問することもなく、検討を促す旨発言している。議会で議員が質問したことに対して答弁者がそれとかみ合わない別の事項につき答弁したという場合、議員としては自分の質問の対象を明確にして重ねて答弁を求めるのが通常であると考えられるのに、被告人がそのようなことを一切していないのは、被告人の質疑が水源の浄水プラントに関することであったからにほからならない」などと述べている。（論告７９頁）議事録に残されている発言内容から「被告人の質問は備蓄品に関するものであることは、客観的に明らかであることに加え、質問の趣旨について被告人は公判で明確に供述している（第５．２（ 2））。な検察官の主張は、これらの事実や供述を無視し、「答弁者が議員の質問と噛み合わない別の事項について答弁をした場合、自分の質問の対象を明確にして重ねて答弁を求めるのが通常」という一般論だけで、質問の内容を歪曲しようとするものである。しかし、議会での質問というのは、答弁に応じて変幻自在に行われるのが通常であり、質問の趣旨と異なった答弁が行われたばあいに、それを正さないで、答弁に乗った形で再質問をした場合に、それをもって最初の質問の方の趣旨が違っていたということにならないのは当然であり、その一般論も凡そ成り立たないものである。上記のとおり、検察官は、上記 I の検察官調書、 K の検察官調書（甲３３号証）においても、議事録の引用で発言部分の一部を殊更に除外し、質問内容を歪曲しようとしている。ところが、論告では、その調書すら引用せず、一般論だけで、被告人の質問内容について都合の良い解釈をしようとしている。受託収賄の請託に基づく職務行為があったか否かという重要な争点に関わる検察官の主張の内容として理解し難いものである。４市議会議員の権限に基づく影響力の行使の有無 (1) 検察官の主張検察官は、浄水プラントの導入に関して、「被告人が防災安全課長に美濃加茂市版資料を渡した行為」と「被告人が防災安全課長に文書を渡して回答を求めた行為」の二つを、「市議会議員の権限に基づく影響力の行使」として主張している。ここで、「市議会議員の権限に基づく影響力」の根拠とされているのは、被告人が市議会で、①浄水プラントの導入について質疑を行った事実、 ②今後も再度市議会で質疑をするなどして質問権を行使することがあり得ることを示した事実、の二つである。 (2) E 副市長の陳述書との関係しかし、① については、３月１４日の定例市議会で被告人が行った質疑で浄水プラントの導入についての質問を行っていないことは、前記３で詳述したところである。それどころか、「被告人が浄水プラントの導入について質問を行ったこと」の根拠として作成された前記 I 及び K の検察官調書の内容及び作成経過には重大な問題がある。次に、② については、一度、議員が質問をした事項について、再質問をされることを恐れて、議員の質問の趣旨に沿った対応をせざるを得なくなる、ということを前提にしているが、その前提には誤りがある。検察官も同意し、信用性も争っていない E 美濃加茂市副市長の陳述書（弁１０号証）によれば、美濃加茂市において、市議会議員が一般質問や質疑を行った場合、答弁案の作成や議会での答弁にあたって、関係部署は、美濃加茂市民の代表である議員からの質問であることを十分認識し、真摯に対応するが、議会会期中になされる一般質問や質疑の数だけみても毎回かなりの数であり、単に、質問がなされたからと言って、ただちに市政の運営に反映されるものではなく、提案された事業などを実現することを担保するものでもない。質疑への答弁自体は関係部署の役割であり、市長まで挙がっているものではないので、具体的答弁を行う関係部署としても、多くは「研究します。」とか「検討します。」といった答弁にならざるを得ない。当該質疑について、その後、議会で再質問をされることも多いが、それは、制度上当然に予想されるものであり、関係部署としても、「再質問の可能性」があることを特に負担として捉えているわけではなく、むしろ、質問を行う議院の所属会派が議会において多数を占める会派であるのか、複数の議員から同様の質問がなされているかによって、関係部署としての対応への影響が異なる。そのことは、同陳述書添付の「議会答弁課題の進捗状況整理表」に複数の議員から同一質問がなされている項目が多数記載されていることからも明らかである。また、E の陳述書（５頁）においては、平成２５年３月頃の美濃加茂市の防災関連の状況について、「３ .１１の東日本大震災以後、どの自治体においても、いつまた来るかもしれない大災害に備えて、抜本的な防災計画等の見直しを迫られていた上、この頃、避難場所での水の確保策として他の議員から提案されていた井戸掘りの案が、関係部署等での調査・協議の結果、種々の事情から実現可能性が低いなどの理由から却下扱いになっていたので、行政内部としては、避難所での水の確保に向けて、他の具体的な提案を複数持っていたいという事情もあり、避難所における水の確保に関する提案に関しては、美濃加茂市民の安全・安心のために、美濃加茂市自身が積極的に取り組んで行かなければならないという時期であった」と述べており、被告人が防災安全課に資料を持ち込んだ水源の浄水プラントへの美濃加茂市防災安全課の対応が、被告人の議会での動きや働きかけ等に直接起因するものではなく、むしろ、市当局の側の事情で積極的に動かざるを得なかった背景があることも明らかにしている。 (3) 検察官の主張との関係検察官は、上記 E が、市職員が「再質問の可能性」をそれ程負担としてとらえているわけではないことの資料として添付している「議会答弁課題の進捗状況整理表」を引用するなどして、上記 E が陳述書で述べる議会と市当局の関係についての一般論を認めている。その一方で、防災安全課長の前記 K の「市議会で市議会議員である被告人から質疑を受けて検討する答弁を行った以上は前向きに検討しなければいけないと考えていた」旨の検察官調書の供述（甲３３、３４号証）を引用し、上記の被告人の二つの行為について、それにより「今後も市議会における質問権等を行使することがあり得る旨を黙示的（明示的）に示したに等しい」などとして、市議会における質問権等の権限に基づく影響力を行使したと認められると結論づけている（論告８１頁）。しかし、検察官が、上記のように、市職員にとって再質問は一般的なことであって、特に負担になるものではないこと、むしろ、市当局への影響力は、多数会派からの質問であるか否かによるものであること等の E 陳述書の一般論を認め、何ら反論していないことからすると、一人会派であった被告人が、一回質問をしただけの行為で「権限に基づく影響力の行使」とは言い難いことは明らかであって、それにもかかわらず、被告人の行為が「市議会議員の権限に基づく影響力の行使」だとする検察官の主張は誠に不可解というほかない。しかも、上記 K が、上記の二つの被告人の行為を受けて、水源の浄水プラントの導入に早期に取り組まなければならいと思った旨述べているのも、いずれも、事前に市議会で質疑があった上で、資料や文書を渡してきたことが理由とされているが、そもそも、前記３で述べたように、被告人が市議会で浄水プラントについて質問をした事実はなく、しかも、質問の市当局への影響力は、上記 E が陳述書で述べるように、一人会派の被告人の場合には相対的に小さく、市職員が再質問を恐れて対応するということも考えられない。それどころか、 E 陳述書に記載されているように、美濃加茂市においては、当時、避難所における水の確保に関する提案に関して積極的に取り組まなければならない事情もあったのであり、防災安全課が浄水プラントの導入に積極的に動いたのは、決して被告人の市議会議員としての権限に基づく影響力に影響されたものではない。以上述べたところから、本件における被告人の「市議会議員の権限に基づく影響力の行使」に関する主張は、完全に崩壊していると言わざるを得ない。結語本件は、すべてが作り上げられた犯罪である。 N が被告人に３０万円の賄賂を渡したという事実が作り上げられたことのみならず、N が贈賄を自白した動機について、「ゼロになって社会復帰するためにすべてを話そうと思った」などという話が作り上げられて法廷で涙ながらに語り、贈賄供述の経過については、客観的証拠との辻褄合せではなく、自ら記憶を喚起して供述したかのような話が作り上げられ、贈賄立証の支障になる賄賂授受の現場の同席者については供述の変遷が作り上げられ、被告人が行っていない市議会での議会質問が、検察官調書によって作り上げられたのである。そして、具体的かつ自然で関係証拠と整合するとの贈賄供述の信用性は、連日朝から晩までの取調べや証人テストという、検察官と N の異常な関係の中で作り上げられたものなのである。こうして作り上げられた現職市長の収賄事件である本件に対して、裁判所の公正な判断が下され、被告人に対して無罪の判決が言い渡されることを確信するものである。