防衛費の経済学 横浜市立大学 国際総合科学部 政策経営コース 岩田 涼 1.はじめに 今年(2014 年)になって、集団的自衛権の限定容認が閣議決定されるなど、日本国内でも 軍事・防衛に関する議論が活発化している。関心事の一つが防衛関連支出の歳出増に関す る議論であろう。自衛隊の活動範囲が拡大していく事が予想される中で、国民の生活に大 きな影響があるのが「防衛費は増えるのかどうか」という点である。日本の防衛関連支出 の推移を見てみると、2003 年度をピークに近年は減少を続けており、2013 年度の当初予算 で 11 年ぶりの増加に転じた。一方、日本は同盟関係にあるアメリカに対し、日米地位協定 24 条に基づき「在日米軍駐留経費」を負担している。その額も防衛関連支出と同様、2000 年をピークに近年は減少を続けている事が分かる。日本はしばしアメリカから「日本は安 保にただ乗り」をしているという批判を受ける事があり、Okamura(1991)や安藤(1995)な どでは実際に日本はアメリカの国防費負担に対し「ただ乗り」の傾向が確かに存在すると されているが、平(2003)ではむしろ冷戦終結以降、日本が防衛費負担を「肩代わり」してい ると結論付けられた。これらの研究は日本の経済成長により防衛関連支出が増加している 時代を分析対象としているが、現在の日本ではどの様な傾向を見出すことが出来るのだろ うか。 本論文では、日本の防衛関連支出がどのような要因において決定されるのか、現在日本 はアメリカの軍事的負担に対し「ただ乗り」をしているのか「協調行動」をしているのか、 以上の 2 点についての検証を課題として、今後の日本の防衛関連支出がどの様に推移して いくのかについて検討をしていきたい。 2.実証分析モデルの選定 本論文では Smith(1980)のモデルを用いて、日本の防衛関連支出についての研究を行 う。 Olson and Zeckhauser(1966)で述べられているような、純粋公共財として捉えること が出来る同盟下における防衛関連支出を分析するために、純粋公共財モデルでかつ、同盟 国・敵国の影響を加味し、安全保障関数をモデルに組み込んだスミス・モデルを使う事が 妥当であると考えることが出来る。またこのスミス・モデルは実際に安藤(1995)や平(2003) の先行研究でも用いられており、日本の防衛関連支出の実証研究にも適用可能である。 以下では、スミス・モデルの理論と概要について述べる。 3 スミス・モデル スミス・モデルにおいては一国の社会的厚生関数 W は、安全保障度 S と非軍事部門生産 関数 C によって、 W W (S , C ) (1) と表わすと仮定している。この安全保障度は、他国から攻撃される可能性から自国がどれ だけ守られているかという国民の主観的な「心理的に平和な度合」と考え、他国及び同盟 国の軍事支出によってもたらされる戦略的環境 E と、その条件の下での自国の実質軍事支 出 M により、 S S M,E (2) と表わすことが出来る。 また、一国の総産出高 Y は非軍事部門と軍事部門への消費から構成され、p は非軍事部 門、q は軍事部門の財の価格と置いて、 Y pC qM (3) となる。 ここで(2)に(1)を代入し、 W W ( S ( M , E ), C ) (4) となる。よって一国の軍事支出は(3)の条件の下で(4)を最大化する事で、ラグランジュ関数 L W ( S ( M , E ), C ) (Y pC qM ) を最大化する条件、 L W = M S S M L W = E S S E 0 (6) L W = C C p 0 (7) qM ) (8) L (Y pC q 0 (5) を解くこととなる。ここで、 W S S M WS W C SM Wc とそれぞれを置き換えると、 (5) ⇔ WS S M (6) ⇔ WC q (9) p (10) となる。(9)÷(10)によって λ を消去し、 WS S M WC q p WS WC q 1 p SM が最大化の条件となる。 次にスミスは社会的厚生関数を次のような CES 関数 (11) W a A[dc (1 d ) S a ] 1 a (12) となると仮定し、また安全保障関数を、 BM b E c S (13) というコブ・ダグラス型の関数と仮定している。 さてここで(12)より、 WS WC A(1 d ) S AdC a 1 a 1 [ dC a [ dC a a (1 d ) S ] a (1 d ) S ] 1 1 a 1 1 a (14) (15) と置くことが出来る。これを(14)÷(15)より、 WS WC 1 d C d S a 1 (16) となる。また(13)を M で偏微分すると、 S M SM BbM ( b 1) E C bBM b E c M 1 b BM b E C M bSM 1 1 (17) 以上の式を得ることが出来る。 ここで(16)及び(17)を(11)に代入し、 1 d C d S a 1 q p 1 bSM 1 q b 1S 1M p (18) となり、更に両辺の自然対数をとると、 1 d (a 1)(ln C ln S ) d q ln ln b ln S ln M p ln (19) となる。そして(13)の両辺の自然対数 ln S ln B b ln M c ln E をとり、更に(20)を(19)に代入し ln M について整理すると、 (20) ln 1 ln M d ln b d 1 (1 a ) ln C 1 ab a ln B ab 1 1 ab ln q p ac 1 ab ln E (21) を得ることになる。 さてこのスミス・モデルを実際の事例について適用する際には、国の政策決定者が安全 保障における戦略的環境 E についてどのように捉えてきたかを数量化しなければならない。 自国の安全保障を脅かす軍事的な脅威について判断をする時には、潜在的な敵対国がどれ ほど攻撃の意思を持っているか、そして相対的にどれほどの軍事力を有しているかに基づ いていると考えられる。Smith は国際的な軍事的緊張に影響を及ぼすのは同盟国と潜在的 敵国のそれぞれ産出高に対する軍事的支出の割合である、と述べている。実際に「相対的 な軍事能力」を表す指標としてはそれがふさわしいと考えられるが、安藤でも言及されて いるように、自国の安全保障及び戦略的環境に対する同盟国・潜在的敵対国の軍拡又は軍 縮のシグナルであれば指標として問題ないと考えられるため、本論文では両国の軍事的支 出そのものを指標として用いる。 これに基づいて政策決定者が安全保障について捉えていた場合、次の 2 通りの反応が考 えられる。 ⅰ) 同盟国の「協調国(follower)」として行動するケース この場合、同盟国の軍事的支出の増大それ自体が潜在的敵国の軍事的支出の増大を前提 としており、またそれによって軍事的緊張の兆候として解釈できるため自国の安全保障度 は低下、防衛支出を増大させることによってそれの低下分を補わなければならない。つま り戦略的環境 E は同盟国の軍事的支出 MA にのみ依存するため、 E MAc1 (22) と表わすことが出来る。 ⅱ) 同盟国の「ただ乗り国(free-rider)」として行動するケース 同盟国の公共財として軍事的な保護下にある場合、自国の政策決定者の反応する所は潜 在的敵国の脅威、つまり軍事的支出に対して同盟国がどれほどの保護を提供してくれるの か、という点であり、同盟国の保護が十分である場合には自国の防衛支出を減少させるこ とが出来るその保護が十分であるかどうかについて示さなければならないため、同盟国と 潜在的敵国の軍事的支出 MA,MC の比率によって戦略的環境 E を、 E MA c1 MC c 2 (23) と表わせる。 以上の 2 つの反応を示す戦略的環境 E を同時に安全保障関数 S に組み込む時、 S BM b MA c1 MC c 2 (24) と表すことが出来、 c1 ⅱ)の場合 c1 0 0 ⅰ)の場合 かつ c2 0 c1 かつ c 2 (25) (26) となる。 以上のように導出された安全保障関数(24)を(21)に代入すると、 ln 1 ln M d ln b d 1 ab (1 a ) ln C 1 ab ac 1 1 ab a ln B 1 ln MA 1 ab ln ac 2 1 ab q p (27) ln MC を得ることが出来る。 更にここで以下のような部分調整モデルを考える。 M M 1 M* M 1 r (28) そして(28)の両辺の自然対数をとり、整理をすると、 ln M ln M ln M * 1 r (ln M * ln M 1 ) 1 ln M r (1 r ) ln M r 1 (29) (30) ここで(3)の M*は(27)によって与えられる均衡水準における防衛支出であるため、この M*を(28)の左辺に代入し整理、そして誤差項 を加える事で、最終的に次のような防衛関連 支出関数を得る事となる。 1 d lnb a ln b r d 1 ab (1 a)r r q lnC ln 1 ab 1 ab p ln ln M rac1 ln MA 1 ab rac2 ln MC 1 r lnM 1 ab (31) 1 4.実証分析に向けて 平(2003)でも触れられていたように、スミス・モデルそして安藤(1995)が現在の日本の軍 事的な環境を正確に反映しているとは言えない。上において挙げたモデルは冷戦下におけ る米国及びソビエト連邦の対立の時代に多大な影響を受けているが、現在の世界情勢では 冷戦構造を見る事は出来ず、また日本の防衛に関する議論において潜在的敵国をどこに設 定するのか、またはそもそも特定の敵国を設定すること自体が不適ではないかとも考える ことが出来る。 以上の様な問題についても注意深く検討しつつ、最新のデータを用いて日本の防衛関連 支出の決定要因を探っていきたいと考えている。 参考文献 ・Okamura, Minoru.(1991), Estimating the Impact of the Soviet Union’s Threat of Alliances, Review of Economics and Statistics, 73(2), pp.200-207 ・Olson, Mancur and Richard Zeckhauser. (1966), An Economic Theory of Alliances, Review of Economics and Statistics, 48(3), pp. 266-279. ・Smith Ron P. (1980), The Demand for Military Expenditure, The Economic Journal, 90(4), pp. 811-820. ・安藤潤 (1995)「R.スミス・モデルによる日本の軍事支出行動と安全保障に関する実証 研究」 『早稲田経済学研究』 第 41 巻,pp. 43-58 ・平剛 (2003)「日本の防衛支出決定に関する実証研究」『立命館経済学』第 52 巻 1 号, pp.62-75 ・防衛省(2014)『平成 26 年版 防衛白書』 http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2014/pc/2014/index.html (2014 年 8 月 6 日 閲覧)
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