由比宿 広重のように東海道を歩く 約3.5km

由比宿
広重のように東海道を歩く● 約3.5km
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蒲原駅から本陣公園、そして由比駅までのコースです。
東海道の雰囲気が残る町並みを天才浮世絵師の広重の
目でみてみると全てが絵の題材となる風景です
旧東海道
林香寺
御殿跡「北田の舟ケ島」
家康公は、駿府に隠居してから、東は三島
から西は浜松までの各宿場に自分用の休泊
御殿をつくりました。全ての御殿からは富士
山が見える場所に作られたそうです。
日本のアニメ文化の原点ここにありぃ!?
お勧め探訪コース
日本をイメージする文化の一つであるアニメーションは、外国
の人が日本を知るきっかけとなっています。同じように歌川広重
の絵はゴッホをはじめ19世紀の芸術家たちに多大な影響を与
えたといわれています。
浮世絵は、
どのような絵を描くかを決める
「版元」
、構図や絵
すりし
を描く
「絵師」
、版を彫る
「彫師」
、色を付ける
「摺師」
の共同作業で
作り上げています。これは現在のアニメ制作と似ていると思い
ませんか?日本にはそれぞれの分野のスペシャリストが協調し
あって、より素晴らしいものを作り上げる文化があるのでしょ
う。東海道広重美術館にいくとその醍醐味を体験できます。
■静岡市東海道広重美術館/開館時間:9:00∼17:00 休館日:
月曜日 料金:一般500円、大学高校生300円 中学生以下無料
情報拠点
見どころ
案内板・説明板・マップ
写真撮影ポイント
食べ処(桜えび)
コンビニ
浜のかきあげや
TEL 054-376-0001
開店等要確認
馬頭観音
❶桝形跡(東)
東海道標今宿
由
比
駅
由比駅前公園
下り懸魚
宿場の入口には、街道をカギの手に曲げ
て桝型にして万一の攻撃に備え、さらに木
戸や土塁をつくり宿場入口のサインにも
なっていました。
由比宿も東西の出入り口は桝型に折れ
ており、現在もその面影が残されています。
東海道道標
郵便局舎
❸ 問屋場跡
❷お七里
役所跡
飯田八幡宮
❹ 正雪紺屋
❼ 本陣
(由比本陣公園)
情報拠点 :
東海道由比宿交流館
羽根ノ屋
(脇本陣)
由比宿おもしろ宿場館
❷お七里飛脚の役所跡
西国の大名の中には、江戸の屋敷と領国の
居城との連絡に直属の通信機関
(七里飛脚)
を持っていました。この役所跡は、紀州徳川家
のもので、当時、江戸∼和歌山間(584km)
に
約七里(28km)
毎の宿場に中継ぎ役所を
置き、主役(お七里役)
と五人一組の飛脚(お
七里衆)
を配置していました。飛脚には剣道、
弁舌にすぐれた者が選ばれ、昇り竜、
下り竜
の模様の伊達半天を着て
「七里飛脚」
の看板
を持ち、腰に刀と十手を差し、御三家の威光
を示しながら往来したようです。
普通便は毎月3回、江戸は五の日、和歌山
は十の日に出発し、
8日間、特急便は4日間
で到着したそうです。
0
❺脇本陣
問屋場とは、
幕府の書状や荷物を次の宿場
まで届ける飛脚業務、
幕府の公用旅行者や参
勤交代の大名の馬や人足の世話、旅人の宿泊、
荷物の運搬手配など宿場の中枢でした。
❹正雪紺屋
由比正雪の生家と伝えられ、四百年続い
ている紺屋
(染物屋)
として昔ながらの技法に
よる染物を今も続けています。蔀戸がある建
物の屋内の土間には、藍瓶等の染物用具が
埋められ、火事の時に貴重品を運び出す用
心籠が天井に吊されているなど昔の紺屋の
様子を偲べます。
しとみど
250m
500m
❽桝形跡
(西)
由比宿には脇本陣を交代でつとめた家
が三軒ありました。そのうち江戸時代後期
から幕末にいたるまでつとめたのが、この
饂飩屋です。
宿場の西の入口です。1841年の資料で
は、由比宿の町並みは東西五町半(約600
m)となっています。
❻明治の郵便局
❾由比川と入上地蔵
うんどん
江戸時代の通信機関であった飛脚屋は明
治4年、郵便制度の創設により由比郵便取扱
所、
さらに明治8年に由比郵便局となりました。
明治39年、当時の局長が自宅を洋風の局
舎を新築し、
明治41年より郵便局を移転しま
した。この局舎は昭和2年まで使用され、現
在は私宅となっています。
❼本陣
❸問屋場跡
堰沢川
由
❻ 明治の
本線
海道
八木沢川
秋葉燈
港
漁
比
せがい造りと
下り懸魚
温飩屋
八幡神社
396
桝型︵東︶
北野神社
塩の道入口
源頼義創建の
矢箭八幡社
由比港漁協
直売所
由比駅記念碑
清水銀行
❾ 入上地蔵
不動院
派出所
うんどん
かつての
玉鉾橋
八幡宮
諏訪神社
今宿の六地蔵
❺ 脇本陣
妙栄寺
桃源寺
庵原分署
蒲原駅
淡島神社
JR東
地蔵堂
1
396
神沢塩づくりの会
志田邸
結の常夜灯
開花亭
慈徳寺
豊積神社
静岡市由比
生涯学習交流館
御幸亭
地持院
大法寺
最明寺
豊積神社の
大銀杏(雄木)と
桃源寺の大銀杏(雌木)
はご夫婦です
❶
関口神社
路
津島神社
稲荷神社
徳田屋
正雪紺屋
由比川橋
県道
❽
桝型︵西︶
玉鉾
菩薩寝姿
の眺望
比線
由
富士
正法寺
ここから見る山が
観音様の寝姿に
見えます。
由比語源の碑
御殿跡
「北田の舟ケ島」
由比
小学校
延命寺
海
R東
J
道
線
幹
新
入山入口
和瀬川
西山神社
由比
中学校
静岡市東海道
広重美術館
レンタサイクル
本光寺
霊光禅院
道
速
高
名
東
神沢川酒造
ゆい桜えび館
トイレ
比線
宮由
富士
県道
駐車場
一里塚
江戸から39番目。
かつては榎が
植えられていた
そうです。
川
比
由
バス停
本陣
豊積神社
「延喜式」に記載されている神社。坂上田
村麻呂に由来するお太鼓祭りは、正月元日
より三日間、青年らにより太鼓が担ぎ出さ
れ、その歌に合わせてねり歩く祭典で県無
形民俗文化財となっています。
神沢川
スタンプ設置場所
銀太
由比宿 解説マップ
通常の本陣とは異なり、街道に家屋を直
面させず、石垣と木塀が作られています。間口
33間
(60m)
、奥行き四十間
(73m)
、面積は
1300坪
(4300㎡)
で敷地内には、
物見塔、本
陣井戸が残り、現在、静岡市東海道広重美術
館、御幸亭、東海道由比宿交流館などが併
設される東海道由比本陣公園となっていま
す。門、右手の石垣に沿った水路は大切な移
動のパートナーであった馬のための
「馬の水
のみ場」
です。
この本陣の当主は、1560年に今川義元
とともに
「桶狭間の戦い」
で討死にした由比
助四郎光教の子権蔵光広が帰農してからと
いわれています。以来、代々継承されてき
ていました。
いりあげ
由比川は当時、仮の板橋が架けられ旅人
はそれを渡っていたそうですが、雨が降って
水量が増すと、
この橋は取り外されたようで
す。このように徒歩でわたれる川を徒歩渡り
といっています。入上地蔵は由比川で溺れた
水難者を祀っています。川尻の淵には河童が
いるといわれ、地蔵の頭を持っていると河童
にさらわれないという言い伝えがあります。
かち
せがい造り 出桁・船木造
家の軒先を長くすると強い風雨や陽射
しを遮る効果と格式のある美しい景観を
生み出します。せがい造りとは軒先を長く
だすために、平軒桁へ腕木を付け足して出
桁とし棰を置いたもの。由比町の町並みに
多く見られます。
たるき
げぎょ
稲葉家 下り懸魚
げぎょ
懸魚とは水の代わりに魚を懸けることで木
造の建物を火災から守るおまじないとして屋
根に飾るものです。下り懸魚は、
桁に取り付け
るもの。桁の両端が風雨による腐食を防ぐ用
途もあり、
雲版型の板に若葉、
花鳥などを彫り
込み、建物の装飾も兼ねています。
H25.5月
静岡二峠六宿街道観光協議会