Chapter 6

NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
電気回路講義ノート
Author(s)
辻, 峰男
Citation
Issue Date
2014-04
URL
http://hdl.handle.net/10069/34606
Right
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http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp
第6章 フェーザによる交流回路の計算Ⅰ
交流回路の定常状態を解析する理論として交流理論がある。これは,電圧と電流をフェーザ表
示して計算するもので,三角関数を使った計算に比べ大変便利である。この章では,フェーザを
用いた電源や回路素子の基本的関係式を導く。交流理論は電気電子の分野で広く利用されている。
○
複素数の重要公式
ふくそすう
交流理論に入る前に複素数(complex number)の最重要公式を示しておく。応用範囲も広いのでし
っかり記憶して欲しい。
e j  cos  j sin  ,
(1)オイラーの公式
虚数単位: j 
1
e  2.71828 (自然対数の底)で, i は電流の記号として使うか
きょすう
おいらの公式
し ほ う
ら,虚数単位には必ず j を使うこと。数学の至宝と言われている。
映画“博士の愛した数式”にも出る。
(2)複素数の表現法
じ つ ぶ
き ょ ぶ
ちょっこうけいしき
複素数の表現法としては,実部(Real part)と虚部(Imaginary part) の和として表す直交形式
きょくけいしき
(直角座標表示)と大きさと角度で表現する 極 形式(極座標表示)などがある。
V  a  jb
:直交形式
(実部: Re(V )  a ,虚部: Im(V )  b と書く)
 r (cos   j sin  ) :極形式
 r e j
 r 
: 指数関数形式
:フェーザ形式
r  V  a 2  b2
絶対値(absolute value)または大きさ r
  arg V  tan 1
偏角(argument) 
図より,
b
a
(アークタンジェント)
r e j   a 2  b 2 (cos   j sin  )  a  jb
V
b
(常に正)
が成立することが判る。
e j
sin 
e j
r


cos
a
絶対値
38
e j  1 , 偏角 arg e j  

(3)和
V1  a  jb
虚部 (Im)
矢印を付けてベクトル
のように向きを変えず
に動かしてよい。
V2  c  jd
のとき。
V1  V2  a  c  j (b  d )  V3
d
で,図の様になる。
V3  V1  V2
V3
b
差は, V2  V3  V1
大きさ
V2
V1
0
V1  V2  V1  V2
V2
a
実部(Re)
c
*和,差の演算はベクトルと同じなので,複素数だけど矢印をつけて表現することが多い。
矢印をつけた複素数は向きを変えないなら自由に動かしても構わない。
V1  V1 e j1 , V2  V2 e j2
(4)積
すなわち,
とすると,
V1 V2  V1 V2 e j (1 2 )
V1 V2  V1 V2
arg(V1 V2 )  arg(V1 )  arg(V2 )
*
掛けると偏角分回転する。
ここで, arg(V1 )  1 , arg(V2 )   2
オイラーの公式を使って,以下の関係が成り立っていることが判る。
e j1 e j2  (cos 1  j sin 1 ) (cos  2  j sin 2 )
 (cos 1 cos  2  sin 1 sin  2 )  j ( sin 1 cos  2  cos 1 sin  2 )
 cos(1   2 )  j sin(1   2 )
 e j (1 2 )
V1  V1 e j1 , V2  V2 e j2
(4)商
すなわち,
とすると,
V1 V1 j (1 2 )

e
V2
V2
V
V1
 1
V2
V2
arg(
V1
)  arg(V1 )  arg(V2 )
V2
*
割ると偏角分逆回転する。
きょうやく
(5) 共 役複素数
虚部
V  a  jb  a  jb  V e j
V V V
V の共役複素数
V
b
2

0
V1 V2  V1 V2
 a
実部
V の共役複素数
共役複素数は j の前にマイナスをつけるだけ!
39
-b
V
例題 1 次の複素数を図示せよ。また,指数関数形式を求めよ。
2, j,  j, 1  j,1  j 3 , 1  j 3, 3  j 4
j
j
j
1
1 j
1

2
0
2

1
0
長さ
2
偏角
0rad
j


2
1
0
長さ 1  j  1  1 
2
長さ 1
偏角
1 j 3
j
2
,

偏角  
rad
j
3
0
j
1
3  j4

0
1
長さ 1  j 3  1  3  2
偏角  

rad
3
1  j 3  2 e j / 3
図の   tan
a  jb

1 j 3
0
3
長さ 1  j 3  1  3  2
偏角   

4

 3
2
rad
4
1  j  2 e j / 4
2
j / 2
 e ,  j  1 e  j / 2  e  j / 2
j  1 e j / 2
2  2e j 0

2

rad
3
1  j 3  2 e  j / 3
長さ 3  j 4 
偏角   tan
1
9  16  5
4
 rad 
3
3  j 4  5 e j
1
x (アークタンゼント x )のグラフより x の値に対し  は1つには決らない。そこで
1 b
のとき,  tan
と書いておいた方

a
がよい( b / a を計算せずそのまま書く)
。

数値計算(プログラム)では,次の関数を使う。

但し, a, b は倍精度変数とする。
2
FORTRAN: DATAN2(b,a), C 言語:atan2(b,a)
x
0
Excel: atan2(a,b) *確認のこと*
1
x の関数しかないから,答えは
 / 2 から  / 2 の範囲なので,何象限の角かを
考え,答えに  しないといけない。このように
電卓には tan
あいまい
技術者に曖昧さは許されない。
40
  tan 1 x
( x  tan  )


2

例題 2 以下の式を計算せよ。
1 j
, (1  j ) e j
3  j4
(解)

1
3 
(1  j )(  j
)

3  j 12

2
2 
, (1  j )(3  j 4) , (
) , arg 

2
 j( 1  j 3 ) 

2
2

1 j
1 j
11
2



, (1  j )e j  1  j e j  2
2
2
3  j4
3  j4
5
3 4
(1  j )(3  j 4)  1  j 3  j 4  5 2
3  j 12 


(
)   cos  j sin   (e j / 6 )12  e j 2  cos 2  j sin 2  1
2
6
6

12

1
3 
)
 (1  j )(  j
2
2   arg(1  j )  arg( 1  j 3 )  arg j  arg( 1  j 3 )
arg 

2
2
2
2
 j( 1  j 3 ) 


2
2


例題 3
4


3



5
 ( ) 
2
3
12
z 3  1 を解け
(解) z  r e
j
2
j 
e 3
(r > 0)
とおくと
2
3
z 3  r 3e j 3  r 3 (cos 3  j sin 3 )  1
従って, r  1 ,
3  2n
 
n0
(n  0 , 1 , 2 , )
j0
4
j 
e 3
 cos 0  j sin 0  1
n  1 のとき, z 
2
j 
e 3
2
2
1
3
 cos   j sin
  j
3
3
2
2
のとき, z 
4
j 
e 3
4
4
1
3
 cos   j sin
  j
3
3
2
2
n2
実部
1
2
n
3
のとき, z  e
虚部
( n  3 以上の場合,根は上のいずれかになる)
例題 4 複素数 z
に,(1) e
j

2
(2) e
 j

2
(3) j
(4)
1
j
を掛けると, z はどう動くか。
(1) 反時計方向に 90 度回転 (2)時計方向に 90 度回転 (3)(1) と同じ (4)(2)と同じ
*後でよく使うから,覚えておこう。
41
○
フェーザ表示(ベクトル表示)の定義
角周波数  が等しく,振幅や初期位相だけが異なる三角関数の加算や減算はフェーザ(phasor)
に直して計算することができる。一般に幾つかの正弦波交流電源(角周波数ωは同じとする)が
ある交流回路では,どこの電圧や電流も定常状態では同じ角周波数ωの正弦波となる。従ってこ
れらの電圧や電流(三角関数)をフェーザ(複素数)に直して計算する交流理論が生まれた。
瞬時値 a (t ) のフェーザ表示 A の定義
瞬時値: a (t )  A m sin( t   )


フェーザ:
A
Am
2
e j
は瞬時値をフェーザに直す場合とその逆の場合もあることを意味する。
瞬時値(instantaneous value) a (t ) は,電圧 v (t ) や電流 i (t ) に対応する。
例, v(t )  Vm sin(t   )
ファイ  は初期位相(定数)で,5 章では  0 とした。
a (t )  Im( 2 Ae j  t )
・
①
この本の最も
重要な定義です。
の関係がある。
証明) Im( 2 Ae
j t
)  Im( A m e j  e j  t )  Im( A m e j ( t  ) )
 Im( A m cos(t   )  j A m sin(t   ) )
 A m sin(t   )
ここで, Im( ) は虚部(Imaginary Part)をとることを意味する。実部は Real Part です。
・
瞬時値: a (t ) 
2 Ae sin( t   )

フェーザ:
A  A e e j  Ae , arg A  
A  Ae e j 
②
であり,フェーザの絶対値が電圧や電流の実効値(これが交流電圧計や交流電流計の読みで
ある)に等しく,フェーザの偏角は,初期位相に等しい。大変重要なことである。
・
 を使うテキストもある。
フェーザは複素数であるから,はっきり示すため A の代わりに A
・
a(t )  2 Ae cos( t   )
のフェーザを A  A e e
d
a(t )  j  A
dt
公式1: a (t )  A のとき
(証明)
j
と定義してもよいが,本書では用いない。
③
d
d

a(t )  A m sin( t   )   A m cos( t   )   Am sin( t    )
2
dt
dt


 Am
2


e
j (  )
2

j  Am
2
e j   j A
42
公式2:
a1 (t )  A m1 sin( t  1 )
のフェーザは
a2 (t )  A m 2 sin( t  2 )
このとき, a1 (t )  a2 (t ) 
(注) a1 (t )a2 (t ) 
A1 
A m1
A2 
のフェーザは
e
2
Am2
2
j1
e
j 2
A1  A 2
A1 A 2
④
は成立しない。
(証明) a1 (t )  a2 (t )  Im( 2 A1 e
j t
)  Im( 2 A 2 e j  t )
 Im( 2( A1  A 2 ) e j  t )
よって,①から a1 (t )  a2 (t ) のフェーザが A1  A 2 になっていることが判る。
(注)
a1 (t ) a2 (t )  Im( 2 A1 e j  t ) Im( 2 A 2 e j  t )
 Im( 2( A1 A 2 ) e j  t )
何故なら, Im( 2( A1 A 2 ) e

j t
)  Im(
1
A m1 A m 2 e j (t 1 2 ) )
2
1
A m1 A m 2 sin(t  1  2 )  a1 (t ) a2 (t )
2
④のように,角周波数の等しい三角関数の加算(減算)のフェーザはそれぞれのフェーザの加算
(減算)に等しい。従って,キルヒホッフの法則は,瞬時電圧や瞬時電流(これらは交流の定常状
態では同じ周波数の正弦波)の和,差に関する式だから,フェーザについても成立することが言える。
ただし,瞬時値の積や商は,フェーザ表示できない。従って,電圧と電流の積である瞬時電力の
フェ-ザ表示はない(フェーザ表示ではないが複素電力という量を別に定義する)。
例題 5 次の三角関数のフェーザ表示を求めよ。
1. sin 2t
(答) 1.

3. 100 cos( t   )
2. sin(3t  )
3
1 j0
1
e 
2
2
4.


2.
1 j3
e
2

100 j (  2 ) 100 j
e

je
2
2
4.
3. 与式 =100sin(t+ +
j100e j (公式1利用)
43

d
100 2 sin(t   )
dt

2
)
であるから、
例題 6 フェーザ表示が次式で与えられているとき,瞬時値を求めよ。
j
1. 100e

3
(答) 1. 100 2 sin( t 
j =1 e
3.
3.
2. 2
j

3
より, 2 sin( t 
j
1 j
1 j 3
5.
2. 2  2e j 0 より, 2 2 sin  t
)

2
4. 1  j
j


2
4. 1  j  2e
)
j

4
より, 2sin( t 

1 j
2e 4
1  j 12

より,
5.


e
sin
(

t)

12
j
1 j 3
2
2e 3
例題 7 フェーザ表示を用いて次の計算をせよ。
d 2

sin(3t  )
3 dt 3
6
(答)各項をフェーザに直して( =3)
2 2 sin(3t 
2e
j

3

)


j3  j 6




 2(cos  j sin )  j (cos  j sin )
e
3
3
3
6
6

j
1
3
3
1
3
3
 2(  j
 j )  j
 3e 6
)  j(
2
2
2
2
2
2
瞬時値にもどして、与式 
6 sin(3t 

6
)
問題 1 次の計算をフェーザに直し,さらに瞬時値にもどすことで行え。
sin  t  cos  t

(答)フェーザ
j
1
(1  j )  e 4
2
瞬時値 2 sin( t 

4
)
問題 2 次の計算をフェーザに直し,さらに瞬時値にもどすことで行え。
sin  t  sin( t 
2
4
)  sin( t 
)
3
3
2
(答)フェーザ
4
j 
j 
1
(1  e 3  e 3 )  0
2
(ベクトルで表した力のつり合いと同様,例題 3 をみよ。)
瞬時値 0
44

4
)
○
フェーザによる交流回路の計算(交流理論)
この表を
しっかり覚えて。
電源と素子のフェーザ表示を以下に示す。
v(t )  Vm sin( t   )
v (t ), V
V
Vm j 
e
2
I
Im j
e
2

i (t )  I m sin( t   )
i (t ), I

i, I
v, V
v (t )  R i (t )
R
i, I
d i (t )
v (t )  L
dt
L
v, V
i, I
i1, I1
v1
V1
M
L1
i (t )  C
C
v, V
d i1 (t )
d i (t )
M 2
dt
dt
d i (t )
d i (t )
v2 (t )  M 1  L2 2
dt
dt
v1 (t )  L1
i2 , I 2
L2
d v (t )
dt
v2
V2
V  RI
ZR
V  j L I
Z  j L
V
I
j C
1
Z
j C
V1  j  L1 I1  j  M I 2
V2  j  M I1  j  L2 I 2
(注意)
(1)抵抗,コイル,コンデンサ,変成器で,電圧や電流のどちらかの矢印を図と逆に定
義すると,その量の前にマイナスをつけること。両矢印が逆ならマイナス不要。
(2)キルヒホッフの法則は,電圧,電流の加算,減算であるから,フェーザについても
そのまま成立する。フェーザの絶対値が実効値でメータの読みである。
(3) Z はインピーダンスと呼ばれ, Z  V / I で定義される。まず, Z を覚えよ。
45
交流理論が使えるのは以下の場合である。
M
L1
R, L, C , M
L2
(2)交流電源は幾つあってもよいが,全て同じ周波数とする。
(3)スイッチを入れたり切ったりした後,時間が十分経過している定常状態とする。
従って,以下の場合には,交流理論は直接使えない。しかし,他の理論と交流理論を組み
合わせて問題を解く場合が多い。その点でも交流理論は大変重要なのである。
(1)直流電源がある。
(重ね合わせの理を使うと解ける。
)
(2)交流だが正弦波でない電源がある。(フーリエ級数と重ね合わせの理を利用して解ける。)
(3)周波数の異なる電源がつながっている。
(重ね合わせの理を使うと解ける。
)
(4)回路のパラメータ R, L, C , M が電圧や電流で変化する(非線形回路)。(コンピュータによ
る数値積分を利用するしか手が無い。)
(5) 回路に半導体素子(ダイオード
)が含まれている。
トランジスタ
(動作点に対して,微小な信号の変化については交流理論が使える。)
(6)回路のスイッチを入れたり,切ったりした後(過渡状態)である。
(微分方程式を解く必要がある。このときも交流電源なら交流理論を一部使う。)
R,L,C,M(理想変成器含む)は素子に流入する平均電力が負にならないので,受動素子と呼ばれ
る。平均電力が負になる素子は能動素子と呼ばれ負性抵抗(非線形抵抗を小信号で使用した場合),
トランジスタなどがある(電源は通常能動素子に入れない)。
例題 8 フェーザ表示の定義を用いて,抵抗,コンデンサに関するフェーザの式を導出せよ。
(解) 各素子の電圧を
v (t )  Vm sin( t   )
とする。定義よりフェーザは
(1)抵抗については,オームの法則より
電流のフェーザ表示は
(2)コンデンサの電流は,
I
Vm
2R
iC
V  Vm e j / 2
i  v / R  (Vm / R)sin(t   )
e j 
V
R
dv

  CVm cos( t   )   CVm sin( t    )
dt
2
 CVm

j (  )
2
e
j

Vm
e j  j CV
2
2
* コイルについては,電流の瞬時値を定義して電圧を求め,フェーザに直すとよい。
電流のフェーザ表示は
I
46
  Ce
2